【FILE.29】箱舟の上の戦争
「ディメンションハッカーズ首領、日ノ寺司。貴様を時空犯罪幇助及び違法時空移動機器所持等の罪で確保する!!」
黒瀬乃亜が細剣の切っ先を銀髪の男に向ける。その瞳には強い怒りと憎悪が込められていた。男は此方を見て悔し気な表情を見せる。その隙をついて、彼に捕まっていた(?)研究センター職員の森重颯斗が男に軽く足蹴をかまして拘束から逃れた。
「森重さん!大丈夫?」
俺の隣にいた七五三掛紗和が颯斗に駆け寄る。
「あぁ、紗和ちゃんか…問題はない。それより…君が作ったカメラ搭載眼鏡、中々役に立ったよ。流石は聡博士の愛娘だな」
「ふふん!もっと感謝してもいいのよ?」
(明らかにこれ、最終決戦の雰囲気だろ!そんな緩いやりとりは終わってからやってくれ…)
2人のやり取りを見て俺―――末田力は呆れた表情で思う。
「ははっ、時空警察総出で私を確保しようという心算ですか……」
日ノ寺司、と呼ばれた男は手に持っていた雷を纏った槍を軽く回すと余裕そうな笑みを浮かべる。そして俺達の後ろに立つ桧星彗、色樹英麗奈、初原悦子の方に視線をちらと向ける。
「ところで…貴女達は何故其方側に付いているのですか?もう共同作戦は終わった筈でしょう。まさか…私に反旗を翻す心算ですか?」
司の言葉に対し、彗はフレイルハンマーを構えたまま彼を睨み言う。
「ノア様、貴方には失望しましたよ。他人の命を何とも思っていないその態度…もう付いていけません」
英麗奈がそれに続く。
「私達に手厚く支援しておいて利用価値が無くなったら突き放すって、本当に最低な男だわ!」
悦子は眼鏡をかけ直して続く。
「貴方を信じて付いて行った私が、本当に馬鹿みたいです…この人でなしが!!」
3人共完全に司を見限っている様子だった。それを見た彼は困り果てたような顔になる。
「やれやれ、仕方ありませんね……では、貴女達にはここで消えてもらいましょうか」
そう言って司は彗達に雷撃槍を向け、攻撃の体制に入る。
「やめろ!!」
俺は咄嗟に小銃を構え、彼の足元に一発撃ち込む。銃弾を受けた床が大きく凹む。
「邪魔しないでいただきたい!」
司は俺に標的を切り替える。
「やめろ、末田!無茶だ!」
墨田修太郎が俺を止めようと叫ぶ。しかし俺は止まる気なんて最初から無かった。目の前で誰かが死ぬのを見たくはない。命を賭してでもかつて従っていた人間を見限って、罪を償おうとしている人を死なせるなんて耐えられない。俺は小銃を散弾銃に変形させ一心不乱に司に向けて銃弾を撃ち込む。
「当たれえええええ!!!」
銃声と共に放たれた無数の弾丸は司に向かって飛んでいく。しかし奴はそれを軽々と避けていく。
「無駄ですよ!」
一気に距離を詰められ、俺の首を雷撃槍の先が掠める。
「うおっ、あっぶなぁ!!」
間一髪回避した俺は慌てて距離を取る。司が槍を構え直すその瞬間を待っていた、と言わんばかりに彼の背後から有栖川心姫が渾身の飛び蹴りをお見舞いする。しかし気配を捉えていたのか、姿勢を屈め避けると、振り返りながら彼女に向けて攻撃を仕掛ける。
「中々やりますわね、私の攻撃を見切るなんて…でも、こんなものでは終わりませんわよ!」
彼女は攻撃を躱し即座に体勢を立て直すと、少し後退し勢いをつけてサマーソルトキックを放つ。履いていたローラースケートの車輪が火花を散らす。司は回避する暇もなく上方に吹き飛び床に叩きつけられた。
「小癪な…では、これならどうですか!!」
司はゆっくりと立ち上がると、雷撃槍で床を強く叩く。すると雷撃が床を伝って波状に広がる。俺達は雷撃を直に食らい、全身に強い痺れを感じた。悲鳴が轟く室内で一人、司が嘲る様に高笑いをする。
「ふふふっ!あははっ!これで形勢逆転ですね!さぁ、大人しく投降し―――」
彼が言い終える前に、乃亜が司の左肩に細剣を突き刺した。赤黒く染まる上着を見た司は眼を見開いて絶句する。
「……っ!?何故……」
「私達の、大切な仲間を…傷つける奴は、絶対に許さない……」
