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33 尻を拭くのは大人の仕事(虎太郎視点)


 正体不明の不審者どもは、母さんの居場所を探しているようだった。

 なら、まだ母さんが殺されたとかではないはずだ。

 だけど……俺が捕まってしまったことで、母さんの命が危険に晒されてしまうかもしれない。


「坊主。お前を餌にしてお母さんに出て来てもらうことにしようか」


 人んちの倉庫の中で一〇人から集まっている不審者たち。

 その中央にいる男がずっと喋っている。多分、こいつがボスだ。

 全員頭巾をかぶっているから魔人かどうかの特徴が確認できないが、こいつだけ瞳が赤い。


 俺は、唇を噛んだ。

 母さんを助けたい一心で。ただ、助けるつもりだっただけなのに。

 俺のせいで、母さんが死ぬかもしれない。


 手下らしき男が、俺の手首を捻ってボスのところへ連れて行く。

 そいつは、俺の頬を片手で掴んだ。


「……テメェ、人んちで勝手に何やってんだコラ」

「いい度胸なのか、馬鹿なのか。坊主、死にたくなければ平伏することだ。まぁ、それでも死ぬかもしれんがな」

「だろうね。まさか今日が命日になるとは思ってなかったわ」

「人生ってのは、ある日突然終わるんだ。それが病気であろうが殺人であろうがな。そう悲観するな。どう死のうが違いなんぞないさ」

「じゃあお前がここで自殺して死ねよ。違いがないって言うならな。できねーだろ? 自分のことになったら怖いんだよな。偉そうに言うなボケ」

「育てられ方を間違えたガキってのは、本当に癇に障る」


 男が、紅蓮の瞳の周りにシワを寄せる。

 が、その視線が不意に別のほうを向く。


「はぁ……お前はほんとにな。じっとしていろと言っただろ」

「母さん!」


 家のほうへ続く通路に、母さんが立っていた。

 

「お前が雪代ナドカか」

「お前らは?」

「それについては、これを見て貰えばわかる」


 男はろくに説明をせず、ポケットからスマホを取り出した。

 何やらメールを打っているようだ。

 すると、すぐに電話がかかってきた。


「はい。……ええ、準備は整っております」


 男はスマホの画面を俺と母さんへ見せる。

 そこには、蒼真くんと瑠夏ちゃんが映っていた。


「蒼真くん! 瑠夏ちゃん!」

【虎太郎か! どうした、何をされた!】

「まだ何もされてない、だけど──ぐっ」


 男は俺の腹をぶん殴り、髪の毛を掴んで引き上げた。

 すると、スマホの向こう側で知らない男が喋り出す。


【ほう。スナイパーさん、メルさん。あなた方はソウマとルカと言うのが本名なんですね。馬鹿な子どもなどとつるんでいると自らの命が危険に晒されるという良い例ですねぇ】


 俺はハッとした。

 きっと、二人はこいつらに本名を名乗っていなかったんだ。そりゃ当たり前だよ。裏の世界で生きて行くのに本名なんて晒さない。

 それを、俺が勝手にバラしてしまった。

 

【さて。ソウマさん、ルカさん。これからマーモットのお二人には痛い目を見ていただきます。私たちの要求はただ一つ。そこにいるルークを殺し、その背後にいる者どもを根こそぎ殺害することです】

【俺たちの手を借りなければバジリスクを抑えられないって言ってるようなもんだぞ? 天下のアルテリア龍神会が】

【平伏したほうが賢いかと思いますが】

【嫌だって言ったらどうするつもりだ】

【そうですね。まぁ、あなた方がマーモットのお二人のことを大切だと思っていなかった場合には痛くも痒くもない話ですよ。雪代さんとご子息のお二人が二度と目を開けることはない。ただ、それだけですから】


 蒼真くんは、うつむいていた。瑠夏ちゃんは、鎮痛な面持ちだ。

 スマホ画面に映っている獣人みたいな男が、喋った。


【おい。俺を殺せよ】


 そのやり取りを見ながら、くっくっく、と愉しそうに笑う声。

 恐らくスマホを持っている男だろう。


【俺はお前に負けた。俺を殺さなかったのはワザとなんだろ? その上、お前の大事な奴らが死ぬかもしれないときてる。俺を助けてそいつらを殺されるなんて意味わかんねーだろ。選択の余地はねー。さっさとやるか、あとでやるかの違いだけだ】

