17 本日のマウント合戦の結果
都心から離れた郊外のとある街。
郊外とはいえ、夜でも街中はそこそこ明るい。だから、図体のデカいフェンリルが身を隠すにはそれなりに気を遣う。
マーモットには周囲を壁に囲まれたそこそこ広い敷地がある。
フェンリルが目立たずに降り立つには、辛うじて必要最低限の条件を備えていると言えるだろう。武器が入手できるという理由以外でも俺たちのホームとしては適していた。
俺たちを乗せた数珠丸は、隣の敷地に建っている四階建てマンションの屋上からジャンプしてマーモットの敷地内にそっと着地した。
そのマンションの四階の一室、掃き出し窓がカラカラと開く。
開けたのは小学生くらいの男の子。きっと物音で気づかれてしまったのだ。
「おい。着地した時に『ドン』って鳴っただろ。もっと静かにできないのかよ」
「他者比で五割以上静かなはずです。それに、ほら」
少年は、笑顔でこちらに手を振っていた。
「案外人気あるんですけどね」
「そっか。そりゃ幸いだ。学校で噂になっちゃうだろ。俺なら言いふらす」
俺はすぐに武器ボックスを下ろし、数珠丸が帰れるようにしてやった。
別にこいつのことを考えたわけじゃなくて、早く追い払おうとしただけだ。
「それでは私はこれで。報酬は事前にお願いしたとおりお布施でお願いしますね」
「うん、わかったよ。数珠丸さんありがとう。またよろしくね」
「はっ。生臭坊主が」
瑠夏が無邪気に手を振る。
数珠丸は瑠夏にだけ丁寧に頭を下げて極力瑠夏からの印象を良くしようとしている模様だ。俺の嫁にデレデレする危険人物が一人増えてしまった。
ゴオッという低い風音を唸らせて、数珠丸は夜闇に消えていった。
現在時刻は夜の八時半。
お店の営業時間は夕方の七時までだけど、倉庫の照明がまだ点灯しているからナドカさんはお店にいるんだろう。
マーモットの正面入口は両引きの大きな鉄扉になっていて、その鉄扉は夜になると軒際に取り付けられた照明に照らされている。
この武器屋の屋号「マーモット」はアルプスネズミなのでナドカさんは動物であるマーモットのイラストを鉄扉の片側に描いていたんだけど、俺たちが仕事から帰ってきてみると、何も描かれていなかったはずのもう一つの鉄扉にイラストが追加されていた。
ノルウェー・ジャン・フォレストキャットの絵だ。
俺たちがここをアジトとすることが決まってから、もう片方の鉄扉に猫の絵が追加される予定になっていた。俺たちが仕事をしている間に業者がペイントしたのだ。
魔物被害相談所に登録した俺たちのコンビ名はノルウェージャンの愛称「ウェジー」だから、チームロゴはこれにしようという話で強引にまとまった。
そうと決まると、瑠夏はウキウキしながらプロ野球チームのロゴマークみたいな感じのキャッチーなデザインを一生懸命考えていた。それをギルドに登録したし、それがそのままこの鉄扉にも描かれている。
別にそこまでしなくていいのにな……と俺は思っていたんだけど。
「わーっ! かっわいいー!! 見てよそうちゃん、ほらほら。やっぱりこれにして良かったー」
瑠夏はぴょんぴょん跳ねてテンション爆上がりだ。
こんな瑠夏の姿を見ると、これで良かったのかもな、と思ったりもする。どうも俺はサプライズとか得意じゃないので、人を喜ばすことについてはあんまりピンとこない感じはあるけれど。
喋り声を聞きつけたのか、鉄扉がガガガと音を立てて開いた。
お出迎えしてくれたのはナドカさんだ。
「おかえり二人とも。仕事はうまくいったか?」
「ええ。つつがなく」
「どうだ、これ。瑠夏お望みの絵が完成してるぞ」
「すっごいですよねー! ほんとに嬉しい。可愛い」
これもチーム結成祝いということでナドカさんがやってくれた。この人は昔から本当に面倒見が良くて、まぁ訓練で殺されそうになったり最終試験で殺されそうになったりしたが結論的には良い人だ。
今の年齢は三四歳。ちょっと若い母ちゃんみたいで、俺と瑠夏にとっては師匠であり、第二の母ちゃん。
三人揃って鉄扉の前でワイワイしながらも、ナドカさんは俺たちの体をさりげなく観察していた。
「大丈夫ですよナドカさん。二人とも怪我はしていません」
「……そうか、何よりだ。まあ大丈夫だとは思っていたが」
「当然です。俺は絶対に外さないんで」
