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36 バイトの女子


「なあ蒼真。ちょっと相談に乗ってくれるか」

「はぁ。何すか」


 数珠丸の報告を待つ間は動けない。

 訓練がてらマーモットにやって来た俺に、ナドカさんがこう言った。


「うちでバイトしたいって希望者がやってきたんだ」

「マジで? 男ですか。女ですか」

「女だ」

「雇いましょう」


 今日はルークと美咲を交えてバーベキューをしようかという話になっていた。

 あんまり暗い気持ちでいるのも良くないからといって、ナドカさんが提案してくれたのだ。

 俺とナドカさんがいるところで仮にルークが暴れ出したとしても絶対に何もできないだろうし、まあいいか、ということになった。


 ってか、ナドカさんの正体が気になる。絶対にみんな気になっている。今日のバーベキューで絶対に尋ねてやろうと俺は思っている。

 とりあえず、俺と瑠夏で買い出しは終わって、瑠夏は今、表で美咲と一緒にバーベキューの準備中。 


「お前、瑠夏は良いのか」

「良いとか悪いとかではないと思いますよ」

「女と聞いた瞬間に決断したような気がしたが」

「女の子は、居れば居るほどいいんです」

「はぁ。じゃあ雇おうか」


 しかし面接とかしたのかな。今の俺の話だけで決めたんじゃないよね?

 してなくても俺は責任持てないけどなぁ。


「今まさに事務所にいるんだよ。紹介するからお前もちょっと話をしてみてくれ」

「えっ。今?」


 女の子と聞いて喜んだが、よく考えれば銃やらロケットランチャーやら手榴弾を置いてる店にバイト希望をする女子だ。

 言われるがまま事務所へ行くと、そこには確かに一人の女子がいた。

 その子は俺の姿を認めると、立ち上がって挨拶をした。


「お初にお目にかかる。其方はマーモットの方かな? 儂はベルと申す」


 少し癖っ毛のオレンジ髪はロング。

 タレ目で愛嬌のある、おっとりした感じの可愛い顔。

 瑠夏を彷彿とさせる豊満な胸と、きゅっと細い腰、ほとんど水着のような服はどこかアラビア感というか、エジプト感というか、そういうものが漂うヘソだしルック。

 めちゃくちゃ良いじゃんか!

 ……と思ったが、そこまではいいとして話と少し違うのはその女子が獣人(・・)だということだ。


 つまり、頭頂部にはぴょこんと大きな猫耳があって、笑顔になると八重歯が目立つという……。お尻のほうには、何やらウネウネ動くオレンジと白が混ざった尻尾もあるし。


「えーと……猫獣人ですか?」

「そうじゃが」

「ナドカさん、いいんですか? 魔人ですけど」

「別にいいんじゃないか。良い奴だと思うぞ。礼儀正しいし」


 ナドカさんは礼儀にはうるさいからな。つまり、この女子は唯一にして最も大事な採用条件をちゃんとクリアしているのだ。一人称が儂だし「のじゃ語」だってのが俺的にはちょっと気に掛かるが……。


「初めまして、俺は山田蒼真といいます。ベルさんは、武器屋に興味があるんですか?」

「もちろんじゃ。履歴書を持って面接に来ておるんじゃからな。ああ、良ければ喫煙所はあるかな。そちらで話をしよう」

「ええ……まあ良いですけど」


 初めて来たバイト先で、まだ正式採用が決定してもいないのにいきなりタバコを吸わせてくれって言える神経がなかなかだ。

 倉庫の正面入口、いつもの鉄扉がある面の反対側には鉄筋コンクリートの居住建物があって、入口へ向かって左側にはいつものバーベキューをしている場所がある。

 喫煙所は、バーベキューとは反対側だ。


 ベルさんを喫煙所へ連れていくと、彼女は懐から紙タバコを取り出した。今どき電子タバコでもないんだな。

 見ると、銘柄は「ガブリエル」だ。タバコを吸わない俺でも知ってるが、熾天使の名を冠したこのタバコは、その名とは裏腹にタールが14mgでなかなかガツンと来るやつだったはず。


 ベルさんはライターでタバコに火をつけ、フィーッと煙を水平に吹き出した。

 俺はベルさんの隣で壁に背もたれながら腕を組む。


「その銘柄が好きなんすか」

「うん? ああ、そうじゃな。天使に恨みがあるうぬには分からんことじゃろうがな、蒼真」

「あ?」


 ベルさんは、おっとりした見た目とは裏腹に挑発的な言動をする。

 俺が天使に恨みを持ってることを知っている? 

