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19 絶対に譲れない願い



 ナドカさんや虎太郎と一緒のバーベキューはいつものことだが、今日はドラコとメルカもいる。

「みんなで楽しむのに銃装化したままだと可哀想」と瑠夏が言うので、メルカとドラコも擬人化解放してやることにした。二人は姉と弟のように二人で遊んでいる。

 俺たちも加わって準備していると、虎太郎(こたろう)がやってきた。


「蒼真くんお疲れ。そうだそうだ、俺すっげーエイム良くなったよ? 今度見てよ。多分ビビるから」

「おお。俺には勝てねーだろうけど見てやるよ」

「そりゃ無理だろ、あんなの勝てねーよ。外したことないとか鬼だし。でも、いつかは蒼真くんに近いことができるようになりたいなー」


 虎太郎は俺の百発百中射撃を見てきてるから、憧れてしまったのだ。俺のはグリードだし普通の人間にできることじゃないが、上を目指して頑張るのは悪くない。


「気持ちが大事だぞ」

「えー? どうせ才能の差だろ? いくら何でも桁が違うし」

「才能は気持ちが引っ張ってくるんだよ」

「へー。そうは思えないけど成し遂げてる者の言うことは重く受けときますよ」


 炭火が良い頃合いになり、肉の焼ける音が唾液を増やす。

 ビールとソフトドリンクが減り始めた頃、空は黄昏時を迎えていた。


 銃火器二人へ「俺から離れててもいい」と指示した。たまには自由時間を与えてやらないとな。

 ……と思ったのに、ドラコとメルカは俺たちと同じテーブルの席に並んで座って、栄養素なんて必要ないくせに生意気にも肉を食べながら人間たちの話を聞いている。

 なんだろう。指示があっても離れられないのか、肉が好きなのか、人の話を聞くのが好きなのか。


 見た目は未成年だがもちろん人間じゃないので現実的には未成年ではない。なのに二人は誰に言われるでもなく何故かソフトドリンクを飲んでいた。ドラコはジンジャーエールで、メルカはオレンジジュースだ。

 そのメルカが、難しい顔をしながらジュースの缶をジロジロと観察している。


「どうした。そんなに缶ジュースが珍しいか」

「このオレンジ飲料、果汁が一パーセントしか入ってない」

「はぁ。それがどうしたの」

「不満だ」


 口を尖らせている。どうやら拘りがあるらしい。まあそりゃ百パーのほうが美味しいとは思うけど。


「メルカは果汁が多いほうがいいの? また買ってあげるからね!」


 瑠夏がメルカの頭を撫でながら甘やかしていた。銃なのに果汁の量とかどうでも良いだろ。

 ドラコは炭酸好きらしく、ゴクゴク喉を鳴らしてから「ぷはーっ」って言ってる。こっちは刺激物が好きらしい。


「あー、やっぱビール最高」

「開始三〇分で五〇〇ミリが五本なくなる奴なんて見たことないぞ」


 瑠夏のペースが早過ぎる。

 さすがのナドカさんも呆れていた。


「そうですか? まだ手加減してますけど。そんでさ、虎太郎はさ、将来は何になりたいの? 誤魔化さないできちんと答えなさい」

「えー。特になんも」

「こいつは何も考えてないんだよ。瑠夏からも言ってやってくれ」

「まだ中学生だしねぇ。親はアホみたいにキツい訓練を強いてくるし。俺は気持ちわかるぞ虎太郎」

「おい。必要なんだよこの世界じゃ」

「あはは。そうですよね。あたしたちはちょっと特別ですけど。あ、そうだそうだ、毎度恒例の報告会でーす。彼女はできた?」

「……できてねーし」

「へぇー? じゃあ好きな子は?」

「あー?」


 伏目がちの虎太郎は、チロチロと視線を瑠夏へ向ける。

 おい。分かりやす過ぎんだろ。


「……いねーよ」

「そっかー」

「あー。コホン。……ちなみにさ。俺が彼女を作るときのために参考に聞いときたいんだけどさ。瑠夏ちゃんが、こんなことされたらイカれちゃうっていうやつ、教えてよ」


 おっ。このガキ、ちょっとだけ踏み込みやがった。やるじゃねーか。成長してんなぁ。


「えー? あたし? そうだなぁ」


 しかし良いことを言ったぞコタ。俺も参考にさせてもらおう。

 好き好き言っても顔を赤くさせる効果しか生んでないし、最近は逆ギレして怒り始めやがるからな。


「四六時中、あたしを護ることしか考えてないような奴かな」


 瑠夏は、頬杖をついて夜空を見上げながら言う。そんなもの見ても星は全然見えないし、倉庫の照明も明るいから感動があるわけでもない。だけど、どこか感傷的な顔に見えた。

 そしてまたビールを煽る。


「おい。俺は既にそれやってんぞ。早く(なび)け馬鹿」

「あー、間違ってもこのアホみたいに女の子にこんな物の言い方しちゃダメだよコタちゃん。マイナス百点」

「そだな。俺はそんなことは言わない」

「さすがだね! コタちゃんはモテるよ」


 瑠夏に言われて上機嫌になった虎太郎は、友達とオンラインゲームをする約束があるらしく中へ入っていった。

 瑠夏はもう何杯目だ?


