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16 だから絶対に外さない



 ビルの外へ出て歩道に立ち、たくさんの照明でキラキラと煌めく超高層ビルの群れを見上げた。

 ターゲットはまだあの居酒屋で楽しく飲んでいるだろう。今日、その命を終えることになるとも知らずに。


 俺たちは、さっきの居酒屋が入っているビルから少し離れたところに建っている、三〇階建てのビル──地上百メートルを超える超高層ビルの屋上へ向かった。ここが狙撃ポイントだ。

 事前に段取りしておいたルートを辿って屋上へ辿りつき、星が一つも見えない都会の夜空を望む。


「ここから狙うのかぁ……遠いよね。地面にいる人なんて点にしか見えないよ。地上まではどのくらいあるんだろ」

「一二四メートル五四センチ二四ミリ」

「……そっか。メルカの他にもアサルトを用意してあるよ。一応聞くけど……どっちにする?」


 俺の銃火器二人組は擬人化しても子どもにしかなれないので、居酒屋に連れてくると目立ってしまう。だからってメルカは銃装化しても全長三メートルだから、持ち運びが大変だし逆に目立つ。

 ってか、そもそもこいつは、俺の実力の審査が完了するまで銃装化を解除しないとか生意気なことを言っていた。

 よって、銃装化メルカはあらかじめ狙撃ポイントに置いておくことにした。


 アサルトは連射性のライフル。

 メルカは単発のスナイパーライフルだ。

 聞かれるまでもなく、俺の答えは決まっている。


「メルカに決まってんだろ」

「でも、このチャンス逃したらちょっと難しくなっちゃうしさ。初めての仕事だし……それに、依頼者さんのこと考えたら絶対に成功させたいじゃない? そうちゃんも聞いたでしょ。あの悪魔が喋った話」

「絶対に外さないから問題ない」


 肩をすくめて瑠夏が苦笑いする。

 きっと、単に俺が意地を張っているだけだと思い込んでいるんだろう。


 あらかじめ屋上に置いておいた、細長い武器ボックス。

 開錠して蓋を開けると瑠夏が提示した二つの武器が入っていたので、迷うことなくメルカを手に取った。


「敵の防御系グリードはどうだったの。何か張られてた?」

「ああ。定期的に属性変更される硬質シールド系の防御グリードだ」

「そういう大事なことは先に言ってよ。あたしだって相棒だよ」

「これから言おうと思ってたんだよ」

「……じゃあ、弾はどうするの」

「四級だ。追加ダメージが欲しいから火属性の『火燕(ひえん)』でいく」

「四級でいける?」

「シールドがどの属性であっても四級で問題ない」

「車は? 建物の外、歩道際の道路上に待たせてある車があいつのでしょ? そっちには張られてた?」


 しつこい。

 弾に込める寿命を少なくするために俺が何かを隠すんじゃないかと疑っているのかもしれない。早々にそういう気配を勘付かれてしまったか……くそ。


 確かにそういう気持ちはあるが、こういう場面でまで嘘をつくつもりはない。

 さすがにそこまですると瑠夏の信用を失ってしまうしな。


「車にも張られてたよ。こっちも四級で貫通可能だ」

「でも……車に乗り込まれちゃったら、本人に張られているのと併せて二重のシールドになるから四級じゃ無理だよね?」

「ああ」

「ああ、って……。じゃあせめて三級にしようよ。敵の防御グリードは常に属性変化してるんでしょ? ナドカさんの戦闘座学じゃ、確かシールド系のグリードは硬さとか角度とか属性相性とかによって弾道が影響を受けるはずだよ。そうちゃんだって知ってる癖に。なのに狙撃の瞬間にどうなってるか分かんないんだから威力でぶち抜かなきゃ──それに、そうすれば威力に余裕が出るから最悪は車に乗られても」

「いらない」

「そうちゃん。お願いあたしの話を聞いて。あいつが建物を出てから車に乗り込むまでの間には歩道しかないんだ。距離はほんの数メートルしかないし敵はゆっくり歩いてなんてくれない。狙撃のチャンスは二、三秒しかないよ」

