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34/57

34 罪


「……馬鹿な。何だあれは」


 通信の途絶えたスマホを眺めながら山岡が呟いたが、まぁそんな感じの感想が妥当だとは思った。

 かく言う俺も、ナドカさんが戦ったところを実際に見たことはない。


「ねえ。そうちゃん、ナドカさんのグリードがヤバいって知ってたの?」

「いや、知らない。斬殺のグリードって呼ばれてたことはチラッと聞いたが、マジでチラッとだ。あの人、とんでもない力を隠し持ってやがったな……」

「にゃあ」


 訓練であの人がどれだけ手加減していたのか、ここへ来て思い知るとは。

 マジでスゲー手加減してくれてたんだ……。 


「さあ。そんで? 山岡さんよ。人質作戦は失敗に終わったわけだけど、どうするんだ?」


 山岡は、合図をするように鹿人間へ視線を向ける。

 鹿は、わかりやすく表情を曇らせながら小さく首を横に振った。


「あの鹿、歩いてる時に付与してきたやつかな」

「たぶんね。今は乱雑に常時付与してきてて──要はパニくってる」

「にゃあ」


 バステトは別に可愛く鳴いているんじゃなくて、俺たちの話を分かってて相槌を打っているんだろう。だって神妙な顔をして頷いてるもの。

 とりあえず、ペースはこちらへ傾いた。

 残るは悪魔、犬、虎二匹か。鹿はこっちを睨んでるから、まだ付与して来てんだろうな。


「なあ。もうやめろよ。効かねーって」

「……思ったより、厄介な方々だったんですね。ますます惜しい」

「へぇ。まだ奥の手があるんだ」


 ルークと違って、こいつらにはトドメを刺す必要がある。

 ちなみに今ドラコに装填しているのは「一〇分弾マリオネット」。

 トドメを刺すための四級魔弾は、できれば最適な属性に整えたい。だから、マリオネットみたいな行動不能(スタン)系で動きを止めている間に瑠夏に力を込めさせる。それをやるには、一分弾では短すぎる。

 それに、いきなり四級を撃たなければならない状況は、できれば俺は避けたいと思っていた。

 一日分の寿命は重い。

 動きを止めてから、しっかり判断して無駄なく選択したかった。


「ぐ……あ」

「お兄ちゃん! 大丈夫!?」


 突然、ルークが苦しみ始める。

 誰も何もしていないのにもかかわらず、だ。


「こっちは効くようですね。形勢はまた逆転したようですがどうしますか?」


 喋ってる(いとま)はなかった。

 即座に移り変わった黄金色の瞳をルークへ向け、レティクルを合わせてすぐさま魔眼で解析する。


 そうして得た結論は麻痺(パラリシス)──俺たちがこの街に来た時に使った弾の効力と同じだった。

 だが、その強度が違う。

 呼吸すらも止める、かなり強力な麻痺効果だ。これが鹿獣人のグリードだったんだろう。


「く……かはっ」

「時間がありませんよ? もうすぐ呼吸が止まります。ソウマさん、ルカさん。ルークが助かるかどうかは、あなた方の決断次第ですね」

「お兄ちゃん! いやあっ」


 ルークを抱きしめる美咲が泣き叫んだ。ちっ、と俺は小さく舌打ちをする。

 あの子の依頼は「兄を護り抜くこと」なので俺たちはそのために動く。逆に言えばそれ以外のことのためには動かないし動かなくていい。それが仕事というものだ。

 だが、別に頼まれてもいないことだとはいえ美咲の涙を止めることも仕事に含まれているんじゃないかと勝手に思ってしまっていた。だって、彼女の涙は、今のところ兄を想う時にしか流されていないから。

