21 次の依頼者
依頼者はスーツに身を包んだ落ち着いた印象の男性ビジネスマン。
年齢は、三十代ではないが五十代は言い過ぎか……くらい。
彼は俺たちの姿を認めると立ち上がり、名刺を取り出した。
「初めまして。わたくし、株式会社ウィズユーの山岡と申します」
「私はエージェントチーム『ウェジー』のメルといいます。こっちはスナイパーさん」
このネーミング、こういうキッチリした紹介ではやはり問題があるように感じる。
ふざけすぎだよ。きっと信用してもらえない。やっぱり瑠夏に言って変えてもらおうか……。
とりあえず、依頼者と話すのは瑠夏の役目になっている。
俺は横で話を聞きながら、不審な点とか確認すべき点があったら割って入る人。
瑠夏はバステトを抱きながら話をしようとしていた。
殺しを請け負うプロ復讐屋としての印象を演出するのにそれはあんま良くない気もしたが……最初から細かいことを注意喚起するのが躊躇われる。
タバコの一件もあるしマジで瑠夏に嫌われてしまいそうだ。もう二度と瑠夏の機嫌を損ねたくなかった俺は、黙って話を聞くことにした。
おかしい。前世じゃ、もっと俺がイニシアチブを取っていたはずなんだが。
「あなたが! 動画も拝見しましたが、中谷さんから仕事内容をお聞きしました。初めての仕事とは思えないほどにスムーズに終えたらしいじゃないですか。しかも狙撃タイプだからターゲットに気付かれる恐れもないですよね」
「ええ、まさにそこがあたしたちのセールスポイントになっております。さ、お掛けください」
ソファーに着いたところで、ドラコが飲み物を運んできてくれた。
まあ殺しの依頼をしに来た客に必ずしもお茶なんて出さなくても良いのだが。
「女子高生が武器屋で働いてるんですか? それともウェジーさんの? アルバイトですか?」
「この世界には慣れているので守秘義務についてはご心配なく」
「そうですか。素人ではないと?」
「その点についてお答えできることはありません。早速ですが依頼内容をお伺いいたします」
「失礼しました。信用していない訳じゃないんですがね」
シビアな仕事をこれから依頼するのだから、その場に女子高生がいたら一体何者かと心配になってしまっても仕方がないことではある。子どもなんて働かせて大丈夫か、と。
これもプロとしての印象に関わることだ。
ただ、ドラコとメルカは俺の「武器」だから擬人化状態で俺と同行させることもあるし、仕事の最中に依頼者に見つかって咎められても厄介だ。どうせなら最初にこういうエージェントチームだと解らせておくほうが話が早い。
コホン、と山岡氏は小さく咳払いをする。
そうしてから、持っていたビジネスバッグから写真を一枚取り出し、テーブル上に置いた。
その写真には、一人の男性魔人が写っている。
これは獣人だろう。
年齢は二十歳の俺より少し上くらいか。
肌は色黒で人間と同じような質感だが、頭部に動物のような耳があり、ゴールドアッシュの髪がワイルドな感じだ。
耳の柄がブチなのと全体の印象から、なんとなく豹とかそんな類の獣人ではないかという印象を持った。
筋肉質な感じの体格で、背も高そうな印象。キリッと切長の目をしたイケメンだ。
装いは、袴を履いた全身黒ずくめの和装。
腰には日本刀をぶら下げているので武士やら侍を気取っているのは間違いない。それがフェイクという可能性もなくはないが、恐らくそういう方向性のグリード使いなんだろうと思う。
「これがターゲットですね」
「ええ」
「なぜ、このターゲットを殺したいのですか?」
瑠夏の質問に、山岡氏の言葉が止まった。
「どうかしましたか?」
「……いえ。最初の質問がそれだとは思わなかったもので」
「そんなに変わったことですかね」
「お答えできませんと私が返したら、どうされるおつもりですか?」
「依頼をお受けできない場合もあります」
誰がどんな理由で復讐を願ったとしても、それは各個人の勝手だ。
同じく、こちらの基準で依頼を選別したとしても、それはこちらの勝手だ。最初にこの質問をしたのは、エージェントをするうえで俺たちにとって最も重要なことだからに他ならない。
「他人の無念も晴らしたい」というのは、自分たちの復讐とは別に、瑠夏がやりたかったこと。
依頼者がどういう目に遭ったのか、瑠夏にとってはそれが大事なのだ。まぁ俺自身はそこまで拘っちゃいないが、ここは瑠夏の意志を尊重するつもりだ。
多くのエージェントは、高額報酬さえ貰えれば復讐の理由など気にも留めない。
反面、俺たちは、報酬額の如何を問わず依頼者の話す動機に引っ掛かった場合は仕事を受けない方針に決めている。
瑠夏はしっかり意思表示をしたが、山岡氏は特に気にする様子もなく話を続けた。
