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25 暗黒街、参上


 

 黒竜(ヘイロン)駅で降りて、俺は瑠夏と手を繋ぎながら多くの乗客が行き交う駅のコンコースを歩く。バステトは瑠夏の肩に乗っかって、何なら瑠夏よりも高い位置から前方を見つめていた。


 周りを見渡せば、人間らしき生物は一人たりとも見当たらない。

 人間がこんなところを歩いていると犯罪行為のターゲットにされがちだ。だが、ほとんどの魔人・魔獣は興味もないのか俺たちには見向きもせずに歩いていく。おかげで、雑踏の中に紛れ込むことができていた。

 ……と思っていた矢先、瑠夏が耳打ちする。


「そうちゃん。手を離しちゃダメだよ」

「誰か付与してきてるか?」

「うん。たぶん一〇メートルくらい後ろから」

「オッケー。こっちの次弾は『麻痺(パラリシス)弾』だ」


 目的地──暗黒街の中心地がある方向を目指しながら、人と人との間隔がある程度空くエリアへ入ったところでジャケットの内側に隠したドラコへ手を掛ける。


「まだ付与してきてるか」

「うん」

「頭悪っる。効いてねー時点で用心しろよなぁ」

「大体はそれで諦めてくれるんだけどね」


 付与グリードの完全無効化をやってのける瑠夏の加護は確かに「特別」だし、そんなものがこの世に存在するとは誰も考えていないかもしれない。

 だが、別に加護でなくても同じことはできる。何らかのグリードによって無効化している可能性も十分にあるはずなのだ。


 いずれにしても、効かないということは無効化されている訳で、無効化されているということは相手に気づかれているということだ。

 二人組以上なら高確率で攻撃グリード持ちと組んでいるだろうから、反撃される危険性はかなり高い。


 なのにそれを警戒もせずにダラダラ付与し続けるこいつの心情としては、「あれ? なんで効かないの?」ってところだろう。これもさっきの猿と同じく戦闘職では長生きできない鈍い反応。

 興味本位のイタズラか、そこら辺の悪ガキか。


 前を向いて歩きつつ、無数の(つた)が絡みついた腕で緑色の銃口だけを肩口から逆さにして後ろへ向ける。

 瞬間、発砲。

 当たったことは視認する必要すらない。

 俺たちの近くにいた通行人の魔物どもが、目を見張ってささっと距離をとった。


 ドラコがスッキリ(・・・・)している。

 ドラコに触れていると何となく分かるんだけど、こいつは一発撃つごとに快感を得ている気がする。たぶん気持ち良くなりたくて我慢できないんだこの馬鹿は。

 俺がまだちゃんと「撃つ」って思ってないのに若干先走ってる気がするし。俺の意志の解釈を都合よく捻じ曲げてるんだろう。あとで罰を与えて再調教する必要がありそうだ。


「付与グリード、消えた」

「今のは一分弾だ。効力は二〇秒もないけどビビらせるには十分だろ」


 暗黒街ではひっきりなしに戦闘が繰り返されると予想はしていた。そして、だからと言って強者ばかりでもない。四級弾ばかり使っていたらあっという間に瑠夏の寿命を消費してしまう。

 よって、まずは一分間とか一〇分間の寿命を込めた弾を装填しておき、必要に応じて入れ替える戦術とした。


 弾を入れ替える作業に俺のグリードは適応されない。

 だから、こういう状況でいきなり強者と遭遇するパターンが一番緊張するかもしれない。ナドカさんがこの状況を想定してくれていたおかげで一通り訓練はしてきたが、今後も継続訓練が必要だ。


 弾薬ケースから弾を取り出してドラコに満装填させておく。

 弾を入れながらドラコに触れていると、「次を早く撃ちたい」的なワクワクして仕方がないドラコの感情が理解できた。これはちょっと危険だ。

 後でいいと思っていたが今すぐ釘を刺しておく必要があるかもしれない。俺はドラコに口を近づけて、そっと囁く。


 ──今度先走ったら、朝から晩まで全身拭き続けるからな。


 ブルっと銃身が震えた気がした。たぶん分かってくれたと思う。

 俺はドラコをよしよしと撫でながらホルスターへ仕舞った。その様子を瑠夏が怪訝そうに眺める。


「なんの独り言?」

「ドラコちゃんに、ちょっとね」


 暗黒街──通称「ヘイロン」と呼ばれるこの街へ遊びに来る人間などほとんど存在しないから、車で通過するとかじゃない限り実際にこの目で街の景色を見ることはほとんどない。

