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39 気持ちの整理は幕間で




「よーし。よく見ておけよ皆の者」


 バステトの体がオレンジ色に輝く。同時に、同じ色をした魔法陣のような円形の図形が清十郎を中心として描かれた。


 前世を思い出す。そこに書かれている術式は見たことがないもので──というか術式であるかどうかすら確信は持てなかったが、雰囲気的にそうだろうと思った。魔術師経験者からするとそうとしか考えられない。

 この世界ではグリードと呼ばれているが、その力の根源は魔力、引いては魔力の根源となる魔素とかエーテルと呼ばれるエネルギー物質と関係があるのかもしれない。


 魔法陣から光の柱が立ちあがる。

 瞬く間に天蓋が形成され、円柱状の光の檻が完成した。


「封印グリード『聖牢獄(セイントプリズン)』じゃ! どうじゃ、すごいじゃろう」

「どれくらいすごいの? ルークが暴れても大丈夫なの?」

「そうじゃ。エージェントギルドの指定階級(グレーディング)で言うとA級は確実、S級でもまあまあ大丈夫じゃの。ただし発動条件として、儂の力を下回るくらいまで一時的に弱らせる必要があるが」

「すごい! ベルさんすごいじゃない! マーモットにこんな凄いグリード使いがバイトで入ってくれたなんてめちゃくちゃ心強いね!」

「そうじゃろう! そうじゃろう! わははは」


 バステトは瑠夏がしっかりベタ褒めしたので物凄く満足そうだった。

 良かったな。これで捨てられることはきっとないぞ。猫の時のタバコがバレるとちょっとわからんが……そう考えるとこいつが捨てられてきたのは自業自得なのかもしれない。


 清十郎は元来の自我が乗っ取られたように凶暴そうな顔をしていた。光の柱を蹴ったり掴んだりしながら抵抗していたが、どう足掻いても突破できそうな感じはない。


「とりあえず助かったな。これで清十郎は大丈夫か。これってバス……ベルがこの場から離れても大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃ。術者からの距離は基本考えなくても良い。儂が死なん限り大丈夫じゃ」

「なら、桐谷を討つまではお前のことも護る必要があるな」

「そうじゃな。か弱き乙女じゃからな。護ってくれぃ。というか桐谷を討ってからも大切に護って欲しいがのう」

 

 とりあえず、俺たちはこの状態でしばらく待ってみた。

 だが、清十郎は元の自我を取り戻さなかった。ずっと桐谷に操られ続けている。

 このままボケッとしていても仕方がないので、バーベキューを片付ける人員と、清十郎の今後を考える人員に分かれて作業を続けることにした。ちなみに、俺とナドカさんが清十郎担当だ。


「この支配のグリードって具体的にはどういう能力なんでしょうね。さっきまでは本人の自我だったでしょ? なのに今はずっと操られてる感じだし」

「清十郎が『聖牢獄』に囚われたことを桐谷が認識できているのかどうかだな。操り始めたタイミングを見る限り俺たちを監視していたような感じではなかった。なら、桐谷は清十郎視点でこっちの状況を把握することはできないのかもしれない。確定はできないが」


 印象的には俺もナドカさんと概ね同意見だった。

 単純に「どんな支配にするか」と「スイッチの入り切り」ができるというイメージか。なら、「体と心の常時支配」へと変更した結果を、誰かがここへ確認しに来る可能性もあるが……。

 

「ごめん、ナドカさん。桐谷を殺すまで、このまま清十郎をここに置いてもらってもいい? 他に思い当たらなくて……虎太郎もいるんだけどさ」

「仕方がないだろう。虎太郎のことは俺が別途対処するよ。この檻の強度はまだよく分からんが、この様子だとまあ大丈夫だろう。最悪破られたら俺が倒すしな。ただしその場合は清十郎も相応の怪我を負うことになるが」

