26 事前査定
想定していなかったタイミングで山岡さんのターゲット「ルーク」と鉢合わせる。
俺は、瑠夏と顔を見合わせた。ここで行ったアイコンタクトの意味は、この場でいきなり戦闘に突入するのかどうかの相談だ。
ルークは、俺たちを襲おうとしたライオン獣人を殺した。
つまり俺たちを助けようとしたということ。
今すぐ戦う必要はないだろう。このまま会話しながら観察を継続できれば最善だ。
瑠夏は、俺のアイコンタクトに対して眉毛をちょっとだけ引き上げた。
「ルークさんと言うんですね。助けていただいて本当にありがとうございました。何かお礼を」
「いらねーよ。今すぐにでも引き返して帰りな。こんなところにいたんじゃ──」
ぐうー、っとルークのお腹が鳴る。
会話を完全遮断するくらいの、俺なら恥ずかしくて赤面してしまうくらいの大音量だった。
「では、ご飯をご馳走するというのでどうですか」
「……断る」
「お腹が鳴ってましたが」
「こういうのはなぁ、俺の意思に反して鳴るもんなんだよ」
「それってルークさんの体が望んでいるということなのでは?」
「おい女。お前、なかなかズケズケ言うじゃねーか」
「中村と申します。あたしたちもお昼がまだですし、そもそも命の恩人に何もせずと言うわけには参りません。かと言ってお金もあまりないので、せめてもと思いまして」
「分かった。じゃあ中村さんよ、この路地を抜けたところにある安っぽいファミレスで飯を奢ってもらうと全て解決するというわけだな」
「そういうことです」
瑠夏が澄まして言うので、ルークは一瞬茫然としたあと「気に入った!」と豪快に評して大きな声で笑った。
俺たちは、さっきのライオンと入る予定だったファミレスへ向かうことにした。
「あー。悪いね、奢ってもらっちゃって」
「いえ。こちらこそ、命を助けてもらっておきながら格安のお礼ですみません」
「いいってことよ。弱い者を護るのは強者の務めというやつだ、当然のことをしたまでさ。あのライオンは俺とは別の意味で有名な奴でな。女と見たらとりあえず手当たり次第に声を掛けて、ちょっとでも応答があったらすかさず懐柔して、夜の店に沈めるか奴隷として売り払っちまう奴なんだよ。男がいても最悪は力づくでやっちまえばいいと思ったんだろう。ああいう奴から声を掛けられても一切相手にしちゃダメだ。次からは目すら合さずに完無視を決め込め。……まぁ、前から気に食わない奴だったから、いつか片付けてやろうと思っていたんだ。ちょうど良いきっかけだった。逆に礼を言っておこうか」
「あたしが返事しちゃったからダメだったんですね。弱い者を護ることを信条にされてるなら、ああいう輩は許せないですよね」
「まあな。特に女を沈めようとするスカウトやホストは、俺は絶対に許せねーんだ」
「どうしてですか?」
「……いや、まあ、色々だ。ってか、どうしてって。あんたは沈められてもいいってのか?」
「まあ……嫌ですけど。というか、ルークさんは有名人なんですか?」
「あんたら人間は知らないだろうが、俺はここらではちょっとした有名人だな」
「なんで有名なんですか?」
「あー? 喧嘩っ早いから有名なんだよ」
「人助けするからですか?」
「ん──……。ま、色々だな」
「あはは。色々が多いですね。そんなに喧嘩するならルークさんは魔物も人間も数限りなく殺してきたんでしょうね」
「いや。人間は殺さない」
「では、魔物だけですか?」
「ああ。神に誓って、人間を殺したことはない」
こいつの発言は、依頼者である山岡さんのものと食い違う。山岡さんの話では、こいつは山岡さんの会社の人を殺したことになっている。
「どうして、人間は殺さないんですか?」
「……やっぱ、すげーズカズカ質問するお姉ちゃんだな。俺はそういうの好きだけど。あ、彼氏さん、別に変な意味じゃないから」
