38 出番が来た
美咲の悪ふざけで瑠夏の機嫌がさらに悪化しそうだったので、俺は定位置を離れて清十郎のところへ。
清十郎は、ドラコ・メルカと喋っていた。俺は缶ビールを差し出す。清十郎も缶ビールを出し、互いにコツンとぶつけ合った。
「よお。お疲れさん」
「ああ。すまんな大将。世話になって」
「全部美咲が動いたことから始まってるんだよ。美咲は良い子だな。あんな仕事してんのに、きっと心根は純粋なままだ」
「そうだな。元々そういう奴なんだ美咲は。あの道に入ったのは、きっかけがあっただけだ」
「……それが桐谷、か」
「ああ。最悪なことにな」
グイッとビールを煽る。
それから、ドラコとメルカを見やった。
「こいつら武器なんだな。パッと見は普通の人間だったからわかんなかったよ。お前は良い武器に恵まれてる」
「そうかぁ? なかなか問題ありのお二人様だけどな」
「わたしは既にきちんと役割を果たしていますよ!」
「僕は出番がないだけだ!」
ドラコとメルカが一斉に吠えた。
「はは。大事にしてやれよ。大事にするってのは本当に難しいことだからな」
どこか感傷的に見えるルークは、やはり元気がない。
始めた会った時は、もっと覇気に溢れていたというか。
「どうしたんだよ。なんか元気ないな」
「俺を倒した奴に言われたくないね。お前は知らねーかもしれないけどな、俺はあの桐谷にすらそう簡単にはやられなかったんだぞ」
「ああ。数珠丸の読心で言ってたな」
「人間だった頃からずっと剣技を磨いてきたし、一度たりともやられるつもりはなかった。結果は最善だったしそれ自体に不満はないが、あんなにあっさりやられるとなぁ。そりゃショックも受けるだろ」
「そういうことね。俺にやられて凹んじゃってるって訳か。そりゃ悪いことしたなぁ」
「……ったく。性格が悪い。あの瑠夏ちゃんもどうしてお前なんだ?」
あれ?
数珠丸に続いて瑠夏のことを怪しい目で見る男・第二号か?
初めて会った時も、瑠夏みたいな性格が好きだって言ってたしな。変な意味じゃないって取り繕ってたけど、こいつ。
「なんだよ?」
「なんでもないよ。そんで? 大事にすることが難しいって、美咲ちゃんのことか」
ルークは、またビール缶をクイッと傾ける。
「大切な家族を護るためだった。それに、俺たちと同じように強者から一方的に虐げられている人の涙を止めるために強くなろうとしたはずだった。なのに、結果的には俺のせいであいつは夜の世界で稼がなきゃならなくなってた。宝物だと思っていたものを、気がつけば自分自身で傷つけている。難しいものだよ、本当に」
清十郎は夜空を見上げる。
仕事として請け負ったはずの案件だ。だけど、気がつけば随分と気持ちが深入りしている。
こいつらのことを、護り抜く。
それ自体が仕事の依頼であることは分かっているのに、仕事じゃなくてもきっと今の俺はやっている。
「任せとけ。もう二度とお前らに手を出せねーようにしてやるよ」
「……お前らは、いったいどういう奴らなんだ?」
「意味わかんない質問だけど。ただのエージェントだよ」
「普通のエージェントとは明らかに違う。エージェントってのは魔物に恨みを持つ人間の救済を目的とした組織だ。だが、あいつらは基本、金の亡者だ。元々の主旨なんぞ本部であるエージェントギルドしか持っていないだろう。それか上級エージェントかだ。下っ端は稼ぐことだけ。そのくせ新人のはずのお前らはそいつらとは違うように見える。どんな目的があってエージェントになったんだ」
「ああ。まあ、今日の場で喋ることじゃない。またな」
「そうか。話せる時が来たら話せ。俺にできることなら協力してやる」
「サンキュ」
俺もビール缶を口につけて、一口飲んだところでルークがビールの缶を落とすところが見えた。
「おいおい。もう酔ったのか? 酒強そうに見えんのに──」