 こいつ、俺たちを標的にしている魔人か?


「……おい。お前は誰だ」

「あはは。まだ分からんのか? よし、ヒントをやろう」

「…………」

「ほれ。このオレンジ色の毛並み」


 ベルは、自分の髪をサラッと持ち上げて落とし、尻尾をクネクネと動かした。

 オレンジ色の髪の毛ってのは確かにそんなに多くはないが、全くいないって訳でもない。

 

「ほれ、さっきから喋ってるこの『のじゃ語』」


 これは確かにレアだ。正直、マジでこの喋り方をする若い女性に現実で出会ったことは一度もない。


「さらに、タバコ好き」


 タバコが好きな奴なんて死ぬほどいるけどな。

 何がヒントになっているんだよ?


「そして猫」


 猫? 猫獣人じゃなくて?

 ……まてよ。

 オレンジ色の毛並みで、のじゃ語で、タバコ好きの、猫?

 瞬間、俺は目を見開いた。


「あははは。わかったようじゃな。儂じゃよ。バステトじゃ」

「マジで!? ってかお前ここで何やってんの!?」

「ふふふ」


 バステトは、フィーッっと満足そうに煙を吐く。

 ふわっとしたタバコの臭い。うっすら漂う煙の向こうに、オレンジ色の瞳をした魔人バステトが微笑んでいる。


「飼い主が困っておるようじゃから、ペットとしては一肌脱ぎたくてのぉ」

「はぁ? なんだって?」

「天使や神は嫌いじゃし魔物は殺すが、うぬも人助けはしたいと思うておるんじゃろう? じゃから魔人の清十郎を助けようとしている。儂が来たことに感謝することになるぞ」


 こいつは何の変哲もない猫のふりをして普段から俺たちの会話を聴いている。だから、概ね俺たちの事情も把握しているはずだ。

 ただ一言多い。「天使が嫌い」というところに俺は引っ掛かった。


「まるで天使を嫌うのが悪いことのように聞こえるが」

「そうじゃな。嘆かわしいことじゃ。そろそろ考えを改めても良いのではないか」

「絶対に無理だね。俺の家族を殺した奴らだ」

「死はそれで終わりではない。死して大地の一部となり、神の一部となるのじゃ。其方らの子は神の一部となり、今も其方らを見守っておるよ」

「……俺たちに説教するってのかよ」


 ただの猫だというなら捨て置いたが、こいつの言葉を信じるならこいつも神だ。

 バステト神。宗旨は異なるかもしれないが人間に説教したがるのは同じらしい。


「その神が俺たちをここまで堕としたんだよ。俺たちは神をも殺すつもりで戦ってるんだ」

「無理に神を(あが)める必要はない。ただ、子が悲しんでおるじゃろうなと思うてな」

「……お前に何が解る」


 バステトに憎しみが湧いている。

 何も迷いがなく、スッキリと心が晴れ渡っていたならこれほどイラつくことはなかったと思う。喋る猫の戯言として流せたはずだ。

 

