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35 質疑なき事情聴取


 アルテリア龍神会の刺客・山岡とその部下を退けたあと、俺たちはルークと美咲を連れてマーモットへ帰った。

 体感的には日を跨いだんじゃないかというくらい長く感じたが、マーモットへ帰ってきたのは夜の一〇時頃。

 ナドカさんはもちろん起きて待っていてくれて、おまけに虎太郎も起きていた。


「ナドカさん! ごめんね、あたしたちのせいで狙われて。怪我はなかった?」

「瑠夏、おかえり。お前たちこそ大丈夫だったか? 心配するな、ここを事務所として使っていいと言ったのは俺だからな」


 その理由を俺は「まだウェジーは有名じゃないし大した奴から狙われないから」だと思っていたけど、それは少し違ったのかもしれない。

 だって、侵入者を撃退した時のナドカさん、マジで楽しそうだったから。

 息子を護るためにこの世界から引退したけど、もしかしたら疼いちゃったのかな……。


 それにしても、なかなか疲れる仕事だった。

 というか、よく考えたらまだ依頼された仕事は果たしていない。エージェントギルドのS級首「蛇ドレッド」バジリスク桐谷が残ってるなぁ……。


 人数的に事務所には入りきらないので、倉庫内にある大型テーブルのところに集合した。各自、疲労が見え隠れする様子。


「ナドカさん、このルークって獣人がこの前の依頼者・阪口美咲の兄貴なんだ。依頼はこの兄を護ってほしいってやつでさ」

「ああ……。だ、だが、どうするんだ……?」


 虎太郎が、せっせと俺たちに飲み物やお菓子を持ってきてくれた。心なしか普段より動きがキビキビしている。そして、それを擬人化ドラコとメルカが手伝い、バステトが盛んに周りをウロウロしているという構図。

 ナドカさんが動揺しているのはルークや美咲のせいではなく、もちろんバステトが原因だ。視線がずっとバステトを追っている。


「ルーク、お前はしばらく俺たちの家へ置くことにする。美咲もだ。今日の騒動をバジリスクが感知したら間違いなく狙われるからな」

「いや……美咲だけにしてくれ。俺はお前らの世話にはならない」


 正義感が強くて義理堅そうな印象だからこいつの気持ちは推察できる。

 ただ、今はそんなことを言っている場合じゃなかった。


「おい。意地張ってる場合かよ。命の危険があんだろ」

「俺たちを匿えば、お前らに命の危険がある」

「それはわかってるよ。でも、匿っても匿わなくても、こうなった限りはどっちにしても俺たちも狙われると思うぜ」

「そういう意味じゃない。お前らを殺すのは、俺だ」


 いい加減、俺もうんざりしてきた。


「あのなぁ。そこまでしてあいつらに義理立てする必要あんのか?」

「そうだよお兄ちゃん……この人たちのお世話になろ? 危なすぎるよ」

「だからそんな問題じゃないんだ。俺の自由は、俺にはない」

「……グリードか」


 ナドカさんの一言解説で、俺たちはもの凄く正確に事態を把握できた。なるほど、そういうことなら納得だ。バジリスクの誰かの仕業ということか。

 でも、今のところこいつの意識はこいつの自由になっている印象だ。意識はそのままで体が勝手に動かされるとかだろうか。それとも、ある時、突然乗っ取られるとか?


「なるほどね。じゃあ敵のグリードがどんなものかを喋ってもらおうか。そのくらいの自由はあるか?」

「…………」


 ルークは黙っている。これを回答することすら術者の命令に抵触するのか。

 しかしさっきは「俺に自由はない」と口にしていた。とすれば、聞き方によるのかもしれない。


「蒼真。とりあえず情報屋を召喚しよう」

「そうですねナドカさん。あの、ナドカさんが呼んでもらっていいですか、奴を」

「誰であろうが呼べば来る。それが仕事だ」

「あ──……また金が要るのかよ」


 瑠夏がスマホを取り出して数珠丸へ連絡をとった。

 今度はいくら要求されるんだ? 

