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14 一人目の仲間と、初めての依頼者



 エージェントの仕事を始めるにあたって、決めなければならないことがあった。

 それはコンビ名と報酬額だ。

 って訳で、瑠夏と二人で調整会議。


「まずはコンビ名だな。俺はあんまり(こだわ)りないけど」

「ほんと?? じゃあ、あたしの好きなやつでいい?」

「いいよ。ちなみに、どんなやつなの」

「ノルウェー・ジャン・フォレストキャット」

「はい?」

「うちの武器屋、『マーモット』っていうじゃない? これってアルプスネズミなんだよね。このお店の名前を見てから、あたしも動物の名前がいいなあってずっと思ってたんだぁ」

「いや……それにしても」

「そういやナドカさんはどうして『マーモット』にしたんですか?」

「可愛いだろ」

「ですよねー! 可愛いは正義ですよね」

「ちょ……待って待って」

「画像見る? ほらほら。前に飼ってたタマちゃんに激似じゃない?」


 強引にスマホを見せられる。

 ……確かに、前世で飼ってた猫に似てるけど。

 そういや瑠夏はフサフサの毛並みに弱いんだった。これはまずい。


「ちょ、ちょっと名前が長いよね……」

「そう? 略してもいいよ。ノルウェージャンとか」

「いや……あんま略せてないかな……」

「もう。文句ばっかり。じゃあなんか考えてんの?」

「えっ……。いや、なんにも」

「考えてないくせに文句言ってんの? それちょっとおかしいなって思わない?」

「ね、猫はわかったよ。それでいいよ。でもさ、もっと他にないかな」

「えー? 他に? あたしはタマに似てなきゃ嫌なんだけどな……」


 瑠夏はブツブツ言いながらスマホをいじる。


「ねえねえ、ノルウェージャンの愛称は『ウェジー』なんだって。響きが可愛い! これならいいでしょ」

「ちょっと可愛すぎるかな……」

「はぁ? 可愛いのにしたいのあたしは! ってかもうこれにするわ」

「はい」

「やったぁ。あたしたちはこれから『ウェジー』だ!」


 ほんの一分そこそこでコンビ名が決まってしまった。

 魔物を狩る殺し屋家業に似つかわしくない気はしたが、これ以上はどうしようもなかった。


「次は報酬額だね」

「おう……」

「辛い思いをした人の恨みを晴らすんだから、できるだけ安くしないとねー」

「俺は高くしようと思ってるんだけど」

「はあっ!?」


 こちらも初っ端から喧嘩の様相を呈する。

 しかしさすがにこっちは譲れない。


「なんでよ!? どういう理由で!? 生活なんてできりゃいいでしょ」

「お金が欲しいからじゃない。俺たちの目的はあくまで紫眼の魔女の打倒だからだよ。この世の中、魔物に復讐したい人なんて山ほどいる。魔物が会社に就職して、人間を散々いびり倒しながら不公平な共存を続けてるんだからな。『魔物の上司を殺してくれ』みたいな依頼者が溢れちゃっても困るだろ?」

「え──……。それはそうだけどー」

「一番大事な目的を見失っちゃダメだと思うんだよ。もちろん仕事を受けるかどうかは俺たち次第だから嫌なら断ればいいんだけど、いずれにしても基本料金はある程度高めに設定しておいたほうがいいと思う。少なくとも安売りはダメだ」

「う──……。それはそうかもしれないけどー。なんか金の亡者みたいに思われない?」

「人の目なんて気にしてる場合じゃないし」

「む──……。そうっちゃそうなんだけどー」


 腕を組んでうんうん(うな)る。

 納得できないようだ。


「じゃあ、瑠夏はいくらぐらいが適当だと思ってんの?」

「まぁ……安くするって言ってもあたしの命を削ってる訳だし、一件百万とか」

「四級魔弾で片付くレベルでも最低で五百万」

「……マジで言ってる?」

「瑠夏が言ってるように、俺たちの仕事には瑠夏の命を削った弾を使う。悪いけど、俺はそこだけは譲れない」

「……わかったよ。確かに、目的は紫眼の魔女だし」

「そうだよ。それまでに寿命使い切っちゃったら嫌でしょ?」

「絶対にヤダ」

「よし。決まり」

「むー」


 唇を尖らしたのが可愛い。

 とりあえず、俺はなんとか押し切った。


◾️


 マーモットでいつものように訓練していると、ナドカさんが声を掛けてきた。


「お前たちに紹介したい奴がいるんだ」

「紹介? あたしたち、コンビでやるつもりなんですけど」

「わかってるよ。でも、こういう仕事をするには情報屋が不可欠だ。そいつを紹介してやるよ。ここへ呼んであるからもうすぐ来るはずだ」


 ガンガンガン、と鉄扉を叩く音がした。

 

