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【FILE.30】箱舟の終章

―――しくじった。

 感覚が失われていく両腕、ふらつく視界。私―――日ノ寺司(ひのてら つかさ)にはもう、余裕など無かった。長く無機質な廊下を出来る限り速足で歩く。

(一刻も早く、地下の歴史修正装置を…稼働、しなければ……!)

 息も絶え絶えの中歩き続ける。その時、向こう側から一人の男が歩いて来るのが見えた。白いロングコート姿のその男は、私が唯一心から信頼できる人間で、全次元で指名手配になっている凶悪時空犯罪者である彼の身の安全を保障するという条件付きで彼を匿い、協力を得ていた。私の姿を捉えた男が、私に駆け寄り言った。

「ちょっとちょっと、どうしたの!?ボロボロじゃん!」

「……時空管理局に、嗅ぎ付けられてしまいまし、た……」

「…え、マジで?」

 男は慌てる素振りを見せる事なく言う。私は続ける。

「というか、何故私を…助けてくれなかった、のです…か……?」

 私の問いに、男は少し考える素振りをした。その刹那、私の胸部に鋭い痛みが走る。ふと胸部に視線を落とすと、そこには黒い針が刺さっていた。それは男の影から伸びていた。

「なっ…何の、心算ですか……!?」

 男は怪しい笑みを浮かべて答える。

「もう君は()()()。大人しく死んでよ、ね?」

「何を、言っているのですか!?あな、たは…私の協力者、でしょう……そんな貴方、に…私をどうこう、する権…利は……」

 私はその場で膝から崩れ落ちる。朧気(おぼろげ)になる視界、声を出す気力すら奪われていく。そして私の身体を無数の黒い線が貫いた。

「君、言ってたよね?構成員が死のうが捕まろうが、自分の目的の為に動いてくれたら後は用済みだから関係ないって……僕は君に、身の安全の保障を望んだ。でもそれももう叶わなくなっちゃうんでしょ?だったらもう僕にとって君は利用価値の無いゴミ同然だよ」

 そう言い彼は不敵に笑う。赤に染まる視界の中、最期にこの眼が捉えたのは、狂気に満ちた彼の顔であった。


「恨むなよ、司君。これは君が言った事なんだ……何も文句は、言えないよね?」


 逃げ出した日ノ寺司を追って、俺―――墨田修太郎(すみだ しゅうたろう)は、調査課の後輩達と共に無機質な廊下を走る。

「糞っ、何処に行きやがった!!」

 苛立ち混じりに叫ぶ。すると向こう側から男が悠々と歩いてくるのが見えた。白いロングコートには所々に血痕らしき赤黒い染みが着いていた。その姿を捉えた瞬間、俺の全身を激しい悪寒(おかん)が襲う。眼帯で隠した右眼の古傷が痛む。俺は思わず足を止めた。隣にいた末田力(まつだ りき)が不思議そうな顔をして訊く。

「墨田先輩、どうかしましたか?」

 そんな後輩の声すらも聞こえぬ程に、俺の身体を、心を、憎悪が支配した。俺は男を鋭く睨みつける。


 奴は俺の大事な妻を、彼女が愛する世界を壊した、凶悪な快楽破壊者(サイコキラー)だ。


 俺の姿を捉えた男は、爽やかな笑顔で手を振る。

「やあ!久し振りだね、()()()()

「貴様あああ!!!」

 俺は大剣(バスターブレード)の柄を強く両手で握り締め、男に向けて走り出すと大剣を振り上げてそのまま斬りかかる。しかし男は影から無数の黒い帯を伸ばし、大剣を縛り上げてしまった。

「離せ!!」

 必死に抵抗するがビクともしない。男はニヤリと笑って言う。

()()、覚えててくれたんだ……嬉しいなあ」

 "約束"―――初めて俺達が対峙したあの時、去り際に彼は、"次に会う時までは死ぬな"と言った。忘れろと言われても、そんな事は無理な話だ。

「貴様だけは、絶対に許さない……!」

 怒りの感情を込めて叫び、大剣を振り下ろす。自由を奪う黒い帯が音を立てて千切れた。男は軽々しく飛び退きながら言う。

「ほーん…成長してるじゃん」

「日ノ寺司は何処だ……」

 息を荒げながら俺は問う。男は不敵な笑みを浮かべて答えた。

「あー、司君なら……()()()よ」

「……何、だと?」

 一瞬思考が停止する。男は続ける。

「正確に言えば……僕が()()()!元々僕らで協力してこの世界をぶっ壊して、僕らの思い通りになる新しい世界を創ろう!って計画だったんだけど……司君と僕、あまり反りが合わなくてさ。まぁ…方向性の違いってやつ?段々僕にとって彼が邪魔になっちゃってさ…挙句の果てには無能警察如きに嗅ぎつけられてあのザマだよ!使えないよね~!だから殺っちゃった!」

「ふざけるのも大概にしろ!!」

 人の命を奪う事に何の抵抗も罪悪感も感じないその態度は、司の持つそれよりも非情で、外道極まりない。俺は激情に任せて再び斬りかかる。それを縛ろうと黒い帯が迫るが、力が小銃で帯を撃ち抜き加勢する。先刻の戦いで片腕を負傷しているとは思えない精度の射撃である。