 金払いが良いと思ってた依頼者はいなくなっちゃったからなぁ。こっちの依頼者は体を売らなきゃ稼げない人だし。

 あーあ……持ち出しになりそうだ。最悪。


「あの……わたし、絶対にお金作ります。時間は掛かるかもだけど、絶対に」

「美咲。もうお前は体を売るな」


 さっきまで泣きそうな顔をしていたのに、俺にこう言われた美咲は気力を取り戻したように見えた。ピリッと眉根を震わせて、鋭い目つきで俺を睨む。


「……助けてもらってこんな言い方したくないけど、余計なお世話だよ。わたしにとっては、こんなこと何でもない。人から命令されることでもない。ずっとそうしてきたんだ。だから」

「いや。俺が金を作る。だから美咲は払わなくていい」

「お兄ちゃん。わたしが依頼してんの。だからわたしが払うのが当たり前なの」

「お前にそんなことをさせたくなかった! だから俺は──」


 ルークは口をつぐんだ。


「俺は?」

「…………」


 ……うーん。やっぱ歯切れが悪い。

 そこにもバジリスクの桐谷が絡んでるってことらしい。確か桐谷は、美咲ちゃんに金を稼ぐよう指示していたと思うけど。

 喋ることを禁じる。そういう類の強制力も厄介だなと思った。


 ガガガ、といつもの鉄扉を引きずる音が今日は少し耳障りだ。ナドカさんにお世話になってるお礼がてら修理業者を俺たちで手配しようかと考える。


「こんばんわ。なかなか遅い時間に呼んでくれますね。私は住職なので夜は早めに寝るんです。割り増しですよ、蒼真」

「ごめんね、数珠丸さん」

「あ、いえ。瑠夏さんは何も悪くありません! つい口が」


 こんなやり取りを終えて、数珠丸は俺たちから事情を聞いた。

 例によって来客用のお茶を持ってきたのはドラコ。こいつはなかなか反応が早い。

 ってか、せっかちなのか。

 メルカが既に向こうでバステトと遊んでいるから、動けるのはドラコと虎太郎だ。だけど中学生の虎太郎はまだこういうのに慣れてないので、ドラコがお茶を用意するため席を離れたのを見て慌てて追いかける形になっている。

 そして虎太郎は、お茶出しについてこんこんとドラコから指導されていた。


「私が美咲さんと龍神会の関係者から読んだ情報で既に多くのことが分かっていますが。他に何が必要ですか?」

「やっぱ心を読んでたのかよ。なんでその力を俺には秘密にすんだ」

「なんとなく言いたくなかっただけです。美咲さんには正直に言いましたよ? 信じてくれませんでしたが」


 最初はこいつと仲違いしてたから仕方ないと言えば仕方ない。

 それにしても、正直に教えたほうが信じてもらえないという能力。不思議なもんだ。


「敵の──えっと、つまり『バジリスク桐谷』のグリードを探ってくれ」

「構いませんが先にギャラの話を詰めましょうか」

「お前は本当に守銭奴だな」

「プロなだけです。それで、どこまでやらせたいのですか」

「とりあえず、この場でルークの心を探る作業はどのくらいだ?」

「二〇万ですね」

「あれ? 良心的じゃない?」

「危険を伴いませんから」


 だとしても高いか……?

 最初にあまりにも吹っ掛けられ過ぎてやっぱり金銭感覚が麻痺しているのかもしれない。


「一〇万でどうだ」

「交渉には応じません」

「マジかよ。家電屋でも応じんぞ。情報を取得できなければ?」

「家電屋だから応じるんですよ。読心グリード使いがもっと世の中に存在していれば値下がりするはずです。何も取得できなければもちろん報酬はいただきませんよ。この世界は成果主義です」

「OK。じゃあやってくれ」


 数珠丸は、少しの間、長椅子に座ったままルークと向かい合っていた。

「少しの間」とは、ほんの一、二秒だ。心を読むのに必要とする時間ってのはこれほど短くて済むものらしい。


「……完全には分からないですね」

「なんで? あー、つまりルークが知らないってこと?」

「簡単に言えばそれに近い。ルーク自身が感じた印象としてお話ししましょう。……例えば、ルーク──すなわち阪口清十郎は、元は人間でした。それが、桐谷のグリードによって魔人に変えられてしまった」

「でもさ、それはおかしくない? ルーク──いや、清十郎は秘密を喋れないようにされてるんだよ。それじゃグリードが二つに……あ! そっか、別の奴のグリードも二重で掛かってるとか!」

「魔人改造も支配も、いずれも桐谷のグリードだという印象を清十郎は持っています。そしてルークが縛られているのは言葉だけではありません。思考、感情、行動を含めたすべて。どう足掻いても桐谷に逆らえないようにされています。よって、桐谷が『マーモットのメンバーを殺せ』と命令すれば、清十郎にはそれに抗う術がない。というか、喋ってる途中で遮らないでもらえますか」

「二つの効力を持たせるグリードってあるの? ナドカさん、どう思う?」

「あのね……話聞いてます?」

「あり得ないことじゃない。グリードは、欲を叶えるために必要な要素は全て実現される。全ては願い方次第さ」

「しかしそうなると、マーモットにも俺んちにも清十郎を置いておけないぞ。だって、突然凶暴化して襲ってくるかもしれないってことだもんな? そうなっていないのは、清十郎が寝返ったことを桐谷がまだ気づいていないからってことだろ」


