必死の思い
新亭515年。
都の有名な刀鍛冶に才能を見出して貰い
奇跡的に弟子となった由紀恵。
圧倒的な熱意と圧倒的な才能は周囲を湧かした。
女性初の刀鍛冶として、由紀恵は期待をされて居る。
だが、由紀恵が刀鍛冶となってしばらくの時が経ったが
納得出来る刀が出来なかった。
「違う……駄目だ、こんなんじゃ」
あの時見た、最高の名刀、白時雨。
その名刀と並んで遜色しない刀。
それを作らなければと努力しようとも
あまりにも非情な現実に何度も打ちのめされる。
それは、当然でもある。錫音が白時雨のみしか
刀を持たない理由でもあった。
由紀恵の様に錫音に刀を贈りたいと
そう思う子供は何人も居ただろう。
だが、決して目標の刀を打つことが出来ない。
錫音が腰に付けてる白時雨はまさに天下の名刀。
その名刀に並んで遜色しない刀など
そう易々と打てるはずも無かった。
ちょっとした才能程度では駄目だ。
圧倒的な才能を持ってなければ成せない。
白時雨自体が圧倒的な才能を持つ少年が
その才能の全てを使い打った名刀なのだから。
圧倒的な才能は所詮は始まりでしか無い。
「由紀恵、もう良いんじゃ無いか?
俺の目から見れば、それは最高の刀だ。
俺なんかじゃ、とても打てない1品」
「いや、まだ! こんなんじゃ駄目だ!
こんなの、全然ナマクラだよ!」
都で同じ師の元で学んだ仲間の言葉も
今の由紀恵にはとても届かなかった。
由紀恵が目標とする白時雨と比べれば
彼女が打った刀は所詮はナマクラ。
だが、他の刀と比べれば十分過ぎる業物。
由紀恵の師匠は由紀恵のその才能に感動し
女性でありながら、彼女を弟子とした。
当然、その才能は全ての弟子の中で突出している。
だが、そんな彼女であれど、目標となる刀は打てなかった。
「まだだ、まだもっと……何か、何かが違うんだ。
白時雨と私が打つ刀は、何かが根本的に違う」
長い時間研鑚して彼女が辿り着いた疑問である。
何かが違うのだ、白時雨と由紀恵が打つ刀は何かが。
それがどう言った物か、
それを言語化することは出来なくとも
絶対に何かが違うと言う確信は彼女にはあった。
周囲を魅了するような、圧倒的な輝き。
宝石のような刀……そして、感じた雰囲気。
そう、まるで錫音の様な雰囲気を由紀恵はあの時
刀から感じていた。
「あの輝き、魅了されるような美しさ。規則正しさ。
何だろう、何だろう……思い出せ、思い出せ。
そして考えろ、どうすれば良いのか」
「由紀恵……」
ひたすらに刀と向き合う由紀恵を
仲間は見ることしか出来なかった。
だが、何年経とうと刀は出来なかった。
いつしか、由紀恵に向けられていた期待は消えていく。
いつまで経っても世に出ない刀。
それにより、世間の関心は彼女から離れる。
仲間の関心も少しずつだが離れて行った。
師匠もそうだ、ずっと刀を打てない由紀恵を
少しずつ見放して行っていた。
「……駄目だ、もうお金が」
だが、あまりにも拘りすぎてしまった結果
彼女はいつしか金銭の余裕が無くなってきていた。
働きながらの刀鍛冶など出来る筈も無い。
自身が最初に世に出したいのは恩人である
錫音にと思っていたが、
そんな事を思う余裕も無くなってきた。
「由紀恵、刀を売るのか?」
「うん、出来の悪いナマクラだけど、もう売るしか」
「でも、君が最初に刀を渡したいのは
君を救ってくれた
錫音というあやかしなんだろう?」
「うん……」
一緒に鍛錬していた仲間に由紀恵はその夢を語っていた。
自らがどうして刀鍛冶になったのか。
当然、誰かに語りたいと思っていた彼女は
仲間にも伝えていたのである。
「なら、その目標を目指すんだ。
きっと中途半端に妥協すれば
君が思う、最高の刀は出来ないと俺は思う」
「で、でも、私はもうお金が無いんだ。
このままじゃ、刀を打つことも出来ない」
「なら、俺が君を養ってやる」
「え? 何で?」
「俺も見て見たいんだ、君が打つ最高の刀を。
君の熱意をずっと見てきた俺には分かる。
君は最高の刀を打つことが出来るって。
でも、その最高の刀は少しの妥協を許した地点で
出来るような物じゃ無いと俺は思うんだ。
それに、満足出来ない物を誰かに売るなんて
刀鍛冶としては許せないだろ?」