「ああ」

「……それに、こっちの魔弾とシールドの属性相性によってどれだけ弾道がズラされるかを調べなきゃならない。シールドの属性を判別して、シールドの角度や硬度も考えて、その上で最適な狙撃を終えなきゃならないんだ。今言ったことをその二、三秒のうちに全部。一二〇メートル以上離れているこの場所から! いくらなんでも無理だ。だから少なくともアサルトで四、五発は撃たなきゃ──」

「大丈夫だ」


 瑠夏は歯を噛み締めて、立て続けに発していた言葉を止めるとうつむいた。

 俺はターゲットの周辺を確認しつつ、拳を握りしめる瑠夏を横目で眺める。


「……ねぇ、蒼真。蒼真はさ、あたしの寿命を心配してくれてるんだよね」

「ああ。そうだな」

「この際だから言っとく。余計なお世話だよ。あたしは、どうしても達成しなきゃならない目的のために生きてるだけ」

「知ってる」

「もう蒼真と添い遂げるつもりはないんだ。これからあたしの命は、あの天使を殺すまでの戦いに全部使う。だから、あたしの命を勿体ないとか思う必要はないんだ」

「分かってる」

「なら、どうして──」

「当てりゃ同じだろ」

「結果オーライで済む話じゃない! これからもずっとそんな綱渡りをする気なの!? あたしはそんなの了承できない!!」

「瑠夏。俺は、お前の作った弾の威力を信じてる。四級でも絶対に成し遂げられると俺の魔眼(グリード)が言ってる。ここからは俺の仕事だ。俺を相棒だと思うなら俺の言ってることも信用しろ。狙撃手(スナイパー)の俺が必要だと判断してオーダーした弾を作るつもりがないなら、俺はそんなの了承できない」

「………………わかったよ」


 瑠夏は全てのストレスを吐き出そうとするかのようにため息を吐きながら、ポケットから小型の弾薬ケースを取り出した。

 そこから弾を一つだけ抜き取る。


 無機質な弾へ命を吹き込む作業の開始だ。

 首筋を中心として、白銀色(しろがねいろ)に輝く蜘蛛の巣(・・・・)が浮き上がる。

 銃弾を握りしめた聖女の全身が光で覆われ、キラキラ煌めくプラチナの気体が蒸発するように空気中へ霧散していく。

 瑠夏の命が溶けていく瞬間。

 だからこそ、芸術的なほどに美しいのかもしれなかった。

 

 瑠夏は、自分の生命力を弾丸に叩き込んで俺のオーダーどおりの弾を仕上げた。

 疑いと、信頼と、祈るような思いが混ざった視線を俺へと向けながら握手するように手を重ねてくる。

 その手を優しく握り返すようにして魔弾を受け取り、満天の星にも劣らない眼下の夜景に視線を馳せた。

 

 ──魔眼解放。


 両の眼が、体温とは異なる温度感を宿す。

 俺の瞳は黄金色になり、その中には照準線(レティクル)が刻まれていることだろう。こうなった時には見える世界の全てが変わる。


 どれほど遠くにいようともターゲットの全てを見抜く千里眼。

 複雑な動きであろうと確実に予測可能な数秒間の未来予知。

 正確無比に狙撃するため俺の体を寸分狂わず制御する超精密な神経回路。


 何もかもが視えている。

 それは、今回で言うなら狙うべき狙撃ポイントを護るバリアの正体を完全に看破することであり。

 動画を早送りし、ターゲットが何分何秒の時点でどこにいるかを確かめてから巻き戻し、あらかじめそのポイントに照準を合わせておくのと同じレベルでいつどこに居るかを理解することだ。

 それほど、この力は神がかっている。


 なぜならこれは技術などではなく、「欲の力(グリード)」だから。

 抱く欲望が強くなるほどにその効力が跳ね上がる、クソッタレの神が与えた人外の異能。

 その命中率を支えるのは、瑠夏の命を護りたいと願う俺の「欲の強さ」だ。

 故に、どんな状況であろうが俺は絶対に外さない。


 居酒屋を離れたターゲットが、ビルから屋外へと姿を現した。

 

