九 婚約破棄されましたが国を滅亡から救います
広間は、静まり返っていた。
フィリップとクラウディアは連行され、貴族たちは混乱しながらも何も言えずにいた。
そして、その中心にふんぞり返って座るのは、オーヴェスト帝国の若き皇太子、ライマン・シュバイク・オーヴェストだった。
彼はゆっくり立ち上がると、リタール国王の前に進み、静かに告げた。
「リタール王国を、滅ぼさねばならんようだ」
その一言が、広間の空気を一瞬で凍らせた。
「滅ぼすだと?」
「そんな!」
貴族たちは息を呑み、国王はうなだれる。
「ライマン皇太子殿下、それは……!」
ディモア王子が言葉を発しようとしたが、ライマンは冷たく視線を向けた。
「帝国の皇女を侮辱し、貿易協定を私利私欲に利用しようとした。さらに、王族の一部が帝国に敵対する態度を示した。これ以上、リタールを存続させる価値があるか?」
貴族たちは震え上がる。
「ま、待ってください!!」
レント侯爵が必死に叫んだが、ライマンは冷笑した。
「お前たちは何がしたいのだ? 我々をわざわざ怒らせておきながら、滅ぼすのはやめてくれ、と命乞いするのか?」
誰もが言葉を失う中、ただ一人、ソフィアが前に進み出た。
「お兄様」
ソフィアは、静かにライマンを見つめた。
「どうか、そのようなことは、おやめください」
ライマンは彼女を見下ろし、目を細める。
「ソフィア、お前は甘いな。この国は、お前をさんざん馬鹿にして、傷つけたのだぞ?」
「ええ、分かっています」
ソフィアは微笑みながら続けた。
「でも、お兄様。私はリタール王国に全てを否定されたわけではありません。この国には、信頼できる人もいます」
ライマンは眉をひそめる。
「信頼できる者?」
「はい」
ソフィアは静かにディモア王子へと視線を向けた。
「ディモア王子殿下です」
ディモア王子は驚いたように目を見開いた。
ソフィアは続ける。
「学生時代を共に過ごしたディモア王子殿下は、私にとっても憧れの存在でした。殿下は誠実で、公平で、誰に対しても分け隔てなく接してくださいました」
ディモア王子は驚きながらも、静かに彼女の言葉を聞いていた。
「お兄様、もしこの国を滅ぼすのなら、それは彼のような正しい人までも巻き込むことになります。それは、あまりにも惜しいことです」
ソフィアは真剣な瞳でライマンを見つめる。
「ディモア殿下なら、この国を正しく導いてくださるでしょう」
貴族たちはざわめいた。
「ソフィア皇女殿下は、ディモア王子殿下を信頼なさっているのか……」
ライマンはしばし沈黙した。そして肩をすくめながら、ため息をついた。
「ソフィア、お前のその『すぐに人を信じるところ』は、共に過ごした幼いころから、変わってないようだな」
ライマン皇太子は苦笑すると、ディモア王子を見た。
「どうする? お前は、我が国とリタール王国の友好関係修復のため、身を捧げる覚悟はあるか?」
ディモア王子はソフィアを見て、力強くうなづいた。
「はい、もちろんです。私は、この国をより良い方向へと、正していくつもりです」
ライマンはしばらく彼を見つめた後、深くため息をついた。
「ソフィアがそこまで言うのなら」
彼は肩をすくめ、しぶしぶと宣言した。
「貿易協定にもとづく権利は、ディモア王子に託すことにしよう」
その言葉に、貴族たちは一斉にホッとした表情を浮かべた。
ライマンは腕を組みながら、やや不機嫌そうに言った。
「そもそも、私はリタールには、生き別れた妹のお前に再会できるのが楽しみで、その一心でわざわざ来たんだぞ?」
「えっ?」
意外な言葉にソフィアは驚いた。
「貿易利権も、お前の婚約祝いの手土産のつもりだった。それなのに、気がついたら国を滅ぼすみたいな話になってしまっていたな」
「もう、お兄様ってば」
ソフィアは思わずくすっと笑った。
「だったら、最初からそんな怖いこと言わなければいいのに」
「帝国の皇太子たる者、それくらいの威厳は見せておかねばならん」
ライマンは照れくさそうに言った。
「しかし……まさか、お前がここまでディモア王子を推してくるとは思わなかったな」
「だって、ディモア殿下なら絶対大丈夫ですもの!」
ソフィアは満面の笑みで言う。
「絶対に、この国と帝国の関係を良い方向に導いてくださいます! お兄様、間違いありません!」
「そうか」
ライマンは、複雑な表情でディモア王子を見つめる。
「まあ、もしこいつが失敗して、お前の面目を潰したら、すぐにリタールを滅ぼして皆殺しにしてやるが」
「お兄様!」
ソフィアが怒った顔をすると、ライマンはいたずらっぽく苦笑した。
「冗談だよ」
そして、ディモア王子に向き直った。
「頼んだぞ、我が国とリタール王国の未来をな」
ディモア王子は深く一礼した。
「ご信頼、光栄に存じます」
会場の貴族たちは、今までの「ただの養女」と思ってきたソフィアが、国家の命運を左右する存在となっているこを、実感し始めていた。
「ソフィア皇女殿下が、国を救った……」
「なんて尊いプリンセスでしょう」
「彼女こそ、本当に皇族にふさわしい器だ」
そんな称賛の声が、参加者たちの間に広がる。
ライマンは、そんな彼女を見つめながら、静かに言った。
「お前、リタールで色々学んで、ずいぶん立派な皇女になったものだな」
ソフィアは微笑んだ。
「フフフ。ありがとう、お兄様」
こうして、リタール王国とオーヴェスト帝国の関係は、新たな局面が始まろうとしていた。
次回、ハッピーエンドへ!