 改札を出ると、そこは魔物の街だった。


 うじゃうじゃと歩き回る通行人の全てが魔物──その中でもほとんどが魔人。

 それも、どっちかというと若者が多い印象だ。

 猫耳の女の子は可愛いし、肌の露出も多い。男もオシャレに見える。髪型だけじゃなく、尻尾の毛の整え方が奇抜だ。きっと最先端なんだろう。


 ヘイロンは常夜の街として有名だ。

 今は時刻的に夜ではない。なんなら午前の一一時頃。なのに空が暗いので、街は街灯やネオンの光でいっぱいだ。この暗さも誰かのグリードなんだろう。


 こんなに摩訶不思議なグリードが蔓延っていると、ここにいるだけで何らかのグリード付与を受けてしまうんじゃないかと心配になってしまう。

 情報ではそんなことはないはずだったが、どっちにしろさっきみたいに不意打ちで付与してくる奴もいる。念のため俺は瑠夏と手を繋ぎっぱなし。


「瑠夏と手を繋ぐ」という俺の目標は、今のところ付与グリードの危険性がある無粋なシチュエーションでしか達成されてない。

 俺は嬉しいからずっとこのままでもいいが、瑠夏はどうなんだろうか。そっちのが気になる。


 夜空の中に建物がいくつか浮いているのが見えた。

 あれが有名な「浮遊建造物」だ。ネオンや照明灯がたくさん点いていて、キューブ状とかビル形状とか色々だった。明確に縦とか横とかに整列していなくて、それぞれ個別に妙な角度で傾いたまま存在している。

 何者かのグリードによって宙に浮かび続ける謎の城。利用者は空を飛ぶ「移動屋」を使うらしい。要はグリードを使った空中タクシーだ。


 バステトが首を伸ばして周囲をキョロキョロしていた。ペットショップにずっといたこいつにとって、こういう場所は珍しいのかもしれない。まあ俺たちですらそうだが。


 クソでかいスクランブル交差点を、魔物の群れに紛れながら渡る。

 渡る前に犬の像があったが、あれは魔物の世界で有名な魔犬とかだろうか。


 しばらく歩いていると、街灯の上のほうに取り付けられている看板が目に入った。

 しっかり読めないが、なんとかセンター街と書いてある。古びているし文字が削れている上に、(つた)が巻き付いている。たぶん、ここがまだ人間の街だった頃の遺物だ。


 そしてこの辺りが暗黒街の中心地。

 なので、そろそろドラコのシリンダーを四級魔弾に総入れ替えしてもいいタイミング。

 だけど、瑠夏の命を少しでも無駄にしないために、俺はターゲットと遭遇してから入れ替えようと考えている。

 つまり、「一分弾マリオネット」で数秒だけでも敵を行動不能にできれば、その間にドラコのシリンダーを四級魔弾に入れ替える時間が稼げるという戦術。


「お姉さん、ちょっといいですかー?」


 後ろから声を掛けられて振り向く。そこにはグレーのストライプスーツを着たゴツい男が立っていた。


 ライオン獣人だ。この前に居酒屋でターゲットの護衛をしていたライオンは完全に顔もライオンだったが、こいつは人間と同じ顔をしつつ髪がライオンという外観。

 体格に見合わない可愛い耳が頭のてっぺんにぴょこんと生えていて、立派な髪は肩下まで伸びていた。とりあえず顔はイケメンさん。


 ライオン獣人で格闘技でもやってそうな体格をしてると、間近に寄られるだけでも圧迫感があってちょっと怖い。そして、見た感じがなんかキャッチっぽい奴だ。

 でも、男と一緒にいる女にも話しかけて来るものだろうか? どういうつもりなのか分からない、奇妙な奴だった。


 とりあえず、瑠夏は歩く速度を速めた。

 もちろん、手を繋いでいる俺も。


「あ、ちょっと待って! 待って待ってー待ってくれないと俺も早足するからー!」


 何だこいつ、と思いながら早足から駆け足へ。


「えっ、走るの!? よっしゃー、俺も走ろう! はえーんだよ俺!」


 ライオン男は俺たちに並走しながら笑顔を向けてくる。

 そこそこ全力で走ったが手を繋ぎながらじゃそんなに速くは走れない。というか、それを差し引いてもライオン獣人がめちゃくちゃ速い。ライオンだから当たり前か?


 このまま走っても逃げきれそうにないと思った。仕方なく、走るのをやめて歩く。

 俺たちは息を弾ませていたが、ライオンは平然としていた。

 

「スッゲー速いねお姉さん。俺ってほら、見た感じでも分かる通り格闘技とかやってるから身体能力高いんだけど、お姉さんマジで速いよ。なんかやってたの?」


 相変わらず瑠夏は無視だ。

 バステトが、しゃーっと威嚇している。

 

「あ、でもこれから何処かへ行くんだよね? ってワザワザこの街へ来てんだからどこか行くの当たり前だよね。デート?」

「…………」

「お兄さんもカッコいいもんねー。あてのないデートだったら別にいいんだけど、何か探してるんなら案内できるよ? 俺って結構長いことここに居るからさぁ。たぶんこの街で俺に知らない場所はないね。ほら、探し物屋だと思って利用してみたら」