「あー。またそんなこと言って。仕留めたのはカッコよ……まぁそこそこやるなぁとは認めるけどね。あんなリスクの高いやり方はもう許さないからあたしは!」
瑠夏はまだ根に持っていた。
ちゃんとやったんだから、いい加減もう許してほしい。
「あのね、聞いてナドカさん。こいつ何回言ってもアサルト使わないの。ナドカさんからメルカ貰ったから使わないかもなーとは思ってたけど、結構難度高い状況なのに意地張るんですよねー。マジで次はアサルト一択にしてやろうかなって思ってんですよ。ナドカさんからも何か言ってやってくださいよー」
「ただの惚気だろそれは」
「え? ……えっと、ま、まぁそういう言い方、も、できなくはない……かも。だけど、ねぇ……」
呆れたような様子を見せるナドカさんのツッコみで、瑠夏が頬を赤くしながらモゴモゴと口籠った。
困っている瑠夏を見ていると何かおかしくなってしまって、俺は笑いを噛み殺した。それを瑠夏が睨みつけてくる。
「蒼真は結果的に仕留めたんだろ」
「ナドカさんまでそうちゃんみたいなこと言って。結果オーライじゃ人の信頼は得られなくないですか?」
「仕事は結果が大事だぞ」
「……そうですけどね。たまたま成功してるみたいになるじゃないですか。次の成功に繋がらないっていうか」
「どうせアサルト使っても一発しか撃たないから俺は」
「何度も言うけど、依頼人の気持ち考えたら絶対にミスれないんだよ? そこんとこをどう考えてるのかって話なんだけど」
「何度も言うけど、俺は絶対に外さないから」
ぐぬぬぬ、と瑠夏が歯をぎりぎりさせている。
たぶん惚気という形でやり込められたことに納得がいかないんだと思う。やたらと突っかかってくるし、まだ頬も赤い。
「ってかさ、『絶対に外さない』って何回も言ってるのにまだちょっと疑ってるところがむしろ気に入らないんだけど。俺が何のグリードを持ってるのか知ってるよね」
「だけどさ。それも絶対じゃないから。『欲の強さ』が力の強さに反映されるシステムでしょ? それに左右されるんだよ、そうちゃんの命中率は」
「だからこそ外さないんだよ」
「はぁ?」
「愛と照れの裏返しみたいな喧嘩はそれまでにして奥に入ってビールでも飲みなよ。祝杯にしよう」
瑠夏は首を傾げながらしばらく目を細めて鉄扉に描かれたウェジーの絵を睨みつけていたが、こいつはナドカさんには逆らわない。
だから、今回のマウント合戦はナドカさんを味方につけた俺の勝ちだった。
倉庫の中へ入り、ベンチの前にあるテーブルに武器ボックスを置く。
手入れをしなきゃだから、俺は中に入っていたメルカを取り出す。そこへナドカさんがビールを持ってきてくれた。
「かんぱーい! あー、無事に終わって良かった。依頼者の中谷さん、ちゃんと見ててくれたかなぁ」
「ああ。泣いているところまで視えたよ」
俺のグリード「魔眼」は、狙撃の用に供する場合のみ発動する。
構えの合間や狙撃直後に、俺はちょくちょく向かい側のビルにいる依頼者を視ていた。
ひざまづき、両手で顔を覆った中谷さん。
俺は、床に落ちて弾けた涙の粒まで感じ取れた。
メンテ用品を取り出して、ブラシで銃身を清掃していく。
「……そっか」
「ああ」
「ねえ」
「ん」
「ありがと。蒼真」
手元から目を離して見上げれば、感謝の気持ちがこもった視線を送られていた。
コンビでやってるんだから当然の仕事を果たしただけであり、本来は感謝なんてしなくていい。
「……別に」
だからって、こんな言い方しかできない自分が嫌になる。
瑠夏は、そんな俺の態度にクスッと微笑んだ。
「……そうだ。数珠丸だよ。あいつのことをちゃんと教えろよ」
「あ、ほんとだね。すっかり忘れてたよ」
「あいつが魔獣だってことか? それなら俺が説明しよう」
そっか。そういや数珠丸はナドカさんの紹介だ。瑠夏も、ナドカさんから聞いたのかもしれない。
「数珠丸は、前世は聖職者だった。死んでフェンリルに転生したんだ」
「へー。それで今世もお坊さんですか。なんの因果でそうなるんですかねぇ。それじゃ、あいつのグリードは変身ですか?」
俺はメルカの清掃作業をしながら話を聞く。
瑠夏はパシッと気持ちの良い音をさせてビールを開けた。
「その辺のことはあいつの口から聞いてくれ。俺が勝手に言えることじゃない」
「ま、そりゃそうですね」
