陰陽師の天敵
自身の眼前に居る、圧倒的な強者。
頭を隠している頭巾が僅かにピクピク動き
その下に、耳が生えているのだと分かる。
暴食の妖狐、大軒。名を聞いた事が当然あった清美は
明らかな焦りを見せながら、符を取り出す。
だが、冷や汗が収まらない。
大軒は陰陽師の天敵。そう、宝龍達から
聞いていたからだった。
「そう言えばあなた、ご飯食べた?」
「え? あ、えっと」
「はい、胡瓜あげる。河童は好きでしょ? 胡瓜」
「え? あ、ありがとうございます」
「何してんのよ! 舐めるな!」
大軒が近くの河童に胡瓜を渡してる隙に
清美は霊符を彼女に投げて攻撃を仕掛ける。
霊符は彼女に確実に触れた。
「まずは……あれ!?」
「ん? 御札だ」
大軒は自分の肩に張られた札を剥がして破った。
あの札には大量の霊力を込めて居たはずだ。
接触し、起爆するように意識すれば起爆するように。
だが、起爆もしなかった。彼女に触れた瞬間に
霊符はただの紙切れの様な形になったのだ。
何の影響もない。ダメージも無い。
大軒は御札を破り、再びおにぎりを口に運んだ。
「んー、御札は食べられないからなぁ。
いや、羊は紙を食べると聞くし?
案外食べられたり?」
そんな事を言いながら、大軒は紙切れを口に運ぶ。
だが、即座に表情を青ざめさせ、札を口から出す。
「うえー、やっぱ不味いや、流石に無いなー」
そう呟いた直後、黒紫色の炎が札を即座に包み
一瞬の間に札は消し炭にされてしまった。
「な、ならこれで!」
今度は霊針による攻撃を大軒に仕掛けるも
霊針は大軒に近付いた瞬間に爆発することも無く
砕け散り、大地に金属音を鳴らしながら転がった。
「流石に金属は無理だって分かるよー」
「な、何で!」
自分の攻撃が一切効果がない状況を見て
清美は明らかな焦りを見せる。
結界は触れただけで破壊され
霊符はただの紙切れの様に無力化され
霊針はさも当たり前の様に砕かれた。
相手が一切動く様子もなく、焦りも無い。
何の焦りも無く、ただひたすらに食事をしている。
「あ、あはは! 良いかも!」
「く! 河童!」
この状況で勝機を感じたのか、柳が一気に仕掛けてくる。
彼女は最初と変わらず、妖力で出来た刀で攻撃を仕掛け
清美は、その攻撃を何とか避けてみせる。
「ふーん、河童は妖力で武器を作るんだ。
萩花みたいな戦い方するんだね。
まぁ、動きは全然なってないけど」
河童の攻撃に合わせて何かをする事も無く
大軒は饅頭を取りだし、のんびりと食事をした。
「うはー、饅頭はやっぱり美味い。
甘いの好きだしー、霊力も美味しいけど
やっぱあれね、人間は料理が上手だと思うわー。
まぁ、錫音の料理程じゃ無いけど。
久々に私にお菓子作ってくれないかなぁ」
饅頭を味わいながら、少しだけ嬉しそうに笑みを見せる。
清美には大した興味を示さず、食事に集中している。
まるで相手にされていないと感じ少し腹が立つが
まずは眼前の河童を排除することを彼女は選ぶ。
「あんたはさっさとくたばれ!」
「動揺してるね! さっきよりも動きが鈍い!」
「くぅ! 面倒くさいわね!」
さっさと河童を排除する為に清美は札を投げた。
「な! しま!」
「吹き飛べ!」
「あ、それは貰うよ」
「なん!」
河童に張った筈の符が、一瞬で燃え尽きた。
まるで大軒に吸い込まれるように。
「よ、よし! そこ!」
「うぐ!」
柳の攻撃を結界で防いだ。
だが、結界は一瞬しか姿を残さず
そのまま大軒に吸い込まれるように消えていった。
「い、いける! このまま!」
「クソ! 最悪!」
柳は能力を発揮できているというのに
自らは大軒に妨害され、霊力を上手く扱えない。
霊力を用いた攻撃は全て吸収され
