01 あちらの世界からの転生者
人間しかいなかったこの世界には、ある日突然、魔物が湧いた。
それが幼稚園で聞いたお話。中身が難しかったから、なんでかはよく知らない。
近所の猫耳獣人お姉さんなんかは気さくに挨拶してくれる優しい人だし、格好も派手で「もう少し大きくなったら色々教えてあげるね」とか耳元で囁いてくるからなんかちょっとエロいし、良いことしかないんじゃねーかと思うけどどうやらそんな簡単な話ではないらしい。魔物なんて、良い奴ばかりじゃないよというお話。
そんな世界に生きる俺の、六歳の誕生日。
俺は親に欲しいオモチャをねだったけど、実は一番願ってるものは他にあった。
「ねえ瑠夏ちゃん、公園に遊びに行こうよ」
「いいけど、ブランコ乗ってる時に前からスカート覗くのやめてね、そうちゃん」
「へ!? そ、そそそんなことしてないよ!!」
どストレートにツッコまれて焦った。顔が熱い。マジでバレてるのだろうか。
そう、俺が願ってるものってのはこれだ。
俺は、どうしても同い年の瑠夏ちゃんのパンツが見たい。
「ねえ。不思議で堪んないんだけどさ、どうしてそんなものが見たいの?」
「いや待って。まだそれ認めてないよね。ってか言葉にしたこともないんだけど!」
「心の声は全部ダダ漏れだよ。そうちゃんも、あたしの心、わかってるでしょ?」
「わかる訳ないじゃん。女の子って何考えてるかわかんないし」
「わかるはずだよ。だって、あたしたちは夫婦だったじゃない。子どもも二人いた」
「何言ってんの? 俺たちまだ六歳だよ? ……あ」
そうか! おままごとが始まったんだ!
チャンスだ。夫婦設定ってことだし、じゃあパンツ見ても不自然じゃないわ。
「そうだね! 夫婦だったね! うん」
「そうだよ。その記憶を、そうちゃんはまだ頭の深いところに仕舞ってあるみたい。きっと、思い出したら心が壊れちゃうからなんだと思う。でも、あたしたちは思い出さなきゃならない。出来るだけそうちゃんが傷つきにくい場面から入ったほうが良いと思うんだけど」
なんの話だ。
でも、パンツが見れるなら我慢我慢。
「おままごとは、どこからスタートする? お風呂が先とか、ご飯が先とかあるよね。それとも子どもたちが寝静まってからにする? 俺はそのほうが良いと思う! 大人の人たちって、そこから何をするんだろうね。えへへ」
「うん。いいよ。でも、そうすると状況的にここから始まる」
「ん? ここって?」
瑠夏ちゃんが、俺の後ろを指差した。
振り向くと夜だった。そこには何処かで見たことがある建物と草原が広がっていて──いや待て、これは牛舎と牧草地だ。俺たち家族が営んでいた……。
足元には我が子たち。まだ幼いカイとルナの亡骸が横たわっている。いつの間にか俺の腕の中には最期まで抵抗して息絶えた聖女の妻・メルがいた。
夜を昼に変えるほどのエネルギーの発露。魔素が凝縮されて太陽かと思うほど明るい光の塊の中に誰かいる。
「下等な猿にしてはよくここまで持ち堪えました。ヒトの世界で最強と呼ばれた魔導士ジル・アルフォードよ」
光球の中から言葉を口にしたのは、真っ白な一二枚の翼を広げた女だ。
紫色の瞳の中に、黄金に煌めく魔法陣が描かれた、天界最強の天使。
光で紡がれたような紫紺の髪は、その小さな体に収まりきらない甚大なる魔力のオーバーフローで火花を散らしながらそよいでいる。
その女は、俺へ手のひらを向けた。
「それほどの力を何ゆえ人間如きが欲したのか。神々のみが有すべきものであり求めることすら許し難い」
「わああああああああああ!!」
────…………
ベッドの上で飛び起きる。
すごい寝汗だ。暑い。カーテンの向こうは薄暗くて、朝じゃないと思った。
何か相当な悪夢にうなされていた気がするがきっとそれのせいだろう。頬を濡らす涙を拭い、俺は周りを見回した。
「どうしたの? 夕方までお昼寝しちゃったから悪い夢でも見ちゃったのかなー」
ん──っ、と愛情たっぷりの頬擦りをしてくる母ちゃん。
夢のせいでまだちょっと頭痛が残っているが、幾分マシにはなってきた。
「もうそろそろ起きないと始まっちゃうよ? 今日はお隣の瑠夏ちゃんと一緒に六歳のお誕生会。そうちゃん楽しみだねー!」
瑠夏ちゃんは、偶然にも俺と同じ病院で、同じ日に産まれたらしい。
マンションの隣室に住んでいるから物心ついた頃から一緒にいて、物心ついた頃から自然と好きだった。瑠夏ちゃんに会えるのは、いつもすごく楽しみだ。
瑠夏ちゃんにパンツ見せてもらうためには瑠夏ちゃんに気に入られなきゃダメなので、俺は気分を盛り上げるためにお誕生日仕様の飾り付けを母ちゃんにお願いしていた。あれ? そういや夢でもパンツのことを考えていた気がする。
しばらくして、瑠夏ちゃん一家が俺んちへやってきた。
「そうちゃんちの飾り付け、すっごいねー」
「へへへ。でしょ? お誕生日プレゼントもあるし最高だよね。瑠夏ちゃんはプレゼントに何をお願いしたの?」
「あたし? うーん……あたしの欲しいものはねぇ、お父さんとお母さんからは絶対に貰えないから」
「へぇー」
俺はこんな反応をしたが瑠夏ちゃんの気持ちは凄くよく分かった。めちゃくちゃパンツ見たいという俺の秘めたる願望もさすがに誕生日プレゼントとして親に言う勇気はない。
(あ──……パンツ見たいな……)
【それにするの?】
【いいけど……一回しかチャンスないよ】
【物心ついてから、一番最初に強く望んだ願い。それを叶えるための力を授けるというのが転生させる時の約束だったよね。君だけの力だ。それを瑠夏ちゃんのパンツ見れる能力にする?】
(ええっ……!?)