「赤ん坊のフェンリルが子犬に見えたんだろうな。住職は子犬を拾って育てた。もちろん、みるみるうちに巨大に育って犬でないことはすぐにわかったんだが、それでも住職は恐れることなく数珠丸と接した」
「へー」
「住職と俺は知り合いだったから、数珠丸とも知り合いになった。それからかな、俺との付き合いは。俺は裏の世界で活動していたから、たまに一緒になって活動するようになった。あいつはそこで情報屋になったんだ。あいつの情報は役に立っただろ? ターゲットの特定や、仕事をする上での危険情報なんかはこれからもお前たちの身を守ってくれるだろう」
「なるほど。それで、瑠夏はあいつと具体的には何を喋ったんだ」
「え? あたし?」
ビールを煽っていた瑠夏が、自分に話を振られると思ってなかった素振りでこちらを向く。
アホ。俺的にはむしろそっちだよ。
「なんだったかな……いつどこに迎えにいくとか、自分は魔獣でフェンリルなのでその時はフェンリル状態で行くからあたしたちは特になんの準備もいらないとか、あたしのことが好きだから本当は運び屋業も無料でやりたいけどそうちゃんに利することをタダでやりたくないから報酬をいただきますとか」
「あの馬鹿……よくも人の嫁にいけしゃあしゃあと」
「あのね。何度も言うけどあたしは今世ではそうちゃんの嫁じゃないからね?」
「わかってるよ」
「わかってないじゃん。嫁って言ってるし」
「俺が心の中で瑠夏のことをどう思おうが勝手だろ。死ぬほど愛してると思ってようが、お前がいないと生きていけないと思ってようが」
「えっ……えっと。まあ……そ、そう、だけ、ど」
こいつは顔がすぐに赤くなるから分かりやすい。さっきまで俺を直視していた目線だってもう床をウロウロしてるし。
前世じゃ俺はいつもこんな感じだった。だからメルならこのくらいじゃ顔を赤らめたりしない。この性質はきっと今世の瑠夏の影響だ。
いずれにしても本日のマウント合戦は俺の圧勝ですなぁ。
ガンガン、と鉄扉を叩く音で会話を止める。
耳を澄ましていると、ガガガ、と鉄扉を引きずる音。
「あの……失礼します」
夜分の来客は、今回の仕事の依頼者・中谷さんだった。
あの現場から電車でここまで来たなら、時間的に寄り道することなく直行だろう。そして当然ではあろうが、彼は晴れやかな表情をしていた。
事務所へ案内したあとソファーへ座るよう促したが、彼は立ったまま深々と腰を折った。
「本当にありがとうございます」
「いえ。仕事ですからね」
「失礼なお話ですが、こんなにもすんなり終わるとは考えておりませんでした。相手は魔族暴力団の幹部ですし、きっと苦戦するだろうって。一件目の仕事なのに大丈夫なのかと、大変失礼なことを言いました。申し訳ありませんでした」
はは、と愛想笑いをしておく。
不意打ちというアドバンテージはあれど、敵も戦闘に長けた魔物。グリード気配を何らかの方法で察知される危険性は十分にあり、そうなればアドバンテージなんて無い。
実際にエージェントは仕事中に死亡することが多いから、この依頼者の感想はもっともな話だろう。
「あの悪魔が不意打ちに動揺する様子を見ることができました。死を前にして絶望し苦しむ様子も。きっと、優香も見ていたと……」
会話が止まり、嗚咽が漏れる。
瑠夏と顔を見合わせ、少しだけ口元を緩ませながら自分たちの仕事の成果をしみじみと確認した。
これは、きっと未来の自分たちの姿だ。
雪辱を果たし、心に秘めた目的を叶え、気持ちを言葉にすることもできずにただ涙を落とすのかなぁ、なんて思いながら「その時」を想像し、中谷さんの様子を眺めた。
「報酬は、相談所で指定された通り送金します。恐らく明日中には」
「よろしくお願いします。またよろしくと言いたいところですが、もう金輪際こんなことを依頼しなくてよいことを願ってます」
「……あ。それなんですが」
「はい」
「実は、友人が私と同じように困ってまして。私自身が良いエージェントと巡り合っていなかったので何ともできなかったのですが、あなた方なら胸を張って紹介できます。紹介してよろしいですか?」
「ええ、もちろんですよ。お待ちしております」
良い仕事をした結果、次の仕事に繋がる。これが仕事の醍醐味なのかもしれない。
すぐにでも飛び跳ねてしまいそうな瑠夏の隣で、俺もまた静かに充実感を噛み締めていた。