【お前は黙っとけルーク】

【クック。まさか俺を助ける気じゃねーよな? 善意でそこまでやってくれるなんてお心遣い痛み入るが余計なお世話だ。俺の命なんて気にすんなよ。ただ……気遣ってくれると言うなら一つだけお願いはあるんだけどな】

【……美咲ちゃんか】

【ああ】

【お兄ちゃん!】

【美咲。すまんな。お前には最後まで辛い思いをさせっぱなしだった】


 獣人と、人間らしき女の子が抱き合うところがスマホに映った。

 蒼真くんが、弾薬ケースを取り出す。

 そして、弾丸を銃のシリンダーに装填していく。


【ウェジーさん! お願い。ごめん。謝るから! お兄ちゃんのやったことも、わたしが生意気な態度をとったことも、全部、全部、】


 人間の女の子は、地面に頭を擦り付けて懇願していた。


【美咲。そんなことは関係ないよ】

【なら約束したお金が足りなかった!? あはは。じゃあもっともっと稼ぐから! 何千万でも、億でも、待ってくれれば稼ぐから! そ、そっちの言い値で払うから! だから、】

【そんなことはしなくていい】

【……どうして】


 画面に映る女の子はペタンと座り込んで、肩で息をしながら泣いている。

 その画面を見つめる俺の視界がゆらゆらしていて、周りが上手く見えなくなった。

 マーモットの床に涙が落ちる。目頭がジンと熱くなる感覚が、後悔だけを俺に思い知らせた。

 俺は、見せつけるように顔の前へ突きつけられたスマホに向かって、感情を抑えられないまま謝罪していた。


「蒼真くん。ごめん。全部俺のせいなんだ。俺が、母さんの言いつけを守らずに、地下から出てきたから。だからこいつらに捕まって。ごめん。本当に、ごめん」


 こんなことは初めてだった。

 自分の実力が足りなくて母さんにしごかれたことは何度もある。その時も悔し涙を流したことはある。

 でも、これはそんな問題じゃなかった。


 地下に居ろって言われたのに、指示を守らず勝手な行動をした。

 今までも散々言われてきた。一つの判断ミスが死を招くっていうのは、もう耳にタコができるほど何度も何度も母さんから叩き込まれたはずのことだったのに……。

 

 母さんの命も、この誰だかわかんねー獣人の命も、見知らぬ人間の女の子の人生も、全部俺が狂わせちまったんだろう。

 

 全てが終わったあと、もし画面の向こうにいるあの女の子が俺へ詰め寄ってきたら、命をもって償うしかないと思った。

 それほどのことをした。

 俺の髪を引っ掴む魔人の笑う声を聞きながら、気づけば俺は嗚咽していた。


【ナドカさん。自分でなんとかしてもらっていいですか】


 なのに、蒼真くんが、こんなことをサラッと言った。


【こっちは俺たちが片付ける。そっちは、ナドカさんお願いします】


 スマホのスピーカーの音が調子悪くて聞き間違えたのかと思ったが、続いた言葉も耳を疑うものだった。

 そんなことを言っても、母さんはグリードが使えないんだ。

 絶対に、この状況をどうにかすることはできない。


「もちろん、最初からそのつもりだが?」

【ですよねー。お手数をお掛けしてすみません。お願いします】


 スマホに映ってる獣人も、人間の女の子も、呆然としている。

 唯一、蒼真くんと瑠夏ちゃんは、すげー余裕のある表情だった。

 ……と思ったけど違うわ。母さんもだ。

 なんで?


【虎太郎。心配すんな。中学生のお前がなんかやったところでそれは大人の責任だ。お前の母ちゃんと俺たちで全部なんとかする】

「でも! この状況で──」


 ばたっ、と倉庫にいる男たちが倒れた。

 紅蓮の瞳をしているこのリーダー格の男以外の、一〇人くらい居たはずの武装した侵入者たちが全て──頭のど真ん中にナイフが刺さって倒れている。

 

 何が起こっているのかまるで分からなかったが、それは紅い瞳の魔人も同じだったらしい。

 俺のことを気にしている余裕が無くなったこいつは、正体不明の現象へ対応するため俺の髪を掴んでいた手を離す。

 俺は、その隙にゆっくりと距離をとった。


「……馬鹿な。こいつらは魔人だぞ。どうして何の変哲もない人間如きが──」

「カッカッカ。久しぶりだなぁこういうのは。躱したのは褒めてやるがそのほうが苦しむぞ」


 誰の声かと思った。でも、喋ったのは間違いなく母さんだ。一瞬わからなかったのは、聞いたことがないほど悦びに満ちた声だったからだろう。母さんは、こんなに感情を露わにしたことがないから……。


