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22 売掛けでもしょーがねーか



 一日に二件も依頼が入るというのはちょっと想定外だった。

 しかも二人目は俺より年下じゃないかと思うくらいの女子だ。あどけなさが残る可愛らしい女の子だけど、どこか妙な色っぽさも感じる。


「あ、スナイパーさんだ! わたしあなたの動画が大好きで。スッゲーっすよね、あんなバシバシ当てるなんてさ。あれフェイク動画とかじゃないよね?」

「違いますよ。なんなら今からでも見せれます」

「わー、マジ見たい見たい!」

「あー、あのね、その前にね、話を聞かせてくれます?」

「そうだね! ごめんごめん。ってか本物すげーイケメンじゃん! わたし動画見てる時からタイプだったんだ、あなたのことー」


 立て続けに喋る少女に、俺はあたふたさせられてしまった。

 馴れ馴れしいというか、良く言えばフレンドリー。最近の若いもんはこうなのか──なんてジジ臭いことを言っても俺もたぶんそんなに歳は変わらない。


 黄色い声が飛んだからだろうが、事務所からこちらを覗き込んでいる瑠夏も怪訝そうに顔をしかめている。

 俺はお客(・・)を事務所へ案内し、ソファーへ座らせた。


「あっ、お姉さんも知ってるよ! メルさんじゃん。こんちは、わたし阪口(さかぐち)美咲(みさき)って言います」

「初めまして阪口さん。あの、早速ですが、どのようなご用件ですか?」

「どのようなって、あんたらの仕事は魔物を殺すことでしょ? じゃあ決まってんじゃん。魔物、殺して」


 この少女の言うことはもっともだが、なぜ瑠夏がこういう言い方をしたのか俺にはよく理解できた。

 ヘラヘラと人を食ったような態度。どう考えても、殺しを依頼してくる様子には見えなかったからに違いない。

 だけど、どんな人物であろうとエージェントを訪ねてくる理由はやはり一つだ。


「えーと……ターゲットは、どういう」

「あのねー、蛇ドレッドの男」

「はい?」

「そんでね、目はヤバいくらいキリッ! ってなってる。スゲー怖いの」

「……その蛇ドレッドさん、どうして殺したいんですか?」

「理由って要る? こういう仕事って、殺して欲しいって言った魔物を黙って殺してくれるもんじゃないの?」


 山岡さんと同じく、こちらも理由の聴取に懐疑的らしい。怒ってはいないようだけど、言い方からしてどこか疑わしげな印象。


 エージェントじゃない一般的な殺し屋に対する理解としては概ね間違ってはいないが、こと俺たちに関しては当てはまらない。

 というか、そもそも誰がどういう信条を持って仕事をしようが勝手だ。


「そうなんですけどね。あたしたちも、殺す限りはちゃんと知っておきたくて」


 瑠夏は、落ち着いた様子で少女へ返した。

 あんな言い方をされたら俺なら喧嘩を吹っかけているから、やはり話し手は瑠夏で正解だったと言える。


「まあそうか。お兄ちゃんがね、そいつのせいで死ぬかもなの。だから」

「お兄さんを護るためですか」

「そう。ってかお兄ちゃん自体が魔物殺しまくってるから全然自業自得なんだけどさ。それでも兄だしさ」

「そうですか。お兄さん、どうして魔物を殺しまくってるんですか?」

「あはは。理由、聞くねぇ。殺しの依頼と関係ないのに」

「殺す限りは」

「さあ……どうしてだろうね。知らないわ。別にわたしはお兄ちゃんが好きとかじゃないし、むしろウザったいくらいだから。クソ真面目で、事あるごとに説教してくるしね」


 なんか話が見えにくいが、感じ的には殺しと護衛が混合した依頼のようだ。場合によっては報酬が少し高額になるかもしれない。

 この少女がそのお金を払えるかどうかが怪しいな……。


「お嬢ちゃん、とりあえずな、仕事を受けるのはいいが──」

「お嬢ちゃんはないんじゃない? 多分あんたより経験人数多いよ。桁二つくらい」


 ……このメスガキが。


「あのな。なんでそんなこと分かんだよ」

「一人の女に一途って顔してるから。メルさんとスナイパーさんって恋人同士なんでしょ? ってか、そうじゃなきゃそもそもコンビで殺し屋やったりしないよねー。なんかうらやま」

