後悔する以前の問題でしょう
暑さ対策、夏バテ対策のお供が名前になってしまったのは偶然。
事の始まりは、わたくし達がまだ5歳前後で、王宮で子供たちを集めての園遊会であった。
子供たちの交流を目的と謳っていたが、実際には王子たちの側近、婚約者を探す会で、親にしっかり言われている子供たちは王子の傍に行き交流を持とうと必死で、それを聞かされていない子。親の考えではそんな事をしなくてもいいという方針のところは好き勝手に……それでいて迷惑ならないように思い思い過していた。
わたくしミンティアもその一人で、子爵家の娘だが、王族やら身分の上の貴族と話すなど恐れ多いという親の考えで、普段立ち入りが禁止されている王宮のバラ園をじっくり堪能していた。
「綺麗なバラだね」
わたくしがじっと見ている後ろから黒髪の少年がやってきて声を掛けてくる。
「そうですね」
「このバラは王妃様が作り出した新種なんだよ」
少年が珍しい赤とオレンジと黄色の混ざったバラを指差して説明してくれる。
「新種を作るって……難しいのでは」
新種というのはどうやってできるか分からないけど、大変だと言うのはなんとなくわかるから驚いた。
「王妃様は土魔法が優れているからその力を使って作物が育ちにくい土地も改良してたくさん作物が育つようにしたんだって、バラもその土魔法の効果だって」
「すごいですね……」
まだ魔力が使えないので土魔法というのが想像できないが、魔法が出来ればそんなことも出来るようになるのだとわくわくする。
少年は博識で気が付いたら長いこといろんな話をしていた。
「そう言えば、今更だけど名乗っていなかったね。僕は、クーリッシュ・レイ」
「レイ伯爵令息さまですね」
子爵家の自分よりも身分が上だと思って、慌てて言葉遣いを直そうとしたのだが、
「堅苦しい言葉はしないでよ。もう友達でしょ。それより名前を教えて?」
そう言われてしまったら言葉を改めるのを止めた方がいいのかと判断して、
「わたくしは、ミンティア・ブレイクです」
「ブレイク子爵の娘さんだね。よろしく」
「よろしくお願いします」
まだまだ上手とは言えない紳士淑女の挨拶をして二人してくすくすと笑っていた。
だが、悲劇はここから始まった。
「僕だって、あれくらいできる!!」
どこからか声がして、近くに植えてあったバラの苗木が急成長をする。
「お見事です殿下」
「流石です」
苗木に魔力を流して急成長させる殿下と呼ばれた少年とその少年を褒める子供の声。褒められたことが嬉しいのか殿下はますます魔力を流し、
「きゃぁぁぁあああ!!」
「ミンティア嬢!!」
急成長したバラに身体を拘束されて全身包まれる。異変に気付いた大人たちによって慌てて助けられるが、強い力で拘束されてバラの棘によって全身血まみれになっていたわたくしはほぼ虫の息の状態であったそうです。
「ミンティア嬢!! しっかりして!!」
そんなわたくしが無事だったのはクーリッシュさまが無理やり治癒魔法を行ってくれたから。
子供のうちは魔力回路が未発達で無理に魔力を引き出すと大人になってから魔力が弱体化するから禁じられているのにクーリッシュさまはわたくしを助けようと限界以上の魔力を引き出して助けてくれた。
だが、わたくしは一命を取り留めたが体のあちこちに大きなケガが残ってしまい、クーリッシュさまは魔力回路が焼き切れて魔力がうまく引き出せない体質になってしまった。
そして、元凶の王子――カール殿下は、その責任を取る形で、わたくしを婚約者に、クーリッシュさまを側近に取り立てる事となった。
のだが――。
わざと見せつけているのかと思えるような学園の中庭で婚約者であるカール殿下は一人の少女と一緒に居る。
せっかく気晴らしで図書室にいるのに外から聞こえる声が気晴らししたい元凶なのでストレスはますます溜まっていく。
「こんなところにいたんだ。探したよ」
「クーリッシュさま」
本棚の向こうから小柄な青年が現れる。
左目が金色と朱色が揺れる水のようにその都度印象が変わるのは幼い時に無理やり使った魔力の影響で魔力回路が壊れてしまったからで、本当なら右目と同じ緑色の目だったのに。
それを言うのなら彼の外見もだろう。小柄な……本当なら17歳なのに12歳ほどに見えるのも魔力回路が壊れてそれ以上成長できなくなってしまったからだ。
