【エピローグ】拝啓、自由な空を往く者よ
研究センター長と同列存在を名乗る全時空指名手配犯に関して、時空管理局の上官会議にかけられた。我々の世界の人智、そして科学技術を超越した存在であり、彼の言った"完全人"に関しても情報が手薄という観点から、一時的に彼の調査から手を引く事が決定した。
―――あれから数年後。
"バベルの再建者"騒動で調査課と共同作戦に参加した元ディメンションハッカーズの桧星彗、色樹英麗奈、初原悦子は終身禁固刑から刑期4年に大幅減刑となり、先日無事釈放された。彼女らは各々それぞれの道を進む事になったのだが、どうなったのかは誰も知らない。
先述の騒動最大の被害者である伊川文月だが、取材旅行が功を奏し、卒業制作である時空管理局のドキュメンタリー動画は学校内でも高評価となった。卒業後は映像制作系の職業ではなく、漫画家を本格的に目指すとの事。余談ではあるが、自分が目にした調査課の活躍を基にした漫画を執筆する計画を秘かに進めているらしく、シナリオ制作は叔母である作家の初原瑠美に協力を得ている。文月の後輩である福留ゆみも無事に専門学校を卒業し、その後は事務所所属の動画配信者となったそうだ。
春馬芽衣は、『神域凸』ライブでの乱入参加をきっかけに一躍話題となったがその話題も短期で落ち着いた。パラレルストリームでのチャンネル登録者数はかなり増えたそうだが顔バレしてしまった事を受け、Vストリーマー方式ではなくアバターコス姿での実写活動に切り替えたらしい。配信形態を変えても人気はまだまだ衰えない。
研究センターの工学部門では、携帯型時空接続ポータルの開発を本格的に始めた。完成及び一般導入はかなり先の事になりそうではあるが、研究費の確保や技術提供に名乗り出た企業も多く、開発環境の構築は順調なようだ。調査課メンバーの七五三掛紗和は暫く工学部門に合流し、実父の聡と共に研究開発の指揮を執ることになった。
群生さくらは調査課を辞め、歴史情報管理課の泊塔子と共に本格的に配信者活動に専念する事に決めたようだ。配信活動だけでなく、様々なリアルイベントや慈善活動への参加もしており、活動の幅を大きく広げている。オペレーターの久世遊は歴史情報管理課の小瀧潮と交際を始めた。酷い程に犬猿の仲だった彼らがどういう風の吹き回しで交際までこぎ着けたのか、それは本人達のみぞ知るである。
亜久津野薔薇は、右腕の怪我の影響で前線を退いた墨田修太郎に代わって、職員を束ねる立場になった。同じく前線主軸となった有栖川心姫と共に行動する事になるのだが、彼らは度々口論を起こすので今後が心配になってくる、と持田琴葉は言っていた。そんな琴葉本人はと言えば、本格的に心姫と結婚を前提とした同棲を始めた。彼女と同棲してからの琴葉は、心なしか健康的な肌艶をしていた。
有栖川心姫は調査課で活動する傍ら、プロのヴァイオリニストを志し邁進中だ。演奏動画を定期的にTuVerseに投稿している。そんな芸当が出来るのは恋人がインターネットに長けた琴葉故の成せる業だろう。
墨田修太郎は前線を退き、課長の黒瀬乃亜と共に上官として調査課のまとめ役となった。それに加えて訓練教官的な立ち回りもしており、調査課職員の戦闘訓練も行っている。後輩達と手合わせ訓練をしている時の彼は少し楽しそうな表情をしている。湯川すずめは異世界獣の捕獲のみならず、時空犯罪者の確保任務にも本格的に参加するようになった。彼女は前と比べたらかなり勇敢になったと思う。
そして、俺―――末田力はと言えば、一度も単位を落とす事なく無事に大学を卒業。バイトではなく正規雇用として、調査課に配属する事になった。
「まっつん!正規所属おめでとう!」
久し振りに本部に来た紗和が嬉々とした表情で言う。彼女の隣には服装のせいか見慣れない女性がいた。
「なあ、七五三掛…そこにいる子、誰?」
「え!?まっつん覚えてないの!?彗ちゃんよ!今日から此処に配属になったの」
「はぁ!?」
どうやら共同作戦の一件を受けて、世界を守る仕事を通して罪を償いたいとの事で、釈放後の調査課への配属を前々から志願していたという。彼女の制服姿に若干戸惑いを覚える。彗は俺に視線を合わせると、礼儀正しくお辞儀をして言った。
「これから宜しくお願いします、まっつん先輩」
(初手渾名!?ってか、その渾名教えたの絶対七五三掛だろ!!)
