表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
守護狐の千年物語  作者: オリオン
プロローグ、少女との絆
8/41

守護の狐

鵺、本来、力を持った悪鬼は人の姿に変化する。

だが、一部の悪鬼は人の姿を取らない。

異形の姿をした、初期段階の悪鬼の場合

名はそのまま、異形型と命名されている。


虫型や獣型。人の姿にならない初期段階の悪鬼。

あまり力は強くないが、子供達から霊力を奪う悪鬼の

殆どはこの異形型である。


この異形型がいくらかの霊力を奪い変化するのが

天狗や河童など、名を持つ人の姿をした悪鬼。

この人型の悪鬼は生まれてすぐにその姿になる場合もある。

こう言う種は生まれてすぐに多大な力を持っており

非常に強力な妖怪となる。

錫音が属する、妖狐族もその類いの妖怪と言える。


逆に大した霊力を奪えなかった悪鬼は潜伏型。

人から多く霊力を奪えぬ人に擬態した悪鬼となる。

都や村に潜伏し、人に寄生する悪鬼である。

大した力は無いため非常に弱い。

だが、人に害をなすことに変わりなく

主に陰陽師がこの潜伏型に対処している。


そして、変異型。これは非常に珍しい悪鬼だ。

異形型が過剰に霊力を吸収して変異した悪鬼。

並の悪鬼よりも強く、村等容易に滅ぼせる危険種だ。

更には霊力に高い耐性を持つ為

霊力を扱う力が主な陰陽師とは相性が悪い。

完全無効ではない為、莫大な霊力なら勝算はあるが

半端な霊力では、変異型に食事を与えてるに等しい。

故に陰陽師の天敵に近い。本物の天敵程では無いが。


「……あれだね」


空を飛ぶ巨大な鵺を見て、錫音は小さく呟く。

獅子の顔、蛇の尾、鷹の翼、熊の胴体、猿の手足。

まさに異形、まさに異質な姿。


「空を飛んでるなんて……厄介だけど何とかしないと」


その両手には、花時雨と白時雨が握られていた。

この鵺は、変異型の中でも錫音が相対した悪鬼の中で

最も強い悪鬼だろう。無論、あれよりも強い悪鬼は居る。

だが、その様な悪鬼は節度を守ってる場合が多く

都を襲撃などは決してすることが無い。


当然だ、人間が滅んでしまえば食える人間が滅びかねない。

それを理解している人型の悪鬼は都を襲うことは無く

それを理解してない弱い異形型は陰陽師で対処出来る。

だが、あれは違う。変異型の中でも莫大な力を持ちながら

知性の欠片も無い、獣の様な悪鬼。

この悪鬼を放置しては、都の被害は甚大だろう。


「絶対に守る。ここは、人間達の楽園だ。

 お前なんかが食い散らかしていい場所じゃ無い!」


鵺は錫音を見付け、大きな雄叫びを上げる。


「ぐ!」


同時に、錫音に向けて強力な落雷が飛んで来た。

だが、実際の雷ほどの速さは無い。

錫音は素早くその落雷を回避する。


「厄介だね!」


落雷を回避し、鵺に接近しようと駆け出すが

鵺が爪を振うとカマイタチのような攻撃が錫音を襲う。


「くぅ!」


この攻撃を避ければ都に被害が及ぶ。

回避という選択を取れない錫音は

その攻撃を防ぐ事しか出来なかった。


自らに飛んで来た攻撃は刀で防ぎながら

広域を陰陽師から学んだ結界で防いだ。

錫音は妖怪でありながら、霊力を持つ稀少なあやかし。

霊力を持つ妖怪は崎神族さきがみぞく白式族はくしきぞくという、

式神が変異した妖怪を除けば錫音を含めて2人だけ。

それだけ、非常に数が少ない。


錫音は長い時を生き、自らに眠る毒に等しい霊力を操り

結界術等をマスターしていた。

だが、霊力は本来、妖怪からすれば毒だ。

彼女はその足枷を上手く操り戦いに応用していた。


「やっぱり厄介だね……空を飛ばれるとどうも」


花時雨に霊力を流し、結界を展開しての防御。

白時雨には妖力を流し、攻撃用に用いていた。

花時雨は左手、白時雨は右手。

右手に妖力を纏わせ、左手に霊力を纏わせる。

これは、彼女の利手によるとことが多い。


彼女は右利きである。

それ故に放出しやすい力、

妖怪本来の力である妖力は

右手から放出されており

放出しにくい力である霊力は

左手から放出されてる。


「……くぅ!」


激しい鵺の攻撃。

上空の相手に決定打を与えるのが困難であるが故に

錫音は防戦一方の戦いを強いられている。


このままだと不味いのは分かるが、攻めようが無い。

他の姉妹達の様に、妖狐族としての特殊な力があれば

まだ戦い様はあるのかも知れない。だが、彼女にそれは無い。

彼女にあるのは、ただ邪魔でしか無い霊力だけだった。


このままだと追い込まれる。妖狐族の基本技術である

狐火を用いたとしても、上空の相手に決定打は与えられない。

距離が近ければまだしも、今の距離は致命的であった。

ならばと接近しようと近付きすぎれば、都が被害を受けかねない。


「接近できない……接近しようとすれば都が不味い。

 くぅ、宝龍ほうりゅう達の主位強い陰陽師が居れば

 守りを任せる事は出来るだろうに……

 うぅ、玄王げんおう来ないかなぁ

 はは、いや無理か、他の村が危ないし」


最高峰の守りを誇る仲間の名を彼女は思い浮かべた。

だが、玄王はこの場には来れない。他の村を守る為だ。


「……もしかしたら、援護してくれるかもだけど

 そう言うのを期待して被害が出ても不味い……」


上空の相手を前に攻めあぐねている。

彼女は色々な可能性を想定するも

どれもこれも、あまりに大きなリスクが生じる。


多少のリスクを承知で仕掛けて都に被害が出たら?

そもそも、そのリスク承知で仕掛けたところで

上空の相手に決定打を与える事が出来るのか?