誰かに俺の切なる願望を勘付かれたのか──いや違う。誰もこっちを向いてない。助かった。
もしかすると近所の魔人たちが心の声で喋ったりしてるところに偶然入っちゃったんだろうか? 魔物は妙な力を使うらしいし、そんなことが出来ても不思議じゃない。
「よーし、蒼真! 景気付けにストラックアウトだ。お前は物を投げるのが好きだからな。おもちゃが当たった俺のおでこはまだ青アザができてんぞ。知ってるか? 野球選手で有名になると何億円も稼げる。大金持ちだ。将来はビッグな大人になれよ。そして俺たちを養ってくれ!」
父ちゃんの言葉でみんなが温かく笑う。
俺は父ちゃんの言う通り、物を投げるのが好きだった。的にバシって当たった時は気持ちよくてやめられない。
だから結構自信があったんだけど、今日の初球は的を外れてどれにも当たらなかった。
「あー、よし、もう一度だ!」
「うん」
あれ。なんでだろ、全然当たらないや。
瑠夏ちゃんが見てるから緊張してんのかな?
「惜しい! だんだん近づいてきたぞ蒼真!」
くそ。イライラする。
いつもより当たらない。明後日の方向にぶっ飛んでる。
力が入ってるんだろうな……次はもう少し下を狙わないと。
絶対に当てたい。
百発百中で的に当てて、瑠夏ちゃんにカッコいいところを見せたい!
【こっちにする? これもまあ強い思いだね】
【どっちでもいいよ。『瑠夏ちゃんのパンツ見たい』か、『百発百中で的に当てて、瑠夏ちゃんにカッコいいところを見せたい』か】
俺がキチガイになった可能性も捨て切れないが声の感じがあまりにもリアルだった。それ以上にリアルなのは、選ばせる欲望がまさに俺の望む二択であり……。
【あー、ごめんごめん。君の記憶は僕が消したからこんなの混乱するよね。あまりにも苦しい記憶だったからそのほうがいいと思ってさ】
【とりあえず、願いを叶えてあげるから一つだけ選んでよ】
あ──っ、もう、うるさいな!
集中できない。俺が黙って固まってるから、みんなが心配そうに俺を見てる。こいつが何者か知らんがさっさと追い払わないとせっかくのお誕生日が台無しだ……ということで二択を真剣に検討する羽目になった。
うーん……どうだろう。瑠夏ちゃんのパンツは見たいけどこの場面でストラックアウトをハズし続けるのは超ダサい。瑠夏ちゃんに嫌われちゃいそうだ。
結局は瑠夏ちゃんに好かれてさえいればパンツなんて後からいくらでも見放題だと思う。
うん。決まったぞ天の声! 「的当て」にする。だから早く消えてくれ!
【わかったよ。君の思いは確かに受け取った】
【『百発百中で的に当てて、瑠夏ちゃんにカッコいいところを見せたい』だね?】
【あはは。有名な野球選手にでもなって、次こそは彼女と幸せになれるように祈ってるよ!】
しつこく俺と会話しようとする天の声の別れの言葉を無視する。
それで俺は的を睨みつけて狙いを定めたんだが。
(……あれ? なんか、これ)
わかる。
どのくらいの力加減で投げればどこに落ちるか。
手からボールを離すタイミング。
指を置く位置によって変化する回転。
その回転によって加わる動きの全て。
「お! すごいすごい! 当たったじゃないか!」
褒められたのが妙に照れ臭くて、俺はうなじの毛をくるくると指で弄る。
いつも思うけど、やっぱ瑠夏ちゃんは笑顔が可愛いなぁ。これでちょっとは俺のことを好きになってくれただろうか。
(よし、もっと当ててやる!)
「おおおっっ! みんな見たかー? こいつは天才だ!」
次の球も、その次の球も。
「おお──……。五球連続か。これはもしかするとマグレじゃないんじゃないか?」
当てて、当てて、当てまくった。
「……九球連続かよ。お前、マジで真剣に野球やろうぜ!」
さらに調子に乗った俺は、このあと九球連続ヒットを五回連続で繰り返す。ここまでやったらマグレと思われることは絶対にないだろうと思って、徹底的に。
これは瑠夏ちゃんも惚れちゃうに決まってる……とドヤ顔を必死で我慢しながら瑠夏ちゃんを横目で確認してみる。
その時の瑠夏ちゃんの表情は、俺の想像とはちょっと違っていて……なんと言うか、さっきまでの楽しそうな雰囲気じゃなくて、見たこともないほど目をキラキラさせて真剣に俺のことを見つめていたんだ。




