天狗の里
2人の戦いが決着して少しして
錫音は黒野天狗に声を掛ける。
今回の約束を果たして貰う為だ。
「それじゃあ、案内してよ」
「約束ですからね。無理強いをして
ここまで来て下さった上に
約束を無下にはいたしません」
当然、今回の戦いに敗北してしまった以上
約束は当然果たす。それが彼の信条だ。
山の影はそんな彼を中心とした
悪鬼の組織の中で
最も正常な意味で纏まってる組織。
鬼の宴は朱婷童子の圧倒的力で持ってるだけの
恐怖により支配されている組織であり
錫音の姉妹達が作った九つの珠尾も
姉妹同士が異質な程に仲良が良いから成立してる。
「しかし、何故天狗の里を見て見たいと?」
「判断するためだよ。あなたが支配してる組織が
そのまま存続させても良い組織かどうかを」
もし、天狗達と夫婦になっている人間達が
戻りたいと感じているというのに
無理矢理縛り付けられているのであれば
そのまま放置をするわけには行かない。
折角掴んだ天狗の組織を調査できる機会を逃すわけにはいかない。
今まで不透明だった組織の状況。
それを、彼女が見過ごすはずも無い。
「なる程。ですが、我々は無理強いなどはしておりません。
故に、あなたにどれ程見られようとも関係は無い」
「だから、案内してくれるって事?」
「えぇ、勿論です」
そのまま、錫音達は黒野天狗の後に付いていく。
この国で最も広大な山、滝野山。
山というのは、まるで野原のように広く
だが、決して野原では無いのは、
轟々と鳴り響く滝の音が教えてくれる。
あまりにも巨大。地上からはその山頂すら見えぬほどだ。
常に山頂を隠すように生じている濃い雲により
山頂を拝むことは叶わない。
ただの人間ではとても到達できぬ場所。
「この滝野山は何千年も前より、我々天狗が支配しております。
初代長、天魔様より、この山は我ら天狗の地」
「山頂が見えない理由は? あの雲はあなた達でしょ?」
「山頂は言わば、天魔様の領域。安易に拝むべき場では無い」
「ほぅ、その口振りでは、天魔とやらは生きてるのですかぁ?」
「いいえ、しかし天魔様の神霊が眠るとされております」
この世界における神霊というのは、特殊な信仰を霊を指す。
あまりに絶大な影響力を持った存在が死後信仰され
神霊という形で存在するとされているのだ。
だが、力の行使などは殆ど行使は出来ず、
ただの守護者として一部の場所を守護する程度。
恐らく、天魔は天狗の里を守護する神霊なのだろう。
「神霊とは、またまた変わった形で落ち着きましたねぇ」
「天狗達の神という存在になるわけだね。
とは言え、神霊は大した力は行使出来ない。
強いて言えば、守りたい場所を少し守護できるだけ」
「えぇ、天魔様は天狗の里を死後も守護して下さってます」
「だから近付けなかった……」
あの山の上に何があるのかが気になった鷹枝は
何度かその場へ向おうとしたが、
決して辿り着くことは出来なかった。
あの雲の中に入ってからという物
まるで同じ場所を回ってるだけのようになり
ようやく抜け出したと思っても山頂では無く
雲の下側から出て来たことが多々あった。
「えぇ、招かれなければあの雲を抜けることは叶わない。
ですが、今回は例外です」
巨大な雲の前に錫音達はやってくる。
地上からは轟々と滝の音が響き渡り
周囲に流れる風も冷やかだった。
「……でも、こんな高度で人間は生きていけるの?」
「それは問題ありません。どうぞ、お入り下さい」
黒野天狗が風を吹かすと、雲の一部に貫かれた様な穴が開く。
太陽の光が、周囲の雲に反射してか
その道はまるで光の道。明るく訪問者を歓迎してるようだ。
「良い景色ですねぇ」
「うん。中々見れる景色じゃ無いね」
そんな会話をし、錫音達はそのまま雲の道を通る。
ある程度歩みを進め、ある地点に到達すると同時に
「な!」
一気に、周囲を覆っていた雲が晴れ
小さくも賑やかな里が目の前に現われた。
大小様々な人間。翼の生えた小さな子供。
その中には当然、翼も生えてない子供も居た。
「ようこそ、我々の天狗の里へ」
「あ、黒野様!」
「黒野様-!」
黒野天狗に気付いた人々が彼に声を掛けて駆け寄る。
そして、錫音達の方を向いて興味津々にして居た。
「あなた達も天狗の里に来たの?」
「耳と尻尾だ! 可愛いー!」
