02 謎の力の特訓
誕生日にストラックアウトをやって以降、瑠夏ちゃんは俺に興味津々だ。パンツ見るという目標にはたぶん相当近づけたと思う。
「ねえ、ジル──違った。そうちゃんは、物を的に当てるのがすごく上手だよね」
「へへ。そう? まあよく当たるとは思うけど」
「それって、どうして急にそうなったの? 前はそんな感じじゃなかったでしょ」
「そうなんだよ。やっぱ一生懸命練習したからかなー」
「………………」
なんか、ジト目で見つめられている。
あれ。疑われてる……?
「えっと! そ、その……よく分かんないんだけどさ、なんか突然こうなって!」
「そうなんだ!」
どうして嘘だと見抜いたのかは分かんないけどビビった俺は正直にゲロった。「女子はエスパー」という父ちゃんの話は本当だったのかもしれない。
すると瑠夏ちゃんはひまわりのような笑顔になって、妙なことを言う。
「もしかして、それを願った?」
「え? どういうこと?」
「たとえば、夢の中に神様が現れて、何か願い事を叶えてくれるとか言って」
「あー。確かに、なんか頭の中に変な声が聞こえたことはあったよ。あれって瑠夏ちゃんにも聞こえてたの?」
「……ふふふ。あはははっ!」
瑠夏ちゃんは、笑った。悦びが抑えきれないって感じで、すごく楽しそうに。
今の話のどこに楽しい要素があったのかよく分かんないけど、とりあえず嫌われなくて良かったぁ……。
「そっか。じゃあ、あたしも決まった」
「え? 何が?」
瑠夏ちゃんは、スッキリした顔をしていた。
◾️
俺たちは小学二年生になった。
時を経るにつれて、瑠夏ちゃんはどんどん俺に夢中になってくれた。
うちの学校の体育館にあるバスケットボールのゴールは壁に取り付けられた折り畳み式のやつなんだけど、たまに骨組みの隙間へボールが挟まってしまったりする。
こういう時は、瑠夏ちゃんは絶対に俺を呼んでくる。
「ねーねーそうちゃん、あのボールに、このボールを当てて取ってよ!」
「うん、いいよ」
待ってました感を出さずにいつ何時でも自然に応えるよう心掛けていた。
というか、「ボールよ挟まれ」と俺は常に念力を飛ばしている。せっかくの神コントロールも瑠夏ちゃんの前で披露する舞台がなければ宝の持ち腐れでしかない。
(この位置だとアンダースローで中心よりやや右か。……若干、右回転)
もちろん一発目でクリーンヒットさせたし、瑠夏ちゃんが一歩も動かず、手すら伸ばさずに受け取れるところへジャストで落としてあげる。
「うわー。すごっ。そうちゃん、相変わらずすごいね!」
「これくらいなら余裕かなぁ」
こういう時、瑠夏ちゃんはテンションが上がるっぽい。
いつもの含みのある笑顔が堪らなく可愛いかった。俺は今のところ野球選手になりたいとかではなくて、この笑顔を見るために物を的に当てている。
当てるごとに何かご褒美くれないかな……そこに「パンツ見れる券」を設定する作戦が自然な気はしている。
そんな事を悶々と考えていると、瑠夏ちゃんが耳打ちしてきた。
「ね、放課後にさ、二人っきりでお互いのこと一緒に色々試さない?」
「え……? 色々って」
「みんなには内緒だよ?」
耳をくすぐる吐息と、可憐な微笑みと、意味深な言葉回し。
具体的に何をするかは何も教えてくれなかったけど、こんな風に言われるとむしろ何も言われないほうが期待感が高まる。
俺は飛び跳ねた。
(サイコーだ!)
学校が終わってから、俺たちは二人で近くの山へ行くことになった。
そんなに高くない山で、頂上には小さな神社と大岩がある。健康のために登ってる元気なおじいちゃんやおばあちゃんをよく見かける場所だ。
入道雲がもくもくと元気よく育った青空の下、息を弾ませて階段を一段飛ばししながら俺たちはご老人夫婦を追い抜いた。
「おう、坊主たち元気だね」
「おじいちゃんとおばあちゃんは無理しちゃダメだよー」
そうは言っても今すれ違った二人は頭に耳が生えている。犬獣人かな。だからこんな階段、本気を出せば一足飛びに駆け上がれるのかもしれない。魔物は人間とは比べ物にならない凄い身体能力もっている。
ただ、近所にはあまり魔人や魔獣は住んでいない。お母さんから聞いた話じゃ、人間は限られた地区に住んでいるらしい。それは魔物たちが恐ろしい犯罪を犯すからで、昔のように人間たちは色んな場所に自由に住むことができなくなったと言っていた。
俺にはよく分かんないけど、大人しく人間社会に順応できる魔物たちだけが、こうやって人間の管理する地区でも生活しているみたいだ。
長い階段を登り切ってすぐの所で瑠夏ちゃんは立ち止まる。
頂上は平地になっていて、真正面にはすごく大きな大岩があった。しめ縄が取り付けられているから神様絡みの物体なのは間違いないだろう。
「あの大岩の裏には神社があるんだよ。そんで、そのすぐ前にはお賽銭箱がある」
「確かそうだね」
「でも、そのお賽銭箱はここからは見えない。あの大岩があるからね。ここから十円玉を投げて、大岩の向こうにあるお賽銭箱に入れてみてよ」
「え!? 目標がどこにあるかちゃんと確認してないのにブラインドでやるの?」
「うんうん、試すだけだから。あたしは入ったかどうか確認したいから向こうで待ってるね」
「うん……」
入る入らない以前に、お賽銭箱を実験に使うなんて罰当たりじゃないかなぁとは思った。
だけど、俺の絶対目標は「パンツ見てもいいよ」と思わず口走っちゃうくらい瑠夏ちゃんのテンションをアゲることなので。せっかく楽しそうにしている瑠夏ちゃんの機嫌を絶対に損ねたくなかったし、俺は言われた通りに大人しく従うことにした。
ってか「色々試す」ってやっぱエッチなことじゃないかぁ……まぁそうだよね。
「しかし、どうやって入れろってんだよ……」
呟きつつも、大岩の向こう側がどうなっているかをとりあえず想像する。前に何度か見た事はあるはずだけど、そんなに詳しくは覚えていなかった。
ただ……しばらく集中しているうち、最初見えなかった大岩の向こう側が何故かどんどん見えるようになっていくという怪現象が発生した。
(何だこれ。なんで岩の向こう側が見えるの)
(……えっ。ちょっと待って。これってもしかして透視!? 百発百中に続いて俺に別の才能が!?)