「私どもの会社の執行役員である中島が、魔物に殺されまして」
「法人としてのご依頼ですか」
「ええ。私どもの会社は新興会社でね。彼は起業から共に戦ってきた戦友でした。この会社を大きくすることが私たちたちの夢でしたから……。彼の無念を、晴らしてあげたいのです」
山岡氏は、拳を握りしめた。
「なるほど。差し支えなければ教えていただきたいのですが、この獣人が殺害犯であるということはどのようにしてお知りになられましたか」
「犯行の様子が防犯カメラに映っておりました。私どもで調べたところ、この魔人はエージェントギルドのB級指定魔人のようです。名前は『ルーク』。暗黒街を根城にしているようです」
エージェントギルドは、特に注意が必要な魔物については階級分けを定めている。
上からSS、S、A、B、C。その指定基準はいろいろある。
魔物の戦闘能力だけで判定されている者、凶暴性や残虐性が加味されている者、団体としての難易度で取り扱われている者などだ。
そして、エージェント自身にも魔物と全く同じ指定枠で階級が存在する。
スタートはC級で、エージェント側が望めば一つ上の階級に属する魔物までは紹介してもらえるシステム。
現状俺たちはC級なんだけど、最短最速で駆け上がらないといけないから当然B級指定の魔物を優先して紹介してほしいとギルドへ申請している。
「そのB級指定魔人が中島さんを殺害した理由に心当たりは?」
「競合他社の差金に違いないと考えています。我々の会社の勢いを恐れたライバル企業のね。詳しくは判明していませんが是非そちらも暴いて頂きたい」
山岡さんは、この事件には大元がいると考えているようだ。その上で、その黒幕をも討ち取って欲しいんだろう。
エージェントは人間であり、討伐対象はあくまで魔物だ。
ターゲットの黒幕が人間であった場合、殺してしまえば殺人になる。だから、普通は人間を殺すことはない。
しかし、魔物による殺人が蔓延るこの世では、一人くらい人間が死んだところでそれほど騒がれることはないし警察も真剣に捜査しないことが度々ある。
それをいいことに、闇商売に手を染めるエージェントもいるらしい。
復讐を望む依頼者の心情としては、やはり事件の解明や黒幕の殺害までを望むことが多い。自分たちの望みを叶えるために、依頼者は法外な報酬額を提示することがあるのだ。それに味を占めてしまうエージェントも存在する。
「ルーク討伐を成し遂げた暁には一五〇〇万お支払いいたします。その上で、仮に黒幕がいた場合には、そちらにも相応の調査料と討伐料を別途お支払いするご用意があります」
「黒幕の討伐までお受けするのはやぶさかではありませんが……ギルドで説明を受けられたかと思いますが、我々エージェントは魔物だけを討伐対象としています。黒幕の正体を突き止めたとして、それが人間であった場合は討伐までは致しませんが」
「そうですか。ええ。それで結構ですよ」
初仕事で討伐した魔族暴力団の幹部はエージェントギルドのB級指定魔人だ。すなわち、今回のターゲットである「ルーク」と同じ。
それで報酬額は三倍。恐らく相場と比べても高いだろうし、さらに黒幕の討伐には別途払う用意があるという。この差は個人と法人の違いだろうか。
婚約者の仇を討ちたいという中谷さんとは随分毛色の異なる依頼者だなぁと思ったが、まぁ家族の仇ばかりというわけでもないだろう。
企業として依頼するということもあるのだ。
◾️
山岡氏が帰り、俺たちは今後の行動方針を考えるため事務所のソファーに座ってミーティングを実施することにした。
メンバーは、瑠夏、俺、ナドカさん、そして擬人化したドラコとメルカだ。
俺はスマホでエージェントギルドのHPへアクセスして、「指定魔人一覧」を表示させる。
「今ギルドのホームページを確認してるけど、こいつは確かにB級指定されてる」
「そっか。なら、今回は数珠丸さんのお世話にならなくてもいいかもね。とりあえず暗黒街へ行けば会えるかも」
俺にとってはそれが何よりの朗報だ。
あの生臭チャラ坊主のツラを見なくて済むだけで嬉しい。
「それで、ギルドの情報には能力とかも書いてた?」
「ああ。エージェント側の目撃者多数だからほぼ間違いないっぽい。写真の通り日本刀を使った剣術だと判定されてる。被害者は概ね真っ二つにされているらしいわ。喧嘩っ早い奴みたいで、あちこちで目撃されてる。だから指定されたみたいだ」
「ふーん。日本刀なんて近接番長だからメルカで遠距離から仕留める案件だよね。だからあの山岡さんもウチをご指名なんだろうし」
「だな。俺的にはこの目でターゲットを確認しておきたいところだけど、今回のは止めておいたほうが無難かなぁ。とりあえず方針はざっくり決まったけど、ナドカさんはどう思う?」