「墨田先輩、無理はしないで下さい!なるべく加勢します!!」

「末田、これは俺だけの問題で……」

「だから前も言ったじゃないですか!一人で抱え込まないでって……俺達が付いてるって!!」

 食い気味の力の言葉で何かに気が付いた俺は少し振り返る。後輩達が各々の武器で俺を援護していた。

(そうだった……また、俺は一人で……)

「ありがとう、お前ら……」

 そう呟いた瞬間、俺の右肩を鈍痛が貫く。白い制服のジャケットが赤黒く染まり、右腕の感覚が一瞬にして失われた。視線を下に向ける。見慣れた俺の右腕が、其処に転がっていた。切り口から溢れる血が、廊下の床を赤く染めていく。

「先輩!!」

 力の悲鳴が響く。俺は男に視線をやると、痛みを誤魔化すように叫ぶ。

「貴様ぁ…!」

 俺の苦痛の声に優越を覚えた様に、男は笑いながら言う。

「君達の友達ごっこに付き合ってあげられる程……僕は優しくないから」

「よくも墨田先輩を!!」

 力が小銃を二丁拳銃に変形させて、怒りに任せて男に向けて乱射する。しかし銃弾は男の身体を貫く事無く、黒い壁によって防がれてしまう。男は嘲るような声色で言う。

「諦め悪いね、君達……君達()()じゃ、僕は絶対に倒せない」

 さも自分が人間ではないとでも言うような言い回しに疑問を覚えたその時、部屋が激しく揺れだす。そして大きな振動と共に空間に亀裂が生じ始める。

「どういうつもりだ、貴様!!」

 俺は右肩を押さえながら叫ぶ。男は高笑いの後に答えた。

「さっきね、この地下にあった修正エネルギーの貯蔵ケースを壊してきたんだ。あの量であれば、世界全てを意のままに…まではいけないけど、世界線一つ壊すのは容易いくらいだ。司君は此処が絶対安全って言ってたけど…無能警察如きに見つかっちゃったんじゃあ、ね?もう捨てるしかないでしょ!という訳で、君達にはこの世界と共に消えてもらいまーす!」

「この野郎……」

 俺は悔し気に呟く。

「あ、でもちょっと待って。ここまで僕を楽しませてくれたお礼に…君達に良い事を教えてあげる!」

 男は何かを思い出したかのように言う。

「この世界に神なんて存在しない。僕が根っからの無神論者(むしんろんじゃ)って事もあるけど……人の上に立つのは、いつだって人間だって事!そしてその、"上に立つ人間"って言うのは……」 

 そこで敢えて言葉を区切ると、一際低めの声色で続けた。


「僕達みたいに、人の形を成して人を超えた存在……"完全人(コンプリーテッド)"だ」


「完全、人……?」

 俺は無意識に、そう口にした。男は続ける。

「君達人間に、僕達は倒せない!そしていずれ僕達は、この世界全てを支配する上位存在となる!!抗う術もなく君達は黙って僕達に支配され、服従し、蹂躙(じゅうりん)される事になるんだよ!!最っ高の台本(シナリオ)だとは思わないかい?」

「ふざけるなあぁぁぁ!!」

 俺の叫びは、空間が崩れる音と共に掻き消えた。勢いよく虚空(こくう)へと投げ飛ばされる感覚に陥る。

「"崩壊"が、始まったね。じゃ、僕達は此処でお別れ。また何処かで会えるといいね…って言いたいところだけど、多分君達は此処で死ぬんだろうな……だったら聞こえてないかもだけど、冥途(めいど)の土産って事で、僕の名前を教えてあげる!」

 そう言うと男は、狂気に満ちた笑みを浮かべて名乗った。


「僕の名は……"西郷淳(さいごう じゅん)"。君達の世界で言う研究センター長の()()()()()()()()()()()にして、いずれこの宇宙全てを支配下に置く者だ」


 男の腹立たしい高笑いが脳内で響く中、俺の視界は暗転した。


 目を覚ますと、俺達は時空管理局本部の医務室のベッドの上だった。全身を走る痛みに顔を顰めながら、俺はゆっくりと上体を起こす。

(悪い夢を、見てたみたいだ……)

 そう思いながら俺は、感覚のない右肩に手をやる。千切れたYシャツの袖と、ガラ空きになった右脇腹が、あれが夢ではない事を物語る。

「……墨田先輩」

 不意に横を見ると、課長の黒瀬乃亜(くろせ のあ)の救護の為に先行して戦線離脱していた湯川(ゆかわ)すずめが、ベッド横に置かれた椅子に座っていた。包帯が巻かれた右手を左手で庇いながら彼女は言った。

「大丈夫ですか?凄くうなされてましたよ……」

「ああ、問題ない。それより、他の奴らは?」

「皆さん、ちゃんと治療を受けて無事ですよ。黒瀬さんも何とか一命を取り留めましたが…もう少し遅かったら命は無かったってくらいギリギリで……」

 報告の途中で俯き、段々と涙目になるすずめ。俺は左手ですずめの頭を優しく撫でた。基本右利きの為、少し不慣れな挙動になってしまった。

「お前が泣く事はないさ。課長の事、ありがとな」

「墨田先ぱあぁぁぁい……!!」

 俺の言葉で安心したのか、すずめは更に泣いてしまった。そして俺を強く抱き締め、一頻り泣いた後、泣き疲れたのかそのまま俺の片腕の中で眠ってしまった。

「ったく…本当に、可愛い後輩だ……」

 俺はそう呟き、もう一度彼女の頭を撫でた。

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