31 奴隷の矜持(ドラコ視点)
蒼真くんと同期している時、わたしは蒼真くんの感情というか、心みたいなものが少しわかる。
もちろん事細かな思考が理解できるとかではなくて、ざっくりとしたものだ。
自分を殺そうとするB級指定魔人ルーク。
そして、脇で目を光らせるアルテリア龍神会の山岡一派。
その全てが蒼真くんと瑠夏の敵であり、さらに山岡一派が依頼者・阪口美咲を人質に取りかねない状況。
並の戦士であったなら体が強張るシーンだろう。しかし蒼真くんは全く怯んではいなかった。
今、わたしに装填されている魔弾のうち、一発目に入っているのは蒼真くんが「一分弾マリオネット」と呼んでいる弾だ。
込められている寿命が極端に少な過ぎるので、これだけでルークの体に致命傷をつけることは困難だろう。しかし、蒼真くんがどうしたいのか、わたしは何となく分かっている。それが同期というものだ。
「美咲。どうしてここに」
そう呟いたルークは構えを解いていた。
今撃てば蒼真くんの勝ちだ。わたし個人の判断なら間違いなく今撃つ。
だけど蒼真くんは撃たないだろうな。これはそういう感情だ。
「お兄ちゃん。何やってるの」
「そこで待ってろ。すぐに終わる」
「待ってよ。まだ話は──」
阪口美咲が言葉を言い終える前に、ルークは両足のスタンスを広くとってカタナの柄に手を掛けていた。その並々ならぬ気配に圧倒されて美咲がルークから後ずさる。
ルークの能力が何かは具体的には分からないけど、以前蒼真くんが暗黒街の路地でこいつに助けてもらった時には閃光のような剣撃だった。
推察するに、圧倒的に先手を取れるような、そういう類の──即ち速さに特化したグリードだろうと思った。
再び地面と睨めっこをするように構えたルークは、もういつ何時斬りかかってきてもおかしくない状態だ。
なのに、蒼真くんは先手を取らないつもりだ。これは、蒼真くんの戦闘態勢が出来上がるまで待つという男気をルークが先に見せたからではない。蒼真くんもまた、もともとルークと同じ気持ちだったんだ。
それがきっと彼が元来持つ優しさなんだろう。
ルークの人柄を気に入ったからこそ、油断しているところに弾をぶち込んで倒すようなことはしたくないと彼は思っている。
魔眼の未来予知があるにもかかわらず後出しで動けとわたしに命じている。ルークが斬りかかってきたところを返り討ちにするつもりなのだ。
あまりにも甘い。通常、戦場においてそんな考えは死を招く。だから、それについての警告をわたしはずっと発している。
それでも、蒼真くんはわたしを諌め続ける。
そんなやり取りが、わたしの集中力をかつてないほどに高めていく。
阪口美咲の目に、涙がたまり始めた。
唇を噛み、拳を握りしめている。兄の命の危機が、彼女から演技をする余裕を奪いつつある。
それを見る蒼真くんの心が昂ってきた。
「絶対にルークの攻撃より早く撃て」とわたしに強く命令している。
わたしは元来、せっかちな性格としてアキラに入魂された。
蒼真くんの性格を考えた時、相棒にはこういう性格が合うとアキラが感じたからだ。だからわたしの特技は早撃ち。当初は、ただそれだけだった。
だけど、彼が──蒼真くんがわたしを調教した。
彼はわたしの本体の隅々まで、ありとあらゆる穴を、優しく、丁寧に、しつこく、念入りに、長い時間をかけて、無許可で一方的に掃除した。とんでもない快感の波が押し寄せて頭が真っ白になり、何度も意識が飛んで記憶が曖昧だ。
ああ……わたしは、あれでおかしくなってしまった。
本当のことを言うと、もっとやって欲しい。
口が裂けても蒼真くんにそんなことは言えない。絶対に淫らな銃だと思われてしまうだろうから。
でも、でも、わたしはご褒美が欲しい。
どんなことでもします。
だから。
ご主人様、もっとわたしのことを拭いてください……!
さらに悪いことに、一発撃つごとにヤバいくらいの快感が身体中をほとばしる。
アキラめ、わたしをこんなふうに作りやがって!