「ちょーっと、トイレ」

「もう千鳥足だけど」

「そんなことないよ? 正常、正常」


 さすがにフラフラだ。

 空いた缶の量を数えるのが面倒臭い。やっぱ加護がアルコールまで分解してると俺は思う。


「いつもよく飲むほうだが、あいつ今日は特にやばいな」

「ええ。仕事が上手くいって安心したんでしょう。絶対に失敗できないって思ってただろうから。なにせ六歳の頃から一人で計画してきたことですからね。その集大成、第一歩目が成功した喜びの大きさはたぶん俺にも正確には分からないでしょうね」


 肉を焼き終えて、網の上には野菜が少々。

 俺は焦げかけたキャベツを(つま)んだ。

 ナドカさんはビールに口をつける。


「でもね。前世でもお酒は好きでしたが、今世のほうが飲み方がひどい」

「……そうか」


 だぶん、飲まないとメンタルを正常に保てないんだろう。

 子や孫のことを見守りながら歳をとりたいと瑠夏はずっと前に言っていた。なら、本当はこんな終わり方を望んでいないはずだ。

 

 フラフラしながら瑠夏が戻ってきた。


「あー、良い気分だねぇ。そうちゃんも、ありがとね。なんだかんだ言って、成功させてくれたし」

「ああ」


 一つ、瑠夏に言っておかなきゃならないことがあった。

 次の依頼を受ける前に、絶対に。

 上機嫌な様子で席に座り、ビールの缶に口をつけた瑠夏へすかさず俺は提案した。


「なら、仕事を上手くやったご褒美をくれるか?」

「えー? どうしたの急に。なぁに? あ! 付き合ってくれとか、結婚してくれってのは、無しだからね!」

「大丈夫だよ。そういうのじゃないから」

「…………はは。そっかぁ。じゃあ良いんだけど」


 即答されて切なそうにビールの缶をつんつんしてる。珍しく酔ってるからか、普段なら隠してる本音が態度に漏れている。

 なら、今からお願いすることにも、きっと本音で返してくれると思った。


「ナドカさんにもらったピアスで弾の威力が倍増しただろ。だから瑠夏。弾に込める寿命を、半分にしてくれ」

 

 外壁に設置されたランプが、局所的にテーブル上を照らしている。

 そんな中、互いに真顔で見つめ合う。

 ナドカさんも、ビールに口をつけながらそんな俺たちの様子を見守っている。


 瑠夏が眉根を寄せた。

 酔ってはいるが、瑠夏は何故か普通の人間よりアルコールが効かない体質だ。だから、間違いなく最低限の判断力までは失っていない。

 威力を求めて神と命の取引をしたくらいだ。強引に押し通そうとしても瑠夏は引かないだろうが、だからと言って絶対にこれを断られる訳にはいかなかった。


「最低でも三級と四級だ。この二つは使用頻度が高い。それだけでいい。あとは俺が何とかする。敵の急所を突けば威力の小さい弾でも倒せるし、タイミングさえ計れば最低限の数でいける。昨日の仕事でもそうだったろ? 俺ならいけるんだよ。大丈夫だ。俺を信じてくれ、瑠夏」


 二級以上は威力だけを求める弾だから消費寿命を減らす意味はあんまりないし、恐らく使用対象もギルドが定めるA級首以上になるから滅多に使うことはない。

 

 それに、威力を減らそうってんじゃない。

 同じ威力で、寿命の消費量を減らすだけ。

 三級と四級だけなら問題ないんだ。


 汗が滲み出る。

 感情の読めない顔をする今の瑠夏と見つめ合うのは、下手な戦闘よりもよっぽど緊張した。「お願いだから」と危うく口から出かかったが、縋ったところで聞いてくれる訳もない。

 だから酒の席を狙った。いつもより飲んでくれてチャンスだと思った。なのに、酔いが覚めてしまったのかと思うくらいに瑠夏は真顔だ。


 俺も瑠夏と同じで、何でもない風を装ってはいる。だけど、それは情に訴えても無理だと思ったからだ。

 俺だって、泣きそうになることはある。

 お前にとっては、もうとっくの昔に諦めたことかもしれない。

 でも、俺はまだ諦めてない。

 細い糸でしか繋がっていないはずの未来だけど、それでも途切れてはいないはずなんだ……。


 祈るような思いを能面の裏に隠して互いに見つめ合う時間が過ぎる。すると、とうとう瑠夏の瞳が揺れた。

 唇は震え、瞬きが増え、視線はウロウロとテーブルの上を彷徨っている。

 

「……ん。じゃあ、そうさせてもらおっかな……」

 

 いつもの瑠夏なら、きっと承知しなかったに違いない。

 涙が溢れてしまいそうなほど無防備な表情をして、消えてしまいそうなほどに小さな声で、瑠夏は俺の要求を飲んでくれた。

 今の俺は、瑠夏よりも泣きそうな顔をしていたんじゃないか? そうでなくてもきっと酷い顔だ。


 俺の気持ちを知ってるナドカさんは、微かに表情を和らげながらビールを飲んでいる。

 ドラコとメルカは、こんな俺たちの様子を無言で眺めていた。




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