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29 謎の銀髪さん②(美咲視点)


 ある日、お兄ちゃんは施設に帰ってこなくなった。


 お父さんとお母さんがあんなふうに殺されたショックは九年経ったからと言って癒えた訳じゃない。

 と言うよりどう癒して良いのか分からず、時間が解決してくれるという他人の意見がまるで当てにならなかったことだけが証明される日常を抜け殻のように生きていた。お兄ちゃんが消えたのはそんな中での出来事だ。


 どうしてお兄ちゃんはわたしのことを放って出て行ったのか。

 恨む気持ちとかそういうのが湧き起こるよりも前に、わたしは無心で、必死で探した。


 自分が何処へ向かっているのかすら意識できずにあてもなくフラフラ彷徨い、ガラの悪い魔物に拉致られそうになったところを豹男(・・)が助けてくれた。

 虎なのか豹なのか、そんな感じの獣人だった。

 でも、あまりにもそっくりだった。だから、自然とわたしは呼びかけていた。


「……お兄ちゃん」

「ごめんな。黙っていなくなって」

「どうして。ずっと探してたんだよ!」

「俺のことは忘れてくれ。幸せにな、美咲」

「待って! お願いだから待って、お兄ちゃん!!」


 お兄ちゃんは、わたしが呼び止めるのも聞かずに走り去った。しかし、これはよく考えれば妙な話じゃないか?

 ずっと見捨てられたと思い込んでいたけど、もし本当にわたしを見捨てたのなら、例え助けるためとはいえ姿を現すことはなかっただろうと思うのだ。

 つまり、お兄ちゃんはわたしを見捨てたんじゃない。何か事情があったんだ。


 自分に都合の良い理論を組み立てているのは十分わかっていながらもそれに縋ることでしか生きていけなかった。

 それからわたしは豹獣人が出没する噂をネットで調べ、お兄ちゃんを探し回る日々を送った。

 楽しいと思えることは相変わらず何もない。気分はずっと沈んだままだ。


 そんな時に出会ったのが剛くんだった。

 彼は、路上で出会った夜のお店のスカウトだ。


「ねえ美咲、今日はライトアップを見に行かない? あんま有名どころじゃないんだけどさ、ちょっと良さげな場所見つけたんだよ! たぶんスッゲー綺麗だよ?」


 自分のことで精一杯のわたしと違い、気分が滅入っているわたしを喜ばせようとこんなふうに頑張ったりする。スカウトなんだから狩った女はさっさと夜の世界に沈めりゃいいのに、どうしてこの人はわたしに構うのだろう?


 あどけない表情でデートを提案して、わたしの手を引っ張っぱったりして。

 男前だけど目つき悪くてガラ悪そうな顔の構成してんのに、こんな表情するなんて思わなかった。意外だ。

 でも、テンションが合わなくて、わたしはこういうの、しんどい。


「……どうしてわたしのことなんて構うの。やるって言ってんじゃない。ちゃんと稼いであげるからもう放っといて」

「さあ。なんでだろうね。美咲の顔を見てるだけでさ、俺って仕事頑張れたりするから。自分のためっていやそうなんだけど、俺に元気をくれる美咲には、少しでも元気になってほしくて」

 

 わたしの顔を見て元気になる?

 こんな根暗で、唯一の家族のお兄ちゃんにすら見捨てられた奴を?