マジで意識飛ぶ。
照準はご主人様が合わせてくれるからわたしは早さだけ気にしてれば大丈夫だけど、これわたしに照準合わせろって言われても絶対に無理だ。それくらいヤバい。
ルークより早く撃て……って言われるまでもなく早く撃ちたい。今すぐにでも。スッキリぶっ放したい。
だからと言って奴隷の分際で命令も無しに撃つことは絶対にあり得ない。
マーモットにいる時、ご主人様は「俺が意志を固める前に先走って発砲するな」とわたしのことを叱ったが、それは間違っている。
わたしは確実にご主人様の意志を感じとり、それから発砲していたんだ。
では、なぜ彼はそう感じたのか?
それは、わたしの反応速度がご主人様の想定を超えていたから。
「撃て」という意志が固まったタイミングと、わたしが発砲させたタイミングが同時過ぎたから。
今まで一度も体感したことのないゼロタイムラグが、ご主人様に錯覚を起こさせた。
ご主人様が「撃て」と命じてから発砲までの所要時間はコンマ一秒どころか一マイクロ秒すら切るだろう。しかもそれは「思ってから発砲するまでに要する時間」であり、すなわち百発百中で敵に当てるご主人様の場合は銃口を敵へ向けるための時間もそれに含まれる。いや、「含めろ」とご主人様が命令している。
よって、肩、腕、肘、前腕、手首、指の動きは余すところなくわたしの制御下に置かれ、筋肉量その他の環境条件の如何を問わずほとんどワープするような速度で必要動作を完了する。
そんなことができるのは、これが技術などではなく、生き様入魂武器生成師アキラとドSのご主人様がわたしに与えた「グリード」だから。
元来の性格に加えてカラダの隅々にまで叩き込まれた快感がもたらす世界最速の従命速度。
意志の発生と結果の隙間が限りなくゼロに近い絶対反応は如何なる敵の攻撃をも未然に叩き潰し、決してご主人様へ到達させることはない。
敵の反撃を許すようなことがあっては命令違反だ。奴隷失格だ。そんな事になった時には、わたしは自ら自分の本体を壊し、粉々にし、廃棄処分にして頂く。ご主人様の命が自然寿命を迎えるその日まで、相手が何人であろうとわたしは一度たりとも早さで負けることはない。
今、わたしたちは明らかにルークの刃圏内。
僅かにルークの上半身が前傾すると同時に刀が抜かれ始める。この動きは、抜刀と同時に神速でわたしたちの元へ移動するための動作で間違いない。
よって奴のグリードは本人の申告どおり突進を伴った抜刀術。もちろんご主人様はこの程度のことなど数秒前に魔眼で解析し終えて確信を得ているだろう。
敵が動いた瞬間に、発砲は完了した。
一分弾マリオネットは、刀を持つルークの前腕を貫いた。
もちろん骨、動脈、神経、腱などを完璧に避け、必要最小限のダメージに抑えているだろう。ご主人様の意志は、阪口美咲の心を──希望を、守る事。すなわち、ルークを護ることだから。
瑠夏の手を離す必要性など微塵も生じることはない。たかだか豹の獣人如きが神の眼を持つご主人様に歯向かうなど一億万年早いのだ。
「ぐ……くっそ……がぁ……」
悔しそうに悲鳴を上げるルーク。
しかし体は動かせないようだ。上半身を前傾にしようとした瞬間の体勢で固まっている。いくら込めた寿命が一分間とはいえ聖女が自らの命のカケラを叩き込んでいるのだ。B級の雑魚如きでどうにかできるレベルではない。
阪口美咲は、何が起こったのか解らず呆然としている。
「ほう。優秀、優秀。やはりあなたにお願いしたのは正解だったようですねぇ」
「ふざけるな。お前らは俺たちを利用しようとしただけだろうが」
「利用とは人聞きが悪い。仇討ちをしようとしただけなのに」
「中島など存在しない。調べはついてんぞ」
「……やはり、我々の会社に潜入したのはあなたの仲間ですか」
山岡の表情は、おそらく元来のものと思われる下卑たものに移り変わった。
「やっと本気になってくれたのかな」
「そうですねぇ。もちろん、その代償は高くきますよ?」
そう言って、山岡はスマホで電話をかけ始めた。
「仲間を呼んだところで雑魚じゃ話になんねーぞ」
「雪代ナドカと雪代虎太郎でしたね。武器屋のくせにマーモットとかいうふざけた名前をつけている店の店主と子どもですよ。 ……もしもし私です。そちらはどうですか? ……ああ、こちらもオーケーです。ビデオ通話で惨状をお届けする用意ができましたねぇ」
ここからでは、マーモットの二人を助けに行くことはできない。
ある程度予測していたとはいえ、やはり敵はこちらの弱点を突いてきたようだった。




