23 同類だったわ
エージェントとしては初心者なので、二つも同時に依頼が来た時の対応方法なんてよくわからない。
二件目を断るのが常識的な対応かと思われたが、二件目のほうが切羽詰まっているとなれば見捨てるわけにもいかず。
「さて。そうちゃん、どうしよっか。って言っても、もう依頼受けちゃったしなー」
瑠夏は瑠夏で、自分から依頼を受けようと言っておいて具体的な方法は俺任せにしようとしている。
だから俺は悩んでたのに!
「しゃーねーなぁ。こうなったらフェンリル僧を召喚しようか。なあバステト」
俺は魔にゃんこに喋りかけた。
バステトは、ちょっと苦笑いしていた。
あ、やべ。つい。
「バステトって何? そういう名前にすんの?」
「バステトって猫の神様なんだよ。似合うかなって思ってさ」
「神様とか嫌いじゃなかったっけ? あたしは大嫌い」
何より瑠夏の機嫌を最重視している魔にゃんこが身震いしている。
別にこいつを庇ってやらなきゃならない理由はないが、なんか可哀想になってきたのも事実だ。
「か、神にも色々あるんじゃないの? こいつは猫だから」
「ほんとに神様って訳じゃないでしょ。だから聞いてるんだけど」
「タマに似てるって言っただろ。きっと、猫の神が俺たちに遣わしてくれたんだよ。本当にタマではないにしても、嬉しかっただろ?」
瑠夏の表情が緩んだ。
みるみるうちに目に涙が溜まって、口をキュッとすぼめる。
「……うん。嬉しかった。良いこと言うね、わかったよ。バステトにしよう」
適当並べただけだったが、何とか誤魔化せた。
バステトがホッと息を吐いたことによって奴の口の下の毛がはためいている。俺は冷や汗をかいていたがバステトはもっと焦っていただろうな。あとで濡れた毛を拭いてやったほうが良いかもしれない。
「とりあえず、あの坊主に来てもらおうぜ。それしかないよ」
「次はお前らから訪ねろよ? 前は俺が呼んだからあいつは来てくれたが、お前らの頼みならたぶん来ないぞ」
ナドカさんが口を挟む。
あー。なんかそんな気がするわ。
「ナドカさん、お願い」
「やだ。猫連れてくる奴らの言うことなんて聞いてやらない」
ナドカさんが拗ねてしまった。
魔にゃんこがまたドキドキしている。俺たちのところへ来てからかなり気を遣ってるだろう。そのうちストレスで毛が全部抜けちゃうんじゃないか?
正体さえ知らなければ、ひたすら可愛い存在なのにな。
◾️
陽が傾いて、地平線に近いところが赤みを帯びてきた時刻。
俺たちはバステトを連れて、魔人なのか魔獣なのかイマイチ判然としない生臭坊主の寺へやってきていた。
土壇場になるとやはり気が進まない感じはあったが、依頼者の兄の命が懸かっているとなれば致し方ないと何度も自分自身にブツブツ言い聞かせる。
見た感じ、なかなか立派な寺だ。首都郊外に建っているということもあるだろうが敷地は広いし、建物も年季が入って荘厳な雰囲気が漂っている。
デカい門をくぐって俺たちが敷地内へ入ると、初めてマーモットへ来た時と同じ緑の法衣を着た銀髪の坊主が、梵鐘の吊るされている鐘楼から建物に戻ってくるところだった。もう夕方なので寺って暇なんじゃないのかな……知らんけど。
「ほう。次の依頼ですか。最初からなかなか順調なようですね」
「どうも。俺は別にお前に助けて欲しいわけじゃないけどさ。のっぴきならない事情があって仕方なく」
「下らない罵詈雑言を吐きたいだけなら今すぐにお帰りください。では」
「ちょ、待って数珠丸さん! そうちゃん何でいきなりそんなこと言うの? ごめんねウチの馬鹿が」
「そんな。瑠夏さんは何も悪くありません! ラフな服装の瑠夏さんも本当に綺麗だ。まさに美の化身です。おっしゃる通り原因はそこの馬鹿ですから」
瑠夏は、あまり服に頓着がない。
というか、そっち方向にあんまり気が回っていないというのが正確な表現だろうか。今のファッションはスウェットにパーカー、その上からダウンジャケットのアウターだ。だから、普通に考えて女子っぽさとかそういった類のものとは縁のない格好のはずなんだが。
それを美の化身とまで言い切る数珠丸に俺は手招きをして、瑠夏から距離を離した。そうして声をひそめる。
「一つ聞くけどさ、お前はさ、瑠夏のどういうところが気に入ってんの?」
「なんですかいきなり。どうしてあなたに私の趣味を暴露しなければならないんですか」
「いやさぁ。だって今日の瑠夏の服ってそんなに美しいとかいう感じではないだろ」
「あなたは本当に分かってませんね。弘法筆を選ばずと言うでしょう。どのような衣装を纏おうが真の女神の美しさを覆い隠せるものではありません」
「今、隠せてないところで言えば顔と、胸の大きさと、良い具合のお尻の上がり具合と、太もものラインとかだけど。顔はもちろんとして、次点の話をすれば俺的には間違いなくお尻だなぁ」
