24 電車移動も結構危ない。
数珠丸のところからマーモットへ帰ってきた頃には、もう陽は完全に落ちていた。
夕飯はお弁当を買って持って行くから一緒に食べよう、とナドカさんに連絡を入れる。俺と瑠夏は近所のスーパーで弁当を買って、マーモットへ向かった。
「お疲れっすー」
「おー、終わったか。飯を食いながらミーティングするか?」
「そうっすね! そうしましょう」
「あのさ、俺ってその話、聞いててもいいの? 普通に中学生だけど」
「仕事の話をすると言ってもここは虎太郎の自宅だし、ハミらせるのは可哀想だよな。別にいいよ」
ってことで、全員分の弁当を倉庫内のテーブルに並べて、ベンチに座ってみんなで食べることにした。
ドラコ、メルカも擬人化だ。
そしてよく考えたらこいつらの弁当も買わなきゃならない意味がわからない。最初にバーベキューしたからか慣例で飯を食わせているが、絶対に必要ないことは分かりきっている。早めにどうにかしたほうがいいかもしれない。
バステトは瑠夏の膝の上でゴロゴロモード。キャットフードを与えられながら完全に一般猫になりきっていた。
「これで美咲ちゃんのほうは動き出したね。なら、そっちはしばらく数珠丸さんに任せておいて、次は山岡さんのほうだよね?」
「そうだなぁ。数珠丸の結果を待っても良いんだけど、二件同時に請け負っちゃってる訳だし。動き出しておきたいところなんだよね」
「でもさ。メルカが言ってた通り、ターゲットがたまたま通るのを待ってそれを遠くから狙うの?」
「いや。やっぱ中谷さんの時のパターンを踏襲しようかと思ってる」
「現地へ行って、あたしたちで本人を現認するってこと?」
「ああ。ちょっと気になることがあってな。ルークが喧嘩してる相手、目撃情報を見る限りは魔物が多い気がするんだよ」
そうなのだ。
エージェントギルドのページにログインして確認した情報では、ルークは喧嘩っ早くて戦闘を目撃されてる件数が多いのだけど。
全部の目撃情報を閲覧した訳じゃないが、少なくとも俺が見たものは全て魔物が相手だった。
「えーと……魔物であるルークが、魔物と喧嘩してるってこと?」
「うん。まあ依頼者である山岡さんの会社の人が殺されたわけだから、人間も犠牲になってるんだろうけど……なんかちょっと気になって。だから、現地で確認してみたいんだ」
「そっか。うん。そうちゃんがそう思うんだったら、あたしはオッケーだよ!」
こうは言ったが、人間の一般人が対策もなく簡単に立ち入れる場所ではない。そこは危険が渦巻く魔物の巣窟みたいなエリアなのだ。
暗黒街──。
かつて若者たちの中心地であったこの街は、どこからともなく魔物が進出し始めた頃から魔物たちによって文化ごと支配されている。
話によると、この国で最も最初に魔物によって乗っ取られた区域。
どこの魔物が作ったのかは分からないが正体不明のグリードによって宙に浮く建造物が空のあちこちに存在し、安易にそこら辺の建物内へ入ったが最後、二度と出られないケースもままあるという話だ。
入口がそのまま亜空間に繋がっているのではないかとも言われているが、空中城を攻略しようとパーティを組んだエージェントのうち最初に足を踏み入れた者の姿が瞬間的に消えたことをもって判明したものであり、それ以上のことは誰にも分からない。
子どもの格好をしている癖に、腕を組んで堂々とソファーに座るメルカが「ふっ」と鼻で笑ったように見えた。
「……なんだよ? お前的には馬鹿っぽいと思うのかもしれんけどな。俺たちには俺たちのやり方ってもんがあんだよ」
「別に文句は言ってない。好きにしろ」
「では、わたしの出番ですね! 早くぶっ放したくて堪りません!」
「キッチリ仕事したら、ご褒美にまた全身くまなく拭きまくってやるからなドラコ」
「……!! そ、そ、そそそそんなの要りませんから!! わたしは、そんな」
上気した顔で、うつむき加減のドラコがもじもじしていた。
◾️
山手線西側のとある駅は、ある時を境に「黒竜駅」に改名されている。そして暗黒街は、ヘイロンを中心として栄えていた。
資料によると、暗黒街を作り上げた魔族暴力団の総帥が使っていたグリードが、まるで黒いドラゴンのようだったというのが駅名の由来であるようだ。
かつては人間たちで賑わう若者たちの街であった。今も栄えてはいるが、全ての営みは魔物たちへと入れ替わっている。
暗黒街へ行こうと決めたのは昨日だが、もう夜も遅いし明日にしようということになった。
よって、今は翌日のお昼前。
「やっぱ混んでるじゃん。通勤ラッシュじゃなかったら混んでないって言ったのはどこのどいつだよ」
