【FILE.5】さくらいろの魔法を君に
別世界線であった雑誌取材の仕事を終え、元の世界に帰ろうと並行世界ポートに着いた直後の出来事だった。
(こんな所でゲートジャックに出くわすなんて、最悪……!)
職員に銃を向け脅しをかける男の怒号が建物中に響く。その影響で全ゲートが閉鎖され、私を含め多くの渡航者が立ち往生状態になっていた。
「おい、早くE67世界線に繋げ!」
「あ、あの…そこは辺境地で、接続ゲートが無い場所なんですが…」
「そんなの知るかよ!早くしろ!!」
ゲートジャックを起こす奴は大体、接続ゲートの存在しない辺境世界線への逃亡を望む凶悪犯罪者だ。そして、ゲートジャックの現場に居合わせると非常に面倒臭いことになる。怪しい動きをすればすぐさま標的は此方側に向いてしまう。現地警察に通報しようものなら口封じに殺されてしまうかもしれない。
(どうする?下手に動いたら命取りになるし……)
私は考えをめぐらす。その時、私の横で子供の泣き声が聞こえた。ふと声の方を見る。幼稚園児くらいの少女が恐怖のあまり大泣きしており、それを彼女の母親が慰めるように抱き締めていた。少女の鞄には―――アニメのキャラクターだろうか―――可愛らしい女の子のイラストが描かれていた。私はそっと少女の元に近づくと、少女の頭に手を置いて優しく撫でた。私を見るなり少女は途端に泣き止んだ。涙目で私を見つめると、彼女は小さな声で呟いた。
「ちぇりりん…ちぇりりんだ……」
"ちぇりりん"―――少女の鞄にも描かれている魔法少女のキャラクターだ。私の髪型が偶然にもキャラクターと似ていたせいだろう、救いを求めている彼女の眼には私がそう映っているようだった。私は少女の眼を見ると、優しく微笑んで言った。
「大丈夫、怖くないからね……」
そう言いかけた時、ゲートジャック犯の怒号が聞こえた。
「早くしろ、使えねえなあ!!管理局の連中に来られたら厄介なんだよ!!」
"管理局"―――正直、この言葉を待っていた。これで少しは動きやすくなった。私は鞄から桃色のコンパクトを取り出した。金色の桜の装飾が煌めくそれを開き、メイクチップの様なペンを持つ。コンパクト中央の桜の花型のボタンをペン先で押すと、ペンを掲げて叫んだ。
「想像展開!」
するとペンが光を放ち、桜をモチーフにした可愛らしいデザインのステッキに変わる。私はステッキを構えてポーズを取ると、ゲートジャック犯に向けて言った。
「世界中に届け、満開スマイル!魔法少女ちぇりりん!もとい時空管理局並行世界特務調査課調査員・群生さくらが、貴方を業務妨害罪で逮捕します!!」
魔法少女ちぇりりんは幅広い世界と世代で愛されている魔法少女アニメだ。しかし、それには元となる存在がいる。それが私―――群生さくらだ。私は時空管理局の調査員として働く傍ら、超世界規模の動画配信サイト『パラレルストリーム』で"世界に満開の笑顔を届ける魔法少女アイドル・ちぇりりん"という名義で活動している。
今は管理局の制服でもなければちぇりりんのコスチュームでもない。普通の私服姿だが、それでもこのステッキがあるだけで不思議と信じてもらえるものなのだ。先程の少女が目を輝かせて私を見つめる。私は彼女にウインクをすると、再び視線をゲートジャック犯に向ける。犯人は拳銃を構えると、此方に銃口を向ける。渡航客のざわめきが聞こえる。私は怯むことなく堂々とした態度でステッキを前に向けた。自信満々に見えるがその手は小刻みに震えていた。やっぱり時犯を相手にするのは怖い。私はフィクションのちぇりりんとは違う。それでも私は世界中の人達に勇気と笑顔を与える為に"魔法少女"になったのだ。
(覚悟を決めるのよ、さくら!)
自分にそう言い聞かせてステッキのボタンを押した。桃色に煌めく桜吹雪が舞う。桜吹雪はゲートジャック犯の男に向かい放たれ、彼の手に持っていた拳銃を吹き飛ばした。
「な、何しやがる!!」
男は勢いよく私に向かって走り出す。私は彼の鳩尾目掛けて蹴りを入れた。彼は吹き飛び壁に激突する。男はそのまま気絶してしまったようだ。私はステッキを軽く振って桃色に光る紐を生成し男を縛り上げた。
「あ、ありがとうございます!」
職員の女性が私にお礼を言う。突然始まった魔法少女ショーに建物中が歓喜と拍手で包まれる。私は照れ隠しで頬を赤く染めながら頭を掻いた。
漸く元の世界に帰れた私は鼻歌混じりに家路を歩いていた。その時、携帯の着信音が鳴った。メッセージアプリが新着メッセージを受信していた。相手は大学の先輩である泊塔子だった。彼女も魔法少女アイドルとして活動していた経歴があり、現在は一線を退いているが私と共演したこともある。
『さくらちゃん、ゲートジャック犯捕まえたんだって?SNSで動画流れてたわよ。"ちぇりりんが来た!"って』
「え!?」
思わず頓狂な声を上げてしまった。どうやらあの一件が撮られていたらしい。調べてみると撮影主はあの時の母親。投稿文には『ちぇりりんに救われました。娘も"ありがとう"って言ってました!』と書かれていた。スレッドには少女直筆の絵が載っていた。思わず笑みが零れる。私は塔子に返信した。
『いやぁ、照れますねぇ~(〃▽〃)そういえば塔子先輩、前線復帰まだですか?また一緒に"ちぇり♡とま"やりたいです!!』
『いやいや、私は後発の活躍を見てるのが楽しいわ』
『そんなこと言わずにぃ……』
そんな他愛もないやり取りが出来るのもこの世界が平和だからだ。こんな笑顔で溢れる日々がずっと続く様に私は戦い続ける。
"一人でも多くの笑顔を、幸せを守れる人になれ"。慈善団体の主任を務める父の教えだ。
「さあ、明日からも頑張ろっ!!」
私はそう言って空を見上げる。そこには雲一つない青空が広がっていた。