「ええ、仕方がないですね。すみません、ありがとうございます」


 念の為に地下の出入り口には厳重に重石を置いて、さらにナドカさんが監視についてもらうことにした。

 中学生の虎太郎もいるのにこんな危険で厄介なことを引き受けさせている。親密な関係に甘えてずっとやらせるわけにはいかない。

 早急に、桐谷を討つたないといけなかった。


 そうこうしていると、瑠夏と美咲がやってきた。


「そうちゃん、バーベキューは片付け終わったよ。清十郎さんのほうはどう?」

「桐谷を倒すまでこのままにしておくしかなさそうだ」

「……そっか」


 美咲は不安そうに考え事をしていた。

 こいつは兄のこととなると、持ち前の人を食ったような態度が瞬殺で消えちまう。

 それはそれで可愛いところがあるが、そうならないようにするのが俺たちの仕事だ。


「美咲。心配するな。一応この状態だと清十郎は傷つかないし、周りの人を傷つけることもない。飯の差し入れも何とかできそうだし」

「……グリードって凄いんだね。こんなことができるなんて知らなかった。本当にありがとう」


 相変わらず生意気な態度は消失しているが、それはそれで寂しいものだ。またいつもの美咲に戻って欲しいと思った。 


 夜も更けてきたので、ナドカさんが皆へ伝えた。


「とりあえず今日はこれでお開きにしよう。各自帰って休んでくれ。封印グリードが遠隔稼働できるならベルはいったん帰るか? ただ、明日からは来て欲しいんだが」

「もちろん──あ、ちょっとだけ待つのじゃ」


 そんなことを口走ったバステトは、小走りに俺のところへ来て耳打ちした。


「蒼真、明日の其方(そなた)らのスケジュールはどうなっておる?」


 ……なるほど。猫魔獣と猫魔人は同時に存在できない。下手すりゃ今日のバーベキューみたいなことになってしまうことを危惧しているんだろう。


 迂闊に魔人化してしまったことでこいつはなかなか難しい生活を強いられることになってしまったようだ。まぁそのおかげで清十郎を封印できて助かってもいるが、できればこの件に俺のことは巻き込まないでほしい。

 だってほら。この耳打ちだけで既に瑠夏がイラついてる。

 

「数珠丸が報告に来ない限りはマーモットには毎日来るよ、俺たちも」

「そうか。では大丈夫か」

「ねぇ蒼真。どうして二人でコソコソ話をするの? あたしたちには聞かれたらダメな話なの?」

「いえ、全くそんなことはありません」

「へぇ。敬語なんだ」

「すみません」


◾️


 バーベキューは解散し、美咲は先に帰った。いつの間にかバステトは猫になって瑠夏の肩の上。

 ドラコとメルカは擬人化していて、メルカは瑠夏と手を繋いでいる。俺と瑠夏はナドカさんに手を振って挨拶し、マーモットの鉄扉を閉めた。


 夜月を見上げて、敷地内を数歩だけ歩いていたところで俺は立ち止まる。瑠夏になんて言おうかずっと迷っていたからだ。

 それはベルのことじゃなくて、先行きに暗雲が立ち込めたこと。


 絶対に俺がなんとかすると偉そうな事を言っておいて、結局は瑠夏の弾の威力を上げなければ敵を倒せないことを露呈しただけだった。

 最近は、瑠夏も少し希望を持ったような感じに見えていた。せっかくいい傾向だったんだ。だからきっと瑠夏をガッカリさせてしまったに違いないだろうと思った。


 どう切り出して良いものか分からなくて、俺はとりあえず謝った。


「瑠夏。ごめん」

「……いいよ、別に」


 するといきなり(ゆる)された。

 ああ、やっぱり瑠夏は諦めているんだと思った。もしかすると、投げやりになってしまったのかもしれない。


「もう夫婦じゃないもんね。あたしがあんな態度とるのが悪いんだ。分かってるんだけど、なんかモヤモヤしちゃって。だから、そうちゃんが誰を好きになっても、女の子たちと遊んだっていいんだよ」

