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Ride on Multiverse ~時空管理局並行世界特務調査課~  作者: 夕景未來
第3部『バベルの再建者』
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【FILE.27】隠し玉は颯爽と駆ける

 轟音を立てて崩れゆくバベルの塔を遠目から眺める。

(さて、そろそろ私も動くとするか…)

 私―――森重颯斗(もりしげ はやと)は、洗脳遮断耳栓を外しズボンのポケットに入れ、現地支給された浅葱(あさぎ)色の上着を脱いでその場に投げ捨てると、岩瓦礫の山となった塔の成れの果ての奥へと進む。


―――私は、重大な任務を任されていた。


 洞窟の奥深く、虹色に煌めく水晶の塊が暗い洞窟を照らす。私は懐から白い無機質な小箱を取り出し、水晶の近くに設置した。

「これで、良いのか…?」

 不安げに呟きながらその場からそっと離れようと後退る。

「こんな所で何をしてるの!」

 私の背後から甲高い女性の声が聞こえ、その場で振り返る。エメラルドグリーンを基調とした(土埃を直で浴びたのか所々汚れている)マーメイドドレスに身を包んだ女性―――メイメイだ。彼女の表情は危機迫るものだった。

「おっと、見つかってしまったか」

 私はわざとらしく驚いた仕草をする。

「何よその態度!…って貴方、その手袋…遠征部隊の信者じゃない!なら猶更(なおさら)何の心算よ?」

 彼女は私の両手に嵌められた手袋を見て怒り交じりの声色で問い詰める。

「ああ、そうだ。いや、正確に言えば信者()()()。私は君の、純粋で、心から歌う事を楽しんでいる姿に心を惹かれたんだ。だが、今回の生配信では…いや、それ以前から、バベルに君が絡んでからは、そんな純粋さは君の声から消え失せてしまった。これが君の、()()()配信だと言うのに…せめて()()くらいは、君の心から楽しそうに歌う君を見たかった……」

 含みある言い方で悲しげに微笑む。

「さっきから最後最後って…貴方、一体何がしたいわけ?そこに置いたものは何!?答えなさい、さもなくば貴方をこの手で殺す!!」

 彼女は声を荒げる。しかし、これ以上彼女に構ってはいられない。私は速足で洞窟の出口へと歩く。メイメイがすれ違いざまに私の肩を強く掴む。それを優しく引き剝がして言う。

「悪いな、私には時間がない」

 そして彼女の方を見て、少し微笑むと、手に持っていたスイッチボックスを押した。


「君の様な素晴らしい歌姫を、また一人失ってしまうのは惜しい」


 強大なエネルギー同士が衝突した時特有の、音の無い轟音。私はメイメイを洞窟の奥の方へ突き飛ばして走る。

「待ちなさい!!あなt―――」

 どう足掻いても彼女は助かる事はない。この世界線は、崩壊する。この世界線に生きる存在であるメイメイは、崩壊と共に消滅する運命を辿るのだ。これで私の任務は完了だ。

(だとしても、これは聊かやりすぎではないか?)

 任務を無事に終えた私を出迎えるように、目の前に時空接続ゲートが開く。私はそこに躊躇いなく飛び込んだ。


 ゲートの繋がった先は、時空管理局本部のエントランスでもなければ研究センターの工学部門の部屋でもなく、見慣れない建物の中だった。

「何処だ…ここは」

 私が辺りを見回していると、遠くからゆっくりと靴音が近付いてくる。

「やあやあ、これはこれは…任務お疲れさまでした、森重君。全く連絡が無いものですから、てっきりもう死んでしまったのかと心配で…」

 靴音の主―――長い銀髪を揺らした男性が、怪しげに微笑む。彼の姿に顔を顰め、私は溜め息を一つ吐くと言った。

「ご丁寧に出迎えてくれて感謝します。早速ですが、やはりあの小箱を渡したのは貴方ですか、"ノア"…いや」

 そこで言葉を一度区切り、男性に視線を合わせると言った。


日ノ寺司(ひのてら つかさ)先生」


 日ノ寺司―――私が大学時代に在籍した研究室の教授で、かつては研究センターの時空接続ゲート開発チームに従事していた時空工学研究の権威の一人だ。私はずっと、彼の態度や思想が気に入らなかった。特に、他人の命を軽く見ている点は私を常に苛立たせた。数日連絡を入れなかっただけでも"死んだ"認定してくる彼にはずっとうんざりしていた。


「貴方が渡した小箱を工学部門に解析してもらいました。あの箱、莫大な修正エネルギーを圧縮して作った爆弾じゃないですか。威力は余裕で世界線1つの歴史全てを意のままに書き換えられる程」

 私は呆れたように言った。すると司は、まるで子供の様に無邪気に笑う。

「流石は我が教え子!よくぞそこまで調べ上げましたねぇ」

 彼の表情が、言動が、私を更に苛立たせていく。私は冷静さを失わぬように堪えつつ続けた。

「あの洞窟にあった水晶の塊は、修正エネルギーの結晶体でした。修正エネルギーは言わば可能性のエネルギー…人々の"もしも"が起こす力。多くの人々の『もしもこうだったら』という思いが集まる場所にはこう言った結晶体が発生するそうですよ。貴方は修正エネルギー同士を衝突させて一つ世界線を崩壊させた。私を時犯に仕立て上げるつもりですか?」