霊力を用いた防御も一瞬で無力化され吸収される。
本来なら、眼前の河童を狩る事は容易だというのに
大軒という邪魔者のせいでまともな攻防が出来ない。
この状況を前に、清美は焦りを募らせていく。
「よし、死ね!」
「しま!」
焦りにより、隙が生じてしまった瞬間だった。
柳が即座にそのすきに対して攻撃を仕掛けてくる。
清美は当然、結界を用いて防ごうとするが、
結界は即座に消されてしまう。
このままだと攻撃を防ぎようが無い。
最悪の状況を彼女は想定するが
「させない!」
「な!」
その隙を、周囲の避難指示を出していた
式神が防いでくれた。
「何!」
「ココ!?」
「清美様! 相手が悪いと思うんですけど!?」
「何を!」
「あれは大軒……私達の天敵だって宝龍様が!」
「知ってるわよ! でも、やるしかないの!」
この場面で逃げるという選択肢は無い。
少なくとも、眼前の河童の長を排除しなくてはならない。
長く姿を眩まし、村々を滅ぼしてきていた相手。
それを今、退治できる寸前まで追い込んだというのに。
もしこの気を逃せば次、いつ排除出来るか分からない。
もしもこの場で逃がしてしまえば、被害は止まらない。
怠惰な態度を取っている清美ではあるが、責任感はある。
自分が堕落していたせいで、帝に苦労を掛けてしまった。
だから、ここでこの河童を殺しきりたい。
彼女はそう思いながら、再び刀を強く握る。
「少なくとも、この河童はここで仕留める!」
「あ、あはは! そんな事、出来る訳無いでしょ!?
だって今は大軒様が居るんだから!」
「様って呼ばれるのは慣れないんだよね。
だって私、人の上に立つつもり無いし?
のんびりご飯食べるのが好きだからさ」
「じゃあ消えなさいよ! 邪魔なんだから!」
「言ったでしょ? ご飯を食べたいの。だから
あなたの霊力はしっかりと食べてあげるね?
私は暴食の妖狐。食べるのが大好きなの。
本来ならあなた達に触れて、
その霊力全てを食い尽くしたいんだけどね?
だって、霊力は最後の一滴が1番美味しいんだもん。
死にかけた人間が最後に絞り出した霊力は
本当に格別な美味しさがあるの。でもー、でもね?
人を殺しちゃったら錫音と決別しちゃう。
それは嫌だから我慢してる。
だから、殺しはしないよ? 少なくとも私はね?
でもどうなんだろう。式神を殺すだけなら
錫音も許してくれるかな? 人じゃ無いし」
「う……」
最後の言葉を聞き、ココ達は焦りを見せる。
彼女達も理解している。大軒は自分達の天敵。
完全に清美の霊力により出来ている彼女達は
霊力を食らい付くせる大軒に掴まれば
完全に霊力を喰い尽くされ、消えてしまう。
もはや命は無い。そこまで厄介な相手なのだ。
「でもなー、変に式神を殺して錫音に怒られたら
流石に恐いから、我慢しよっと」
「よ、よし……まだ何とかなるかも」
「錫音様に感謝しないと……」
「クソ、なんで妖狐なんかに感謝してるのよ」
「だって、錫音様があやかしじゃなかったら
大軒は私達を容赦なく殺しますよ?
それ位、清美様だって理解してるでしょ?」
本当に悔しいが、式神達が言ってるのは事実。
何度も大軒に仕掛けたことで、流石に理解できた。
相手が悪い、悪すぎる。大軒が本気で自分達を殺しに来れば
自分は何も出来ずに殺されてしまう。
まさに陰陽師の天敵……霊力を扱う戦い方だけでは
絶対に勝てないと確信出来た。
「クソ……でも、今は後よ……まずは河童を狩る!」
悔しい思いはあるが、やるべき事をやる。
少なくとも目の前の河童だけは必ず葬る。
それが、陰陽師の長として取るべき行動なのだ。
清美はそう決意を決め、小さく深呼吸をした。