即座にメンタルを切り替えるのが死地を潜り抜けるコツだとするなら、その前提として必要になるのは「観察力」若しくは「感知力」の類だ。
なぜなら、自らを死に追いやる元凶を認知もしていないのに、メンタルの切り替えもクソもないからだ。
落ちた缶ビールには目もくれず、俺の首を片手で掴みにくる。
ルークの目に映った自分の姿を眺めたのは一瞬。俺は反射的にぶん殴った。
「かはっ……ぐ……ナドカさん!」
テーブル席へいるみんなへ危険周知の声を上げる。
魔物のルークに人間である俺の殴打はダメージが入らない。しかし窮地を脱し、敵の体勢を崩すくらいの効力は発揮してくれた。
一瞬だったが清十郎の喉輪は強烈だった。後少し反応が遅かったら喉を潰されていたと思う。やはりナドカさんの訓練は絶大な効果を発揮している。
ナドカさんは即座にナイフを具現化していた。
大量の刃が渦を巻いて清十郎を繭のように取り囲み、すでに身動きが取れないようにされている。
「蒼真。これでとりあえずこいつは動けないが、自害するように命令されれば俺には防げない」
「……オッケーです。事前打ち合わせの通りですよ」
桐谷。奴が清十郎の裏切りに気づいた時は必ずこうなると予測していた。だから日本刀は清十郎の同意を得て予めこちらで預かっているし、瑠夏には事前に必要な弾丸を作ってもらっている。
(ドラコ!)
俺の前腕には既に触手が絡み付いていた。
ナドカさんと目配せしながらタイミングを窺いつつ、ナイフの繭を解除すると同時に発砲音を撃ち鳴らす。
命中したのは、例によってルークの前腕あたり。もちろん擦り傷で済むポイントをしっかり狙っている。
一〇分弾マリオネットだ。対処を考える時間を稼ぐには、一分弾では無理だと踏んでのことだった。
「そうちゃん! 大丈夫!?」
「ああ。マジでぶん殴るのが一瞬遅れたら首を折られてた。この躊躇いの無さは清十郎じゃない」
「……気づかれたんだね」
間違いなかった。
そして、そうなると清十郎の対処が必要だ。だが、俺たちにこの事態をどうにかする手段はない。ずっと考えていたが、良い案が思い浮かばなかったんだ。
最悪は地下射撃場だ。外から鍵をかけられないし、仮に出入口の鉄プレート上に重しを置いたとして飯も食わさずにずっと閉じ込めておくわけにもいかないが、今のところはここだと決めていた。
「瑠夏。ナドカさん。地下に閉じ込めよう。こうなったらなるべく早く桐谷をやるしかない」
「……そうだね」
「同意だ。当面は仕方ないだろう」
俺たちが真剣に話をしていると、バステト──というかベルが俺の肩を叩いた。
「どうやら、儂の出番のようじゃな?」
「あのな。今は遊んでる場合じゃないから引っ込んでろ。あとで相手してやるから」
「違う! これは儂の出番なんじゃ! 儂に任せるのじゃ!」
「はぁ? 何を言ってんの? お前に何ができんの?」
「ベルさん、これはマーモットでのお仕事の話じゃないから、あなたは関わらなくてもいいんです。なので、山田さんの言う通り下がっていてください」
「瑠夏! 大丈夫じゃ! 儂に任せろ」
「あのね。まだあたし、あなたに呼び捨てされるほど仲良くないけど」
「……っっ。違うのじゃ。儂は。儂はっ」
ベルがお腹の前で人差し指を引っ付けてクネクネしている。
あんまり出しゃばらないのに、今日はちょっと前に出て来ている。
「いいよ。言ってみろ。この場面で言う価値があることなんだよな?」
「もちろんじゃ! 儂は『封印グリード』の使い手なんじゃ」
「何それ?」
「敵のグリードごと完全に封じ込めるグリードじゃ」
場が固まる。
「え。なんでそれ早く言わないの!?」
「じゃから言おうとしてたのに!」
「違うわい。佳境に入ってからじゃなくて、もっと前に言っとけっての!」
「そうちゃん、まだ新人さんなんだからそんな言い方はひどいよ!」
そうだった。
みんなはこいつを、そういう目で見てるんだった。
この皮被り化け猫め!