「しょうがねーよ。座れなかったからって文句言うな。じゃあタクで行くのかよ」
「そうは言ってないけどさー。昼からにするとかさー」
瑠夏がブーブー言っている。
人間が容易に立ち入れない場所とはいえ、暗黒街は普通に電車で行ける。だから俺たちは電車移動。
車内はそこそこ人が多くて座席には座れなかった。乗客は人間と魔人が入り混じっている感じだ。
猿、猫、虎、犬、鳥。
大型の犬みたいな魔獣、天井の吊り革にぶら下がっているナマケモノみたいな魔獣もいる。
豚みたいな魔人はかの有名なオークだが、斧とかそういう武器は持ってなくて、普通に腹の出たスーツ姿だ。
魔物がいるとはいえ、蔓延る犯罪の種類自体は大して変わらない。
というか、そもそも魔物の犯す犯罪は、大破壊を引き起こすような特殊なケース以外は人間とほとんど変わらなかったりする。
「きゃっ」
吊り革に掴まっていると、不意に瑠夏が飛び上がりながら小さく悲鳴をあげた。
見ると、瑠夏は自分のお尻を庇うような仕草をしている。俺は何が起こったのかすぐにわかった。
間違いなくお尻を触られたんだ。なぜなら、俺たちの真後ろにいるスーツを着た猿獣人が、口笛を吹き始めそうな素振りで白々しくすっとぼけていたから。
瑠夏は猿の手首を掴んで叫ぶ。
「こいつだ!」
「おっと。待てよ、証拠でもあんのか?」
如何にもスケベそうな顔をしながら猿獣人が両手を上げている。おちょくるようにヘラヘラとした不快な笑みだ。
こんな奴は際限なく存在するから四級魔弾をぶち込むのは瑠夏の寿命が勿体無い。
だからと言って、警察を呼んだところでそいつが魔物の警官だったら、俺たちが人間だということで足元を見られてそれほど厳しくは取り締まられない危険性が高い。
いや、人間の警官だとしても、犯罪者が魔物だったら尻込みしてしまうだろう。
なら、どうするのか?
瑠夏が事前に力を込めているのは、四級魔弾だけじゃない。
こういう馬鹿者をしばき倒すために、一分間から一〇分間程度の寿命を込めた弾をいくつか作ってある。それらは懐にしまった小型の弾薬ケースに入れてあるが、数発は既にドラコのシリンダーへ装填済みだ。
俺はあえて猿の目の前でドラコを取り出した。
「あ? モデルガンか? 変な形をした銃だな。人間風情が生意気にもこの俺を脅そうって──」
ダァン、という射撃音が早いかドラコの触手が俺の腕に絡み付いたのが早いか……というタイミング。それほどドラコの触手は動きが速い。
感覚的にはヌルヌルと蠢きながら絡みついてくるように感じるが、実際のところこの触手は俺が「撃ちたい」という意志を抱く寸前に俺との神経接続を完了させている。
早撃ちを信条とするドラコは、撃ちたいという俺の意志を反映させる速度も、俺が腕をターゲットへ向ける速度も全てを神速で制御しているようだ。
「うわああああ!」
よって、この猿には反射的に撃ったようにしか見えなかっただろう。この反応、自分の体の致命的な部分が損傷したのだと勘違いしたに違いない。
実際には掠った程度だが、一般人では撃たれた瞬間に把握するのは難しかったはずだ。すなわち、こいつは戦闘の素人。
同じく戦闘の素人である乗客の皆さんが、悲鳴を上げながら俺たちから慌てて距離をとっていた。
「何しやがんだこのっ……え? えええ? あ、ゔ」
俺が使ったのは、かつて瑠夏を辱めた懐かしの「マリオネット弾」。
あれから、この弾は俺たちの戦術上のレギュラー入りを果たしているのだった。
「私は痴漢をしましたー! 私は痴漢をしましたー!」
自らの意識を鮮明に残しながら口を操られた猿獣人は、大声で叫びながら自分の服を脱ぎ始める。マリオネットは悪属性に相応しい凶悪さ加減を発揮して、猿獣人の人格をどんどん貶めていく。
パンツまで下ろし、全てを曝け出した猿の暴挙に車内の女性が騒ぎ出した。
ごめんね皆さん。汚ねーもん見せてしまって。
いま使ったのは一〇分間のやつだから、次の駅に到着するまでマリオネットが解けることはないだろう。
こんなクソ雑魚に瑠夏の寿命を一〇分間も与えたと思うと腹立たしいが、降りかかる火の粉を最小限のコストで振り払うために俺たちはこういう方法をとることにした。
唯一問題なのは、撃った弾が電車に穴を開けてしまったことだろうか。
スッキリした感情が伝わってくるドラコをヨシヨシと撫でながら懐に収め、俺たちは空いた座席に座った。
瑠夏は膝の上にバステトを乗せている。虎太郎がまだ学校から帰ってきていないので、ナドカさんが拒否権を発動しているのだ。