「そうだったとしても、貴方を崩壊犯だとする証拠は絶対に見つからない。崩壊した世界線に関する情報は、全ての世界から消えるのだから、誰が世界線を崩壊に追いやったかなんて分かりやしませんよ。完全犯罪です」

 そうだった。先生はそういう男だった。常に犯罪者の如き発想で物事を考える。それが、彼が多くの人間に嫌われる理由であり、同時に彼を天才たらしめている所以でもある。

「ここ最近頻発する歴史改変を指揮していた、ディメンションハッカーズの首領は貴方ですね?多くの構成員を抱えている筈の貴方が、何故私をこの任務に充てたのですか?」

 私の問いに司は悪い笑みを浮かべて答える。

「君が一番信用できる存在だからです。君とは付き合いも長いし、私への理解もある」

 そう言って彼は両手を大きく広げ、高笑いしながら続ける。

「ディメンションハッカーズは歴史修正を生業とする組織だって言うのは森重君も知っていると思いますが…目的は歴史を修正する事じゃない。歴史が修正された時に生み出される修正エネルギー、それを集めさえすれば世界を、歴史を、意のままに書き換える事が出来る訳ですよ!」

「歴史を…意のままに、だと!?」

「えぇ!ディメンションハッカーズは修正エネルギー収集の為に利用した謂わば"捨て駒"。活動の過程で時空管理局に捕まろうが死のうが私には無関係です!そのせいで構成員が手薄になってしまいまして…そんな最悪のタイミングで例の"バベル"事件が起こったわけですよ。全ての世界の歴史を書き換え、私が神となり支配する新たな世界を作り上げるという偉大なる計画を邪魔して、神の領域へ抜け駆けを目論む世界線なんて……無くなってしまえばいい。だからG51世界線を消す事にした。そして、その任務に充てる人材として君を選んだ。ただそれだけですよ」

(狂ってやがる……)

 私は苛立ちの表情を見せ、嵌めていた手袋に手を翳す。そして司に向けて手を伸ばすと氷塊を飛ばした。しかし、司は素早く身を翻すと、何処からともなく召喚した雷撃槍を手に、距離を詰めて反撃してくる。

「そんな隠し玉を持っていたとは、ね……!」

「今のは"バベル"の連中が使っていた魔道具です。手の甲には先程も言った結晶体の欠片は嵌め込まれていましてね。感情や寿命等、生命エネルギーを代償に修正エネルギーを活性化させ、一時的かつ局地的に歴史改変を行い、思い通りに魔法が使えるようにする物です。色々仕組みが興味深いので持って帰る予定で……丁度いい機会だ、解析の前に試験運用と参りましょう」

 司は手に持った雷撃槍を振り回し、私に連撃を嗾ける。それを咄嵯に手で受け止めると、槍は一瞬にして凍結した。司は雷を槍に纏わせ、覆われた氷を砕くと飛び退いて私から距離を取る。

「ははっ、容易く代償に捧げられる物のない貴方の魔法等、恐ろしくも何ともない!」

 司の煽りに動じる素振りを見せず、私は掌に魔力を集中させながら言った。


「私……今日まで5()()()()()()んです」


 巨大な氷塊を司の頭上に生み出し、そのまま落とす。司はそれに気付き、槍で氷塊を貫いて砕いた。

「眠気を代償に魔法が使えるとは思いませんでしたよ…そろそろ貴方も限界なんじゃないですか、司先生?」

「ふむ、確かに体力の限界が……」

 そう言いながらも、彼は余裕の表情を崩さない。私は司の足元を狙って冷気丸を投げ付ける。彼は冷気丸を避けながら距離を詰め、私の首元目掛け雷撃槍を突き刺した。直撃は免れたものの、壁に勢いよく槍が刺さり、司とかなり距離を詰められ、私は身動きが取れない状況になっていた。

「は、はは…これまでですよ、森重君……!」

 ピンチかと思われるこの状況。しかし―――

 

 これは全て、私の台本(シナリオ)通りだ。


 私は余裕をかましたように悪い笑いを見せて言った。

「貴方とこんな白熱した戦いが出来るとは予想外でした。ま、"時間稼ぎ"には丁度よかったですけど」

「な、何だと…!?」

 司は驚きの表情を見せる。彼の後ろには既に、時空管理局の調査課職員が到着していた。

「あり得ない!ここは、私が認めた人間しか知らない時空の境界―――"0番世界"の筈!」

 狼狽える表情の彼を見れただけでも、私にとっては大収穫だ。よく見ると、調査課職員達の後ろには、ディメンションハッカーズのメンバーと思しき女性達や、事の顛末をカメラで撮影している学生らしき人物もいる。私は自分の指で眼鏡に軽く触れて言った。

「貴方が私と話している間の事は全て、この眼鏡に仕込んだカメラで時空管理局と中継していたんです。私が貴方と戦っている間に座標を特定して突入準備をしてもらっていたわけです」

「くっ…私が見ないうちに随分と卑怯になりましたね、森重君」

 司が悔しいような嬉しいような感情で言う。

「ディメンションハッカーズ首領、日ノ寺司。貴様を時空犯罪幇助及び違法時空移動機器所持等の罪で確保する!!」

 調査課の上官らしき男が宣告する。


 私の任務は本当の意味で完遂した。後は管理局の番。最終決戦の火蓋が、今切って落とされたのだ。

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