色々と考えるも、このままだと不味いという状況は変わらない。

やるしかない、速攻で仕掛けるしかない。


「仕方ないよね……玄王、最悪の場合は頼んだよ。

 このままだと不味いから……出すよ、本気」


錫音は髪の毛を解いた。同時に鋭い瞳を鵺に向ける。


「……やるよ」


瞳を見開くと同時に、錫音の髪の毛が一瞬で

濃い狐色に変化した。

空色の瞳も変色し、濃い狐色の瞳となる。

まるで吸い込まれるほどに暗く濃い狐色。

両方の瞳が、普段の錫音とはかけ離れている。

今までの優しい瞳から、残虐な瞳。

ただ、獲物を睨み付けてる狩人の様な瞳へと変わった。


今まで、彼女にあった霊力は消え失せ

優しい気配は完全に無くなり

異常な程の妖力が溢れ出した。


更に1本しか無かったはずの尾が九本に増える。

これが九尾状態。錫音の本気だった。


「速攻で! 終わらせる!」


さっきまでの速度とは比にならないほどの速度だ。

元より、錫音の動きは非常に素早いのだが

今の状態は他の追従を許さぬほどだ。

速さに自信がある天狗よりも素早い速度。

鵺はその動きに驚く事すら出来ずに

眼前に錫音の姿を見た。


「落ちろ」


鵺はその瞬間、自らが狩る側では無く

狩られる側だったのだと理解しただろう。

錫音の一撃に気付くことが出来ず、鵺は顔を斬られる。

派手に血飛沫をまき散らしながら

断末魔を上げ、鵺は地上に落下した。


「はぁ、はぁ、はぁ……ふぅ、はぁ」


鵺を叩き落とし、錫音は呼吸を整える。

これはあの動きで体力を消耗したからでは無い。

この九尾状態は諸刃の剣なのだ。

自らの霊力を全て自分の妖力に食わせ

一気に妖力を増幅している状態ではあるが

それは同時に、激しい飢餓に襲われるのに等しい。


本来、妖狐族は人間から霊力を奪う悪鬼なのだ。

霊力を奪いたいという衝動は妖狐族からすれば

まさに食事に等しい。


妖狐族からすれば、人間の霊力は極上のご飯。

人間から霊力を奪うのは食事をするのと変わりなく

この衝動を抑えられるのが異常なのである。


「はぁ……ふぅ、だから、嫌なんだよね……」


少しだけ涎が出そうになるが、それを必死に押さえた。

背後には極上のご飯が転がってるこの場面。

冷静さを失わず、その衝動を抑え続ける。


「ぎぎゃぁ!」


地上に落ち、焦りを浮かべながら鵺は錫音に仕掛ける。

だが、錫音は一瞬だけ鵺を見て、刀を振った。


「が……」


家1軒は簡単に潰せる位の大きな腕が

一瞬の間に両断された。


「はぁ、ふぅ……さ、後は首を落とせば」

「ぎ、ぎぎゃぁああ!」

「あ!」


怯えながら、最後の抵抗として放たれた攻撃。

炎の様な攻撃は非常に範囲が広い。

このままだと都に被害が及ぶ。

最後に自らでは無く、都を狙う抵抗。

知性がないはずなのに、まるで錫音のことを

よく分かってるかのような抗いをする。

野生の本能に近いのかもしれない。


「もう!」


急いで都を庇うように錫音は移動し、鵺の攻撃を両断した。

鵺の攻撃を断ち切ったのは白時雨であった。

鵺の血で血塗れ、その炎をあっさりと両断する様は

まるで悪鬼と見紛う程だ。

鵺の視線から見れば、どれ程恐ろしい姿であろうか。


「ぎ、ぎ!」

「あ!」


怯える様に鵺は飛び立った。完全に逃げる事に特化してる。

あまりにも高い、このままだと仕留め損ねてしまう!


「うぅ! ここに来て逃げるなんて!」