「どうも。でも、そこは俺も気になります。人間からしたら、魔物の人たちは人間を殺すのを結構普通のことだと思ってそうな印象があったから」
「そういう奴も多いよな。だけど、俺は──……」
ルークは何かを口にしそうになったが、言葉を止めた。
「……ま、いいじゃねーかそんなことは。さすがの俺でも、見ず知らずの人間に何もかもをペラペラ喋る訳じゃねー。喋ることだけが誠実って訳じゃないと思うしな」
「それはそうですね。失礼しました」
「気にすんな」
嘘を好まず、誠実でいたいタイプのようだ。適当なことは言わず、ルークは「喋らない」と俺たちに宣言した。
瑠夏の隣で座席に座っていたバステトは、バクバク食べるルークをじっと見つめている。
「その猫、なかなか可愛いやつじゃないか」
「そうでしょう? あたしたちの宝物なんです!」
バステトは、普通の猫みたいに「にゃーお」と鳴いた。
ただ、普通の猫らしからぬ、あまりにも嬉しそうな顔つきだ。こいつの心境を慮れば分からんでもないのだが。
「表情豊かってことはあれか。でも、魔獣ってのはよくよく気をつけ──」
「わ──────っっ!!」
俺は、真実をひた隠すために叫んだ。
瑠夏はびっくりしてキョトンとしていた。バステトは冷や汗をかいている。
なるほど。この人間然とした豊かな表情で魔獣であることがバレるのか。後でこいつによく言って聞かせておかないと。
ってか、バステトのためにここまでしてやる義理は全然ないんだけど、なんか可哀想になって……!
「……なんだよ? 急に叫んだりして」
「コホン。い、いえ。なんだか喉の調子が」
気まずそうに汗をダラダラさせる俺の様子をしばらく観察したルークは、得心がいったように眉根を上げた。
「……そうか。すまんすまん」
「いえ」
「? 何が?」
そして瑠夏だけがハテナマークを頭上に浮かばせる。
それにしても、ここまで話をしてきた感じでは、このルークはそんなに悪い奴には見えない。まぁ上っ面だけで判断するのは危険だが。
本人が申告した通り、きっと喧嘩はよくするんだろう。
だけど、それなりに理由がありそうな感じだ。なにせ弱い者を助けるのが自分の役割だと思っているのだから。
そもそも、こいつは俺たちを助けておいて、自分からは何の見返りも求めていない。連絡先すら聞こうとしない。
うーん。困ったな。
こんなことで困るエージェントはきっと一人もいないだろう。
そもそもターゲットの人となりを確認しようとすること自体が稀有な例に違いない。
「そうだ。さっきのライオン野郎と喋ってるのをチラッと聞いてたんだけどよ。あんたら、殺したい魔物がいるんだって?」
「ええ」
「言ってみなよ。俺だってまあまあ腕が立つんだよ? さっきのライオンもこの街ではそこそこの実力者だが、一発だったろ。殺せなかったとしても相談くらいなら乗れるし」
「蛇ドレッドの男を、殺したいと思ってて」
瑠夏は、あのキャミソール金髪少女・美咲のターゲットを口にした。
なるほどね。確かに、魔人の有名人に聞けば手掛かりが手に入るかもしれない。
……と、思ってたんだけど。
「そっか。すまん。それは力になれないかもだ。全然わからないわ」
「そうですか。わかりました」
少しだけ、変だな、と思った。
ここで話を止めるというのは、ルークからしたら疑問だらけのまま終わってしまう。殺したいと言っているのに、俺たちは「蛇ドレッド」しか手掛かりを持っていない。これだと「殺したいけど会ったことがない」とか、そんな感じの印象をルークは抱く気がした。
もちろん、通り魔にやられた的なことも考えられるわけだが、それにしてもどういうことなのか事情くらい質問したくなるはず。自分から人助けを言い出したのなら、尚更だ。
でも、ルークは話を切り上げて、それ以上質問してこなかった。




