夢の始まり
あの葬儀から数日の時が経った。
とても村は暗い雰囲気になったが
それでも時間は進んでしまう。
「錫音様、畑仕事を手伝ってくださらなくとも」
「これから2年間は過ごさせて貰うんです。
邪魔になるのは嫌ですからね」
「そんな! 邪魔だなんて!
錫音様は村に居てくださるだけで
私達は安心出来るのです!」
錫音はこの村に2年間は滞在する。
救った子供が7歳を過ぎるまで
確実にその子供を守り抜くためだ。
3、5、7歳の子供は悪鬼に最も狙われやすく
更に1度悪鬼に囚われた子供は
ほぼ確実と言って良い程の確率で
再度悪鬼に誘拐されてしまう。
だが、7歳を過ぎれば狙われる可能性は
一気に激減し、その子供が再度悪鬼に狙われることは
殆ど無くなる。
錫音は長い時を生き、その事を知って居た。
その為、救った子供に7歳以下の子供が居た場合
その子供が成長するまではその村に滞在している。
しかし、食事時には帰還できる手鏡を用いて
本邸に帰り村の迷惑にならないように立ち回って居る。
手鏡を再度使えば、元の場所に帰れる為
非常に有用な道具と言えよう。
この手鏡が量産出来れば良いのだが
そもそも最近できた産物。
ほんの数年前に出来た道具なのだ。
それ故に量産は困難であり
あまり多くの場所を守護出来ないのが現状だ。
それ故に錫音に救われるのは奇跡に近いだろう。
「大丈夫ですよ、私も何もしないよりは
体を動かしてる方がやっぱり落ち着くんです。
だから、畑仕事を手伝わせてください。
その方が、私は嬉しいんです」
「……わ、分かりました、錫音様」
内心では人手が欲しかった村の住民達は
錫音のその提案を受入れてくれた。
そして、慣れた手つきで錫音は畑を耕す。
あまりの手際の良さに、村の人々は驚愕する。
「す、凄いですね錫音様。
畑仕事が得意なのですか?」
「えぇ、500年は生きてますからね。
色々な仕事をお手伝いしてたので
特に畑仕事は良くやってますよ」
「500年ですか!? さ、流石はあやかしですね!」
「あはは、でもまだ若輩なんですけどね。
長く生きる妖怪は本当に長生きですから」
「に、人間の私達には分からない感覚ですね。
500年が若輩だなんて……」
「そうですよね」
村人達と錫音が笑顔で会話をしていた。
そんな光景を村の子供達も見ている。
錫音の姿を見た男児は顔を赤くし
女児も顔を赤くしてる子も多かった。
あまりにも美しいその笑顔は
子供達には劇薬であろう。
「よしっと、こんな所かな」
「少し耕し方が独特ですね、これは何か意味が?」
「えぇ、この耕し方をすれば作物が良く育つんですよ。
色々な村を巡って知った方法なんですけどね。
ここの土質なら、この耕し方が1番かなと思って」
「耕し方にも色々な種類があったのですね。
あまり村から出ることが出来なかったので」
「えぇ、悪鬼も多いですからね。
道も険しいし、旅慣れてないと危険でしょう」
悪鬼の他にも危険な動物が道中には多い。
道の手入れなどもまともにはされて居ない。
旅慣れてる者でも一瞬の油断で命を落とすこともある。
旅慣れてない者が何の知識も得ずに村を出るなど
自殺に等しい行為だと言えるだろう。
情報がなければ、誤って悪鬼の縄張りに足を踏み入れ
食い殺されてしまう可能性がある。
「あの! 錫音お姉ちゃん!」
「ん? どうしたのかな? 由紀恵ちゃん」
「か、刀を見せて欲しいの!」
「こ、こら由紀恵! またそんな事を言って!
刀は危ないのよ!?」
「で、でも、私、またあの刀を見たくて……」
「駄目よ! 危ない!」
「そうですね、確かに危ないですが約束もしてますし
それに、興味が先行して私が知らない間に
刀を触ったら、そっちの方が危ないですから」
「うーん……す、錫音様がそう仰るのであれば
でも、迷惑ではありませんか?」
「いえ、この刀に興味を持って貰うのは
私も凄く嬉しいので」
「じゃあ、み、見せてくれるの!?」
「うん、約束もしたからね」
「やった!」
由紀恵はワクワクしながら錫音の方を見ている。
再び、あの美しい刀を見ることが出来る。
今度はしっかりとこの目に焼き付けることが出来る。
そう思うと、彼女の胸は躍った。
「じゃあ、家で見せてあげるね」
「うん!」
他の子まで刀に興味を持ったら困ると考えた錫音は
自身の刀を、由紀恵の家で見せる事にした。
両親から許可を貰い、彼女の両親も共に
錫音が握る刀を見せて貰う事になった。
「それじゃ、見せるね。
改めて注意するんだけど、由紀恵ちゃん。
絶対に刀に触ったら駄目だからね?」
「うん!」
「それじゃ、行くよ」
ゆっくりと彼女はその刀を引き抜いた。
刀身が見える瞬間に両親も由紀恵も
その宝石のような輝きに目を奪われた。
「す、凄く綺麗だ……」
「えぇ、ほ、宝石みたい……」
「わぁ……す、凄い!」
刀身は周囲の景色が鏡の様に映るほど美しく
一瞬も乱れることの無い、規則正しい刃文。
あまりにも美しいその刀身を見た者は
一瞬の間に魅了されてしまう。
周囲を瞬時に魅了し虜にする様は
まるで妖刀である。
「こ、この刀は、一体何処で……」
「400年程前、私が助けた男児が打ってくれたんです。
銘は白時雨、朝露祐太朗と言う少年が打った最高の一振りです」
「聞いたことがありません……」
「えぇ、そうでしょうね。
彼はこの一振りしか刀を世に出してないんです。
凄い才能だったと思うんですけどね」
「え? じゃ、じゃあ、その祐太朗さんはどうなったの?」
「その後は家業を継ぐことに決めたそうで
農家としてその生涯を生きたと聞いてます」
その言葉を聞いた2人は驚愕した。
まるで宝石とまごうほどの業物。
素人である自分達でもただの刀では無いと分るほどの
大業物を打つことが出来る人物が
生涯、この一振りのみしか打たなかった等。
「理由は色々とあったんだと思うんですけどね。
彼が言うには、この白時雨を打つと同時に
燃え尽きたと、そう私には教えてくれました。
彼の最初で最後の最高傑作を手に出来た事
私は本当に嬉しいと感じますよ」
刀を見て、優しく微笑む錫音を見た由紀恵。
400年、とてもとても長い間錫音と共にある刀。
色々な人達を錫音と共に救ってきた刀。
それを打ったのは、彼女に救われた少年。
「……私も作りたい」
「え!?」
「私も錫音お姉ちゃんを支えるような
凄い刀を打ちたい!」
「な、何を! 刀鍛冶は女性禁制だぞ!?」
「そんなの関係無い! 私は作りたいの!」
「駄目よ! そんな無茶!」
「いや! 私は決めた! 作ってみせるもん!