「す、錫音様!」

「え!?」

「こ、これを!」


都から、巨大な弓が錫音の元へ運び込まれた。

都の人々は、今の錫音を見て怯えを見せてしまう。

それだけ、錫音の瞳は鋭く、また恐ろしいのだ。

まるで、自分達が獲物として見られてるかのように。


「あ、ありがとう」


食いたい、霊力を奪い尽くしたい。

そんな衝動に襲われながらも、錫音は弓を受け取った。

必死に自分を抑えて、欲望を抑えつけて。

巨大な弓、そして、巨大な矢を受け取った。


「この弓は天穿あまうがち、私達の技術の粋!」

「うん……ありがとう。逃がさない、ここで仕留める!」


常人ではとても扱えないほどの巨大な弓矢。

大の大人が数十人で弓を引こうとも引けない程だ。

武器としては何処までも欠陥品だが

錫音であれば、その弓矢を扱う事が出来た。


「ここで終りだ、鵺!」


小さな錫音の一言と同時に落雷のような轟音が響く。

あまりにも異常な速度で放たれた矢は

一瞬で鵺の心臓を穿つ。


「あ、ぎ……」


錫音が放った天穿の一撃は鵺の心臓を捕らえたが

そもそも、そんな所を狙うまでも無かった。

矢が刺さった瞬間、鵺の胴は汚らしく両断された。

何処を狙おうとも、当った瞬間鵺は死んでいた。


「す、凄い威力だね。これ、九尾状態じゃないと

 まともに扱えないかも」

「やった! 錫音様!」

「今の私に近付かないで!」

「ひ! は、はい……」


怒号に等しい叫び声。普段の優しい錫音を知って居る

都の人々は明らかな異常を感じ、怯えを見せた。


「ご、ごめんね……い、今は駄目なの……はぁ、はぁ

 わ、私、すぐ帰るね……」

「ま、待ってください、お、お礼を……」

「いや、今は駄目だ」

「宝龍……」


都の人々達の前に宝龍が姿を見せた。

あやかしの国を支配する崎神族のトップ。

崎神族、最強のあやかしが彼女である。


「き、来てるなら、て、手伝ってよ……

 本気、出しちゃったじゃん」

「すまない、来るのが遅れてしまった」

「い、忙しいもんね……宝龍は……はぁ、ふぅ」

「……もう少し早く来られたら。すまない。

 とにかく帰ろう、錫音」

「う、うん……」


宝龍は錫音に触れ、即座にその場から移動させた。


「す、錫音様は何処に!」

「あやかしの国だ。お礼は……最低でも1年後だな」

「は、はい……あの、錫音様のあの姿は一体!」

「本気を出した錫音だ、反動がでかい諸刃の剣。

 だが、彼女が彼女であることは変わりない。

 君達が襲われてないのが何よりの証拠。

 あまり怖がらないであげてくれ。

 私が来るのが遅れてしまった。それが悪いんだから」

「あ、あの、宝龍様……」

「何だ?」

「錫音様に、ありがとうございましたとお伝えください」

「あぁ、任せろ」


その1年後、錫音は天穿を都から礼として受け取り

再び、子供達を守る為に活動を再開した。

その後、新亭575年、人間国宝、雪妻由紀恵はその生涯を終えた。

その報が錫音の耳に届いたのは由紀恵の死後、30年後だった。

非常に遅れて伝えられた報を聞き、錫音は涙を流す。

だが、都には向かえなかった。そんな余裕は今の彼女には無い。

悪鬼の動きが鵺襲来後、活発になりすぎている。

1人でも多くの命を救うために、時間は無駄には出来ないのだから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