「ミンティア嬢。体調は?」
それなのに彼はわたくしの身体を案じて声を掛けてくれる。
幼い時のケガの後遺症で体中にバラの棘のケガが残ってしまった。母にそっくりと言われた金色の髪に青い目の美人……とは言わないが、愛らしいと言われていた顔はバラの棘のケガで傷だらけだ。化粧である程度は消せるが、それでもケガは無くならず、今日の様に暑い日や天候の悪い日は古傷が痛み動くのが辛い。
「……なんともありません。と言っても信じてくれないでしょうね」
「当然です。それで騙されるのは殿下だけですよ」
すっとクーリッシュさまの手が肩に触れる。肩から流れる僅かな魔力の流れが全身をむしばんでいた痛みを和らげてくれる。
「いつもありがとうございます。ですが……」
「俺がしたくてしているんですよ。あの時もっと魔力をきちんと使えれば痛みもなく治せたのにという思いで」
「…………」
そう告げてくる彼が悪いわけではないのに。
窓の外から楽しげな声が聞こえる。
「殿下だな……」
「そうですね」
呆れたような口調で窓の外を確認するクーリッシュさまに頷くと。
「ご自分の立場をお分かりではないのか」
「何度も何度もいろんな方が説明されたのですけどね」
溜息交じりに呟くとクーリッシュさまが舌打ちするのが聞こえる。
そう何度も何度も説明された。教育係に、執事に、宰相に、陛下や妃殿下すら殿下に説明した。だけど、殿下の心に響かなかった。
彼は、自分の婚約者が全身傷だらけの醜い、しかも身分も低い娘であるわたくしであることが不満で、そんな自分の側近が魔力回路が壊れた使い物にならないクーリッシュさましかいないことを許せずに常に文句を言って、何も知らない隣国からの留学生である少女に話をしていた。
何も知らない彼女はそんな不遇な立場の殿下に同情してずっと傍にいるのだ。
「そろそろ行動を起こすと決断されましたよ」
先日ひそかに聞いた話をささやくと、
「ついにか」
とクーリッシュさまが嬉しそうに微笑んだ。
と話をしていた数日後。
「ミンティア・ブレイク!! お前との婚約を破棄する!!」
王宮で行われた第二王子の誕生日会で第一王子であるカール殿下が宣言した。
カール殿下の傍には隣国からの留学生。
「醜く、身分の低いお前は留学生であるシルベーヌを虐めていた事は調べがついているんだぞ。そんな身体だけではなく心も醜い女は僕の婚約者に相応しくない!! また、そんな女を庇うクーリッシュ・レイも側近として恥ずべきことをしているので同罪だ。側近を外れろ」
いきなりそんな事を言われて頭が痛くなったのは数人ではないだろう。
ずっと説明してきた。
教育係も従者も侍女も国をまとめる宰相も、陛下も妃殿下も。そして、わたくしもクーリッシュさまも。
「そして、僕はシルベーヌを新たな婚約者とすることを宣言する」
妃殿下がミシミシと扇が壊れるほどの力で握り締めているのが見える。陛下がそっと胸を擦っている姿も見えて陛下の側近がそっと胃薬を用意するのも見えてしまった。
第二王子は冷めた目で兄の醜聞を見て、口を挟んでいいのかとこちらに視線を向けてくる。
「――婚約破棄の件了承しました。そちらの有責で」
「側近の件了解しました。では、カール殿が親に代わりに払わせていた賠償金をしっかり払ってくださるでしょうね」
殿下ではなく殿。賠償金という言葉を強調して告げるクーリッシュの言葉に殿下……元殿下は、
「無礼だぞっ!! 誰かこの者らを捕らえよ!!」
と自分の立場も理解せずに叫ぶが誰も当然動かない。
唯一理解できていないシルベーヌ嬢が混乱したように周りを見渡すさまに同情を感じるが、おそらく元殿下の言っていた虐めというのは何も知らない彼女に対しての忠告だったのだろうにそれを虐めと感じ取った時点で多少の被害は仕方ないだろう。
「………カールさま。12年前の事件を覚えていますか。園遊会の事です」
「はっ。そんなの何度も聞かされたわ!!」
聞かされてその態度で、どこかの国のことわざに理解しようとしない者に苦言を呈しても無駄だというのがあったが、まさしくそれだと痛感してしまう。
「園遊会で魔術師たちが見せてくれた魔法の数々に子供たちは大喜びでした。それに不満を感じた殿下はまだ魔力回路がきちんと整っていないのに無理やり魔法を紡いで暴走させました。わたくしに大ケガを負わせて」