「君の存在が、俺の──他の誰かの生きる支えになってるんだ。だから、もし今、そばにいてくれる人が美咲に必要だったとしたなら、俺がそれになりたいんだよ。あれ? クサすぎ? 俺ってハズしてる!?」


 馬鹿か。何をそんなお人好しみたいなこと言ってんの。そんなんでスカウトなんてやってられんのかよ。こんなアホみたいにクサいセリフを吐かれて簡単に落とされる女なんているかぁ。そんなの馬鹿だ、馬鹿。


 考えとは裏腹に、気づいたら笑ってて、涙がぽとぽと落ちていて。

 二人で笑い合って、季節が変わる頃には彼の顔を見るのが心の支えになっていた。


 そんな生活を送っていたある日、剛くんが部下と話をするところを偶然聞いてしまったんだ。


「阪口清十郎は──今はルークだっけか。うまくやってる?」

「はい。今までで龍神会のB級を五人殺ってます。まだ強くなりますねあいつは。総裁、どうします?」

「そろそろもう少し上の奴を狙わせよっか。A級行ってみようよ。一か八か倒せるかもしんないし。あいつがA級()れる人材になれば、我がバジリスクが龍神会を飲み込む日も一歩近くなんじゃん?」


 バジリスク。それは裏の世界でのしあがろうと企む、わたしでも知ってる魔族暴力団の新興勢力だ。

 剛くんが……バジリスクの総裁?


 頭が真っ白になった。

 だって……だって、そんな人がどうしてわたしのことを見初めたの?


 話を聞く限り、剛くんの命令でお兄ちゃんは今、龍神会っていう国内最大級の魔族暴力団の魔物だけを殺し回っているらしい。

 魔物を殺し続けるなんて、そんなのいつまでも無事でいられるはずはない。どういう事情があるのか分からないけど、それを指示しているのは剛くんだ。

 今の話だと、お兄ちゃんは、次はもっと強力な魔物を殺すよう指示されるだろう。戦えば死ぬかもしれない、強力な魔物を。


 正直言って、まだ信じられていない。

 でも、お兄ちゃんを護らないといけないという気持ちが勝った。

 なんとかしないと──……その一心だった。


「……あの。剛くん、わたし、聞いちゃったんだ」

「何を?」

「剛くんが、バジリスクの総裁だって。それで、その、阪口清十郎を、龍神会の奴らに差し向けようとしてるって」

「そう。それで?」

「お願いがあるの。あなたは知らなかったと思うけど、阪口清十郎はわたしの兄なの。お兄ちゃんを魔物と戦わせるのをやめさせて」

「知ってたよ」


 悪びれもなく言われてしまって、どういうことなのか理解できなかった。

 頭が真っ白になった。いつも優しくて、最優先してわたしのことを考えてくれるはずの剛くんの顔が、会ったことのない他人に見えた。


「……えっと。なんで」

「知ってて差し向けてたんだよ? 魔物に。龍神会の奴らに」

「だから、なんで!!」

「それ重要?」

「何……何言ってるの。ダメ。このままじゃお兄ちゃんが死んじゃう!」

「兄貴がどうなろうとお前には関係ねーだろ」

「は……はぁ!? 家族じゃない! どうして関係ないとか言えんの! ひどいよ。剛くんてそんな奴だったの!? わたしのことが大事なら、今すぐにお兄ちゃんに魔物を殺させるのをやめさせて!! じゃないと別れるから!!」

 

 剛くんは、イラつくというよりは呆れたように息を吐く。

 ヒスを起こした女がウザい、そういう目だ。


「……あーあ。せっかく優遇してやってたのにさ。黙って俺の女になっとけばカラダ売らなくても良かったんだぜ? どうして自ら馬鹿の穴に落ちるかなぁ」


 問い詰めても、剛くんは焦る様子なんて少しも見せなかった。

 わたしに正体を知られた剛くんはいつもの優しい顔がすっかりなくなって、容姿(・・)が凶悪に変貌した。

 オールバックのように後ろへ流していたドレッドが、いつの間にか全部()だ。それぞれがウネウネと意思を持っているかのように動いていて、本当に生きている蛇みたいだ。


「兄貴を解放して欲しけりゃ一億稼げ。でなきゃ兄貴を殺すよ? 一生懸命仕事しろ。キキキッ。バンバン稼げよ、美咲」


 息苦しくなり、喘ぐように早い呼吸を繰り返し、過換気で倒れた。メンタルは完全にパニック状態で、しばらくご無沙汰だった「絶望」が再びわたしのところへやってきた。わたしでは、絶対にこの怪物は止められない。


