32 真夜中の襲撃(虎太郎視点)
夜ご飯を食べて、いつもなら家でのんびりくつろぐ時間。
だけど、俺は今、倉庫の地下にある射撃訓練場で母さんに訓練をつけてもらっているところだ。なんでそんなことをしているのかというと、今日は蒼真くんと瑠夏ちゃんが仕事に出てると聞いたから。
蒼真くんはマジでかっこいい。銃を握ってから今まで一発たりとも的を外したことがないとかカッコ良過ぎる。そりゃ瑠夏ちゃんが惚れても仕方がない。
だけど、俺もいつまでも子どもじゃない。
もっと訓練して、いつか蒼真くんよりも強くなって、瑠夏ちゃんを惚れさせてみせるからな!
だから「射撃訓練する!」と言って母さんへコーチをお願いしたんだ。
小一時間ほど訓練し、休憩がてら後ろにあるテーブル席に母さんと一緒に座ってスポドリを飲む。
蒼真くんほどじゃないにしろ、母さんも射撃は得意だ。
というか、蒼真くんのはグリードだから。母さんはグリードなんて無しだ。むしろ素であの命中率とか逆に鬼。
母さんはグリードを持ってない。
持ってないけど母さんはすごいんだ。特殊部隊出身だし、体術も、ナイフも、銃撃も、戦闘知識も戦術も。何もかもが勉強になる。俺は母さんを尊敬してるんだ。
でも、俺はやっぱグリード使いになりたい。じゃないと魔物は倒せないんだから。
蒼真くんみたいにカッコいいグリードを手に入れて、バシバシ魔物を倒して。
そしたら瑠夏ちゃんも、「わぁ。コタちゃんすごい! カッコいいなあ。あたしと付き合おっか?」とか。
ふふふふふふ…………
「なに一人でニヤけてんだよ。気持ち悪いな」
「……っ。なんでもねーよ!」
「そういう時って、大概は瑠夏のことを考えてんだろ」
「ち、違げーよ! 俺はそんな」
「ま、いいけどな。蒼真に勝つのは並じゃ無理だぞ?」
「わかってるよ……」
瑠夏ちゃんが猫を飼うことになって、仕事で家を空けるから猫をマーモットでも預かって欲しいと頼まれた。
俺は「もちろんだよ!」と快諾した。瑠夏ちゃんの役に立てるならなんでもやるぜ! 猫くらいお安いご用だ。
でも、母さんは及び腰なんだよな……。
「ねぇ母さんさぁ。そんなに猫嫌なの?」
「嫌だ」
「なんで?」
「なんでも」
「あんな頑なに蒼真くんたちのお願いを蹴らなくてもいいんじゃない? いつも蒼真くんたちには甘いのにさ。なんか珍しいなって思って」
「…………」
「言いたくないんだ?」
「…………」
「別にさ。特殊部隊にいた鉄人みたいな戦士だったからって、今はもうそんなに体裁を繕わなくてもいいと思うよ。肩の荷を下ろしなよ。今の俺たちはただの武器屋だよ?」
一人息子を護り抜く、そのために母さんは最前線からは引退したらしい。
俺のために自分の人生を犠牲にしてるんだろうと知っても、「そんなの余計なお世話だ」とか思う気持ちはない。一人で俺を育てて、自力で戦って生きていけるように鍛えてくれる。
いつも訓練は厳しいし、感情が見えにくい性格してるけど。
俺は母さんに感謝してるんだ。
そんな母さんが、猫が苦手?