刀鍛冶のおじさんにお願いしてくる!」
「あ! 駄目だってば!」
刀を打つと心に決めた彼女は即座に行動を起した。
刀鍛冶は女児禁制だというのはこの時代の常識だ。
当然、この地の刀鍛冶は彼女の弟子入りを拒むが
1年後、あまりの熱意に折れ
この蒸籠村に滞在する刀鍛冶は彼女を弟子にした。
圧倒的な熱意と異常な程の才能を由紀恵は発揮する。
あまりの才能を前に、少し不安を覚える師匠だが
真っ直ぐ鉄と向き合う由紀恵を見て
彼は不安よりも期待の方が勝った。
そして、別れの日がやってくる。
「錫音様……本当に、もう」
「はい、2年間お世話になりました」
「ま、待って錫音お姉ちゃん! ま、まだ私!」
「由紀恵ちゃん、大丈夫だよ。
これは今生の別れじゃ無いから。
また今度会ったとき、
あなたが打った最高の刀を私に見せてね?」
「……ね、ねぇ、ずっと一緒に」
「そうしたいのは山々なんだけどね。
これ以上、ここに居て他の子供達を
危ない目には遭わせられない」
その言葉を聞いて、彼女は理解する事が出来た。
優しい微笑みと同時に澄んだ鈴の音が聞えた。
同時に彼女は何故錫音があの鈴を付けているのか
理解する事が出来た。
自分と同じ様に、悪鬼に囚われてる子供達に
希望の音色を届けるためだったんだと。
そして、旅をしてるのは1人でも多くの
自分と同じ、恐怖で震えてる子供を救うためなんだと。
本来はこの村に2年も一緒に居てくれたのが奇跡だったと。
いや、そもそも彼女に出会えた事こそが奇跡だった。
救われなかった他の子供達と
涙を流してた家族を思い出し
悪鬼に掴まって助からなかった子達の方が多いんだと。
自分は奇跡的に彼女に巡り会えたからこそ助かった。
でも、その奇跡も錫音がずっと旅をして
1人でも多くの子供を助けようとしてたからだ。
このまま錫音がこの村に居たら
もっと悲しい思いをする人達が増えてしまう。
「……」
「陰陽師や色々な人達が悪鬼から人々を守る為に
必死に頑張ってるのは間違いない。
それでも救えない命は多いの。
だから、私も少しでも多くの命を救うために
こうやって、ずっと旅をしているんだ」
「……ねぇ、どうすれば悲しむ人が減るのかな」
「1人でも多くの強い人が力の弱い子達を救う為に
全力を尽くすことだと、私は思う」
「……私も、そうした方が良いのかな」
「由紀恵ちゃんは刀鍛冶に興味を持った。
それも、誰かを救うために大事な仕事だよ。
少しでも良い武器を作れば、助かる人が増えるんだ。
悪鬼を倒そうとする、強い人達に由紀恵ちゃんが作った
凄い武器を渡すことが出来れば、
その人達はより沢山の命を救えるんだ。
私もこの白時雨のお陰で
救えた命が沢山増えたんだから」
「……」
「だから、由紀恵ちゃん。
あなたが今、やりたいと思ってる事は
必死に頑張れば間違いなく誰かを救える。
今の刀鍛冶が好きなら、そのまま頑張った方が良いよ。
好きこそ物の上手なれ。あなたは好きな事を頑張って
少しでも、誰かの役に立てるようになれば良い。
楽しみにしてるよ、由紀恵ちゃん。
あなたが将来、凄い刀鍛冶になる事を」
にっこりと優しく笑顔を向けてる。
一切彼女を疑ってない、優しい笑顔だった。
その会話の後、錫音は村を去って行く。
また会おうねと言う、別れの言葉と共に
彼女は何の見返りも求めることも無く、姿を消した。
この村に大きな貢献をしたというのに。
「……錫音お姉ちゃん、私、頑張るよ」
そして、彼女はこの村に来たことで
人類に大きな大きな進化をもたらせた。
新亭513年、人類初の女刀鍛冶が生まれた。