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Ride on Multiverse ~時空管理局並行世界特務調査課~  作者: 夕景未來
第1部『パートタイマー・タイムパトロール』
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【FILE.4】あくまで天使な可愛いあの子

(癒しが欲しい……)

 ふと脳裏に(よぎ)ったのはそんな事だった。俺―――末田力(まつだ りき)は肩を落としながら溜め息を吐く。その時、何かにぶつかった感覚がした。

「はわっ、すいません!」

 下の方から声が聞こえたので視線を落とすと、俺を見て慌てふためいている可愛らしい女性の姿があった。俺と同じ制服を着ているので調査課のメンバーだろう。

「あ、こっちこそごめん。俺が前見てなかっただけだから……えっと、君は…」

 俺がそう言うと、彼女は姿勢を正し()()を挙げてビシッと敬礼すると名乗った。

「初めまして!湯川(ゆかわ)すずめと言います!」

(全力でやっている所悪いが、間違えている…)

 俺は心の中で苦笑しながら訂正する事にした。

「えっと、敬礼は右手を挙げるんじゃなかったっけ…?」

「はわぁ!?ま、また間違えちゃった……」

 すずめは慌てて右手で敬礼し直す。俺と目線を合わせようとしているのか小さく何度も跳んでいる様が可愛らしく、思わず顔が綻ぶ。

(そうだよ!俺が求めてたのはこういう癒し系女子……)

「ほーん、まっつんはそういう娘が好きなんだぁ…」

 癒し空間に浸っている所に聞き覚えのある声が背後から横槍を入れてきた。

七五三掛(しめかけ)!!やめろよ、俺の癒しの邪魔すんじゃねえ!」

「私という女がいる前で浮気ですかぁ~?」

「お前と付き合った覚えはねぇわ!!」

 俺の幼馴染である七五三掛紗和(さわ)は不機嫌そうな表情を浮かべる。俺はすずめを勢いよく抱き締めると、紗和に見せつけるように言った。

「お前もすずめちゃんみたいに可愛げがあればなぁ!!ほら、見ろよ!ちっちゃくて可愛い!

 七五三掛とは段違いだ!」

「はわぁ!?や、やめて下さいよぉ~!!」

 こういう可愛い女子程困らせたくなってしまうのは何故だろう。女子2人に騒ぎ立てていると、俺の背後から凄まじい気配を感じた。恐る恐る振り向くと、鋭い眼光で先輩隊員の墨田修太郎(すみだ しゅうたろう)が俺達を見下ろしていた。

「真昼間から堂々と戯れ等、随分と余裕そうじゃないか」

「い、いえ…これはその……」

 言い訳を考えようとしたその時、俺は気付いてしまった。

(先輩の眼、癒しを求める者の眼をしている!!)

 修太郎は不器用な男だ。俺は直感的に察すると、そっとすずめを差し出した。すると修太郎は彼女を優しく撫で始めた。強張(こわば)っていた表情が僅かに緩んだ。

「可愛いな、お前は…」

「やっぱり墨田さんのなでなでは最高です~」

 この光景を見た瞬間、俺は悟ってしまった。

(ああ、ここに居たら違う意味でダメになりそう……)

 俺は紗和の手を引いてその場を離れる事にした。その時、けたたましいサイレンと共に放送が入る。

《T67世界線から異世界獣が侵入!現在、正史並行世界ポート前大通りで暴走中とのこと!至急捕獲せよ!》

 その放送を聞いて真っ先に動き出したのはすずめだった。修太郎の手を優しく頭から離すと言った。

「じゃ、()…行ってきます!」

 そして部屋を飛び出して行ってしまった。

(あんなに可愛い見た目の上に僕っ子だと!?益々推せてしまう……)