俺は内心ツッコミを入れつつ、彗の方を見る。
「よ、宜しく」
「良かったわね、まっつん!可愛い後輩が出来て」
「そ、そーだな……」
俺は少し赤面しながらも頷く。そんな俺に紗和は不服そうな表情で言う。
「ずっと思ってたけど…もしかしてまっつん、私よりも彗ちゃんの方が好きなの?」
「は!?何言ってんだ、お前…んな訳ねーだろ」
俺の言葉を聞いた彗は心なしかショックを受けた様な表情をする。そして恐る恐るこんな事を聞いてきた。
「まっつん先輩、七五三掛さんと私……どっちが好きなんですか?」
「ふぁ!?」
「ちょっと待った!!」
突然の質問に戸惑う俺は期待にも近い強い眼差しを向ける2人を交互に見る。そして深く考える素振りを見せた後に口を開いた。
「えっと、強いて言うなら俺は……」
「お前ら!乳繰り合いは他所でやれ」
「すいません!!」
俺が答えを出すのを遮る様に修太郎の怒号が飛び、俺は裏返った声で謝罪する。
「全く、お前らは相変わらずだな……」
溜め息交じりに呟く修太郎に俺は苦笑いをした。
こうして他愛もないやり取りが出来るのはこの世界が平和だからかもしれない。並行世界間渡航が当たり前となり、世界はほぼ無限のものとなった。この先も、俺たちは様々な事件や出来事に遭遇するだろう。だが、どんな時でも仲間がいる限り、きっと乗り越えられるはずだ。俺達調査課が守る世界の何処かで、自由に旅する誰かが今日もいる。そんな人達の為に、俺達は今日も、時空犯罪に立ち向かう。
2069年4月某日 S83世界線
瓦礫や鉄屑がそこら中に散らばる荒野。中心街はその辺の廃材や機械の部品を寄せ集めて作った建物が多く立ち並ぶ治安劣悪地域で、世紀末を思わせる不良共が毎日のように改造バイクで排気と爆音を撒き散らしていた。その中心街から少し外れた場所にある一見倉庫にも見えるプレハブ小屋で、一人の作業着姿の女性がメカニックハンマーをチューンアップしていた。傍らに置かれたラジオから流れるパンクロックに身体を揺らしながら鼻歌交じりで作業をする彼女の下に、一機のドローンが飛んできた。時空配送だ。ドローンの気配を感じた女性は作業の手を止める。ドローンのアームは一枚のポストカードを掴み、彼女に渡す。
「Thank you」
そう言いながら彼女はポストカードを受け取る。送り主は彼女の機械工学関係における師匠だ。彼女の師匠は数年前から旅に出ると行ったきり帰って来ない。定期的に旅先から送られてくるポストカードが唯一の安否報告となってしまった。ポストカードには数人の男女と楽しそうに写る師匠の姿があった。裏面に書かれた手書き文によれば、今は氷河期世界線の地下避難都市でボランティア活動をしているらしい。インフラ設備の整備や家電修理をやっているそうだ。
「はは、師匠…相変わらずだな」
女性がポストカードに夢中になっている中で、何処かへ飛んでいこうとするドローンに、彼女は「wait」を連呼して引き留める。そして上着のポケットから一通の封筒を取り出す。
「ほい、宜しく頼むわ」
ドローンのアームが封筒を掴むと、機体から音声が流れる。
『配送先は?』
音声に対し、女性は冷淡な態度で言う。
「いや、封筒に全部書いてあるし。読めんのか?」
『あのですねぇ…こっちだって仕事でやってるんですよ?そういう態度の客は……』
「黙れ!」
食い気味に叫んだ女性の一言に、ドローンはさも意思を持ってるかの様に後退る。そして(本人は聞こえていないと思っているが丸聞こえな)溜め息を吐いた後言った。
『分かりましたよ……はぁ、時空監獄への配送ですか。あれ、差出人の名前が書かれていませんが?』
「Oh, shit!!忘れてたわぁ……」
音声の指摘にわざとらしく頭を抱える女性。音声は再び溜め息を吐くと言う。
『では、差出人の名前を』
音声の問いに、女性は少し微笑むと堂々たる態度で言った。
「……Jasmine」