 はっきり言って時間の問題だ。いつ「支配」が発動されるか分からないまま過ごさなきゃならないということになる。


 そのあと、「支配は限定的に発動させることもできる」とか、「いったん解除しておいていつでも発動できる」などの情報も数珠丸が引き出した。これも、清十郎が自らの経験から得た心象だ。


 それによると、今の清十郎の状態は「限定支配」だろうということだ。

 例えば「バジリスク桐谷のことをバラすな」という支配だけが効いている感じか。完全支配にしていない理由は、いまいちよく分からない。


 清十郎は数珠丸に驚いていた。心を読める相手に出会ったのはきっと初めてなんだろう。


「とりあえず、こんなことになっちまった経緯(いきさつ)を知らなきゃな。数珠丸、それを知ることはできるか」

「承知しました」


 数珠丸は、また同じように清十郎と見つめ合う。

 清十郎は緊張しているのか、表情を強張らせていた。


「……清十郎は、美咲さんが夜の世界へ入ったのは男に貢いでいるからだと考えていました。そしてその男──桐谷を探し回った。最終的には美咲さんの跡をつけて桐谷を見つけることができたようです。

 美咲さんと離れたところを見計らって接触し、美咲さんを解放するよう桐谷に掛け合った。でも、当然ですが桐谷は取り合わなかった。

 桐谷はギルドのS級首ですが、清十郎も簡単にやられるほど弱くはありません。桐谷の()を見てはならないと直感した清十郎は、目を(つむ)って戦った」

「目? それがグリードの発動条件ってことか?」

「清十郎はそう感じたということです。全部主観です。続きを話していいですか?」


 数珠丸は嫌味ったらしく言った。

 俺は、手と眉のジェスチャーで了承の合図をする。

 

「その状態でも善戦する清十郎を桐谷はいたく気に入り、褒めました。そして脅した。『妹を殺されたくなければ、龍神会の構成員を片っ端から殺せ』と。

 観念した清十郎は自ら目を開け、桐谷のグリードを受け入れた。直後に体は魔人化し、その時には、桐谷に逆らうことはできなくされていた。

 そして私が前に美咲さんから読み取った内容では、美咲さんは『兄を解放して欲しければ金を用意しろ』と脅されていた。……なるほど。桐谷は清十郎と美咲さんの双方を利用していたんですね」


 清十郎と美咲は顔を見合わせ、涙を落とした。ずっとすれ違い、それでも互いのことを想ってきた兄と妹は、嗚咽を漏らして抱き合っていた。


 その様子を見つめる瑠夏の顔が、メルのものにすり変わっていく。

 寿命を使うことに躊躇がなくなる前兆だ。俺以外は気づいていないだろう。そんな瑠夏の足元に、バステトが擦り寄っていた。


「数珠丸、清十郎から桐谷の根城は掴めるか」

「……いえ。清十郎は、桐谷の本拠地へは行ったことがありません。桐谷と会うのは、常に桐谷が用意した別の場所ばかりでした。まだ完璧には桐谷から信用されていない印象を清十郎は持っていたようです」

「そうか。また仕事を頼めるか」

「バジリスク・桐谷の本拠地ですね。ただ、こちらは高難度になると思います。大特価で半額にしても百万ですね」

「……しゃーねーなぁ」


 結局、全然値下がってない。俺って騙されてんじゃないだろうか。

 確かに魔族暴力団のボスの所在だしなぁ……とは思うけど、いかんせん相場を知らんことがまずい。いくらナドカさんの紹介だからと言って全幅の信頼を置きすぎか。

 もうちょっと調べねーと、こいつにいいように搾取されちまうな……。


「……そのぶんを、わたしが払うよ」


 美咲が、またこういうことを口にする。

 色々他人を巻き込んだ。それでいて、現時点で自分は金を持っていない。

 何とかして金を作らないといけない、と……。


 夜の世界など気にしちゃいないと美咲は言った。

 自分で望むなら別にいいが、きっとこいつは口で言うほど望んじゃいないし、やることはやっていても他人から持たれる印象ほど心は擦れてもいない。好きな男に惚れたから、大好きなお兄ちゃんを助けたいから。その一心だっただけだ。

 俺は、美咲の頭をくしゃっと撫でた。


「心配すんな美咲。最初に約束した通りだ。バジリスクの桐谷を必ず殺して、お兄ちゃんを護ってやる」


 前に一度だけ見せた、子どものように純粋な顔を思い出させる。

 あの時は「笑顔」だったが、今度は「泣き顔」だ。

 



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