八 婚約破棄されましたが王子様も助けに来ます
その時、騒然とする会場の扉が、重々しく開かれた。
「国王陛下、ご入場!」
堂々たるファンファーレと共に、声が響いた。
リタール王国国王、ダイオス三世。
そして、その後ろには王妃と、整った顔立ちに知性を宿した瞳を持つ、第一王子ディモア・リタールの姿があった。
「父上……そして兄上?」
クラウディアが一瞬だけ、表情を強ばらせる。
国王が到着したことで、会場の雰囲気は一気に緊張感を増した。
王国の最高権力者が現れたことで、貴族たちはもはや騒ぐこともできず、大広間は静粛に包まれた。
「クラウディアよ、説明しておくれ。なぜ、帝国の皇太子殿下が、ご不快そうにこちらを睨みつけていらっしゃるのだ?」
国王は険しい表情で、クラウディア王女を見据えた。
クラウディアの横にいたフィリップは、ガタガタと震えながら言い訳の言葉を探していたが、クラウディアが先に、軽々しく口を開いた。
「父上、これは帝国の横暴ですわ!」
自信満々の態度で彼女は続ける。
「ライマン皇太子殿下は、リタールの貿易利権を奪うために、リタール王国に圧力をかけようとしています!」
クラウディアの力強い口調に、レント侯爵が横から言葉を添えた。
「我々の独立を守るためには、帝国の圧力に屈するべきではありません!」
ハーディ伯爵も便乗する。
「陛下、帝国の内政干渉です」
「その通りです!」
ボルドンの勇ましい相槌に、フィリップも遅れてはならじと、慌てて言葉を紡いだ。
「リタール王国の貴族一同、帝国の支配に屈するつもりは決してありません!」
それを聞いたディモア王子は、鋭い視線をフィリップに向けた。
「フィリップ、貴様は何を言っているんだ?」
その低い声には、静かながらも強烈な怒気がこもっていた。
「何を言っているんだ、と聞いている」
ディモア王子がゆっくりと歩を進め、フィリップの前に立つ。
「お前がいま吐いた言葉は、本当にこの国のためになると思っての発言か?」
「も、もちろんです!」
フィリップは焦ったように、また新たな言い訳を探す。
「私は、リタールの未来のためを思って……」
バキッ!
突然、鈍い音が響き渡った。
ディモア王子の右の拳が、フィリップの顔面を殴りつけたのだ。
フィリップの身体は吹き飛び、床に叩きつけられた。
会場の貴族たちが息を呑む。
「ぐはっ……!」
口の中に広がる鉄の味。
フィリップは衝撃に耐えながら、よろよろと起き上がった。
「な、何をなさる?」
ディモア王子の目は怒りに満ちていた。
「過去五年間、既に公爵家には、帝国から莫大な利権提供があっただろう。まさか、それを自分の実力で得たものだと、自惚れていたのか? すべては、婚約者だった彼女のおかげで、与えられていたのだ。にもかかわらず、私も知らぬ間に、お前は勝手に婚約を破棄して、彼女を捨てた」
「そ、それは……」
「そして今、お前が言ったことは何だ?」
ディモア王子は、フィリップの胸ぐらをつかんだ。
「帝国の圧力に屈しない、だと?」
彼は鼻で笑う。
「馬鹿者が。我が国は、貿易立国。経済は国の生命線だ。お前がやろうとしていることは、帝国との貿易協定をもて遊び、リタールを孤立させて、亡国へと導く反乱行為そのものだ!」
貴族たちは次第に不安そうな顔を見せ始める。
「そんなつもりでは……」
フィリップが言葉を失っている間に、ディモア王子は次の標的に向かった。
「クラウディア!」
クラウディアの美しい顔が、恐怖に歪んだ。
「な、何かしら?」
彼女は気丈に振る舞おうとした。
「私は正しいことをしているのよ。兄上は、私の自由を尊重するべきだわ!」
「自由?」
ディモアはゆっくり近づくと、その厳しい目つきで彼女を見据え、金縛りにした。
「お前の自由とは、リタールを滅ぼすことか?」
クラウディアは、兄のあまりの剣幕に、もはや何も反論を思いつくことができなかった。
「お前たち二人は、口を開けば、この国の独立のためなどと美辞麗句を吐く。だが実際には、ただ自分の野心のために、貴族たちを煽っただけだろうが!」
「違う、違う!」
「違わない」
ディモア王子は冷然とした表情で告げた。
「たとえ妹であろうと、王族の務めを投げ捨てた者は許さん」
「兄上……」
「その場に、ひざまづけ!」
その言葉に、クラウディアは震える。
しかし、彼女は抗おうとした。
「私が……この私が、膝をつくなどできません!」
「ならば、つかせるまでだ」
ディモア王子は、彼女の肩をつかんで、床に押しつけた。
ゴンッ!
鈍い音が、大広間に響いた。ディモアはさらにクラウディアの頭を後ろから押して、彼女の額を床に強く擦りつけたのだった。
こうして、リタールの王女クラウディアは、オーヴェストのライマン皇太子とソフィア皇女に対し、土下座させられた。
「父上」
ディモア王子は国王のほうを振り返った。
王は深々とため息をつくと、威厳ある声で宣言した。
「オルバリー公爵家フィリップ公子、そしてクラウディア・リタール王女」
クラウディアが、額から血を流しながら、顔を上げる。
「……はい」
ディモアに先ほど殴られて前歯を失ったフィリップが、震えながら答える。
「お前たちを、国家への反逆、および、友好国であるオーヴェスト帝国との外交関係を傷つけた疑いにより、逮捕する。」
その言葉に、会場がどよめいた。
「逮捕⁉」
「拘束されるのか……」
クラウディアは信じられないという顔をした。
「父上、待ってください! 私はリタール王国の王女ですよ!」
「王女であろうと、国を破壊する者は極刑に処せねばならぬ」
国王の言葉は冷徹だった。
「即刻、二人を連行しろ!」
兵士たちが動き出す。
「ま、待て! 私は悪くない! すべては帝国の陰謀なんだ!」
フィリップが必死に叫んで悪あがきを試みたが、もはや、誰も彼に賛同しようとはしなかった。
クラウディアも暴れて抵抗しようとしたが、最終的に兵士たちによって両手両足を捕まえられ、担いで運ばれた。
リタールの王族・貴族たちは、誰一人として声を上げられなかった。
こうして、フィリップとクラウディアは、ついに投獄された。
次回、リタール王国滅亡の危機!