 海の中で、大量の小魚が群れて作る巨大な塊──幻影効果。

 それと同じように、小さなナイフが数え切れないほどに集まってギチギチと金属音を鳴らしながら、まるで龍のように長い体をうねらせて母さんの周りをぐるぐる回っていた。


「……なんだこれは。どういうことだ。聞いてないぞ」

「ふふふ。昔は『斬殺のグリード』とか言われてたんだよ?」

「そんな事を言ってるんじゃない。この禍々しいグリード──待て。斬殺(・・)? ……それに、その水色の髪。……まさか。お前まさか!!」


 男の体から、気持ちの悪い感覚が──それは透明なのに何かの力を纏っているような、「何か」としか言いようのない、強いて言うなら「波動」とでも言うべきもの。

 それが、母さんに向かって飛んでいったように見えた。


 だけど、うねるような刃物の龍がその波動を弾いている。

 あのナイフ、一体いくつあるんだろう?

 数千? 数万? わかんない。

 

念動力(サイコキネシス)かぁ。もうちょっと熟練してたら()の盾に傷くらいは付けられたかもしれないねぇ。残念残念」

「……お前。シリカか。この国がかつて人間の行く末を託した最後の精鋭部隊──特殊魔導機動隊『(アンブラ)』のNo.2だった……『斬殺のグリード』シリカ・フェザーストーン」

「懐かしいねぇ、その名前」


 タンクトップの母さんの、ダランと垂らした両腕が輝いている。

 双龍だ。それは現実に母さんの周りで渦巻くナイフの集団と同じく、小さな刃の集まりで描かれた龍。蒼く輝く二匹の龍が、両腕にそれぞれグルグルと巻きつくように刻印を形成している。

 母さんの手首に尻尾を置く龍の刻印は、肩から首を伝い、両頬に頭部を位置して。

 母さんと二匹の蒼龍が三つ並び、赤い瞳の魔人を嬉しそう(・・・・)に睨みつけていた。


 瞬間、魔人の足元からナイフの嵐が立ち上がる。

 まるで下から降った雨に襲われたかのようだった。

 ザクザクと斬り刻まれた男はなます斬りにされ、ピラニアに喰われていくかのように肉を剥がれ、骨を砕かれ、やがて血の塊だけを残して消滅した。


 あまりにも一瞬の出来事。

 あとには、マーモットの倉庫内にいつものシンとした静寂だけが残された。

 

「あーあ。もう終わっちゃった」

「……母さん?」

「あ」


 何かに気づいたかのように、母さんは口に手を当てる。


「見た?」

「いや当たり前だろ! 目の前でこんな惨劇が繰り広げられたらそりゃ見えるよ馬鹿なの!?」

「冗談だよ。ごめんな、秘密にしててさ」

「何でだよ!? こんなスゲー力を持ってて、何で隠すの!? ってか、シリカって誰!?」

「ま、後で話すよ。それより今は蒼真たちのほうだ。スマホごと壊しちゃったけど途中まで見てただろうからもう結果は分かってると思うけどな。まぁ一応連絡入れとくか」


 何の緊張感もなく、高揚感も見せず、クールで感情の見えにくいいつも通りの母さんだ。

 肌に浮き出た蒼龍も、宙を舞っていた恐ろしいナイフの龍もとっくに消えている。大量の血液と男たちの死体が母さんの態度と対照的過ぎてアンバランスも甚だしい。


「ねえ。蒼真くんたちも知ってたの?」

「あいつらが俺の訓練を卒業する時に、一応な。だけど戦うところは見せたことはないな」

「……びっくりしてるだろうな……」


 母さんはスマホを取り出して蒼真くんへ電話する。

「一分持たなかったわー」とか、不満ありげに言っていた。

「マジかよ!」とか、「なんで黙ってたんだよ!」とか、不満はいろいろある。実の息子の俺にくらい言っとけよ、って感じだ。

 でも、俺は今、めちゃくちゃワクワクしてる。


 ずっと蒼真くんが憧れだったけど、なんか、ちょっと。

 母さんを目指しても、いいかもしんないな、とか。

 うん。言わないでおこう。

 でも、もしグリードが目覚める時が来たら、「斬殺」もかっこいいなー、と思った。




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