【FILE.6】アンドロイドガールは氷の城の夢を見るか?
研究センターの機械工学部門に所属する俺―――氷室徹は、自分の机に散らばった設計図の類を整理していた。作るかも分からない機械の草案の雑書きなのか部門主任である七五三掛聡に提出する用の書類なのか精査する所から毎回始めるのがお決まりだ。
「ったく…」
俺は頭を掻きながら呟いた。その時、俺の向かいの席にいる先輩研究員の森重颯斗が言う。彼の机の傍らには空になったエナジードリンクの缶が綺麗に積まれていた。
「また書類整理に手間取ってるのか、氷室…というか今月に入ってこの会話は何度目だ」
「ご心配どうも、森重さん。また無休作業ですか?缶の数が増えてる…そしてこの会話は今月入って3度目です」
こんな他愛もない(?)会話を繰り広げていると、無機質な音が俺に声を掛けた。
「二人ともまた机散らかして…一昨日片付けたばかりじゃないですか」
俺の同期である女性―――手毬千歌だ。全体的に色素が薄く表情の起伏に乏しい儚げな雰囲気の彼女は、初見の人に"彼女はアンドロイドだ"と説明したら信じてしまう風体である。しかし彼女はれっきとした血の通った人間である。
「確かに、千歌の言う通りだ。何かしらアイデアが降ってくると書き留めたくなっちまうからな…」
「……特に作りもしないのに」
ぼそりと言った千歌の一言は図星で、何も言い返す事が出来なかった。
俺は溜め息を吐くと書類の整理に取り掛かる。俺の隣の席である千歌は心なしか物憂げな顔でPCを起動する。その横顔を眺めて俺は恐る恐る聞いた。
「千歌…どうした?体調悪いのか?お前、ただでさえ顔に出づらいタイプなんだからよぉ…」
俺の心配に気づいた千歌は俺の方を僅かに向くと言った。
「ご心配ありがとうございます、"ギャルゲー"。別に体調面に問題はありませんよ。先程昼食にカレーうどんを3杯程食べた所です。まぁ、いつもなら5杯は余裕なのですが……」
(色々と突っ込み所が多すぎる……)
千歌が俺の事を"ギャルゲー"という渾名で呼ぶのはいつもの事だ。前髪で目を隠している俺のヘアスタイルがいつぞやのギャルゲーの主人公に似ているからという理由だ。彼女は他人様を変な渾名で呼ぶ癖がある。それが嫌がらせではなく天然でやっているのが絶妙に質が悪い。それに彼女は体格に見合わず大食いで、食べる量と運動量から考えて太らないのが不思議だ。その過剰摂取にも等しい量の養分は何処に消えているのだろうか。そんな事を考えながら作業をしていたせいか、俺は机の傍らに寄せていたノートの山積みを肘で押してしまった。崩れたノートの山は千歌の机の方に倒れ散らばる。
「あ、やっべ」
そう言って慌てて拾おうとした時だった。足元に落ちた一冊のノートが一足先に彼女に拾われた。そのノートの表紙を見て驚いた。
(まずい、そのノートを開くな千歌ぁ!)
そんな思いも届かず彼女はノートを開いてしまった。あれは俺が学生時代に書いていた少し痛々しい黒歴史に近い類が記されたノートである。ロボットアニメやバトル漫画が好きだった俺は、それらに登場するマシンや武器に憧れを抱き、オリジナルで考えた武器のアイディアや設計図を書き記していたのだ。当時の拙い知識の上で書いた物の為、科学的ではない記述が目立つ。これが俺の原点と言えばそうなのだが、誰かに見られるというのは恥ずかしさを通り越して死にたくなるレベルであった。
「やめてくれ、恥ずか死ぬ……」
俺は赤面しながらその場に蹲る。ふと彼女の方を見ると、心なしか彼女の口角が僅かに上がっていた気がした。そして彼女はノートを俺に返す。
「昔からこういうの書いてたんですか…素敵な絵ですね。☨アイシクル・ルーム☨さん…」
「おまっ…!馬鹿にしてんだろ!!」
ノートに記された痛々しい忌名を晒され更に恥ずかしさが増す。すると颯斗が俺の肩に手を置いて言った。
「隠したい黒歴史の一つや二つ……いずれはバレるもんなんだって。諦めろ、氷室」
そして慰め代わりにエナジードリンクを渡す。
「そんなので心の傷が埋められる訳ないでしょうが……」
俺は半泣きでツッコミを入れた。
(死にたい…)
俺が心の中で呟いたその時、千歌が俺の方を見ると言った。
「実現出来るといいですね。その"漢の浪漫"…?とか言うの。私的には氷の城が一番見てみたいです。そんな所に住めたら、なぁ……」
彼女は窓の外を見ながら目を細めて微笑むと、自分の仕事に戻っていった。俺は何も言えず、ただ彼女を見ている事しかできなかった。