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秘密


 学園の正門を抜けて暫し、坂を下りて下ってきた弘樹たちは行き交う人の群れの中にいた。

 大きな荷物を抱えた男や荷車を引いている老人、野菜のような物を詰め込んだ籠を持つ女は買い物の帰りだろうか。走り回る子供の向こうには先ほどの衛兵のように鎧兜を着込んだ者達が練り歩いているのも見える。


「結構人通りが多いですね」


 感心したように呟くミユに、曖昧に同意した弘樹は周囲を物珍しそうに見回していた。そこかしこで響く話し声や笑い声、元気良く行き交う雑踏の足音は留まる所を知らず、まるで街全体が生きているかのようにも感じられる。


 道路の左右にずらりと立ち並ぶ石造りの建物はそれぞれが何かの商店らしく、この大勢が行き交う商売時を逃してなるものかと互いに競うように声を張り上げていた。

 ここが自分の生まれた場所とは全く違う異世界なのだとしても、こういう人間の日常という物はそうそう変わる物ではないらしい。ぼんやりとそう考えていた弘樹の腕をミユが導くように軽く握って引く。


「ご主人様、こっちですよ」


 見れば道の先、既に先を行くシンシアがこちらを振り返って待っているらしかった。ミユに手を引かれるまま歩いて行くと、シンシアは蒼い瞳で周囲を軽く見回しながら遅いぞと声を掛けてくる。


「今の時間は冥宮で働いていた者が仕事を終えて上がってくる時間でもある。迷子にならないよう離れないように」


 見た目の上では自分よりもミユの方が確実に子供であり、迷子の話をするならそちらに注意するべきだと思うのだが、シンシアは手を引く少女ではなく真っ直ぐに弘樹の方を見ながら念を押す。

 どうやら自分の方が疑われているらしいと気が付いた弘樹が、この歳で迷子になんてなる物かと鼻で笑ったその時、真っ直ぐ下ってきた道の先に遠く水面らしき物が見えて歓声を上げた。


「おぉ! 海だ! すげー!」


「って、言った傍からお前は」


「ご、ご主人様、待ってください!」


 走って雑踏を掻き分けながら道の真ん中へと出てきた弘樹は、そこから夕暮れの終わりを告げる美しい紫色に染まった海を見て息を飲む。

 道の両側に並ぶ建物に切り取られた海面の一部ではあったが、その狭い部分にも帆を畳んだ木製の船が幾つも並んで停泊しており、その向こうには何処までも広がる水平線が覗いていた。


「船が見えるぞ! ここ海沿いなのか?」


「あぁそうか。お前は知らないんだったな」


 後を追ってきたミユが追いつくと同時、背後から歩いてきたシンシアは弘樹の質問に一瞬何を言っているんだコイツはといった顔を向け、すぐにこちらの事情を思い出したのか何か得心したように頷いた。

 すぐ隣で同じく海の方向を見ていたミユは、弘樹の袖を軽く掴みながら


「ここは島ですよ?」と衝撃の事実を口にする。


「島!?」


 言われて周囲を見回してみても、道の先に見える海以外には特段ここが島であると確認できるような物は何もない。

 しかし驚きの声を上げている弘樹を呆れた目で見ながら歩き始めたシンシアは、弘樹を追い越して先へと歩みを進めながら解説する。


「一般の人間がここディナストラまで来るには船以外の方法はない。風と潮流の関係で島に辿り着けるのは年に二度、春と秋だけだ」


「ミユも船で来たのか?」


「はい。故郷の港町から幾つか船を乗り継いでここまで来ました」


 お陰で持ってきたお金は殆ど無くなっちゃいましたけど、と告げたミユは歩き始めた弘樹に続いて恥ずかしそうに笑う。

 ここが島だったとは全く気付かなかった弘樹が周囲を改めて見回すと、通りの正面に大きな建物が聳え立っている事に気が付いた。

 高い尖塔に精緻な彫刻で飾られた灰色の壁、色の付いたステンドガラスも鮮やかな一際荘厳な建物は目立つ場所にあるにも関わらず、行き交う喧騒からは少々浮いた雰囲気を醸し出している。