 音も、周りの映像も、全てが消えていく。

 瞬間的に、漆黒に塗りつぶされたかのように。黄金に移り変わった魔眼(スコープ)の中央に映るもの以外の全てが闇に飲み込まれて、唯一見えているものはもう手を伸ばせば届く距離であるかのように、ただ指で突けば赤ん坊でも当てることができるレベルですぐそこに。


 視認してから発砲に要した時間は一秒。

 火属性を象徴する赤の閃光が曇り夜空にフラッシュする。

 依頼主と瑠夏の想いを乗せた魔弾はどちらの端が起点か分からない速さで一筋のビームを描いて地面に埋まり、そこを中心として半径三〇センチ程度のタイルを紅蓮に溶かした。

 硝子のように砕けた水属性シールドの破片がキラキラと瞬き、歩道を蒼く覆っていく。


「……あ?」


 (ほう)けた声をあげるターゲット。

 奴の脳はど真ん中を細い筒状に削り取られて穴が空いた。

 次の瞬間、ボウッ、と両側の穴から炎が漏れる。

 火炎弾により内部を焼かれ、数秒間継続する付加ダメージを余儀なくされる。

 護衛の魔物たちは、何が起こったのか分からずにいるようだった。

 

 こちらを見上げたオールバックの悪魔と目が合う。


 この距離感で、致命のダメージを受けていて、それでも奴が俺を認識できたのは恐らく間違いないだろう。魔族としての実力の高さはこれだけでもある程度わかる。

 だからこそ、俺を睨みつける奴の顔は、怒りと後悔に満ちていた。


(あの時、店の中で殺しておけばよかった、って思ってるだろ?)

(残念だったな)


「ゔああああああああああああああああ」


 一二〇メートル下方からでも肌を震わせてくる断末魔の咆哮。死に際に発動した獄炎のグリードがまるで天から垂らされた糸に縋ろうとするかのように伸びてくる。

 が、全ては手遅れだ。

 力尽き、炎は霧散し、奴は歩道に倒れた。


 取り巻きの部下どもが慌てたように駆け寄る。奴らは周囲を見回していた。

 屋上の陰に隠れた俺たちの姿は見えないだろうが、魔弾の特徴であるビームのような残光はどうしようもない。最終的にはあれによって俺たちの位置は間違いなく見当をつけられる。


 頭を両手で押さえていたターゲットは、そのうち動かなくなった。それを魔眼で確認した俺は、淡々とメルカを武器ボックスに収納する。

 その間際、メルカが「ふん」と鼻を鳴らした気がした。


 瑠夏は、そんな俺の撤収作業を、口を開けたまま茫然と見ている。


「何やってんだ。さっさと退散すんぞ」

「……え。いけたの」

「当たり前だろ。むしろなんで外すと思ってんの?」

「だって。チャンスは一瞬で。た、ターゲットは歩いてるし、それに、防御グリード使いのシールドで弾道が──」

「だから何? 時間ねーから。それよりここからどうすんの? 確か数珠丸が迎えに来てくれるとか言ってたよな」

「あ……ああ、そうだよ。ちょっと待ってね」


 瑠夏は慌ててスマホを取り出し、電話をかける。

 本当、あのチャラ坊主と瑠夏が電話してるって事実だけでもイラっとくる。

 下に降りれば敵がいるから仕方なく数珠丸に頼んだんだけど、屋上で待てって言われても。

 あいつは一体どうやってここへ来るつもりなんだ? ヘリか?