「ちょうど来たらしい。おい、入れ」


 ガガガガ、と重い音を立てて大きな引き戸が開かれる。そして一人のお坊さんが入ってきた。

 紫色の袈裟と、目がチカチカしそうなほどビビッドな緑色の法衣。

 スキンヘッドとかではなくて、シルバーのミディアムヘアがまたチャラチャラしてそうな雰囲気だ。そして高身長の男前。

 なんとなく俺はこいつが気に入らなかった。


 ナドカさんが事務所へ案内する。

 お茶を飲みながら話す感じになりそうだ。


「お久しぶりです、ナドカさん。お元気でしたか? 虎太郎くんにもしばらく会ってませんね。もう立派になられていることでしょう」

「ああ。悪いな、ここ最近は会合に行けなくて。こいつらの訓練もやっていたからな。話していたのはこいつらだよ。蒼真、瑠夏、紹介する。こいつは数珠丸(じゅずまる)。一見すると坊主だがその実は裏の世界の情報屋だ」


 チャラ坊主は腰から上体を折って丁寧に挨拶した。


「ご紹介に預かりました数珠丸です。妙な名前と思われるかもしれませんが飼い主(・・・)が日本刀マニアでね。元々は『セト』という名があったのですが、恩もあり現在は数珠丸で通しております」

「飼い主? 情報屋としてのボスの話?」

「いえ。読んで字の如くそのままです。飼い主は普通の住職のお爺さん」

「はい?」

「ま、後でわかるさ。とりあえずこいつも転生者だ。そしてグリード持ち。きっとお前たちを助けてくれる」


 マジか。まあ確かに、転生者が俺たちだけとは限らないか。

 それにしても、坊主のグリードってなんだろうな。そのグリードを使って情報屋やってんのかも。じゃあ人の心を読むとかそういうやつか?

 嫌な奴だな。無心無心無心──


「よろしくお願いしますね、数珠丸さん。あたしは三原瑠夏っていいます」

「普通の人間なら取得できない情報でも必ずや手に入れてご覧にいれますので、頼りにしていただいて結構です。それにしてもお美しい……こんなに美しい女性には会ったことがありません」


 なんかテンションがイヤな感じだ。

 前世でメルにちょっかい出してきた蝿どもとアプローチが似ているところが特に気に入らない。美しいとか臆面もなく言ってくるところも気に入らない。

 

「瑠夏さん。もしよろしければ、いつでも私のお寺へいらしてください。飼い主ももうお歳。ゆくゆくは私がお寺を継ぎますのであなたには不自由せずに暮らしていただけると思います」

「はい?」

「おい、お前は何を勝手なことを──」

「あなた。さっきから初対面の私に対して言葉遣いがなってませんね。自己紹介もせずに文句ばかり言うなど言語道断です。私はお世話になったナドカさんきってのお願いだからこそこうしてやって来ているのです。あまり無礼な物言いをするなら帰りますよ?」

「おー、いいぜ、帰れ帰れ! 俺だってお前なんぞ──」


 ガン!


「すまんな数珠丸。よく言って聞かせておく。こいつは昔から自己紹介がうまく出来ないタイプだから」

「それはよくありませんね。馴れ馴れしいところも含めてしっかり教育しておいてください。あ、瑠夏さんは構いませんよ? いつでも馴れ馴れしくしていただいて」


 くっそ……。

 目がチカチカするほどの威力で頭を殴りやがってこの怪力女め。

 

「瑠夏さん、御用の折はいつでも遠慮なく連絡してください。メールアプリで友達になっておいてもらえますか」

「えっと……、はい」

「こら! お前っ」


 ナドカさんに首根っこを引っ掴まれて俺はバタバタした。

 なんてことだ。

 こんなチャラ男と瑠夏が連絡先を交換しちまったじゃねーか!