「なんだあのデカい建物は」


「あれは聖堂だ。職級(クラス)契約を行なう為の場所だな」


「クラス?」


「お前の故郷には職級契約もなかったのか?」


 そんなまるで聞いたこともない単語について聞かれても、と弘樹が首を振ると、シンシアはまるで話にならないと言わんばかりに肩を竦めた。


「まぁその辺りは明日にでも説明してやる。職級契約無しでは探索士は成り立たないからな――――っと」


 正面から歩いてきた馬車が石畳の上を鈍い音を立てながら走っていくのを避けたシンシアは、左右を見て再び先へと歩いて行く。

 気が付くとかなり人通りの多いエリアに入り込んでいたらしかった。周囲には色々な食べ物を売る露天が立ち並び、そこかしこで楽しそうな笑い声や賑やかな話し声が飛び交っていた。


「凄い人ですね……迷子になっちゃいそうです」


「そうだな」


 こんな土地勘もない場所で道に迷ったが最後、家に帰るどころか学園に辿り着くことも出来ないだろう。

 横を通り過ぎていく一団を小さな身体で避けたミユは、いつの間にか掴んでいた弘樹の袖に身を寄せて問う。


「ヒロキ様が住んでいらっしゃった所は人が多かったんですか?」


「まぁそうだな。都会って程じゃなかったが――――」


 と、自分の生まれ育った街を思い出していた弘樹がふと街の一角に目を向けた瞬間


「な、なんじゃありゃああああっ!?」


「ひゃっ!?」


 これまで見た事もない光景に驚愕の声を上げる。横に居たミユは相当に驚いたのか半ば飛び跳ねるように反応し、反射的に弘樹の腕を縋るように掴んでいた。

 周囲を楽しげに行き交っていた人々も街中で急に大声を上げた弘樹の方を何事かと見ているが、当の弘樹の視線は街の隅に真っ直ぐに聳える巨大な影へと向けられたまま。


「急に大きな声を出すな」


 またも騒ぎ出したのかと言わんばかりにシンシアが迷惑そうな顔を見せるも、弘樹はそんな事を気にもせずに巨大な影が動く空中に向けて指を差した。

 その先では一体の岩の塊。いや、岩で出来た巨人のような物体が、こうしている今も二本足で歩き回り何かを持ち上げたり運んだりと急がしそうに動き回っている。


「な、なんだアレ!?」


「ん? あぁ、建設用のゴーレムか」


「ゴーレム?」


「先ほど、学園長の部屋で見ただろう。あの人形の大きな物だと思えばいい」


 自分が先ほど操ったボロ人形の親戚のような物だろうか。机の上を跳ね回っていたあの人形を5階建ての建物にも匹敵するような背丈にしたものと考えると規模の違いはもちろんのこと、大きな石材を悠々と持ち運んでいるそのパワーもかなりの物である。

 まるで巨大ロボットのような迫力を前に大興奮した弘樹は大喜びでゴーレムの足元へと駆け寄り真下から眺め始めた。


「すげーっ!でけぇえー!」


「ヒロキ様、建設用ゴーレムも見るのは初めてなんですね」


「当たり前だろ! 立って動いてるぞ!?」


「建設用ゴーレムも無しに建築をするなんて、どんな原始的な国に居たんだ貴様は」


 クレーンのような工事機械なら幾らでも見た事があるが、二本足で立って歩いて作業をする巨大ロボットのような物体は見た事がない。

 暫し下から眺めていた弘樹はしかし、巨大な石材を右から左へと動かすばかりで単調な動作しかしないゴーレムに若干の物足りなさを感じ始め


「おらっ!」


「こら、何をしている貴様」


 唐突にその足元を狙って前蹴りをかましたのだった。が、岩で出来た見上げるような大きさの巨人がその程度でどうこうなる訳もなく、ただひたすらに作業を続けるゴーレムは足元で騒ぐこちらを特に気にした様子もない。