 瑠夏が電話を切った。


「十秒後くらいに着くって」

「はあ? そんなに早く? でも、ヘリのローター音は聞こえないけど──ひっ」


 巨大な動物──いや、魔物。

 フサフサの上品な白毛に全身を覆われた大型の狼が、超高層ビルの屋上に姿を現していた。

 完全に馬よりもデカい。

 その狼が俺たちへ向かって話しかけてくる。


「終わりましたか。予定通り『マーモット』でいいですね」

「え? ……ええっ。お前、まさか数珠丸!?」

「静かに。撤収作業は速やかに行なってください。武器ボックス用のアタッチメントが鞍についてますからそこへ」


 メンタルの切り替えには慣れている。

 俺は武器ボックスを素早く取り付けながら尋ねた。


「これって……前世で見たことあんぞ。フェンリルだろ」

「その通り。これが本当の私です」

「ちょっと待てよ、こいつ魔獣じゃないか!」

「落ち着いて、そうちゃん。事情はまた後で説明するから」

「えっ。瑠夏、お前全部わかってたの!? いつの間にそんな話してんの!? そんで、何で俺に秘密にしてんの!?」

「そうちゃんはあたしのことが好き過ぎるから集中力が乱れるかなって思ってさ」

「ほ──……。自信過剰も大概に、」

「痴話喧嘩はそこまでに。グズグズしてると敵がビルを上がって来ますよ」


 仕方なく、撤収作業を優先する。

 気に入らない。

 全くもって気に入らない。


「全く。私は神狼ですよ? 神扱いの私を運び屋にするとは神への冒涜もいいところですねナドカさんも。でも、瑠夏さんのためならいくらでもお手伝い致します。今日も世界一美しいですね瑠夏さん。さ、どうぞ」


 数珠丸は座り込んで瑠夏が乗りやすいようにした。


「数珠丸さんの体はふわふわで気持ちいいね。ありがと」


 仕事がうまくいって安心したのか、瑠夏は笑顔で数珠丸を撫でていた。

 やばい。フサフサに目が(くら)んで瑠夏が誘惑に負けている。そんな奴のことを親しげに撫でるなっての。

 そしてその笑顔を俺に向けろ馬鹿。しっかり仕事をしたのは俺だろ!


「ただ、運び屋として別途百万円の報酬をいただくことになるのが心苦しい限りですね。美しい瑠夏さんのためならいつでも無料でやりたいところですが、無礼な蒼真がいるので報酬をいただく羽目に──」

「はぁ!? 待って、それって情報料に上乗せするってこと!?」

「もちろんですよ。計二百万円です」

「聞いてないぞ俺は! お前みたいな生臭坊主になんで二百万も」

「そうちゃん、それも後で説明するから!」

「……説明されても、二百万はもう決まってたんだろ? あー、イライラするわ。おい早く出ろよ狼」

「神狼の私に感謝するならまだしもそんな言い方をするなんて、(バチ)が当たればいいんですよ」


 こっちだよ文句言いたいのは。絶対にボッタクリだ。それを簡単に了承してしまう瑠夏にも問題があんぞ……と思いながら睨んでやると、瑠夏がまたこっちを盗み見るようにしていた。

 なんだよ、さっきから。あとでしっかりフェンリルとの隠れやりとりを聴取してやるからな!


「何ボーッとしてんだよ」

「え? あ、」


 慌てて目をそらす瑠夏に早く乗れと促して、俺たちはフェンリル様の(あぶみ)に足を通す。うん。確かにもふもふだ。


「そういやそうちゃん、依頼者さんは大丈夫かな」

「狙撃のついでに魔眼で探したら対向のビルにいた。まあ大丈夫だろ」

「……そんなところまで見てたの」

「そりゃそうだろ。危険が及んだら護らなきゃならんしな」

「……やるじゃん」

「あ? なんか言った?」


 ゴニョゴニョ言う瑠夏が後ろから俺に抱きついた。

 それにしても、柔らかい二つのモノの圧迫感がなかなかだ。おかしい。前世よりデカい気がするのはなんでだ。今世の瑠夏のせいか?


 俺たちを乗せた数珠丸は、三〇階を超える超高層ビルから飛び降りた。

 少し背の低い隣のビルの屋上へ着地すると、満月にも届きそうなほどのハイジャンプ。

 あべこべの高さで並ぶビルの屋上を伝うように駆け飛んで、あっという間に現場から俺たちを連れ去った。


 




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