「そんな事ありませんよ? 付き合ってもないし結婚してもないし全然関係ありませんから」

「嘘ヘタっぴだねぇ。あははははは」


 引き攣ったニコニコ顔で反論する瑠夏だったが、太ももをペシペシしながら笑う少女には敵わない。


「そんなこと言うならもう殺してやらねーからな」

「ごめんごめんー! お兄さんのことはドンピシャタイプだからさ、もし依頼成功したら、わたしのこと好きにしていいから」

「…………いや、そういう問題じゃ」

「隣のメルさんがスゲー目で睨んでるからやめとく?」

「いや、そういう問題じゃ」

「全然睨んでませんし、気にもしてませんよ? 本題に戻しましょう」

「ふふっ。お姉さん可愛いね。わたしもそんな女になりたいわぁ」

「くっ……」


 膝の上で頬杖をついて微笑ましげにする少女。

 瑠夏が場を仕切り直そうとして失敗していた。話が本題からズレまくる。ひらひらと柳のように受け流され、気がついたら全然別の話をしている。

 とりあえず、俺はちょっと瑠夏の目を見るのはやめておいた。


「コホン! ……先に報酬の件を説明させていただきます。報酬はターゲットのランク次第ですが、討伐は基本料金で五百万になります。任務中に護衛業務が加わった場合はもう少し必要になりますが、お支払いは大丈夫ですか?」

「ん──……。それ他のところでも言われたんだけど、どのくらい?」

「実は今、あたしたちは他の仕事も抱えていまして。つきっきりの護衛は難しいので、討伐が完了すれば解決するというならそこまで変わらないとは思います。上乗せしても最大で百万程度でしょうか」

「そか。ならいいや。お金は二、三ヶ月待ってもらってもいける?」

「……いや、売掛けはやってないんですが」

「だって、お金貯めてからじゃ兄が死んじゃうかもしれないじゃん」

「仮に支払いを二、三ヶ月待った場合、どうなるんですか?」

「稼ぐ」


 二、三ヶ月で五、六百万円を?

 夜のお仕事かな。

 

「売掛けしてくれたら、最悪夜のお店に沈めてくれても大丈夫だから。ってかもう散々沈んでるから。はは」


 ったく。この馬鹿は。


「なあ。手付金も無理か?」

「いくら?」

「百万」

「無理。ほぼ無一文なの。えへへ」

「じゃあいくらとか聞くな」

 

 これじゃ数珠丸代金(・・・・・)すら売掛けになっちゃうな。

 はぁ……。


「ふふ。お兄さん、わたしのこと助けようとしてくれてんだ。男前だねぇ。言ってもわたしとそんなに年違わないでしょ? さすが一人の女を愛そうとするだけあるわ」

「誰もそんなこと言ってないけど」

「顔に書いてあるんだよ? 鏡に映らないマジックで。だからモロバレ」

「それはディスってんの? 褒めてんの?」

「もちろん褒めてるよ。わたしもいつかそんな男と付き合いたいなぁって思っててさ。だって、好きな男から一途に愛されるなんて素敵じゃない。そういや昔はそんなこと夢見てたなぁ……へへへ。あ──……でも、それにはまずお姉さんみたいな女にならなきゃダメか。えっ、じゃあ全然無理じゃん!」