「私の翼も可愛いけど! 耳と尻尾も可愛いね!」
「ふふ、ありがとうね」
「えいえいー!」
「あちょ! 栗牧の尻尾を引っ張っては駄目ですよ!」
子供達はすぐに錫音達に興味を示した。
この天狗の里で生きてる子供達からすれば
自分達とは違うあやかしや妖怪は珍しく
とにかく背も近い栗牧はかなりの子供に群がられ
尻尾を引っ張られたり、耳を引っ張られたりしている。
逆に錫音の近くに来た子供達は錫音に見惚れていた。
「お姉さんすっごい美人さんだね!」
「あなたも小さいのに美人さんだからね。
ふふ、大きくなったらお姉さんよりも凄くなるよ」
「ふわぁ……」
自分に声を掛けてきた子供と視線を合わせ
優しい笑みを見せた。
彼女の笑みを見た幼子は頬を赤らめて
彼女の美しさに魅了されていた。
「あははー! 遊ぼー!」
「え!? 遊ぶの!? うん、良いよ! 何する!?」
「追いかけっこ!」
「おぉー! でも、私は飛べないから飛ばないでね?」
「勿論! 犬のお姉ちゃん、捕まえてみてー!」
「捕まえるぞー!」
アキエにも小さな天狗の子供達が集まってくる。
そして、楽しそうにアキエと追いかけっこを始めた。
やはり犬の妖怪である彼女は遊びが好きなのだろう。
本気の時は武人のような振る舞いをする彼女ではあるが
その本質は300年前から変わらず、遊びたがりの犬だ。
恐らく武人のような振る舞いも、強くなればなる程
主である錫音が喜んでくれるから。それだけの理由なのだ。
だが、それ故に彼女は強い。単純明快だからこそ
彼女はいくらでも強くなろうとする。
「あなたは天狗さんなの? 翼が違う様な」
「あ、私は鷹だ、鷹。天狗では」
「天狗以外に翼が生えてる人初めて見たー! 速いの!?」
「えーっと、君達よりは速いかなーと」
「なら勝負だー!」
「え!? あ、ちょ、ちょっと!」
不意に子供に話し掛けられた鷹枝は困惑して居た。
彼女も子供達を救っていたわけだが
少し険しい顔が多い為、あまり子供は近寄らなかった。
それでも構わないと、彼女は思っているだろう。
ただ主の役に立てた。それだけで良いから。
だが、何処か寂しい想いもして居た。
それが今、唐突に誘われてアキエと同じ様に
追いかけっこに誘われてしまった。
少しだけ顔を赤くしながら、どうした方が良いかと
主に問うように、錫音の方を向く。
「ふふ、悩むこと無いでしょ? ほら、楽しんで来て。
アキエみたいに楽しむのも大事だよ?」
「は、はい! 錫音様!」
楽しそうに子供達の後を追いかける鷹枝を見て
錫音も少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
少しだけ武人風の言動をして居た彼女だが
やはり強さに憧れていただけなのかも知れない。
今は人の姿に変化してすぐの彼女がでている。
そう感じ、錫音は少し昔を懐かしむ。
「ふふ、やはりすぐに好かれますね」
「だね、アキエは分かるけど、
鷹枝も楽しそうなのは良かったよ。
あの子、結構硬い振る舞いするから。
そして、まさか栗牧が弄り倒されるとはね」
「あのー、あまり握り締めないで欲しいのですが
尻尾と耳って、結構敏感なんですけど」
「あははー! もふもふ! もふもふー!
尻尾も耳ももふもふだー!」
「尻尾暖かい! それに良い匂いするー!
艶々だしもふもふだしすごーい!」
「当然ですとも、尻尾は妖狐族の大事な部位。
勿論、毎日毎日お手入れしてますとも。
尻尾を艶々良い匂いにするのは大事なのですよ」
「ねぇ、この髪の毛は何で跳ねてるの?
他の部分は跳ねて無いのに」
「栗牧が直そうとしても跳ねるからです。
錫音お姉様以外にはこの髪の毛は直せません」
「えー、ほら、これで直って、あ! ぴょこってなった!
完全に治せたと思ったのにー!」
「そんな訳無いよ! えいえい、あ!
本当だ! 直せたと思ったのに跳ねちゃった!」
「そうでしょうそうでしょう? 他のお姉様達に頼んでも
決して直せなかったので、錫音お姉様以外に
この栗牧の癖毛は直せないのですよ。
まぁ、嫌な思い出もありますが。
緋那お姉様に頼んだら癖毛の部分を切られましたし
妖華お姉様には撫でられまくって困りました
萩花お姉様は適当にしかやってくれませんでしたし?