 瑠夏が、俺のほうを向く。

 アイコンタクトした後、ライオンの提案に応えた。


「『屋』ってことは、お金必要ってこと?」

「ううん、それは言葉の綾ってやつだよ。もちろん無料サービスだよー。この街に来てくれる人間なんてなかなかいないからさ、親切にしておいてこれからもっともっと来てもらおうっていう俺のヘイロン大使的な? そういう前向きな心で言ってることだから」

「そう。別に行きたいところがあるってわけじゃないんだけどさ。魔物を殺したいなって思ってて。だけどエージェントに頼むのも何だから、こういうところに来たら格安で闇商売請け負ってくれる人っているのかなって思ってさ」

「へぇー。もちろん知ってるよ? じゃあちょっとご飯でも食べながらお話ししようか。俺お腹減っちゃってさー。え、お腹減ってない? あ、そう。まぁ奢るから一緒に食べよーよ。飲み物だけでもいいしさぁ。そこの路地を突っ切ったらファミレスあるから」


 ライオンは、俺たちを連れて路地のほうへと歩き出す。

 路地に入ると明かりの照度が一段と落ちて、路地先にあるファミレスが煌々と目立って見えた。

 左右のビルで切り取られた夜空を見上げると、真上に浮遊建造物が見える。


「それにしても、お姉さんヤバいくらい可愛いね。人間でしょ? 人間の女の子って魔人に人気なんだよねー。夜のお店でも奴隷でも、何をやってもめちゃくちゃ人気出ると思うよ? ま、お兄さんいるから許可出ないだろうけど」

「やっぱスカウトなんだね」

「そうなんだよ。モデルかっていうくらい可愛かったから声を掛けたんだけどさ、走るの速すぎて一瞬忘れちゃった。でもねぇ、俺もさ、結構有名な裏格闘技の選手なんだよ」

「そうなんだ」

「うん。だからグリードとかも使えてさ。あ、グリードって知ってる?」

「知ってるよ」

「そっかぁ。なかなか博識なんだね。それか、お姉さんも使えるのかな?」

「そうだね。使えるよ」

「そっかぁ。なら、もっと早くに使っとくべきだったね」


 前を歩いていたライオン男が、振り向いた。

 振り向いた時には、路地の地面全体が青色に輝いていた。水面の下からライトで照らされているかのようで、蒼光が路地の壁に反射して美しい。

 しかしそれはもちろん死へ誘う敵の特殊能力だ。目に入る光景に魅入ることなく俺の体は勝手に動いていく。


 正体不明のグリードを使ってくる敵を確実に制圧するには、やられる前にやるしかない。そして、コツは即座にメンタルを切り替えること。

 俺とドラコはとっくに同期済みだ。あとは命じるのみの状態──。


 撃て、と心で命じた瞬間、どこからかともなく閃光のような一筋の光が瞬いた。

 その光は、ライオン男の首を横薙ぎにしたようだった。

 

「……は?」


 最短最速の動きでライオンの首へ弾痕をつける。ドラコの一撃で一分弾マリオネットを被弾したライオンは、疑問符を発したのちに口から血を垂れ流した。


 そしてすぐに、俺が込めた「自分の顔面を殴れ」という命令に従った。

 が、殴った勢いでライオンの頭部は首から離れてしまった。

 首から大量の血を噴き上げながら、頭部はコロコロと路地に転がる。

 

「え……どうなったの? こいつの打撃が自分の頭を吹っ飛ばすくらい強かったってこと?」

「いや」

 

 確かに一見するとそんなふうに見えたかもしれないが、斬り口の鋭さは刃物のそれだ。

 要は、ライオンの首が切れたのはマリオネット弾の仕業ではあり得ないし、銃撃と同時に現れた横一文字の閃光も俺じゃないのだ。

 つまり、誰かが──……


「おい。人間がこんな街をウロウロすんじゃねー」


 俺たちの背後から野太い声がする。腹に響く力強い声の主は存外若そうだと思いつつ、俺は振り向いた。


 そこに居たのは獣人。人間ベースの獣人だ。

 色黒の肌、ゴールドアッシュのワイルドな髪。

 (はかま)を履いた、全身黒ずくめの和装。

 腰には日本刀をぶら下げていて、耳や尻尾の柄が(ひょう)のような印象を与えている。獣人イケメン侍と言えば分かりやすいか。


「おい兄ちゃんよ、人間がこんなところへ来たらこうなるのは最初から分かってたことだろ。彼女を連れて来るなら来るでちゃんと護ってやれ馬鹿野郎。お姉ちゃん、大丈夫だったか?」

「あ、ありがとう……。失礼ですが、あなたは」

「あ? 俺はルークって(もん)だ」


 ターゲットと遭遇した時には、ほんの五メートルも離れていない位置関係。

 俺たちは、メルカの言った通りに展開になっていた。




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