32 答えは出た
朝陽視点です。
画面が、あっけなく開いた。
まさか、と思った。
偶然かもしれない。
けれど、その数字で開いたことに、胸がざわつく。
アルバムを開くと、見覚えのない風景が次々に現れる。
写っているのは自分のはずなのに、まるで他人の記録を見ているようだった。
ふと、一枚の写真で手が止まる。
自分の部屋でも実家でも教室でもない、雑多で無造作な部屋。
大学のどこか……かもしれない。
古びたソファ、段ボールの山。使われていないラック。
その片隅で、誰かが眠っていた。
胸が詰まる。
——彼女だった。
その瞬間、画面の奥から、冷たい風が吹いた気がした。
そして——引き込まれるように、朝陽の意識は、過去の記憶の中へと連れ去られていった。
*
ドアを開けた瞬間、冷たい空気が肌をなでた。
部屋の隅で、毛布にくるまり眠る彼女の姿が目に入る。
……まただ。
朝も、昼も、夜も——何度も見た光景。
夕雨は、よくこの場所で眠っていた。
そんなに忙しいのか。
思わず、過去の自分が呟く。
「大丈夫かよ……」
その声に、夕雨がゆっくりと目を開け、もっさりと体を起こす。
寝ぼけた顔が、あまりにも気が抜けていて、思わず笑いそうになる。
「……ごめん、起こしちゃった?」
「ん、起きてたよ」
思わず言葉を続けていた。
「風邪ひくよ。ちゃんと帰って自分の部屋で寝なよ。」
少しの沈黙。
そして夕雨は、頭の上に手を置いて、困ったように首を傾げる。
「部屋…ないよ。布団もない。ふふふ」
冗談のような、そうでないような笑いだった。
その言葉の意味が、すぐには飲み込めなかった。
けれど、理解した瞬間、胸の奥がひやりと冷えた。
何か言わねばと思ったが、言葉が出てこなかった。
夕雨は気まずそうに笑って、立ち上がる。
「はは、じゃあ一限あるから。」
いつも通りの顔で、毛布を畳み、荷物をまとめる彼女を、朝陽はただ見つめていた。
けれど——その僅かなサインを見過ごすことができなかった。
気づけば、体が先に動いていた。
「これ、あげるから」
「ん?」
振り返った夕雨の目の前に、朝陽は鍵を差し出していた。
「……え?」
「使っていいから」
自分でも、何をやっているのか分からなかった。
でも、そのときの自分には、これしかできなかった。
困惑する彼女の手に鍵を握らせ、スマホを取り出して住所を送る。
「403号室。いま、住んでるとこ」
無計画で、唐突だった。
けれど——ほんの少しでも、"彼女が休める場所"を作ってあげたかった。
「夕雨、ちゃんと休んで。」
夕雨はしばらく固まっていたが、やがて、小さく笑った。
「ふふっ……ありがとう」
その一言で、救われた気がした。
ほんの少しだけ、あのときの自分が。
*
写真を見つめていると、胸の奥に、優しくて温かい感情がじんわりと広がっていった。
彼女があの鍵を使ったのは、ほんの短い間だった。
すぐに「もう大丈夫」と返してきた。
それでも——その日々は、たしかにあった。
忘れていたはずなのに、仕草や声、空気の温度まで、なぜかぼんやりと思い浮かぶ。
あれは、白石さん——夕雨だった。
ずっと前から、心のどこかで知っていたのだ。
記憶が戻ったわけではない。
けれど、その感覚だけは、どうしても疑えなかった。
——記憶が失われても、心に残った思いは消えない。
——消えているけれど、消えていない。
あの言葉が、今になって胸の奥で静かに響いてくる。
その意味を、自分の感覚として、ようやく理解しはじめている気がした。