賽銭箱とかどうでもいい俺は慌てて瑠夏ちゃんを確認した。パンツどころか裸までいけるんじゃないかと思ったからだ。
だけど、瑠夏ちゃんの姿はさっきまでと同じ服のまま。
はぁ……。
「あのさぁー。瑠夏ちゃーん。ここから横に移動するのはいいー?」
「どうしてー?」
「もう少ししたらカラスが来てー、岩の上にある木の枝に留まられて邪魔になりそうだからー!」
何となく、そう思っただけだった。
なのに、言ったそばから本当にパタタとカラスがやってきて枝に留まる。それは、ちょうど投げる予定の軌道上だ。
瑠夏ちゃんは、ふふふ、と嬉しそうに笑った。
「なるほどね。投げる前に全部視えてるんだ。一種の未来予知か」
「えー? なんか言ったー?」
「んーん。動いてもいいよー」
そうして、頭の中で想定目標との距離感を思い浮かべる。
お賽銭箱の蓋──格子になっている部分の隙間。その下にある斜めの板でバウンドした時に外へ弾き出されないように、斜めの板で反射した十円玉はあえて格子の裏側に当てる。
そのための力加減と硬貨の回転数、軌道上の障害物の確認。
風はない。
ただ、距離的にはまあまああるから、俺の腕力では全力に近い。
「よっ」
十円玉は回転し、思い描いた通りの軌道をトレースする。
この感覚を表現するには「トレース」という言葉がぴったりだ。なぜなら、事前に何度か投げたのかと思うくらいに最適な軌道が頭へ焼き付いているから。
カコンカコン、と乾いた音がする。
瑠夏ちゃんがこちらを向いて、ニヤニヤしていた。
「うん。完璧だよーっ!」
瑠夏ちゃんは、頭の上で両手を使って大きな「丸」を作った。
「じゃあ、次はあたしが試してもいい?」
「いいよ! 瑠夏ちゃんも投げてみなよ。俺と勝負する?」
「違うよ。あたしは投げないよ」
「じゃあ、何を試すの?」
「えーっと……最初はこの石にしーようっと」
瑠夏ちゃんは、俺の質問には答えずに落ちている石を拾う。
そうして俺に「向こうを向いててよ。絶対にこっち見ないでね」と鶴の恩返しみたいな指示を出す。
しかし真剣にパンツ見たいなら物投げばっかやってる訳にもいかなかった。今日の瑠夏ちゃんはスカートじゃないのでアクシデントで捲れるとかは期待できない。
どういう形に持っていくのがベストなのか。びしょ濡れになるのがいいか? だからってまさかこんな場所で脱いでくれる訳もあるまいし……などと悩んでいると、後ろで何かが光った。
「どうしたの? 大丈夫?」
「もう! 向こうを向いててって言ったのに。……ほら。次はこの石をあの大岩に当ててみてよ」
「えー? 今さらあんな大っきな岩、当たるに決まってるよ」
「うんうん。わかってるわかってる。いいからやってみてよ」
まぁ何を指示されようとも外すことはないし、指示に逆らうつもりもない。
軽く当ててやるよ、と楽観的に考えながら俺は大きく振りかぶる。当てる場所に指示がなかったので大岩の中心を目掛けて投げた。
手から石が離れる瞬間の「ビッ」という摩擦音だけが耳を撫で、風切り音すら聞こえずに飛んでいく。そのままカチンと小さな音だけを発生させて、俺の投げた石は大岩に弾かれるはずだった。
ダァン、と爆音が轟き、空気が震える。
俺が投げた石では到底出せるはずもない。だから、一瞬どこかで誰かが猟銃でも撃ったのかと思った。でも、そうじゃないことはすぐに分かった。
大岩には、中心から外側に向かっていくつかの大きい亀裂が入っていたから。
「うん。これならいけるかも」
「え……。え、これって俺が投げた石のせい!? 瑠夏ちゃん、何をしたの?」
瑠夏ちゃんは、うふふ、と笑っただけだった。
彼女はいつも大事なことを教えてくれない。