ダボっとした格好だが、お尻のところはピチッとしていて元の形は強調されている。服がそういう形なんだよね。そしてパーカーなのに胸の大きさも全然隠せていない。
そんな瑠夏のカラダを、数珠丸は目を細めて心頭滅却した僧のような雰囲気を出しながら見つめている。
瑠夏は目をパチクリさせていた。
「……なかなか目の付け所は良いと思います。私的にもお尻が芸術的かと」
「おお。お前なかなか分かってんな。そうなんだよ。乳の大きさに目を奪われがちなんだけどさ、瑠夏の真髄はお尻と太ももなんだよ。あいつ散々ナドカさんに走らされてたから筋肉が結構ついててさ」
「なるほど。男心を鷲掴みにする下半身の美はそれで培われたものなのですね」
「そういうことだ。それでいて適度に脂肪もついてるから柔らかそうな見た目と女性特有の魅力的なカタチも損なってないしさ」
「その上、ゆったりしたパーカーを着ているというのにスウェットのラインを見ているだけで腰が細いのがわかりますからね。からの、ぴっちりと形状が露わになった臀部、わずかに浮き出た両大腿筋アウトラインのコンボはもはや神からの賜り物としか言いようがない」
「マジでそうだよね! その割にこのスウェット、膝下とかがダボっとしてるのがまた逆にエロくない? ケツだけ強調されて」
「まさに。柔らかそうな生地を使っているが故に、触り心地まで妄想させるかのようなソフトな印象が目を釘付けにさせます」
「数珠丸。俺はどうやらお前のことを勘違いしていたのかもしれないな」
「私のほうこそ。まさかここまで感覚の一致を果たすことになるとは」
俺は数珠丸と握手した。
俺たちから離れたところにいる瑠夏は、何が起こったのか訳がわからないといった様子で呆然としていた。
◾️
俺たちはお堂へ案内されて、紫色のお高そうな座布団の上に座る。
「なるほど。優先順位は二件目の少女、ですか」
「そうなんだよ。一見目の山岡さんは最悪暗黒街に行ってみればまだ何とかなると思うんだけど、二件目の美咲ちゃんはまるで手掛かりがなくてさ。写真すらない。そのくせ緊急性は高いっていう」
「ならば私はそちらから調査しましょうか」
「助かるよ」
打ち解けてみれば話しやすい奴だ。
食わず嫌いは良くなかった。こいつはめちゃくちゃいい奴だ。確かに瑠夏をエロい目で見る変態だが立場的には俺と同じ、見方を変えれば戦友と言えなくもない。
「ねえ。なんで急に仲良くなってんの?」
「誤解があったんだよ」
「どういう誤解?」
「ほら、話してみたら良い奴だったってことは、まあまあるだろ」
「だから何を話したのよ? 言ってみなさいよ」
「我々は、瑠夏さんを困らせることはしないでおこうと協定を結んだのです。ここで争っている場合ではないと」
「……へー。そうなんだ。それならいいですけど」
どこか納得いかなさそうにしているが、瑠夏はこれ以上追求してこなかった。もちろん俺たちが仲良くすることは瑠夏にとっても歓迎すべきことだろうしな。
数珠丸は、ふと瑠夏に抱かれている猫に目を留める。
「ところで、猫を飼い始めたんですか」
「ええ、そうなんですよ。可愛いでしょ?」
バステトを真顔で眺める銀髪坊主。
数珠丸はフェンリルで魔獣だが、同じく魔獣であるバステトの正体をこいつは見抜くことができるんだろうか。
「そうですね。そういうペットを飼うのも一興かもしれませんね」
「でしょ? 心が満たされるんですよねー」
数珠丸は、バステトの頭を撫でると「少し時間をいただきます」と言って場を離れた。
寺の修行僧なのか、小坊主が一人やってきて俺たちにお茶と菓子を出してくれた。
本堂からは大きな池のある日本庭園が見渡せる。心穏やかになれそうな景色だ。自然と背筋が伸びる。
庭を眺めながらボケッとしていると、数珠丸が帰ってきた。
「やはり、まずはその阪口美咲という女性を紹介していただくことになりそうですね」
「やっぱ本人しか手掛かりはないか?」
「蛇ドレッドのほうは微妙に心当たりはあるんですが、接近する前にもう少しだけ確信が持てる情報が欲しいです。ルークのほうは今のところ……魔物を殺して回る人物というのは基本エージェントのはずなんですが、エージェントにの中に阪口美咲と繋がりのありそうな者はヒットしませんし。とりあえずは本人と話をさせていただきたいと思います」
「報酬はどうする?」
「あなたと瑠夏さんの依頼といえど、私も仕事ですからね。二件で百万にしておきましょう」
「高っけーな」
「以前も申し上げましたが、リスクが高いんですよ?」
仕方がない。山岡さんからの報酬額は大きいし、信用できる情報が得られるなら安いと言えるかもしれない。なんか金銭感覚が破綻している感が否めないが。
俺は首を縦に振る。
美咲からもらった名刺を数珠丸に渡して、仕事を依頼することにした。




