帰還2
プロスト王国の首都にある大神殿の奥。祈りの広間では、神官たちが腰をかがめて、床に何かを描いている。
普段は閉じられ特別な祭典でしか開かれないそこは、彼らの緊張とこれから起こるであろう出来事への期待と不安で不思議な高揚感に満ちていた。
「ふぅ」
シオンは、額に滲んだ汗を拭うと描きあげた魔法陣を不備がないか手に持つ資料と見比べた。
「よしっ」
何度も見直して、大丈夫だと確認し小さくガッツポーズをつくる。 やりきった顔をした皆と頷きあって、「行ってくる!」と、シオンは外へ駆け出した。
同じ頃、プロスト王国の国王であるブラームは、議会に出ていた。
2年前に突然崩御した前王である父から冠を引き継ぎ王となった。予定より若干早い即位であったが、自身も周りも元よりそのつもりであったため恙無く事は進んだ。しかし、だからといって何でも上手くいっているわけではない。
年若い王であるブラームに対し、大臣たちは何かと意見という名の横槍を入れてくる。まだ若いから、経験がない、知らないことが多いと、あちらを立てればこちらが立たず。気にしていたら、進まないと思うがいたずらに衝突を生みたくはない。そんなこんなで、未だ政はなぞるばかりで臣下の腹を探っている最中である。
そもそも、この国の未来は暗鬱としている。
この国は、豊かな大地を持つ大国であった。国庫には余裕があり国民も飢えることなく、おのが務めを果たし、技術の発展も進み穏やかな暮らしを築いていた。それはすべて信仰神ディュパスのおかげである。ディュパスは、この大地を創り上げた神であり、初代国王を見初め自身の一部をその側に置くことで子孫永劫の繁栄を約束したのだ。その一部こそが神の使いとされるアリアーレである。アリアーレは代替わりこそすれ、その身はいつも王のそばにあり不思議な力を持ち人ではない神聖な存在とされてきた。
今の王国にアリアーレは、いない。かれこれ200年ほど不在とされ、なぜ突然いなくなったのか誰にも分からない。今ではおとぎ話のように思う人もいるが絵姿や王家の歴史にも記されておりその存在は、疑いようがない。田舎の方には、実際にその姿を見た人がまだ生きているとかいないとか。
アリアーレがいなくなり、国は少しずつ荒廃していった。天候が不安定になり、作物の実りが悪くなる。大地がやせ、疫病が流行る。隣国が隙をうかがい攻めてくる。その時その時で対策は打ち、持ちこたえてきたがかつての繁栄は翳りの色を年々濃くしている。
なんとかしなければとブラームはずっと考えていた。
即位する前からずっとだ。何かないかと、書物をあさっていたとき見つけてしまったのだ、アリアーレが消えた事について書かれた手記を。
そうだ、アリアーレを再びわが国に!
そうすれば、国に豊かさは戻り自分は大きな後ろ盾を得ることができる。なんとも、浅慮だがこのときはとても良い考えだと嬉しかった。よっぽど疲れていたんだろうと思う。
手記によるとアリアーレは異世界に飛んでしまったらしい。異世界か、とブラームは思った。
この世界には、稀に異世界人がやって来る。でも、異世界人もこの世界の我々も仕組みは分からない。どうやって来るのか、どうしたら帰れるのか。
「シオンに聞いてみるか」
アリアーレのことだ、神殿が何か知っているかもしれない。
その晩、ブラームは見つけた手記を手に馴染みの神官を自室に呼び出したのだった。