「えっと。何の話?」

「ベルちゃんとか美咲ちゃんの態度にあたしが嫉妬してることでしょ?」

「え。嫉妬してたの? じゃあみんなの前でキチンと言うけど。俺と瑠夏は夫婦になりますので、って。明日婚姻届もってくるわ」

「え? え? そ、そ、そそその話じゃないの」

「違うよ。全く別の話」


 瑠夏は、月明かりしかなくても明らかに分かるくらい顔を沸騰させていた。いや、これはメルだな確実に。

 こいつは、両手で顔を隠したままその場で屈み込む。


「なーんだ。とうとう言ってくれる気になったんだ。俺は嬉しいよ! 今日は一緒に寝よう! あー、久しぶりだからなんかドキドキするわぁ」

「……違うから」

「え?」

「違うから!! ジルがそう思ってるんじゃないかと思って気持ちを代弁しただけだから! あたしが思ってたんじゃないから!! 勘違いしないでよね!!」

「だってさっき」

「違うって言ってんでしょ! あんたなんて好きじゃない! 添い遂げる気もない! 一緒にも寝ない!」


 (まく)し立てた瑠夏は、はーっ、はーっ、と息を荒げる。

 肩に乗ってるバステトが瑠夏の頬を舐めて、メルカが瑠夏の手をまたキュッと握った。ドラコは俺たち二人を交互に眺めている。


「そっか」

「……………………そんで?」

「何が」

「じゃあさっきは、何を謝ったんだよ」

「なんだっけ? あまりにも嬉しい話だったから、飛んじゃったよ」


 こういうことを言うと、いつも頬を赤らめる。

 男の子と付き合うことに免疫のない「瑠夏」の人格のせいだと分かってはいても、メルも同じ気持ちなんじゃないかとつい期待してしまう。

 ジルは、ずっとメルの気持ちを気にしてるんだ。


「……ねえ。久しぶりに、あれ、やらない?」

「あれって?」


 瑠夏は、足元にある石を拾った。


「全力でいくよ?」

「……なるほど。今の俺を舐めんなよ」


 昔二人でよくやった秘密の特訓、そのうちの一つ。瑠夏が投げた石を、後から投げた俺の石で迎撃するやつだ。

 今世の戦いは、全てあれが始まりだった。

 懐古の念に浸りながら、俺も石を一つ拾う。

 それを人差し指と薬指で挟んで保持し、デコピンで飛ばせるようにした。

 

「よーし……」


 瑠夏は、野球のピッチャーみたいに振りかぶった。昔からこいつはいつも容赦がなかった。じゃなきゃ実験にならないとか言って。

 だからフォームが様になっている。きっとコントロールも悪くないだろう。というか、この時点で俺にはもう見えていた(・・・・・)


「ふっ」


 瑠夏が投げた石は、やっぱりすげーコントロールで俺のところへ飛んでくる。このまま何もしなきゃ顔面直撃だ。

 俺は、中指で石を弾いてほぼ真上へ飛ばした。


 俺の顔の三〇センチほど前方でカチンと音が鳴る。

 双方の石は互いに(はじ)けて別方向へと飛んでいった。このくらいなら弾けた石をどこに落とすかまで狙う余裕がある。

 石は、俺の近くにいたドラコの手の中にすっぽりと収まった。


「あーあ。前腕すら動かせないかぁ。ちょっと悔しいわ」

「へっ。俺も成長してるからなぁ」


 瑠夏は歩いて俺に近づく。


「山岡のことを言ったんだね」

「へぇ。気づいたんだ」

「君のことはねぇ、何でも分かるから」

「最初は外した癖に」

「そうちゃんじゃなかったら、寿命の消費量はあんなものじゃ済まなかった」


 きっと感謝の意を伝えてくれているんだろう。

 でも、それは俺が望んだほどの結果じゃなかったんだ。


「何度も一〇分弾や四級を撃って、三級なら効くかもしれないと考えて三級に切り替えただろうね。そしてまた何度も撃ったところでようやく核があることに気づいて敵の体全体を攻撃できる三級を試して、結局は確実に倒せる二級にまで手を出していたと思うよ。そうちゃんだから、一〇分弾一発、四級一発、三級一発で終わらせた。最小限だよ。これ以上は他の誰にも無理だった」

「……そんなことはない。四級は無駄だった。実現出来もしない願望に目が眩んで現実を見誤った。だから四級を一発無駄遣いした。その積み重ねでお前の命が無くなるんだ。あんなんじゃ失格──」


 俺の頬に、瑠夏がキスをした。

 温かく濡れた柔らかい感触が、はるか昔の思い出を鮮明に甦らせる。


「無駄なはずの四級があったから、君の気持ちが分かってさ。不覚にも嬉しかったわ」


 無駄にしないほうがいいに決まっている。

 それでも、瑠夏の言葉に少しだけ救われた気分になる。


 全てを計画し、紫眼の魔女打倒へ向けた二人だけの実験を主導してきたのはメル。だから、今の言葉はきっとメルなんだろうとジルは思うことにしていた。

 どうせグジグジ悩んでる暇はない。まだ何も終わってない。やることは決まってるんだ。

 

 別に周りにいる他者からの付与グリードの危険があるってわけじゃなかっただろうが、瑠夏は俺と手を繋ぐ。それからドラコも加えて。

 俺たちは四人で手を繋いで、家まで帰った。

 

 

 

 


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