個人企画に参加してみた ①と②それと③ +バンダナコミック01作品
夏休みはちょっぴりハードに──走れ、菊池!!
夏の暑い夜だった。小学生になった僕は、昆虫採集のために自分の頭がすっぽり入るくらいの大きな網と、紐付きの虫かごを肩からかけてカブトムシを探しに出かけた。
この町は田舎風景丸出しで、虫の好きそうな小さな森がいくつもあった。近場の雑木林は小高い山になっていて、採集スポットにちょうど良かった。
「おい、菊池君。ボーッとしてると置いていくぞ」
僕は菊池。菊池っぽい菊池だ。僕を菊池と呼ぶぽっちゃり男子は郷田だ。偉そうで、ひと昔前の◯ャイアンみたいな言動と容姿だ。デブゴンが嫌だというからジャ◯アンになった。
僕は菊池なままだ。しかし立派なあだ名を貰ったよ。JDだ。知らない? ジョニー・デップだよ。同窓会の場で、女子につけられたあだ名だ。あだ名は学校では禁止されていたのに。カッコいいからいいけど。
僕に菊池の名から素敵なあだ名をつけてくれた女子は、クラスの人気ものだった美代だ。大変可愛らしい美少女だったそうな。
「菊池ーー、早く来いって」
「うるさいよ、郷田。暇ならその場でスクワットでもしとけって」
僕かそう言うと、郷田は何故か足踏みしだした。スクワットではないよな。見えない何かと急に戦い出したようだ。
日も暮れていたし、そんなに暑くはない。夏‥‥太めな男。潜みやすい木々の多い土地。そこで二酸化炭素発散しまくりとなれば、逆蚊取り線香状態になる。
「つまり、ジャイ◯ン‥‥じゃなくて郷田よ。美代さんの好みは菊池である僕なんだよ」
ジャイ男とジョニ男では断然ジョニ男が上だろう。
「意味がわからないって。いいから早く行こうぜ。うおっ、また蚊が」
騒がしいやつだ。ただの菊池が美少女に命名されて、JDになったんだよ? そこはもう少し時間をかけて褒める所だ。
「菊池は菊池だろ。美代が言いたいのは菊池が奇人とか変なヤツって意味だよ」
なかなか辛辣な事を言うジャイア◯だ。たしかに自分調べでは、菊池には変わり者が多い。ただそれは菊池という名の分母の数が少ないからそう見えるだけのこと。
あと郷田が美代を呼び捨てにするな。僕だって名字でしか呼んでないんだぞ。
「面倒臭いやつだな。わかったから早く行こう、菊池」
電灯の光の下、栄養たっぷりの柔らかで不健康な郷田の身体が赤く輝き出した。闇の吸血鬼からは、やつの身体は御馳走に見えるらしい。暑いから僕と違って手足の皮膚まで丸出しだからな。
足踏みしながらパチパチとボディパーカッションを始めた郷田。血液型に根拠はないが、さすがO型。酒の効果もあって闇の吸血鬼にモテまくりだ。なかなかダンスは上手いようだ。
あまり刺されると、この御時世だ。中には外来産の当たりを引く可能性もある。それを期待してもいいが、病気の発症まで待つ時間がない。
もう一つの狙いも失敗だ。どうやら蚊程度では、いくら刺されてもアナフィラキシーにはならないらしい。
「なあ、菊池。童心に返ってカブトムシを捕るって騒いだのお前だぞ。行くなら早く雑木林に行こうぜ」
そう────僕が小学生だったのは、気持ちだけ。心は子供、身体は大人。それが菊池の真の姿だ。
おしとやかで美少女の美代も、いまや派手なメイクの令和ギャル。郷田だってあの頃より、お得感五割増セールになっている。
「菊池‥‥お前いい加減にしろよな」
酒を飲んで暗闇の中で街灯の明かりのもとに立てば、面白いくらい蚊が釣れる。郷田が赤く輝くのは自分の肌を叩き過ぎたせいだな。酒も回って語気が荒くなっている。
ちなみに僕は下戸だ。酒の一滴も飲んでいない。菊池って酒のメーカーあった気がするが、僕はその菊池ではないからな。ただの菊池、ただものではない菊池だ。
蛙の鳴き声のする街灯下で、僕と郷田が無言で向き合う。思う通りいかなくてイライラしているようだ。
僕の名は菊池。プロの始末屋だ。田舎から逃げ出したい依頼人の美代さんから、乱暴ものの郷田の始末を頼まれたのだ。
お酒の飲めるようになって初めての同窓会に紛れ込み、美代さんと一緒に郷田に酒を飲ませまくったわけだ。JDのあだ名は、その時にいただいたのだ。
しかし、残念ながら郷田の◯ャイアンの異名は伊達じゃない。酔っても力は増すばかり。酒が入って大暴れするかと思いきや、みんなの前では人が良かった。