 そんな事を考えていた時、修太郎が言った。

「一応彼女はお前の先輩だからな。まぁ、入ってまだ一年近い若手だが…それなりに態度には気を付けろ」

 彼はそれだけ言うと、部屋の大画面モニターに視線を移す。モニターは並行世界ポート前の監視カメラ映像を映していた。


 並行世界ポート前の大通りでは、巨大な鳥が地響きのような重低音の鳴き声を上げながら大きな羽根を羽ばたかせて暴れ回っていた。

「時空渡航において、生物の持ち込み規制のボーダーラインは今でも争点になっている所よ」

 モニターの映像を見ながら紗和が言った。確かに外国への旅行の際にも、生物を持ち込むとなれば色々と面倒臭い手続きがある。現状の法では危険性が無いと証明できれば持ち込みは可能だが、生態系の崩壊は世界線の歴史そのものにも影響が出てしまう点から規制強化をするべきだとする人もいる。

「というか、あんなデカい鳥相手に独りで立ち向かうって…大丈夫なのか?誰かが加勢に入った方が……」

 俺の心配の声を一蹴するように修太郎が言った。

「彼女は異世界獣の捕獲に長けている。動物の扱いが上手い奴でな、あの程度の相手なら問題無いだろう」

 彼がそう言っている間にも、すずめは鳥に向かって駆け出し、両手に持った双剣を振り回す。その動きは直接相手を攻撃するのではなく、あくまで牽制しているようであった。

(なるほど……あれは彼女の戦闘スタイルか)

 俺が納得して見ていると、持田琴葉(もちだ ことは)が少し不思議そうな表情でPC画面を見ながら言った。

「あの鳥…T系世界線に原生するテナーパロットって奴なんですけど……テナーパロット自体凶暴性は無いですし、あんな巨大な個体の確認例も無いんですよね。妙だ……」

「それ、どういう意味?」

 紗和が聞くと、琴葉はキーボードを叩きながら答えた。

「つまり、今回の件は何者かが何等かの方法であの鳥を暴走させているって事です。別で犯人を捕まえないと、また同じような事が起きてしまう可能性が高い」

「深刻な事態になる前に犯人を捕まえるぞ」

 修太郎と俺は部屋を飛び出し、現場へと急行する事にした。


 大通りはパニック状態になっていた。俺はイマージュギアを起動させ、小銃をその手に握り締める。そして周囲を見渡して暴走の主犯らしき人物を探す。その時、誰かに肩を軽く叩かれた。振り向くと、ここら辺では見ない格好の服を着た長髪の女性が立っていた。その手には空になった鳥籠を握り締めていた。

「あの、すいません…」

「えっ!?あ、はい!何でしょうか!?」

 突然の出来事に思わず声を上ずらせてしまった。女性は続ける。

「実は今暴れてる鳥、私の飼ってる子でして…」

 聞く所によると、彼女が飼っていた鳥が突然逃げ出してしまい、探し回っていた所で俺達を見つけたようだ。

「逃げていった先で何かしら変な薬でも打たれたんでしょう……お願いです。うちの子を止めてください!絶対に殺すなんて事は、やめてくださいよ?」

「わ、分かりました……何とかやってみます」

 俺はそう答えると、修太郎と共に最前線へと走り出した。


 最前線では鳥の声が轟く。すずめは必死に鳥の動きを抑え込もうとしているが、鳥の方も負けじとその鋭い嘴で彼女を突こうとしている。俺は小銃を麻酔銃に変形させると、鳥の首筋に目掛けて撃った。しっかりと撃ち込まれた筈だが麻酔が効いている様には見えなかった。

「う、嘘だろ……?」

「この世界の生物ではないから当然と言うべきか…」

「麻酔で眠らせた方が手っ取り早いと思ったんですけど……」

 俺はそう言って何度も麻酔弾を鳥に向けて撃ち込み続けた。その時、俺は気付いてしまった。大通り沿いのビルの屋上に白衣姿の人物がいる事に。

(あいつが……?)