ちょっと笑えるな。
俺は、猫の話で口を尖らせている母さんへ言った。
「いつか俺がお母さんのことを護るよ。温かいベッドの上で寿命を迎えることができるようにしてやるさ。だから、心配すんなよ」
呆気に取られたような顔。
それから、破顔した。
「ふふ……俺を護るって? 何年先になるだろうな。二十年先でも負けない自信はあるが」
「口が減らねーなぁ……」
んなこと言いながらもめちゃくちゃ嬉しそうだ。こういう感情が見える顔をすることはあまりない。だからちょっと嬉しかった。
母さんは「気持ち」を大事にする。それは訓練でも、普段でもだ。だから、俺がそういう気概でいることが母ちゃんも嬉しいんだ、きっと。
「もう少しやるか。上から飲み物を持ってくる。ちょっと待ってろ」
「うん。ありがとう」
俺は自分の銃を手に取って眺める。
どうやったら蒼真くんのように当てられるか、それだけを常に考える。
必ず道はあるはずだ。改善に改善を重ね、いつか高みへ登ってやる。
蒼真くんだって言ってたからな。大事なのは、気持ちだ。
椅子の背もたれに体重を預けていると、母さんが戻ってきた。
「あれ? 飲み物は?」
「妙な奴らがいるな。上への扉を薄く開けたところで倉庫のガラスを割られた音が聞こえた」
「マジで?」
地下射撃場への入口は倉庫の奥、一番端のほうにある。
床の一部が剥がれるようになっていて、蓋になっている鉄のプレートを外すと地下への階段が見えるようになっている。
普通にドアみたいなのにしなかったのは、緊急時に隠れ家として利用するためらしい。まさにこういう時のためだったわけだ。
「どうするの?」
「俺が行って見てくる。お前はこのまま、ここにいろ」
「え──……。俺も戦える……とか、そういう世迷言を吐く馬鹿が一番嫌いなんだよね?」
「よく分かってんじゃないか。これは訓練じゃない。実戦だ。敵は情け容赦なくお前のことを殺すだろう。お前が命を懸けるのはここじゃなくていい。不必要なところで命を懸けるな。いずれそういう時は必ずやってくるから、今はじっとしていろ」
いつになく口数が多い。
俺が戦えば、高確率で死ぬと思っているんだろう。
ま、確かに実戦経験ゼロの中学生だ。仕方がないと言えば仕方がない。
「だけどさ。それなら母さんも、今はここで隠れていたほうが無難って考えもあるよね」
「襲撃は今日だけとは限らない」
「なるほど。なら、撃退しておいたほうがいいって訳だ」
「逃げたと思われると調子に乗られるからな。じゃあ行ってくる」
「ちょ、銃は!?」
「……ああ、一応持って行こうか」
一応?
銃なしでどうするつもりだったんだよ? まさかナイフかよ。
現役の時はナイフの使い方で右に出る者はいないと言われていたらしい。
だからって、銃火器を使うかもしれない敵相手に銃なしで行こうって考えはいくらなんでもおかしくないか?
ちょっと心配だな……。
俺は、最悪の事態があるかもしれないという考えが頭をよぎった。
正体不明の敵。
いくら母さんでも現役を退いて時間も経っている。勘だって鈍っているだろう。
俺の命を懸けるのはここじゃないとさっき母さんは言ったが、俺の命のことだ。いつ使うのか、それは俺が決めなきゃならないことだ。
俺は、さっきまで訓練で使っていた銃を握りしめた。
倉庫への出口を、できるだけ物音を立てないように歩く。防音設備が外界への音漏れを遮断しているはずだが、緊張感がそうさせた。
小さなはずの靴音が床と接触して反響する。音を立てないようにするのがこんなに難しいだなんて知らなかった。
手に汗が滲んで、呼吸が早くなる。
(思いのほか、怖いな)
しくじったら、ここで人生が終わる。
このさき瑠夏ちゃんと会うことも。蒼真くんと会うことも。
母さんを護り、温かいベッドの上で寿命を迎えることができるようにしてやるという約束も果たせない。
じゃあ、ここでじっと待っているのかよ?
母さんが死ぬかもしれないのに、ここでじっとしているのか。
それで母さんが死んだ時、俺は後悔するだろう。
死の恐怖に晒されることよりも、もっと辛い現実が待っている。
そっと鉄プレートを開けた。
俺は薄く開けたつもりだったが、その先──倉庫の中で立っている一人の男と目が合ってしまった。
「くくく。なるほど、地下か。道理で見つからない訳だ」
「くっ、」
速攻で蓋を閉めて内側から鍵を掛けようと──しかし何故かプレートは閉まらない。この鉄プレートの裏側にも誰かがいて、閉めるのを防いでいるのだろうか?
焦る思考ではろくな考えが思い浮かばない。母さんの言った通りだ。
プレッシャーを跳ね除けない限り、生存への道は開かれない──……
バアン、と鉄プレートが跳ね上がる。
同時に、俺も倉庫内へ噴水のように弾き出された。まるで見えない力でグイッと持ち上げられたかのようだ。だって、俺は誰にも体を掴まれていない。
ボテっと無様に床へ落ちた俺を、その男は見下したように笑う。
(まさか。こいつらも、グリード使い……?)
「くっくっく。やあ坊主、初めまして。お母さんはどこかな?」
そこには、一〇人を超える黒ずくめの男たちが、銃で武装して立っていた。