 彼女が涙を流した時点で、俺たちの仕事に失点がつくんじゃないかという気分にさせられる。


「へぶっ」


 ダァン、という音がこの場の全ての人と魔物の耳に入ったとほぼ同時点、一〇分弾マリオネットが鹿野郎の脳天を直撃する。

 その次に装填しているのはマリオネットじゃなかったが、それは想定通りだ。一発目を当てたあとは、悪魔と虎二匹が同時に動いたから。


 奴らは何らかのグリードを使おうとしたが、それよりも早く動くのがドラコだ。

 回転式拳銃(リボルバー)であるはずのドラコは自分で(・・・)勝手に(・・・)シリンダーを回して激鉄を引き終わっていた。

 また勝手に……と一瞬思ったがそうではないことを理解する。ドラコから強烈な感情が伝わってきたからだ。


(わかったよ。お前がどう思ってるか)

(俺が撃ちたいと思った時に、シリンダーを回さず激鉄も引けていないなんて奴隷失格だって思ってんだろ?)

(良い子だ。あとでたっぷり可愛がってやるからな)


 耐えきれないほどの悦びを爆発させるドラコの銃口が輝き、ネオンと照明の光しか存在しない暗黒街の建物にパアッと閃光が反射する。

 まるで花火のように散ったビームは、標的となる山岡、悪魔、鹿、虎二匹へ向かってそれぞれ同時に飛んで行った──というのが真実だが、視覚的にはドラコの銃口と敵とを繋ぐ光の糸みたいなのが見えただけだ。

 その光糸は直線じゃなくて、ぐいんと曲線を描いて対象の額へ吸い込まれていた。


 一〇分弾「魂の捕獲者(ソウル・バインダー)」。

 命中させた敵の意識を一時的にこちらの思うがままに操る魔弾だ。

 ってか、「意思に反して体を操る」とか「人の意識を思うがままにする」とかそういう弾があまりにも多い。瑠夏が普段からこんなことばっか考えてるという事実のほうが心底震える。マジで性癖が歪んでると思う。メルより瑠夏がそうなのかな……いつか俺もこいつの毒牙にかかって大変な目に遭わされるかもしれない。


 とりあえず、この弾は対象に指定した敵が射撃の瞬間の光を目にすることが発動条件だ。そうすると弾が対象へ吸い込まれ、自動的に命中して効力を発揮する。よって俺が照準を合わせる必要はない。


 悪魔、鹿、虎二匹はガッツリ命中させられてその場に倒れた。

 そして、すぐに起き上がって──こいつらが殺意のこもった眼光を向けたのは、山岡だった。


「「「「があああああっ」」」」


 悪魔のグリードは「針」。無数の針を山岡へ向けて撃ち込もうとする。たぶん他人を穴だらけにしたいと思った方向性の願望。気持ち悪い奴だ。

 鹿は麻痺(パラリシス)を山岡へ付与。こいつは動けない相手をいたぶる趣味なんだろうな。

 虎(1)は単純に殴打だ。ストリートでの喧嘩を続けてきた奴ってこのグリードが多そうだと思った。

 虎(2)は剣士らしく、背負っている鞘から大剣を引き抜く。


 さあて、どうするのかな……と、山岡のお手並み拝見くらいの気分で俺は敵同士の戦いを観戦しようと思ってたんだけど、予想に反してその勝負は一瞬にして完結してしまった。


 吹き荒ぶ飄風(ひょうふう)

 温度感が下がった暗黒街は水色の氷と吹雪に見舞われ、周囲一帯が凍結してしまった。

 さっきまで自分の味方だったはずの手下を全て氷の柱に閉じ込め、同じようにして、ルークも、美咲もが氷のオブジェと化してしまっている。


 呼吸ができていないだろう。

 このままでは少なくとも一分以内には確実に意識を失い、そのあと三分を超えれば脳細胞の死滅が始まる。


 山岡の肌は生気の薄い水色だ。

 髪も青々としていて、一目見た印象は雪女──いや、雪男、か。 


「私の故郷は豪雪地域でしてね。村も家族も酷い目に遭うことがあった。故郷だからと郷土愛で説得しようとする輩もいましたが、私は何とかしてこの現象を意のままにしたかった。我がバジリスクの総裁は素晴らしいお方です。私に、この力を与えてくださったのですから──」