「……そう、私もそう思う。
でも、迷惑を掛けるわけには」
「迷惑なんかじゃ無いさ、俺が君が打つ
最高の刀を見たいからこう言ってるんだ。
由紀恵、俺に手伝わせてはくれないか?」
刀鍛冶として、満足できない刀を売りたくは無い。
だけど、お金が足りないと言う状況であった彼女に
彼の言葉は願っても無い申し出であった。
「俺は雪妻家の長男、雪妻藤一だ
最高の刀を見るためなら、何だってしてやる。
刀鍛冶の一族として、絶対に見て見たいんだ。
君の打つ、最高の一振りを」
「……分かった、ありがとう、藤一君」
「気にするな! さぁ、由紀恵! 最高の刀を」
「うん、頑張るね、私!」
彼女は最高の相棒を得る事が出来た。
藤一は決して彼女を無下にはすることも無く
本当に彼女の面倒を全て見てくれた。
料理も、家事も、お金稼ぎも全てだ。
そして、常に由紀恵を励ましてくれた。
君なら出来ると、毎日の様に。
そして、新亭520年。長い年月を掛けて
由紀恵はついに、ある答えに辿り着いた。
「これだ! 霊力! 刀に霊力を込める方法!」
由紀恵が辿り着いた答えは、刀に霊力を込める事で
より、刀の強度と切れ味を跳ね上げることだった。
霊力というのは、人間であれば誰でも持って居る。
悪鬼が人間を襲うのは、その霊力が欲しいからだ。
そして、霊力は変換して何かに付与することが出来る。
これは陰陽師達がやっている事である。
既にその様な技術があるのであれば、自身も上手く扱えば
陰陽師のように霊力を何かに込めることが出来る。
その方法に独自の研究の末に辿り着いた彼女は
自らが打つ刀に霊力を込めることで
より鋭く頑丈な刀を作る事が出来た。
霊力を込めて打たれた刀は
まさに悪鬼を殺す為の刀である。
「出来た……出来た! 藤一! 出来た!」
「本当か!?」
由紀恵はすぐに自分を支えてくれていた藤一に
その刀を見せる事にした。
藤一はその刀を見て、一瞬で魅入られる。
「す、凄い……今まで俺が見てきたどんな刀よりも
美しく、魅了される刀だ」
宝石の様な刀身の輝き、見た者を一瞬で魅了してしまう
花吹雪のようなな美しい刃文。
これが、初めて自身が納得出来た最高の一振りだった。
「ありがとう、藤一。あなたのお陰だよ」
「いや、俺の方こそ感謝するよ。
こんな最高の刀を俺に見せてくれて。
本当にありがとう!」
2人は顔を見合わせ、笑顔を見せる。
「でもね、問題があるの」
「問題?」
「うん……実は錫音様が何処に居るのか分からない」
「致命的な問題だな!」
刀を打つことばかりに集中してしまったが故に
1番大事な部分である、
贈りたい人の居場所を探すと言う事が出来て居なかった。
最高の一振りが出来たと言うのに。
「うー! どうしようかなぁ! 錫音様見付かるかなぁ!」
「とにかく探してみよう!」
「そ、そうだね、都だしもしかしたら!」
もうひたすらに探す事にした。
まずは都を全土探すという事に。
しかし、結局見付からなかった。
このままだと不味いと感じた2人は
縋るような思いで、陰陽師に話を聞く事にした。
「錫音様を探していると?」
「はい! 陰陽師って悪鬼退治をしてるから
もしかしたら、錫音様の場所を知ってるかと」
「うーん、非常に残念な知らせとなるだろうが
錫音様は都には殆ど来ないんだ」
「え!? どうしてですか!?」
「錫音様は色々な子供達を救う為に方々を巡ってる。
その為、我々という守護者が滞在しているこの都には
あまり錫音様が姿を見せることが無い」
「そんな!? で、でもあまりですし
たまには来るんですよね?」
「あぁ、たまにはね、だが錫音様が来るとなると
それは都に我々陰陽師でも手に負えないような
危険な悪鬼が来たときくらいだろう」
「え!?」
錫音様はこの都には来ないし、来るとしても
非情に強力な悪鬼が来たときくらい。
だが、都に危険な悪鬼が来た場合に来ると言うことは
都に危険な悪鬼が来た際に知らせる手段があると言う事。
「でも、危険な悪鬼が来たときに来てくれるのであれば
錫音様に悪鬼の襲来を伝える手段があるんですよね!?」
「あるにはあるが」
「じゃあ、それで!」
「駄目だ、私用で安易に使うべきでは無い。
1度でも私用で使ったという事例が出てしまえば