 瑠夏を護りたくて、でも復讐を果たそうとすると瑠夏の命は失われるのが現実で。

 二つの願いをどちらも成し遂げるために強い意志を持ったつもりが、そんなものは机上の空論に過ぎないと突きつけられてメンタルは路頭に迷ってしまっている。


 全くベクトルの異なる二つの願いを同時に叶える。

 口で言うなら容易い事だが、実際にはほとんど不可能じゃないかと思えた。つい昨日乗り越えたばかりの仕事で、それを思い知らされたところだった。


「お前は、俺たちの敵なのかよ」

「誰彼構わず牙を剥くな。儂は何があっても瑠夏の味方じゃ。そして瑠夏が望む限り其方の味方でもある。たとえ神々に盾突こうともな。じゃが覚えておけよ? 全ては自分を写す鏡。神は最初から、其方らをどうこうしようと思うておらん。神は全てに平等じゃからな。其方らにも、紫眼の魔女にも」


 得意げに喋って最後に煙を一筋つくる。

 吸い殻を灰皿に押し付けると、バステトはまた微笑んだ。


「さて、戻るか。ああ、引き続き皆には儂の正体を隠しておいてくれ。瑠夏に知られるリスクだけは避けたいからな」

「散々偉そうに説教しといて最後は頼み事? いやだよ。もう怒った。バラす」

「えっ! ちょっと待て、怒る気持ちは分からんでもないが落ち着け! 儂は其方のことを思うて……」

「余計なお世話だ馬鹿野郎。誰がお前の愛煙を肩代わりしてやってると思ってんだ?」


 冷や汗をダラダラ流すバステトは、こめんなさい、もうしませんと必死に謝りながら俺に抱きつく。

 ったく。こいつはマジでしょうがねー奴だ。


「……蒼真? 何やってんの?」


 そこへ瑠夏がやってきた。

 バーベキューの用意を終えたんだろうか。美咲も一緒にいる。


「ああ、こいつはバス……今度バイトとして採用されるベルさんだってさ。瑠夏はまだ会ってなかったのか?」

「誰か来たなとは思ってたけど。そうなんだ。それで、なんでその新人バイトの女の子と二人っきりで抱き合ってる訳?」

「え? ……あっ」


 こいつのことは猫としか認識してなかったから何の問題意識も持っていなかった。

 瑠夏から言われて気づいたが、今、俺は初めて訪ねてきた──しかも露出の多い服を着た猫獣人女子に抱きつかれている!


「違っ……いや、瑠夏。待て。怒る気持ちは分からんでもないが落ち着け」

「怒るって何? なんであたしが怒るの? 別に結婚してる訳じゃないし付き合ってる訳でもないんだから怒る理由がないでしょあたしは落ち着いてるよ。焦ってんのは蒼真だよ」


 瑠夏は普段俺のことを「そうちゃん」と呼んでいるが、感情的になったときには「蒼真」と呼ぶ。

 分かりやすいんだ。瑠夏はニコニコしながら静かな声で話しているが、つまり、今こいつはめちゃくちゃ怒ってる。


「あー。お兄さんもなかなかやるなぁ。バイトに来た女の子に初日から手ぇ出してんの? でもさ、いくらなんでもそれちょっと見境いなさすぎない? 同じ店に彼女いんのに」

「こら美咲! お前は余計なことを──」

「美咲ちゃん? 彼女じゃないよ? あたしと蒼真はただの他人だから」

「めんごめんご。あははは」

「それに蒼真? ずっと気になってたんだけどなんで美咲ちゃんのことを下の名前で呼び捨てしてんの? 依頼者でしょ?」

「えっ……と。あの。そう、だ、こいつの態度がさ。さん付けとかちゃん付けとかする気が失せるような感じというかワザワザそんなことする必要性を感じないというかだから気を使わずにシンプルに呼んだほうが呼びやすいというか別にそれ以外に大した理由はなくて!」

「じゃあ阪口でいいじゃない」

「ですよね」

「別にわたしはいいっすよー。お兄ちゃんも阪口だからややこしいし。美咲って呼ばれたいですー」

「だ、だね! ややこしいもんね! 俺も実は最初からそう思ってて──」

「そう。じゃあ勝手にすれば」


 俺の言葉を遮った瑠夏は、俺を一瞥すらせずに戻っていく。

 とぼけた顔のバステトにまだ抱きつかれたまま、俺は先が思いやられて項垂れた。




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