 無駄話を打ち切るように次弾の一〇分弾マリオネットを発砲する。この弾で動きを止めて、次の弾で仕留めるためだった。

 弾丸は間違いなく生身の体へ到達しているだろう。なのに、山岡はマリオネットの効果など意に介さない様子だ。よく考えればさっきの「魂の捕獲者(ソウル・バインダー)」もこいつには効かなかった。


「弱い。弱すぎますね。この程度の付与効果では私を支配するには至らない。毒素(・・)は凍結して処理しました」


 凍結。それがこの山岡のグリードの本質らしい。

 グリードは、使用者のイマジネーション次第でとんでもない威力を発揮する。こいつは、こちらが作り出しているグリード効果を「凍結させるイメージ」で壊しているんだ。


「そしてあなたの攻撃は大体わかりました。やはりその程度なら『凍魔の盾』で威力はほぼ無視できる程度まで軽減できます。そして付与効果は効かない。威力でも、付与効果でも、どちらも私の命へは届かない。残念ですが皆殺しで幕引きとしましょう。また収穫もなく終えることになった。偉大なる我らが総裁の御意向が叶う日は遠いですねぇ……ん?」


 俺の銃口がまだ自分に向いていることに、山岡は首を傾げた。


「無駄だというのが分からないんですか? あなたの銃撃は何度か見ましたがこの程度では──」


 ダァン、と銃声。もちろんそれは俺の意志とほぼ同時。

 山岡の心臓あたりに弾痕が作られる。 

 今度の弾は、山岡が行う全ての防御措置を上回った。


「……かっ。かかかかかか」

「動けないだろ? 四級魔弾『傀儡閃毒(かいらいせんとく)』。緊急用にいつも持ってるマリオネットの上位互換だよ」


 それでも、こいつは死なないだろう。

 まぁ撃つ前から大体わかってはいた。生身の肉体へ命中させる前に障害となる防御措置がどの程度の防御力を発揮するかは、魔眼の解析対象だ。

 山岡は四級魔弾の威力を発射寸前で感じ取って、一〇分弾のときよりも「凍魔の盾」とやらの防御力を上げる気だったから。


 でも、俺は撃つことを決断した。

 それは、これ以上瑠夏の寿命を大幅に削ることはしたくなかったからだ。僅かな希望に(すが)って四級なら死んでくれるんじゃないかと祈りながらそのまま撃った。

 しかし現実は、そう甘くはないらしい。

 俺は、背後にいる瑠夏へ振り向くことなく謝罪する。


「瑠夏。ごめん」

「どうして謝るの? お安い御用だよ」


 そりゃお前にとってはそうだろうなと思った。

 最初から、俺が望んでるだけなんだ。


「ああ。火属性。三級魔弾『迦具土神(かぐづちのかみ)』だ」

「うん。任せて」


 魔弾の名前は気分が乗るカッコいい名前にしようぜと俺が言ったから、下から上まで厨二病まっしぐらのやつばっか揃ってる。これなんかその最もたるものだ。恥ずかしいっちゃ恥ずかしいが誰に聞かせるわけでもない。要は俺たちの気分が乗るかどうかが問題で、それがグリード効果に影響するのだ。

 目的を叶えるためならこれくらいの羞恥心は何でもないよねと瑠夏へ言ったら「え、カッコいいじゃない」と普通に返された。あっちのが厨二病が深いらしい。


 時間がないことを理解している瑠夏は、すぐさま刻印を浮かばせた。

 銀の弾痕が右鎖骨の少し上に現れて、蜘蛛の巣のようなヒビが体に入っていく。


「……うあああっ」


 苦しみ、悶えながら瑠夏は体を縮こませた。

 ヒビは俺がかつてマーモットで見せてもらったマリオネットの時よりもはるに微細に、範囲も大きくなって瑠夏の体を蝕んでいて、瑠夏の命そのものに亀裂を入れているようだと思った。