 お兄ちゃんでも。魔物すら倒せるお兄ちゃんでも、ダメなんだろうか。

 お兄ちゃんはこいつの言うことに従っているみたいだ。あの正義感の強かったお兄ちゃんが……。

 お兄ちゃんは、何か弱みを握られて脅されているんだろうか。

 それで、剛くんの言うことを聞くしかないんだろうか。


 もはや剛くんを──桐谷を殺すしか、この事態を止める手立てはないと思った。

 でも、どうしたらこんな大物を止められるんだろう?


 わたしは「エージェント」に依頼することにした。魔物のことで困っている人間を助ける職種らしい。

 だけど、声を掛けた全てのエージェントから一億以上の報酬額を提示された。

 いくらなんでも、こんなことある?

 態度だってよそよそしいし、きっとこいつらは逃げたんだ。


 後で分かったけど、どうやらお兄ちゃんがバジリスクの手先として動いてることはエージェントたちに情報が回っているらしかった。そして桐谷がバジリスクの総裁であることも当然周知の事実なんだろう。

 魔物を殺す仕事をしてる癖に、魔物を恐れて避けるなんて弱虫だ。


 (すが)る思いで、あの「ウェジー」に駆け込んだ。

 ずるいとは思ったけど、知ってる情報をひた隠しにして依頼した。

 だって、他のエージェントたちは「バジリスクの桐谷」って聞いただけで顔色が変わって、なんだかんだ理由をつけて必死に逃げようとしたから。


 のらりくらりと誤魔化すように喋って、何とか依頼を受けてもらうことができた。それも、他では絶対に無理な、破格の報酬額だ。

 もし神様が本当にいたらわたしたちをこんな状況になんて落とさなかったと思うけど、あの時わたしは、神様に感謝したい気持ちになったよ。


 でも、なんか頼りなさそうな優男(やさおとこ)で。

 ちょっと顔が良いだけの、どこにでもいる普通の男の子って感じだ。あんな奴が剛くんを──多くのエージェントが逃げちゃうバジリスクの総裁・桐谷剛毅を倒せるとは到底思えなかった。

 選択肢がなかったとはいえ、あれじゃ期待はできないだろう。


◾️

 

 くだらない過去を思い出している場合じゃない。そろそろこの意味不明な銀髪との会話も終わりにしよう。

 こいつが何者かは全然わからないけど、いくらお金が貰えるからってこんなに踏み込んだ話をさせられるのは不愉快だ。

 わたしは敢えて笑顔を作る。


「……最初にも言ったけどね。あんなクソ兄貴がどうなったとしても、わたしはもうどうだっていいんだ。だからこの話はこれで──」

「顔で笑って心で泣くのは、もうやめにしませんか」


 不意に言われた言葉で思考を止められる。

 一呼吸おいて生まれてきた感情は、イラつくほどにわたしの本心を探り当てるこいつへの「怒り」だ。

 けど、歯を食いしばり、わたしがそれを言葉に変える前、銀髪さんは微笑んだ。


「あなたが選んだエージェントは、間違っていなかったと思いますよ」

「はぁ? 何がだよ」

「ウェジー。新人エージェントのことです。きっとあの二人なら、あなたの大切なものを護ってくれると思いますよ」

「……なんでそんなことが分かんの」

「心を読める私の、ただの勘ですかね」

「やっぱ勘かよ」


 最後は一番説得力のない話だったな。

 お前があの優男の心を読めたって、あいつが依頼を果たせるかどうかなんて分かんないだろ。桐谷がバジリスクの総裁だってわかればきっとあいつだって逃げるに決まってる。

 人のいいキャラで立ち向かえる世界じゃない。女の子を一途に愛しちゃうような純情な男が、どうやって冷酷非道な桐谷に立ち向かうんだよ?

 


 


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