表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
守護狐の千年物語  作者: オリオン
プロローグ、少女との絆
9/41

帝の悪夢

周囲は土砂降りの雨の中だった。

眼前には狐色の髪の毛を持つボロボロの妖狐。

そして、13程の少年がその妖狐の前に立っていた。


「はぁ、はぁ……」


彼は周囲に転がる血染めの刃物を手に取る。

鮮血に染まる、その刃を構え

彼はゆっくりとその妖狐に近付いていく。


「……ケホ、ケホ」


眼前の妖狐が小さく咳き込み

彼女の口元から血が吐き捨てられた。

人間ならば、とうに死んでるであろう傷だ。

だが、生きている。相手は妖怪なのだ。

殺さなければ、いつ再び動き出すか分からない。

殺さなければ、その心臓にこの刃を突き立てて。


「はぁ、はぁ……お、お前のせいで」


大きな雨音にかき消されそうになる程に小さな言葉。

歯を食いしばり、ゆっくりと彼は眼前の妖狐に近付く。


「お、お前のせいで!」


妖狐の目は、少年を完全には捕らえていない。

虚ろで、焦点も合ってない。

だが、確かに眼前の少年を見ていた。

刃を向けて、明確な憎悪、怒り、殺意、

そして怯えに震えながら、ゆっくりと。


「お前のせいで! 都は! 私達は!

 私達の千年の歴史は!

 お前のせいで終わったんだ!

 私達の幸せも! 幸福も! 家族も!

 お前が! お前のせいで!」


憎悪の言葉を吐き捨てながら、彼は刃を振り上げた。

目の前の妖狐を殺す。殺してやる!


「……ごめんね、やっぱ……り、恐い……よね」


明らかに自らを殺そうとして居る少年を前に

妖狐は優しく謝罪し、申し訳なさそうに彼を見た。

引き込まれる、魅了されるような美しい瞳。

怯えた、この状況で彼女に魅了されそうな事に。


その状況に恐怖した彼を前に目の前の妖狐は

優しく笑みを向けた。


「元気でね」


優しい笑み、吸い込まれるような笑顔。

憎悪に染まる自分を包み込むような優しい声。

まるで、母に諭されたかのような、そんな感情。

ゆっくりと白く染まる妖狐の髪の毛、瞳の色。

眼前で姿が変わる妖狐。包み込まれるような

憎しみさえ、忘れてしまいそうな。

家族を、国を滅ぼした相手を、何故!

怯えた、彼は心の底から怯え、刃を振り下ろす


「う、うあぁあああ!」

「どうなされましたか!? 豊様ゆたかさま!?」


夢の絶叫と共に、少年は寝床から飛び起きた。

冷や汗を流しながら、周囲を見渡す。

自分を心配してくれる女中の声を聞き

これが現実なのだと実感し、呼吸を整えた。


「はぁ、はぁ」

「豊様、また悪夢を」

「う、うん」


昔、次代の帝としての重責に負けて逃げ出し

とあるあやかしに保護されてから同じ様な悪夢を見る。

恐らく自分と思われる誰かが自分を保護してくれた

あの優しいあやかしを殺す夢だった。

いつも同じタイミングに夢から覚めている。

恐らく自分が刃を振り下ろした時だ。

いつも最後の絶叫と同時に目を覚ます。


「本当に……何であんな夢を」

「どのような悪夢かは存じ上げませんが無理もありません。

 少し前にお父様がお亡くなりになられたのです」

「……そうだと良いんだけど」


彼の名は神宮じんぐう 春乃路豊はるのみちゆたか

僅か13にて先代の帝が病で命を落としてしまったことで

即位する事となった現代の帝である。


帝とは、人間の世界を統治する言わば、人間の頂点。

都の中心にある、宮にその身を置いている。


「はぁ……なんで、あんな夢を」


女中に心配されながら、窓際に足を運んだ。

宮は周囲が湖となっている少し特異な場所に立っていた。

人々の歴史では、神聖な地であるがために

このような場所に宮があるのだと語られているが

現実はそんな物とは違っていた。


事実は遙か昔、新亭よりも前の帝が

三大悪鬼、珠尾の前に騙され

このような場所に宮を立てたというのが実状だ。

恐らくは、自らが帝を支配していると言う事を

都の人々に悟られぬようにする為だろう。


「……豊様、どのような悪夢かは存じ上げませんが

 それは所詮夢ですよ、深く考えることはありません」

「だと……良いんだけど」


誰にも言えない、夢の秘密。何度も見てる悪夢が

まさか同じ夢だとは、誰にも相談は出来なかった。

ましてや、夢の内容が内容である。

自らが人々を守護してくれてる、あのあやかしを殺す夢。

人々からお狐様と慕われる、

今も生きる伝説、錫音様を殺す夢。


夢で見た彼女の姿と、現実の彼女の姿は違うが

あの優しい笑顔と声は、間違いなく彼女の物だった。

自らも、彼女に救って貰った過去がある。

更には1年も共に居たのだ、間違えるはずも無い。


「……」


この悪夢に悩まされ続けるが、詳細は思い出せない。

何故、夢の中の自分があんな場所に居るのか。

何故、周囲には死に絶えた人間の兵士達が居たのか。

何故、あの時の自分は彼女をあそこまで憎悪してたのか。

夢の中の自分が言っていた、千年の歴史とは何なのか。


「分からない……」


今は新亭975年、もし千年の歴史というのが

この新亭の歴史なのだとすれば……もし、あの夢が

ただの夢では無く、正夢なのだとすれば。

25年後に、何か起るのだろうか。


「う、うぅ……」


幼くして帝となり、まだ成長し切れてない彼は

不安に押しつぶされ、涙を流しそうになる。

ただでさえ、新たな陰陽師の長は

問題だらけだという報告ばかりだというのに。

ただでさえ、両親を早くなくして不安だというのに。

自らを救ってくれた、恩人を殺す夢を見ている。

身の程知らずにも、彼女に恋をしてしまったと言うのに。

……あの夢が、あの夢が正夢なのだとすれば

自らの両親が死んだのは彼女のせいという事にもなる。

分からない、分からない。不安で押しつぶされてしまう。


「分からないよ、お父様、お母様……」

「豊様……」


涙を流す帝に女中は優しくよりそう。

まだ幼い帝が、少しでも落ち着きを取り戻せるように。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