 俺がその男の姿を確認しようとした瞬間だった。男は懐から注射器を取り出すと、鳥に向かって投げた。それは鳥の翼の付け根に突き刺さり、中の液体を注入した。すると鳥は苦しむように暴れ出した。眼を赤く光らせ、一層激しく暴れ回る。すずめが勢いよく後方へ吹き飛ばされた所を修太郎が受け止める。

「大丈夫か、すずめ?」

「あ、ありがとうございます…!」

「墨田先輩、すずめちゃん!実は……」

 俺はビルの屋上にいた男の事を話した。

「きっとこの事件の主犯は彼でしょう。目的が何かは分かりませんが……」

 俺の説明を聞いた2人は頷く。

「この鳥は俺が引き受ける。末田とすずめは奴を追え」

「はい!!」

「了解です!」

 俺達が駆け出すのと同時に、修太郎は鳥に向かって駆け出していく。


 例の商業ビルの屋上で、白衣の男は事の顛末(てんまつ)を見ていた。

「おい、お前!そこで何をしている」

 お絵が声を掛けると、男は振り返り不敵な笑みを浮かべて言った。

「新作強化剤の実験、ですかね。丁度良い所に()()()()()()が飛んできたものですから……」

(手頃な被験体?他人様のペットを被験体呼ばわりするなんて……)

 静かに怒りを覚えた俺よりも、怒りを露わにしていたのはすずめの方だった。

「貴方が、可愛い鳥さんを傷つけた人ですか……?」

 すずめが双剣の柄を強く握り言う。

「まぁ、そうですね……実験の為には多少傷つける事もありますよ。それに、あの程度の事で死ぬようなら、そこまでだったというだけ……」

「鳥さんに限った話じゃないですけど……動物さんを傷付けるなんて絶対にしちゃいけない、って…お母さんが言ってました!だから、そんな酷いことする人を、僕は……許しません…!」

 そして双剣の片方―――暗い紫色に光る刀身の先を男に向けると、涙目で相手を睨み、彼女の容姿からは想像も出来ないような低音の声で言った。


「……大人しくお縄につけや、この人でなしの外道がぁ!!」


 彼女の暗紫色の髪が輝く金髪へ変わる。そして目にも止まらぬスピードで白衣の男に向かって剣を振るう。しかし、相手はそれを難なく避け、逆に蹴りを入れてきた。彼女はそのまま吹っ飛び、壁に激突するが、すぐさま立ち上がり再び走り出した。彼女の眼はさながら狂戦士(バーサーカー)のようであった。

(すっげー強ぇじゃん、この子……!)

 俺は驚きを隠せなかった。彼女の猛追に白衣の男は為す術なく圧倒されていく。そして男に馬乗り状態になると、剣を彼の首筋に突き立てて言った。

「なぁ、解毒剤は持ってるか?」

「ははっ、あったとして答えるとでも……?」

「……答えないなら、その首を掻っ切る」

 すずめは冷たく言い放つと、男の首筋に刃を押し当てた。その様子に観念したのか、男はポケットから小瓶を取り出して、震える手で投げた。小さく硝子が割れる音と共に轟く様な鳴き声が響く。俺は大通りを見下ろすと、下には大剣を構えた修太郎、そして鳥籠を持った飼い主の女性がいた。解毒剤は上手く効いたらしく、女性は元に戻ったテナーパロットを優しく両手で拾い上げていた。


 白衣の男は別世界から来ていた科学者で、研究センターの薬学部門に潜入していたという。彼は強化薬の開発を進めており、今回の事件はその試作品を使ったものらしい。

「時犯の拘束なんて初めてだったんですけど…何とか上手く出来ました!」

 すずめは嬉しそうに飛び跳ねながら言った。気付くと彼女の髪色は元に戻っている。

(彼女はどういう血筋の生まれなんだ?)

 俺は疑問を抱きつつも、一件落着して良かった、と胸を撫で下ろした。天使みたいな彼女が見せた恐ろしい悪魔の様な一面。あの光景を忘れるなんて絶対に出来ないだろう。俺は安易に彼女を怒らせてはなるまい、と心に固く誓った。

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