「なんだよ無反応か」


「それは命じられた基本的な動作をするだけの単純な傀儡だから、蹴ろうが斬ろうが反応なんてしないぞ」


「ふーん。なんだつまらん」


「全く……前置きも無しにいきなり何をするかと思えば」


 呆れた顔のシンシアが溜め息を吐く中、建設作業を行なっていた筋骨粒々な職人達は突如として現れて騒ぎ立てる謎の闖入者に不審そうな目を向けている。

 周囲からの迷惑そうな視線に気が付いたミユは弘樹の傍に駆け寄り、そっと袖を引いて移動を促し始めた。


「あの、ヒロキ様。あまりお仕事の邪魔をするのは良くないと思います」


「ほら、さっさと来い。私は貴様と違って忙しいんだ」


「うーん、どうにかしてもっと派手に動かねえのかコイツ」


 しかし二人の呼び掛けを受けながら全く動こうとしない弘樹はどうやったら眼前のデカブツが反応するかに頭を悩ませていた。

 そんな弘樹を作業の邪魔だと言わんばかりに睨んでいる職人達の圧力に、ミユは露骨に慌てながら弘樹の袖を繰り返し引く。


「ひ、ヒロキ様」


 困った顔で己の主人を見るミユに、シンシアは仕方なく助け舟を出す事に決めたらしい。一度溜め息を吐いたシンシアはゴーレムを前に頭を捻り始めた弘樹に


「建設用ゴーレムへみだりに近付くのは感心しないぞ」と、声を掛けた。


「なんだ、急に暴れたりするのか?」


 街中でこの巨体がいきなり暴走し始めた時の光景を想像してワクワクしながら振り返った弘樹に、シンシアは本物の馬鹿を見る目を向けている。


「いや。見ての通り巨大で重量もかなりある。動きも鈍いから足場の悪い場所だとバランスを崩して転ぶ事があってな。作業員が下敷きになって死んだり怪我をする事も多い」


「転ぶのかこいつ! よし転べ! 跳んだり跳ねたりしてこけろ!」


「人の話を聞いているのか貴様」


 まるで話を聞かない弘樹にいい加減うんざりしてきたのか、もう力尽くで連れて行こうとしたらしいシンシアがゴーレムに蹴りを繰り返す弘樹の襟へと手を伸ばしたその瞬間。


「あ、そうだ。いいこと思いついた」


 そう宣った弘樹は突如として袖を捲り、先ほど自分で傷を付けた指先から血を搾り出すようにグイグイと圧迫し始めた。


「待てこのバカ!」


「痛でぇえっ!?」


 途端、迅雷のような速さで弘樹の後頭部を殴ったシンシアは、そのまま弘樹の首根っこを乱雑に掴んでゴーレムから引き剥がす。

 後頭部をモロに殴られた弘樹は殴られた場所を抱えながら怒りに燃えた目を向け、首を掴んだシンシアの腕を乱暴に振り払った。


「この暴力女! いきなり何をしやがる!」


「それはこちらの台詞だ! この街中で一体何をしようとしている!?」


「そんなの決まってんだろ。あのデカブツを俺が操って――――モガッ!?」


 自分の計画を言うが早いか、片手で弘樹の顔面を鷲掴みにしたシンシアは、そのままとてつもない腕力で何処かへと引き摺り始める。

 女の細腕に見えてその力は凄まじく、まるで万力のような力で掴まれた顔面は引き離そうとしても全く歯が立たない。


「ちょっと来い!」


「あがががっ!?」


「あ、待ってください!」


 顔面を掴まれた状態では異論を唱えることが出来るはずもなく、ロクに抵抗の出来ない状態にされた弘樹は瞬く間にその場から引き出されていった。

 暫しの後、喋れないまま誰もいない路地裏へと連れて来られた弘樹は、そこで乱暴に地面に放り出される。

 変な声を上げながら地面に転がって咳き込む弘樹の背中を、いつの間にか隣に駆け寄ってきていたミユが心配そうに擦っていた。


「良いか? 大切な話だから良く聞け」


 周囲に誰もいない事を確認するように見渡した蒼い瞳は、声を潜めたまま弘樹に歩み寄ると真剣な顔で囁くように告げた。銀色の鎧が擦れる音が街の喧騒から離れた狭い路地裏で不気味に響く。

 乱暴に掴まれた己の顔面を撫でながらフラフラと立ち上がった弘樹に、シンシアは更に務めてゆっくりと語り始めた。


「貴様を学生として学園に受け入れるに当たって、一つ大事な話がある」


「はぁ!? いきなり拉致しておいて、お前らが条件なんて付けられる立場か――――あ痛だっ!?」


 弘樹の口答えには返答すらもせず拳骨の下に黙らせたシンシアは、そのまま何事もなかったかのように話を続ける。


「貴様が魔物使いであるということ。これは絶対に周囲に知られてはならない」


 そう告げた夜の闇を映し出すシンシアの蒼い瞳に、暗く冷たい色が宿っていた。


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