◾️


 クソ坊主が帰ったあと、マーモットのベンチに座りながらカフェラテを(たしな)む瑠夏を睨む。

 こいつ何考えてんだ。あんなスケコマシと連絡先なんて交換しやがって。


「だってそうちゃん、あの場合は仕方なくない? 情報屋さんは必要だよ」

「だけどさ」

「あたしのことが好きすぎて気が狂っちゃいそうになるのは仕方がないけどさ、ちょっとだけ我慢してね?」

「おいこら調子に乗るな」


 うふふ、あはは、と瑠夏は上機嫌だ。やり込めマウント合戦に負けてしまった。悔しい。


「あいつは頼りになる情報屋だ。蒼真、少しくらい我慢してでも仲良くしとけ。今の感じだと瑠夏の色香で惑わせておくのがベターだが」

「絶対にだめ」


 瑠夏のことを護りたいのに、その瑠夏を差し出して情報屋に気に入られておくなんて本末転倒だろ。


 ガンガンガン、と控えめに鉄扉が叩かれた。

 また誰か来たようだ。


「ナドカさん、他にも俺たちへ紹介したいクソッタレがいるんですか?」

「口。……いや。他にはいないな」

「あ。もしかしたら、仕事の依頼者かも」

「はあ? 依頼者がなんでマーモットに来んの?」

「ナドカさんが使ってもいいってさ」

「いや迷惑かけちゃうだろ。前にも話してたじゃんか、俺たちが倒した魔物の恨みを買っちゃうかもって」

「大口は大物を殺してから叩けばいいさ。仕事が軌道に乗るまではとりあえず問題ない」

「はー。そうですかそうですか」


 くそ。

 今に見てろよ。

 

 ガガガ、と苦労してそうな開け方。最近は鉄扉の引き戸が調子悪くて、開けるにはちょっとしたコツがいる。

 入って来たのは、三十代くらいの男性だ。


「あの……こちらがウェジーさんの事務所ですか?」

「はーい。こちらへどうぞ!」


 瑠夏はルンルンしながら依頼者を事務所へ案内した。依頼者へコーヒーを出した瑠夏は、向かいのソファーに座る。


「SNS動画を見られたかと思いますが、こちらが動画に出ていた『スナイパーさん』です。あたしはアシスタントのメル」

「何それ。俺ってそういう名前で売り出してんの。変えていい?」

「うっさいな。黙って頷いとけばいいの。もう七万再生超えてるから修正不可」


 俺ってその辺りのことを瑠夏に任せっきりだったから、全然知らなかった。本名出せないから瑠夏はメルって名前にしてるんだろうな。

 そんで俺はスナイパーさん。


 ふざけ気味のネーミングをそのまま使ってると知ってなんか心配になった。

 俺は、瑠夏へ耳打ちした。


「おい。前にも言ったけど、まさかSNSで復讐代行屋を名乗って堂々と宣伝してんじゃないよね?」

「そんな訳ないでしょ、分かってるよ。SNSは射撃動画だけで、ウェジーってコンビ名も出してない。

 こういう依頼はNPO法人『魔物被害相談所(エージェント・ギルド)』から紹介してもらうでしょ? そこの相談員が依頼者へ何人かのエージェントを紹介するときに、エージェント選定の参考としてアピール資料を見せるんだってさ。うちはSNSの射撃動画ってわけ」


 エージェントギルドとのやり取りは電話やメールのみだ。その理由は、何らかのグリードを使ってギルドの事務所が隠されているからだと噂されている。

「魔物に対抗する最後の砦」とも言われ、未だかつて陥落したことはないらしい。

 

