ピンクの象
――象だ。
晴れた日の午後、ぼんやりと窓の外を眺めていると、空からゆっくりと降りてくるピンク色の物体が目に入った。
思わず身を乗り出して凝視すると、それはピンク色の象だった。象は優雅に空を舞いながら、羽のようにふわりとビルの前に静かに降り立った。
心臓がドキドキと鳴る。信じられない。夢みたいだ。
象は穏やかな目でこちらを見上げると、まるで「こんにちは」と言うように鼻を軽く持ち上げた。
「ねえ! 君はどこから来たの?」
私は窓から手を振りながら問いかけた。すると、象はゆっくりと鼻を空へ向けた。まるで「天国から来た」とでも言っているかのように。もしかすると、この象は天使のような存在なのかもしれない。
私はいてもたってもいられず、二階から下りて、象のもとへ向かった。
私がぎゅっと抱きついた。その体は温かく、少し湿り気があった。象は嬉しそうに鼻を振り、私たちはそのまま並んで街を歩き始めた。象の足取りは驚くほど軽やかで、通りすがりの人々はみな、驚きのあまり目を丸くしていた。ある人はスマホを取り出して写真を撮り始め、ある人はただ呆然と立ち尽くしていた。
その反応がおかしくて、私は笑いが止まらなかった。
「ん、どうしたの?」
急に象が立ち止まった。視線の先にはアイスクリーム屋。ショーケースをじっと見つめている。
「食べたいのね。でも財布がないわ」
私はポケットを探ったが、そもそもポケットがなかった。でも、カサッと紙が擦れる音がした。下着の中に手を入れると、中から紙幣が数枚出てきた。
「待ってて!」
私はアイスクリーム屋に入り、大きなバニラアイスを買った。
象に差し出すと、象は嬉しそうに食べ始め、あっという間に平らげた。その仕草が微笑ましくて、また笑いが込み上げた。
それから、私たちは公園へ向かった。子供たちがジャングルジムに登ったり、追いかけっこをしたりして元気よく遊んでいた。
象は子供たちとすぐに打ち解け、背中に乗せたり、追いかけっこに加わったりして楽しそうに遊んだ。
――こんな日がずっと続けばいいのに……。
私はその光景を眺めながら、そう思った。
けれど、夕方になり、子供たちが帰っていくと、象は静かに空を見上げた。その目はどこか寂しげで、胸がチクリと傷んだ。
「もしかして、帰らなきゃいけないの?」
私が訊ねると、象は小さく頷くように鼻を揺らした。そして、私の手を取り、近くの茂みに連れ込んだ。
「ま、前から……ずっと、き、君のことが、す、好きだったんだ……」
象はたどたどしい口調でそう言うと、体を膨らませてふわりと宙に舞い上がり、私に最後の別れを告げるように大きな鼻を振った。
「さようなら、ピンクの象さん。また会える日を楽しみにしているよ」
私は心の中でそう呟いた。
でも、実際にはこう言った。
「ピンクの象なんて、いるわけないじゃない……」
私は泣いた。薬が切れたことが悲しくて泣いた。勝手に店を抜け出したことを怒られるのが嫌で泣いた。足の裏が痛くて泣いた。こんな自分の人生に泣いた。
象も鳴いた。鼻から勢いよく噴き出した水が私の顔にかかった。その匂いはひどく臭かった。