乃亜は司の肩に細剣を刺したままその場で崩れ落ちる。
「課長!!」
俺の叫びも全く聞こえていない様で、乃亜はそのまま動くことは無かった。
「思ったよりも…時空警察も無能ではなかった、か……」
乃亜の様を見て司は乱暴に細剣を引き抜いて呟く。刀身から鮮血が滴る。苦し気に顔を歪ませた彼は、その細剣を、そのまま、乃亜に向けて振り上げる。
「……さよならです、黒瀬乃亜」
そのまま彼の手が振り下ろされようとした、その時。
二人の間に割って入ったのは修太郎だった。大剣を盾代わりに細剣を防ぐ。
「黒瀬課長に…手を、出すな!!」
そう叫んだ直後、司の腹目掛けて斬り付け攻撃を喰らわせる。司は飛び退いたものの、僅かに喰らってしまい、腹部から赤い線が滲む。
「……っ、邪魔するなと言った筈だ!!」
怒りの形相を浮かべた司は修太郎に雷撃槍を向ける。
「いい加減大人しく投降しろ。さもなくば問答無用で殺す。時犯は殺すな?そんなの今はどうでもいい…貴様の様な外道は、生きている価値の無い屑だ!!」
修太郎は大剣を構えると俺達に向けて叫ぶ。
「此処からは俺が指揮を取る。動ける奴は全員加勢しろ、いいな!」
修太郎の呼び掛けに俺達は武器を構え直すと、声を揃えて叫ぶ。
「了解!!」
「足掻いても無駄だって事……身を以って知りなさい!」
司が雷撃槍を軽く回し雷光弾を飛ばす。
「させない!!」
悦子が本を開き、透明な防御壁を張りそれを防ぐと、ページをめくり叫ぶ。
「旋風刃!!」
風の刃が司に向けて飛ぶ。彼は槍を横に持ち雷を纏った防壁を展開して防ぐ。その直後、麗しい歌声と共に彼の周囲を炎の蝶の群れが飛び囲う。その場で身動きが取れなくなった司の背後から彗が跳躍し、炎を纏わせたフレイルハンマーを振り上げる。
「これで終わりです!」
フレイルをそのまま勢いよく振り下ろす、と同時に彗の気配に気付いた司が瞬時に振り向いて雷撃槍で応戦する。火花散る鍔競合いの後、彗は素早く後方へ飛び退く。
「うぅ、もう少しだったのに……!」
彗は悔し気な表情を見せる。司は小さく息をつく。そして視線を向けた先には、満身創痍状態の乃亜の肩を持ち、本部が展開した緊急脱出ゲートまで運ぼうとする湯川すずめがいた。
「逃げるつもりですか!!」
司はすずめに向けて雷光弾を飛ばす。
「すずめちゃん!!」
俺は必死に叫んで彼女の下へ走り出す。しかし援護もいらないようで、すずめは闇を纏った双剣の片方で雷光弾を切り裂いた。彼女は司を睨みつけ、剣を彼に向けると言った。
「これ以上黒瀬さんに手を出したら……八つ裂きだからな!!」
その言葉に司は嘲笑う。
「いいでしょう。ならば貴女諸共始末するまで!!」
司が槍を構え直すと、再び戦闘態勢に入る。すずめと距離を詰め、槍を上から突き刺す。俺は二人の間に割って入り、司の腕目掛けて銃弾を一発撃ち込む。司の左腕から赤い線が飛ぶ、と同時に俺の右肩辺りに鈍い痛みが襲う。
「末田さん!?」
すずめが絶望にも近い表情で叫ぶ。槍が刺さったままの肩を押さえながら俺は言う。
「大丈夫、だ…それより…課長、を……」
「わっ、分かりました!」
俺の言葉にすずめは力強く返事をする。そして乃亜を担いでゲートへ飛び込んだ。一方司は両腕の自由を奪われ、焦りの表情を見せていた。修太郎が司に向けて言う。
「もう諦めろ、お前の負けだ」
修太郎の言葉に司は悔しがるどころか、依然余裕の表情を崩さず笑っていた。
「ふふっ、ここまで私を追い詰めた事は褒めてあげますよ。ただ……もう誰も、私の計画を止められない」
「何だと?」
修太郎の顔が険しくなる。司は続ける。
「大規模歴史修正装置はもう完成している。後は私がこの手で装置を稼働させれば…貴方達は消滅する。よって私の勝ちです!!」
司は赤く染まる腕を押さえながら、その痛みすら楽しんでいるように高笑いをした。そしてふらつく足取りのまま部屋を出ていく。
「追うぞ!」
「了解!!」
修太郎も後を追う様に駆け出すと、俺達も後に続いた。