「瑠夏。ま、待て、お前──」

「はぁ、はぁ、……終わったよ。ほら。早く!」


 瑠夏が倒れないように片手で抱き、手渡しで弾を受け取る。

 俺は、瑠夏に顔を見られないよう顔を背けた。


 ──何が「俺が何とかする」だ。


 口でどう言ったところで、敵が強ければ力で貫くしかない。

 馬鹿野郎。何を夢見てたんだ。

 これが現実。

 イキがったって、瑠夏に頼るしか敵は倒せない。

 

 ドラコのシリンダーを開けて、俺はゆっくりと迦具土神(かぐづちのかみ)を装填した。

 山岡は、その様子を、ただ黙って見ていた。

 目を見張って、顔を引き攣らせて、体を動かせず逃げ出すこともできないまま自分の命が終わらされる恐怖に(おのの)いていた。

 きっと、瑠夏が発したグリードを目の当たりにしたからだろう。


 あれでは、耐えられない──

 お前は、そう思ったよな?

 俺たちにこの弾を使わせた罪を心の底から悔いて死ね。


 異形の刻印が描かれた黄金色の瞳で、全ての諸悪の根源であるかのように山岡を睨んだ。

 魔眼が全てを解析し、山岡の急所を俺に知らせる。


 こいつの(コア)は、今、心臓の辺りにある。だけどそれは実際の心臓ではなくて、魂の塊だ。

 それも、今はそこにあるが移動が可能。迦具土神(かぐづちのかみ)の威力にビビったこいつは、俺が照準を合わせようとしたら動かすつもりでいる。


 傀儡閃毒が効いてはいるが、動かせないのは体だけで魂の移動は素早く、また無秩序だ。

 その移動経路は山岡の意志次第。外から見ただけじゃ分からない。普通なら局所威力を抑えてでも体全体を潰しにかかるような攻撃を選択せざるを得ないところだろう。しかしそれでは威力が分散し、三級ですら万が一がある。

 俺は、はぁ、とため息をついた。

 

 ──必中の魔眼グリード「スナイパー」よ。

 必ず見抜け。絶対に外すな。

 もし外したら……その眼を片方、(えぐ)り取るからな。

 

「あ……ああああああああああ!」

「黙れよ」


 ダァン、と、俺の意志にドラコが応えた音がする。

 その瞬間に山岡が核を動かしたのは右手の手のひら。

 まさか大事な決め弾をそんなところに撃つはずがないと考えたのだろう。


 核は穴が空き、獄炎に覆われて燃やされる。

 対抗措置を許さない迦具土神の燃焼特性が、死に際の必至の抵抗すら抑え込んで消滅するまで焼き尽くした。


 核が消え去り、山岡の体が崩れていく。

 最初はサラサラと粉のように散っていたが、途中でパシャンと軽い音を立てて全身が砕けるように粉々になった。

 山岡が作っていた氷は全て溶け、ルークと美咲ちゃん、そして悪魔やら虎やらの獣人たちも路上に倒れ込む。


 獣人たちに銃を向けると、こいつらは情けない顔をしながら土下座した。

 戦意を失った雑魚を殺すつもりはない。見逃したことにより後で脅威になるというなら、その時にまとめて殺してやる。この場で瑠夏の命を無駄遣いするほうが、俺にとっては「罪」だ。

 顎で合図をすると、蜘蛛の子を散らすように奴らは逃げていった。


「そうちゃん」

「ああ。終わった。大丈夫か」

「うん」


 俺と瑠夏は、急いでルークと美咲ちゃんのところへ走った。

 抱き起こすと、二人ともが、すー、すー、とお腹が上下させている。

 俺は瑠夏と顔を見合わせ、互いに拳を突き合った。




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