今後、その様な手段で使う者が増えかねない。
錫音様の貴重なお時間を下手に使ってしまえば
それにより命を落とす者が現われかねない」
「そ、それは確かにそうですけど」
「だが……あやかしに話をすればもしかすれば
錫音様の耳に入るかもしれないな」
「た、確かにそうですね!」
「だが、我々は案内出来ない。
流石にそこまで手を貸すのは良くないからな」
「わ、分かりました」
素直にお礼を言い、今度はあやかしを探す事にした。
都に居るあやかしの噂は聞いたことがある。
確か都に潜む力の弱い悪鬼を倒してるあやかしが居ると。
所詮は噂でしか無いが、信じて探すほか無い。
下手に都の外へ出ようとも、あてもなく彷徨っては
絶対に見付ける事など出来ないのだから。
そして、とある団子屋さんにて
少し雰囲気が違う人物を見付けた。
「うまー」
違和感があるくらいに真っ白の長い髪の毛と
確か山伏だった筈だ、その服装をしている。
山伏を着るのは修験道をする物と相場が決ってるが
彼女はとてもじゃないが、そんな雰囲気では無い。
後、背中の服が不自然に浮き上がってるように見える。
まるで翼を隠してるように。
「いやぁ、やっぱり都は良いなぁ、団子美味しい」
「済みません、少しお話しよろしいですか?」
「え? あ、構わないけど、どうかしたの?」
「あの、あなたはあやかしですか?」
「うげ!? バレてる!? あ、いやいや違う違う。
コホンコホン、私は見ての通り人間だから」
「……」
「止めて、その目。はい、そうです。あやかしです。
よく分かったわね、私があやかしだって」
「そのー、ハッキリと言うとですね。
山伏の服装で団子屋さんは目立つって言うか」
「仮に団子屋さんに居なくても、
白い髪の毛は目立つと思いますね」
「うへぇ、そりゃそうか。
でもなぁ、私は白カラスだからなぁ」
自分の長い髪の毛を弄りながら彼女は呟いた。
一応は、世間に馴染んでいたと考えていたようだが
あまりにも目立つ格好では無理があるだろう。
由紀恵も藤一も、内心そんな事を思っている。
恐らく周辺の人々も気付いているだろうが
気を使って言わなかったのだろう。
「まぁいいや、バレちゃったならしょうがない。
何か助けて欲しい事でもあるのかな?
悪鬼退治なら言ってくれれば私がやるよ?」
「いえ、悪鬼退治では無く、人捜しでして」
「人捜し?」
「はい、錫音様を知ってますか?」
「知ってるよ、知らないわけ無いじゃん。
錫音様はあやかしの国じゃ幹部だからね。
小希だし、あやかしの国設立から居るし」
小希と言うのがどう言う物か分からないが
彼女の話から考えればかなり偉いのだと分かる。
「それで? 錫音様にどんな用事が?」
「実は、私、錫音様に会いたいんです。
あの時約束した最高の刀が出来たので」
「へぇ、錫音様に刀をねぇ、錫音様から話は聞くけど
本当に刀を打ったのは君が初めてかもね」
「と言うと?」
「いやね、錫音様に刀を贈りたいって子は結構多いんだけど
本当に錫音様に刀を贈った子は少ないんだよ。
理由は分かるんだけどね。でも、君は用意できたんだ」
「はい、私が自信を持って錫音様に贈れると確信した刀が」
「それなら、錫音様にあったら言っておくよ。
何処に行けば良いって伝える?」
「都の……いえ、私の故郷、蒸籠村へ」
「うん、分かった」
彼女は決めた、そこで錫音にこの刀を渡すと。
自分の故郷で、自分の志が始まったあの場所で。
両親にもこの最高の刀を見て欲しいから。
その会話の後、由紀恵は藤一と鍛冶屋へ戻る。
「……由紀恵、今言うのは違うかも知れない。
でも、今しか伝えられないと思うから
ハッキリと伝えたい事があるんだ」
「どうしたの?」
「……由紀恵、俺と結婚してくれないか!」
「え!?」
「ずっと伝えたいと思ってたんだ。
でも、伝える機会がなかったんだ。
君が最高の刀を作り、錫音さんに渡した後に
伝えようと思ったんだけど……
その、今、言った方が良いかもと思って……
その、だ、駄目かな?」
「いいえ、驚いただけだよ。
勿論答えは決ってる。結婚しましょう」
夫婦となる事を2人は決めた。
だが、式は後日行なうこととなる。
由紀恵の大願を果たした後に。