そう大ケガという言葉だけでは飽き足らず、死ぬ危険性もあった。
「その際、貴重な治癒魔法使いになるはずだったクーリッシュさまがいたからこそわたくしは一命を取り留めましたが、カールさまの行いで、わたくしの身体に一生消えないケガを残して、クーリッシュさまの輝かしい将来を奪い取ってしまわれた!!」
そう。元凶のカールさまは魔力回路は壊れずに無事だったが、クーリッシュさまの魔力回路は壊れてしまい、わたくしには一生モノの傷が残った。
「まだ、子供だったからと言うことで殿下はわたくしとクーリッシュさまに償いの意味を込めてわたくしを婚約者として、クーリッシュさまを側近として引き立てることでかろうじて王族としていられる立場でした。ですが、このようなことをしでかしたのですから……」
わざとぼやかしておくとようやく、そうようやく事態に気付いたカールさまは青ざめて、
「父上、母上。申し訳」
「――謝罪する相手が違うだろう」
「何度も何度も言ったはずです。お前は二人に償いをするために王族として彼らを大切にしないといけない立場だと、それなのに……」
静かに怒りを告げる陛下と忠告を蔑ろにされてもう何も言いたくないと言葉を区切る妃殿下。
傷物で身分が低い自分との婚約に不満だった。
魔力回路が壊れて使い物にならないクーリッシュさましか側近がいないと不満ばかり言っていた。
それもすべて自分が引き起こしたことだというのを今更、そう今更気付いたがもう遅い。
そんなわたくしたちを大事にすればまだよかったのだが、それを忘れて文句ばっかり言っていた彼にもう輝かしい先はない。
誰が、自分の所為で大怪我をしたり将来を絶たれた存在に詫びもせずにそんな状況にした事を棚にあげて不平不満ばかり言う者に自分の子供を側近にしようとするだろうか。あの遊園会は貴族のほとんどは見ていたのだ。誰でも状況を知っている。
何度も忠告している人はいた。だが、それに耳を貸さなかったのだ。このような結果になるのは当然だっただろう。
「――あの時貴方を煽てて褒めていた者たちはすでに責任を取っていましたよ。貴方は王族だからと見逃されていたのですから」
妃殿下の言葉と同時に衛兵が動く。
王子だからと辛うじて見逃されていたが、第二王子が帝王学を終わらせて、立派な王太子になる事が決まった時点でカールさまの処分は決まっていた。
反省して償うつもりなら爵位を得て、わたくしとクーリッシュさまはそのまま傍に置かれていたが、反省の余地なしの場合は………。
「許してください!! 父上!! 母上!!」
いまだ謝罪しないといけない相手を間違えて、衛兵に連れていかれる様を見ながら。やっと終わったと息を吐く。
「二人とも済まない。兄の代わりに償おう」
王太子になった第二王子は頭を下げる。
「いえ、気になさらずに」
「……その言葉はよした方がいい。それを真に受けたからあのような愚弄に走る者がいたのだから」
言葉を改めよと言われたが、少し微笑んで答えない。
「わざとか……」
ぽつりと言葉を漏らしたが幸いにも誰も聞いていない。
「長いこと苦しめたな。謝罪もせずに」
「気になさらないでください」
慰謝料ももらっているのだ。陛下達王族から。
「謝罪も賠償金も本人からもらいますよ。わたくしたちに税金を使う必要はありません」
何度も正そうとしていたのはよく知っているからこれ以上は遠慮しておく。それよりも、
「それでも償いたいと言うのなら……妃殿下の育てた新種のバラをください」
あの綺麗なバラを。
「あのバラのおかげで会えた人が居るので」
と王太子に告げると同時にクーリッシュさまの手がわたくしの手に触れる。
「あっ……そうか。そうだったか……。分かった。後で届けよう」
それで察した王太子はバラを下さる約束をしてくださった。
園遊会で仲良くなったのは偶然。でも、きっとあの事件が無かったら婚約したいと互いの親に打診していただろう。そんな相手。
殿下の対応次第ではこの想いは思い出として消化していただろうが、彼の愚かな行いがますます想いを募らせた。
そんなことを思いながら、そっと目を合わせて微笑みあった。
当初はミンティアとクーリッシュの子供が治癒能力が強くてミンティアの身体も治ると言うところまで考えたけど、さすがにやめた。