31 気持ちは消えない
朝陽視点です。
朝陽は、黙って医師の言葉を待った。
「でもね。脳って、たとえ処置がうまくいっても、それで全部が元通りになるとは限らない。脳には記憶が“残ってる”のに“出てこない”ことがあって、今の朝陽くんも、おそらくそんな状態なんだと思う。」
朝陽のまぶたが、わずかに揺れる。
医者は、ゆっくり言葉を選びながら続けた。
「……論文とかでも言われてるんだけどね。ちょっと難しいから、少しわかりやすく言うね。たとえ記憶が失われても、心に残った思いや気持ちは、消えないんだよ。……だから、消えているけど、消えてないとも言えるんだよね。」
それを聞いた朝陽は、少しだけ安心したような気がした。
けれど、言葉の意味まではうまく飲み込めなかった。
むしろ自分が、"思い出せるはずなのに、思い出せない"という事実から、ずっと目を背けていたと気づかされた。
今さら胸の奥がざわついて、落ち着かず、何か確かめずにはいられなかった。
*
帰宅後。
朝陽は、机の奥から、事故の直前まで使っていたスマートフォンを取り出した。
事故で破損し、記憶障害のせいでロックも解除できずに放置していたそれを――今、どうしても確かめたくなった。
電源ボタンを長押しするが、反応はない。
胸の奥に、じわりと焦りが広がる。
あわてて充電器を差し込み、10%まで回復するのを待つ。
そして、ロック画面に数字を打ち込む。
入力したのは、夕雨の誕生日。
――そして、答えは出た。