俺たちの飲み物も持ってきてくれたナドカさんは、ソファーに座ってコーヒーの缶を開けながら顔を上げた。
「ん? 俺なら、まずは数珠丸に調査させるけどな」
「えええ? だって暗黒街にいるって分かりきってるんですよ? それなのに調査するなんてお金も勿体ないじゃないですか。だってあいつ、一つの案件の調査で百万取るんすよ?」
「ま、仕事のやり方は人それぞれだ」
「そんなもんですかね……」
スカッと意見が一致すると思ってただけに、ちょっと意外だった。
銃のガキ二人が無言だ。
別にこいつらの意見を聞かなきゃならない理由はないが、俺は一応尋ねてみた。
「おい。お前らはどう思う? ドラコ、言ってみろ」
「わたしは自分の活躍が多くなりそうなのでお二人の方針で何の文句もありません」
「あのな。話聞いてた? 遠距離からの狙撃がメインだよ。メルカの出番だ」
そのメルカは、オレンジジュースの缶の表記をしきりに確認している。
「お前は何をやってんだ」
「このオレンジジュース、果汁が百パーセントだ!」
メルカは目をキラキラさせていた。
こいつはオレンジとかアップルとかのフルーツ系ジュースが好きみたいで。
特に果汁が多いほど良いらしい。バーベキューの時からずっとそこに拘っている。
「メルカは果汁が少ないのが不満だって言ってたからな。買っておいた」
「良かったねメルカ! ナドカさんがいっぱい買っておいてくれたんだよ」
そのせいでマーモットの冷蔵庫が圧迫されている。俺たちが訓練中に飲むスポドリが入れられないのが俺は不満だ。
「そんなことより意見を言えよ」
「僕を使うとして、どうやってやるんだ?」
「あ?」
「狙撃だよ。どうやってターゲットを狙う」
「そりゃあ、どっかのビルに陣取って──」
「暗黒街の建物でか? あそこにツテでもあるのか」
「いやぁ……ないけど。お前の射程は五キロだから暗黒街の外とか、もっと遠くからでも大丈夫だろ。それに、数珠丸でなくても侵入工作業者に頼めば狙撃ポイントは段取りしてもらえるし」
「それができたとして、こっちが照準を合わせてる道をターゲットがたまたま通ってくれるよう祈りながら待ち続けるのか?」
「……まあ、そうなる、な」
メルカはため息をついた。
「情報屋を使わないなら行き当たりばったりで現地へ行ってみるしかない。そうすれば高確率で敵と鉢合わせるだろう。その状況では、狙撃というより近接戦闘になる。だからドラちゃんは嬉しがってるんだ」
「あー、メルカだけだよ、わたしのことをドラちゃんって呼んでくれるの!」
ドラコがメルカを抱きしめて愛情いっぱいに頬をスリスリし、半目のメルカがウザそうな顔をする。
ナドカさんは、腕も足も組んで目を閉じ、微笑ましそうにしている。
「ってかお前はさ、特質をいつ使わしてくれるんだよ。『しばらく銃装化を解除しない』とか偉そうに言っといて、普通にバーベキューもミーティングも擬人化で参加してんじゃんか」
「お前の審査はもう終わってる。合格だ」
「へ、へぇぇ……それはどうも。じゃあ終わった時に言ってくれる? 仕事する時に討伐計画の中に組み込まないとだろ。今まさにその情報は必要だよ」
「まだダメだ。その時が来たら教える」
マジで生意気なガキだ。どうせ俺が今教えろって言ったからダメって言い返してきたに決まってる。性格がとことんひん曲がってるわ……。
「それでさ、そうちゃんどうする?」
「行ってみる。暗黒街に」
「皆さんのお話じゃそっち方向ではないようだけど?」
「俺は数珠丸にだけは頼りたくないんだよ」
「蒼真。ったく、お前は意地になって。数珠丸を頼れって言ってんのに。まぁお前らなら近接戦闘でも負けはしないだろうが」
「あったり前です! わたしがいるのに負けるわけがありません! 早く行きましょう!」
ドラコは鼻息が荒い。こいつは好戦的だからな。
そして苦言を呈しつつもナドカさんはなんだかんだ言って訓練以外では俺たちに甘い。数珠丸を頼らない俺に関しても、強要はせずに尊重してくれる。
と、倉庫の鉄扉がガガガと音を立てた。
見ると、女の子がうんしょ、うんしょと鉄扉を必死で動かそうとしている。
少しだけ開いた扉の隙間から、その女の子は顔を覗かせて言った。
「あのぉ……あはは。ここ、ウェジーさんの事務所であってます?」
「ええ、大丈夫ですよ。ご依頼ですか?」
「あー、そうなんすよ。はは」
俺は駆け寄って鉄扉を開けるのを手伝ってあげる。
うわー、おっも! とその女の子はダルそうに鉄扉を手でパシパシする。
まあまあ寒くなってきたのにキャミソールの上から薄手のフード付きダウンコートを羽織るだけの格好でやってきたこの娘は、あざす、と俺に短くお礼を言って肩くらいの金髪をサッと整えた。