 たわいもない会話で、にへへと少女が笑う。

 それが、案外と純情そうな印象だった。


「へぇ。そんな子どもっぽい笑顔もできるんだな」


 しばらくの無言。

 ようやく真顔になった。ちょっとくらいは本性見せてくれないと喋り甲斐がない。


「……はは。可愛いはよく言われるけどそれってなんか面白いね。それで? やってくれるの? くれないの?」

「もうおどけた顔に戻しちゃうのかぁ。俺はさっきの純情そうな笑顔がお気に入りだけどなぁ」

「そうなんだ? じゃあ報酬をカラダで払わせてくんない? 返済終わった後でも色々サービスするよ? ほら、お店の名刺渡しとく!」

「……口が減らねーなぁ……」


 隣にいるメルと顔を見合わせ、同時に肩をすくめる。

 テーブル上に置いた名刺に目をやると、「あいか」と書いてあった。源氏名はこれらしい。


「とりあえず依頼を受ける前にもうちょっと詳細に情報を教えて欲しいんだけど。例えば蛇ドレッドの男の居場所とか、そいつが何者だとか」

「わかんない。連絡先は知ってんだけど、最近はスルーされてるし」

「スルー? その蛇ドレッドとお前の関係は?」

「元彼かなぁ」

「じゃあ家くらい分かるだろ」

「全然。家とか行ったことないし。仕事はスカウトをやってるんだけど、わたしたちスマホでしか繋がってなかったから」

「じゃあお兄ちゃんの家だ。こっちはさすがに分かるだろ」

「無理。わかんない。お兄ちゃんが勝手に施設を出て行ってからは同じところには住んでないから。暗黒街をうろついてればたまに会えるけどね。ってか、あんまり何も知らないんだよわたし。知ってるのはこれくらいなんだ」


 なんかもう相手するのも疲れてくる。

 そもそも話自体が本当かどうかも疑わしいから、俺たちが決めた仕事のスタンスを貫くなら調べる内容は居場所だけじゃ足りない。

 冷やかしだった場合に調査料だけでもぶん取れるかな……さて、どうしようか。


「そうちゃん、手掛かりがこれだけじゃターゲットの特定だけでも時間がかかるよ。あたしたちとしては動き出しておいてもいいんじゃない?」

「ん──……」


 仕方がない。依頼者は依頼者だし、聞いてしまった以上は見捨てるわけにもいかないか。


「おい美咲とやら。さっきも言ったが、俺たちは他にも仕事を抱えてる。優先順位はその次になるかもしれんが、それでもいいか?」


 こうは言ったものの、緊急度はこっちのほうが上っぽい。

 そのうえこの少女の話だけじゃろくに何もわからないから、事情の把握は色々調べながらになる。

 俺たちは、全く何もわからないうちにどこの誰かもわからん奴を殺すつもりはないから。


 さすがにこれは数珠丸を使うしかないだろう。人の命が掛かってるとか言われちゃったらなぁ……

 ああ、嫌だ嫌だ。


「いいよ。どうせここより安くてお人好しのエージェント、居ないっぽいしね。わたしってば選択肢ないの。はは」


 面と向かってこんなことを言われて、文句も言わずに黙ってる性分じゃない。

 せっかく瑠夏が穏便に話を進めているところだったが、俺はタンカを切ってやった。


「舐めんなよ。安いからって仕事もそれ相応とは限らないからな。俺たちは誰よりきっちり仕事をするつもりでいる。殺すかどうかはまだ調べてからだけどな、殺すと決めれば必ず殺す。何が何でもな」


 紫眼の魔女の討伐依頼を呼び込めるだけの知名度を得る。

 同時に、それに必要な実戦経験を積んでいく。

 他のエージェントに負けてるレベルじゃ、成し遂げられる目標じゃないんだ。


 俺の言葉を聞いた少女は、なんか雰囲気が違って見えた。なんと言うか、さっきまでの人を食ったような雰囲気は無くなっていて。

 無表情? そんな感じの、それでいてどこか泣きそうな感じの。


「うん。お願いします」


 そう言って、彼女は薄く微笑んだ。




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