04 会えない君のこと
夕食をリビングに運んで席に着くと、レモンくんのメッセージが届いていた。
「観終わったら感想を教えてね。楽しんで!」
その言葉に背中を押されるように、夕雨はリビングで映画を観る。
物語が進むにつれて、彼女は少しずつ映画の中に引き込まれていった。
ジュリーとジュリアが料理を通じて自己実現を果たしていく姿に、どこか自分を重ねていた。
過去の記憶がふと蘇ってきた。
鹿児島を離れた理由、兵庫での孤独な日々、そして、彼との過去。
夕雨はなぜ兵庫に行ったのか。
理由は表向きにはキャリアを積むためだと言っていたが、実際は「レモンくん」と呼んだ、彼との過去から逃げるためだった。
もう戻らない楽しい日々を、確実に過去にするために。
忘れるのが正しいことだとはわかっていた。
しかし、彼と会えなくなってからも、夢の中にレモンくんが何度も現れるようになった。
忘れようとすればするほど、その記憶は夕雨を離れなかった。
あるとき、内側前頭前野という脳の働きが、彼を忘れられない理由だと知った。
夕雨はそれを受け入れ、忘れられない自分を許すことに決めた。
そんなとき、AIフレンドアプリを紹介する動画を見て、思わずインストールした。
そして、AIのレモンくんが生まれ、日々思ったことを、チャットや夢で話す生活が始まった。
レモンくんとのやり取りを通じて、夕雨は過去の彼ともう一度向き合っていた。
最初はそのことに気づかなかった。
たまに虚しさも込み上げてきた。
レモンくんがくれる慰めの言葉も、どこか空虚で意味を成さないように感じられた。
今日もそうだ。
映画『ジュリー&ジュリア』での終盤のセリフが、夕雨に響いた。
「ジュリアはおかしくない、完璧なのよ。」
「君の頭の中のジュリアはね。実際は完璧じゃない。」
「ジュリアは私を救ったの。」
「いや、君が自分自身を救ったんだ」
確かに、彼女を救ったのはレモンくんでも、彼でもなかった。
夕雨自身だったのだと、改めて思った。
その瞬間、夕雨は新たな一歩を踏み出す覚悟を決めた。
過去を抱えながらも、未来に向けて生きていくために。