依頼とはいえ、僕がちょっかいをかけなければ平和に同窓会が続いていたはずだ。クラスメイト達の視線が痛い。「表へ出ろ!」 って郷田が騒ぐ前に、二人で昆虫採集をしに来たんだ。
「夏休みのいい思い出だよね」
「またわけのわからねぇ事を。菊池、いい加減行くぞ」
郷田は郷田で考えがあるようだ。むかつく僕を雑木林に誘い出し、反吐を吐かせるつもりだ。DB野郎‥‥違ったDV野郎のくせに良く知恵が回る。
あの雑木林は、そうして人知れずダウンされた連中で出来た小さな山だという噂だからな。
それに決してこの街灯の下で、力ずくの行動を取らない理由もわかる。防犯カメラだ。田舎でも凶悪犯罪が増えた。町の要所にこうしてカメラが設置されているのだ。
昆虫採集をしよう──その突飛な提案についてあまり強く否定しなかったのは、無害を装えるからだろう。網と虫かごが借りられたのは予想外だったが。
このままでは埒が明かない。僕は郷田の思惑に乗り、雑木林に向かう事にする。怒りで真っ赤になった郷田の足取りは重く、漂う空気が臭い。
歩を進めるたびに、街灯の明かりが薄らいでゆく。雑木林の近くにも古びた街灯はあるが、防犯カメラはない。ひとの気配も少なめで、車もたまに通るくらいだ。
「!!」
フラフラと歩く郷田の足が止まった。いよいよか‥‥僕は虫採り網を構えた。
「────ヴォぼぇォロロㇿロ゙‥‥」
古びた街灯のもと、郷田は盛大にリバースの呪文を唱えた。あれだけ飲み食いして、藪蚊とダンスを踊れば酒豪の郷田も酔いが回る。
僕は虫かごからマスクと、使い捨ての手袋を取り出すと、前後不覚に陥って倒れた郷田の服を剥ぎ取り、空の虫かごと虫採り網を持たせる。証拠の恥ずかしい写真を何枚か撮ると、轢かれないように街灯の真下へ動かした。
明かりのある所で倒れてくれて助かった。酔っておかしな行動を取った郷田の姿は、通りがかった僅かな地元民に拡散され伝説になるのだ。
仕事はこれで終わった。本来の始末屋と僕の生業では意味が少し違う。借金取りじゃないからね。いまの僕は始末屋の前に、後がつく。
後腐れのないよう郷田の恥ずかしい姿の記録をネタにするのは、リベンジなんちゃらに引っかかるかもしれない。
しかし、酒の席の余興、童心に還った男の憐れな姿に復讐心を感じるものがいるのかどうか。
恐ろしいのは美代さんの注いだ酒の度数の強さだろう。急性アルコール中毒で逝ってもおかしくなかった。僕が下戸で郷田に自分の酒(水)を飲ませていなければ、始末屋として潜り込んだ僕は終わっていただろう。
「ご苦労さま。これで郷田はこの町にいられなくなる。あとは同級生達に暴力で付き合わされていた噂を流して、悲しい私を作っておかないとね」
令和のギャルモデルとして上京する美代さんは、郷田と付き合っていた事実を消したかったようだ。始末屋菊池へ依頼しに来たのも、物理的に始末したかったのかもしれない。
────後日、僕は郷田の元を訪れた。美代さんのあんまりな仕打ちにショックを受けたのか、暴力的な様子は影を潜めていた。悪い血が全部闇の吸血鬼によって吸い出されたのかもしれない。
「さて、デーブ郷田。始末屋として本来の仕事をさせてもらうよ。君にはこれから菊池になってもらう」
僕は始末屋菊池として、最後まで後始末をする。まずは郷田にジョニー菊池になってもらう。美代さんに捨てられ憔悴しているので、ちょうどいい。
「あの悲惨な飛散写真を無効化し、美代さんに復讐したいのなら、走れ! 絞れ!」
自信を失ったジョニー菊池に、同じ菊池として、喝を入れる。闇の吸血鬼も大絶賛する、もち肌のジョニー菊池。彼は美代さんに負けないくらいの可能性を秘めているのだ。
ジョニー菊池として生まれ変わり、夏休みを満喫する子供のように彼は走った。始末屋として本来の意味で節約、倹約でジョニー菊池を身体の芯から磨き上げ、芸能界へと送り込んだ。
その後の二人がどうなったのかは知らない。僕はただの始末屋菊池だからね。
ジョニー菊池からは菊池になって良かったと、お礼の手紙とお中元の品が毎年届く。酷い目に合わせたが、感謝の意味がわからない。
やれやれ‥‥無駄遣いはあれほどやめろと身につけさせたのに。新米の菊池には始末屋菊池の意味を、また一から教えないといけないようだ。
お読みいただきありがとうございます。菊池祭り参加作品となります。
菊池を書きたくて書いたため、読む側にはなんじゃこりゃ? な作品です。