「あの……」

「あっ、はいはい! お待たせしました」

「本当に、大丈夫なんでしょうか。アピール欄に『絶対に殺します』と書いてましたが……」

「ええ、安心してください。絶対に殺しますから!」


 この人の言い方からすると、うちが初めてではなさそうだと思った。

 だから俺は、ここで口を挟む。


「ちなみに、うちは何件目ですか?」

「見積もり合わせは三件目です。大事な人の復讐なのにお金を渋るなんて良くないと思うんですけど、予算上あまり報酬額の折り合いがつかなくて」

「そうですか。他ではどのくらいの報酬額を提示されましたか」

「…………あの。それについては、その」

「そうちゃん」


 中谷氏が言い淀んだところで瑠夏が止めに入る。

 彼が言わなかった理由は、恐らく他のエージェントが高額報酬を提示したからだ。それを先に話せば、俺たちがその額へ寄せると考えたんだろう。こういう反応をされるとは思ったが、やはり教えてくれなかった。残念。

 俺は、瑠夏に話を進めるようジェスチャーした。


「すみません、言いたくなければ大丈夫ですから! では具体的な仕事内容をお伺いします」

「……すみません。申し遅れました、私は中谷と申します」


 男性は名乗ったあと、続きをなかなか話さなかった。前で組んだ手をしきりに弄っていたり、コーヒーに口をつけたり、ため息をついたりしていた。

 俺たちは、その様子から何となく察する。

 なので、依頼者が話し始めるまで黙って待った。


 すると、そのうち彼はテーブルにポロポロと涙を落とした。


「こ、婚約者が。魔物に、殺されて」


 その一言のあと、中谷さんは嗚咽した。短い言葉だけで事情は概ね理解できたし、そもそもこの仕事はそういうものだ。


 仇討ち。

 すなわち、俺たちと同じ。


 隣にいる瑠夏の顔色が変わり、拳を握りしめるのが見えた。

 これは、自分たちの復讐のほかに瑠夏がやりたかったもう一つのことだ。

 そして、だからこそこいつはブレーキが効かなくなる恐れがある。


「お辛いでしょうが、もう少しだけお尋ねしますね。どうして魔物に殺されたとわかったんですか」

「彼女は──優香というんですが、彼女はしばらく行方不明になっていました。それが突然警察から彼女の親に連絡があって。女性の遺体が路上に放置されていた、娘さんではないかと。それから私にも連絡があり、一緒に警察へ行きました」

「なるほど」

「場所は繁華街の路地裏。裸だったそうです」

「……なるほど」

「最近人間の女性が魔物に拉致監禁される事件が相次いでいるんだよねとその獣人の警官はこともなげに話していました。犯人に目星がついているんですかと尋ねると、なぜか言葉を濁されました。あの様子、何かを知っている気がして」


 この依頼者の抱いた印象は恐らく間違っていないだろう。

 路地裏とはいえ繁華街に放置するなんて、隠そうとする意思が微塵も感じられない。むしろ見せしめのようだ。

 加害者が魔物だった場合、警察が殺人事件を放置するケースが散見される。その大部分が、魔族暴力団に属する魔物の場合だ。


 中谷氏は、顔を上げた。

 

「……単刀直入に言って、報酬額はいかほどになりますか」

「五百万円でお受けします」


 中谷氏はホッとしたような表情を浮かべていた。よほど他のエージェントが高額だったのだろう。


 エージェントギルドでも他のエージェントが設定している報酬額は教えてもらえない。ネットに情報を晒せば魔物から狙われる危険性があるからネットにも情報は流れていない。よって、報酬額の相場は他のエージェントの報酬見積額を依頼者から聞くしかない。


 だけど、依頼者がそれを口にしてくれるのは、きっと俺たちの報酬額が高すぎて値切りたい場合だけだろう。

 依頼者の反応を参考にしながら報酬額を微修正しないといけないかもしれない。


「あなた方は、まだ仕事の実績がないと相談員から伺いました。これが一件目だと」

「ええ」

「本当に、殺せますか」


 (すが)るような、それでいて値踏みするような目。

 予算の関係上、多額の報酬額は支払えない。

 だけど、安いからという理由で、本当にこいつらに自分の大切な人の仇を任せて大丈夫なのか。

 そんな目だ。


「もちろんです。前金は必要ありません。成功報酬のみ。結果確認はどうされますか?」

「場所が判明すれば教えてください。直接この目で確認します」

「わかりました」


 こうして、俺たちの初仕事が動き出した。




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