大軒お姉様なんかはご飯を食べながら髪の毛を弄られたので
ご飯粒が髪の毛について困りましたし。
黒根お姉様と妲姫お姉様と甘露お姉様は頑張ってくれましたが」
尻尾を弄られたり、何故か跳ねてる部位を子供に触られるも
やはり跳ねてしまってを繰り返していた。
そんな間にも、姉達にこの癖毛をどう弄られていたか
それを少しだけ困り顔で語っていた。
だが、そんな話しを子供達が聞く事は無い。ほぼ独り言だ。
「何度やっても跳ねる! どうしてー!?」
「さぁ? 栗牧も分かりませんね」
「どうやったら直るの?」
「さぁ? 栗牧も分かりませんね」
「自分の髪の毛なのにどうして分からないの?」
「自分じゃ見えないからですね」
「あそこまであの子が仲良く子供と遊ぶとは思わなかったなぁ」
「まぁ、見た目はあの子達と同じですからね」
人間達から霊力を奪う危険な悪鬼である筈の栗牧だが
正直、今子供達と戯れてる彼女を見ても
誰も、彼女が危険な悪鬼とは思えないだろう。
それも、並の悪鬼とは比にならないほどに強い等と。
「さて、錫音お姉様、栗牧のこの癖毛を直して下さい」
「え? 何でいきなり」
「いえね、錫音お姉様にしか直せませんし。
久々に栗牧のこの癖毛を直して下さい!」
「気になるー! どうするの!?」
「うーん、わ、分かったよ」
少し流され気味に、錫音は栗牧の髪の毛を触る。
「っと」
そして、空間の一部を歪めて、クシを取り出した。
さも当たり前の様に行なった隠し芸を見た子供達は
もはや、栗牧の跳ねた毛から興味を移した。
「ど、何処から出したの!?」
「さっきまで何も無かったのに!?」
「え? あ、そう言えば錫音お姉様、何故クシを?」
自分の髪の毛を整えてくれてる感覚がクシなのは分かってたが
何故錫音がそんな物を持っているのかに疑問が生じる。
無駄な物を持ち歩くようには思えない。
「空間を歪めて収納出来るようにしてるんだよ。
昔、天穿って言う弓矢を貰ったけど
大きすぎてどうしようかと悩んで宝龍に相談してね。
その時に一緒に考えて作った妖術だよ。
まぁ、宝龍に習ったら誰でも出来るだろうけど。
それに、宝龍ほどの収納能力はないから
ちょっとした補助機能だね。
本来は色々な武具を入れて運ぶために作ったんだけど
余った空間にこう言う日常品を入れてるんだ」
鵺を撃退した後に都にて貰った巨大な弓、天穿。
あまりに巨大であり、まともに運べなかったが為
空間を操るあやかし、宝龍と共に作った収納術。
あくまで技術であり、誰でも学べば出来る能力。
だが、その大元である宝龍の収納能力は
錫音の収納能力とは比にはならないほどだ。
錫音の収納妖術には10の武具と少々の日常品があるが
宝龍の収納妖術には何十軒の建物が入ってる。
もっとあるかも知れないが、底が分からない程だ。
「新たな妖術を生み出すとは流石としか言えませんね」
「まぁ、殆ど宝龍のお陰だけどね」
「宝龍殿だけでも無理なのでは?
確かに彼女が空間を操るのは有名ですが
即座に道具を取り出せるのは特別では?」
「あはは、宝龍も新しい戦い方が出来るから嬉しいって
そう言ってたね」
この妖術の凄いところは、即座に召喚出来る部分だ。
空間に収納してある物を即座に取りだし利用出来る。
収納と戦う手段を両立させた新技術といえる。
「はぁ、あの人もやはり凄いのですねぇ」
錫音に髪の毛を整えて貰ってるという喜びを感じながら
あの時、姿を見たあやかしの事を思い出す。
見た目は自分と同じ位に幼いというのにあの威圧感。
とは言え、今は敬愛する姉に昔のように髪の毛を触って貰ってる。
それが、どうしようも無く嬉しいのだ。
「栗牧ちゃん、凄い笑顔だね」
「えぇえぇ、それはそうですよ、ニコニコですよにっこにこ。
だって錫音お姉様に髪の毛を整えて貰えるだなんて
久し振りで栗牧大歓喜ですとも。
この暖かくて優しくて大きな手……うぅ、幸せぇ」
頬を赤らめながら、優しい優しい姉の手を感じながら
幸せそうに漏れたような笑みを見せている。
子供達もそんな栗牧を見て羨ましそうにしてる。
「言ってくれたらこれ位はするけどね。霊力を奪わなかったら
ずっと毎日でも手入れしてあげるんだけどなぁ」
「うぐぅ、な、何と言う困難な選択でしょうかぁ
錫音お姉様のいじわるー」
「はいはい、大して本気で思って無いこと言わない。
はい、これでどうかな?」
「あ! 凄い! 跳ねてる髪の毛無くなってる!」
「え? そうなんですか? 見えない」
「はい、手鏡」
収納空間にクシを返し、今度は手鏡を出して手渡す。
栗牧は手鏡を受け取り、髪の毛を見た。
「おぉー! 流石は錫音お姉様! 完全に無くなってます!
たまーに妲姫お姉様がやってくれようとするんですけど
絶対に跳ねるんですよねー」
「妲姫お姉様でも直せないなら、もう私以外には無理だね」
「本当ですよ、黒根お姉様と甘露お姉様はお願いしたら
結構普通に頑張ってくれるのに、他のお姉様方と来たら」
「それ、多分私、さっき聞いたけど」
またすぐに愚痴を言おうとすると言う事は
結構困ったことだったんだろうと分かった。
だが、姉妹共々仲が良いんだと言うのは
あの会話を聞けば分かるため
錫音も少しだけ安心したような表情を見せた。
そんな2人の様子や里の子供達の姿を見て
黒野天狗も嬉しそうに微笑んだ。




