【FILE.26-5】魔法少女は止まらない
突然配信会場に現れた妨害者、そしてメイメイの力で邪魔者を排除するだけの傀儡となった信者が騒ぎ立てる観客席。恐らく時空管理局らしき制服姿の人々も乱入し、もう配信どころの騒ぎでは無くなっていた。当のメイメイはステージを降りてしまい、何処にいるのか分からない。私―――桜坂ももは焦りを感じていた。
(まさかこんな事態になるなんて思わなかった……)
私は今、配信会場から少し離れた建物の屋上に居る。ここからだと会場の様子がよく見えるのだ。隣には私の双子の妹の桜坂菊乃が不安げな表情で惨状を見ていた。
「芽衣ちゃん、大丈夫かな……?」
「きっと大丈夫だよ」
そう言いつつも内心では最悪の展開になっているんじゃないかとヒヤヒヤしている自分がいた。すると不意に背後から声をかけられた。
「ここにも隠れてたのね、メイメイの関係者」
振り返るとそこには赤を基調とした(見方によればエプロン姿ともとれる)衣装の女性が立っていた。その姿には見覚えがある。かつて『パラレルストリーム』で人気を博した伝説的魔法少女アイドルの"とまたん"である。
(噓でしょ!?どうして彼女が此処に?引退したんじゃなかったの!?)
私が驚いている間に彼女はこちらへ歩み寄りながら言葉を続けた。
「時犯の確保は専門外だけど…今回ぐらいは上も許してくれるわよね。という訳で、魔法少女とまたんが、悪に染まった心にビタミンお届け☆この台詞を言うのも何年振りかしら?」
そして微笑みを見せながら可愛らしいロッドを構え、攻撃を仕掛ける。咄嗟の出来事だったが、どうにか回避する事に成功した。相手の攻撃の隙を突いて菊乃が彼女に向けて炎を放つ。炎攻撃を躱しながら彼女は言った。
「あらあら、中々やるじゃないの」
菊乃が女性を視界に捉えたまま言った。
「私、とまたんさんのファンでした。貴女に憧れて、魔法少女になりたいと思ったぐらいです。貴女とは…違う形で会いたかった。敵同士じゃなくて、アイドルとそのファンという形で…!でも今はそうもいかないみたいですね」
菊乃の目からは涙が流れ出ていた。そして炎を手に纏わせて殴打をお見舞いする。しかし相手はそれを軽々と避けてしまう。その動きを見て思った。彼女の実力はかなりのものだろう。今の私達だけでは勝ち目が無いかもしれない。だが、ここで諦めたら、"芽衣を守る"という責務を全うできない。負けてしまったら二度と彼女に顔向けできない。私は左手袋に手を添え、深呼吸をすると両手を前に勢いよく突き出す。すると凄まじい風が吹き荒れる。強風に耐え切れずバランスが崩れそうになるものの何とか持ち堪える。風の魔法を得意とする私だからこそ出来る技だ。
「ふぅ~ん、なかなか面白い事やってくれるじゃない。じゃあ、これならどうかしら?」
余裕そうな笑みを浮かべて、女性はロッドを振るう。すると赤い光の玉が菊乃を覆い、そのまま行動の自由を奪う。どうやら拘束系の魔法のようだ。
「さぁて、これで2対1。大人しく投降するなら彼女を解放してあげるけど?」
「お姉ちゃん!私はいいから早く逃げて!」
「そんなこと出来ないよ!!」
「このままだと二人共捕まっちゃう!!だから……」
必死に訴えかける妹の姿を前に、何も出来ずにいる自分に腹が立つ。
(こんな事はしたくなかったけど…菊乃を守る為なら!)
私は両手を高らかに上げる。すると私の周囲を旋風が覆う。そのまま両手を振り下ろすと、相手に向けて旋風の刃を飛ばした。この魔法はかなり魔力を消耗する。なので普段はあまり使いたくなかったのだ。相手はロッドで私の攻撃を受け止める。疲労に支配され、動きが鈍る私を見て、相手は言った。
「限界みたいね。じゃあ、フィニッシュと行きましょうか」
そしてロッドを高く掲げる。すると私達の周囲を赤い円形の光の群れが囲う。光に触れると私の中にあった戦意が少しずつ削がれていくような感覚に陥る。心が、身体が癒されていく。段々と遠のく意識の中、私は心の中で謝罪した。
―――ごめんね、芽衣ちゃん。貴女の事を守れなくて。
私達は元から魔法を使えたわけじゃなかった。芽衣もそうだった。彼女はとある洞窟の奥深くにある水晶の力を己の物にした。水晶からもたらされる魔法は、自分の中にあるもの一つを代償にして使えるものだった。芽衣を守る意志を持った私達はわずかな戦力強化として水晶の一部を嵌め込んだ手袋を身に着け活動をしていた。特に別の世界線に赴く遠征部隊は時空管理局と対峙する可能性が高かった為相手と渡り合う戦力として重宝されていた。ある人は倫理観を、ある人は知能を、またその最たる人は、金銭や貴重品、果ては記憶や寿命など、己が価値があると認識した物全てを代償にする人もいた。私達姉妹にはそんな事をする勇気はなかった。捧げられる何かが無かった。そんな私達に水晶は代替案を提示してきた。
私達の代償は、自分の一部を捧げるのを厭わない命知らずに比べたらかわいいものである。
(おいおい何だこれ…ウォー●ングデ●ドかよ!!)
俺―――末田力は、何かに操られた様に呻き声を上げながら迫る人々の対処に追われていた。
「こいつらも"バベル"の関係者だ。誤っても殺すんじゃねえぞ」
「わ、分かってますけど!」
先輩の墨田修太郎の忠告を受け、持っていた小銃を麻酔銃に変形させ、一人一人に麻酔弾を撃ち込んで鎮圧していく。しかしいくら鎮圧しても人波は絶え間なく迫る一方だった。
「糞っ、キリがねえな!!」
修太郎は大剣を盾代わりにしながら悔し気に舌打ちをした。その時、何かが俺の頭にぶつかった。当たった感触は柔らかく、痛みを感じる程ではなかった。
(何だ?今何か降って来たな……)
「先輩、今何か…」
俺が修太郎の方を振り返ると、彼は小さな可愛らしい(女児向けアニメに出てきそうな雰囲気の)桃色のうさぎの縫いぐるみ(?)を両手で優しく抱えていた。
「か、可愛い!!」
「せんぱーい?」
俺は冷ややかな視線を彼に向けた。縫いぐるみ(?)を見つめる彼の眼差しに何時もの厳しさや殺気は感じられない。ただ純粋に可愛らしいものを愛でる表情をしていた。すると縫いぐるみ(?)は彼の腕の中で突然ジタバタと動き出し、両腕を蹴り倒して抜け出した。
『離しなさいよ、この変態!!』
「しゃ、喋った!?」
『何なのよ、おじさんに構ってる暇はないわ!私は早くメイメイを助けに……』
「待て、今何て言った」
うさぎの発言に修太郎は何時もの厳しい目つきを取り戻す。そして力強くそれを片手で掴む。
『はみゃっ!何なの!?』
「俺は中学生以下の子供と可愛い小動物に手を出す趣味はないが、時犯の関係者となれば話は別だ」
そしてもう一度両腕でうさぎを抱えると続けた。
「貴様を時空犯罪幇助罪、及び俺を不覚にもときめかせた重罪で保護する!!末田、止めてくれるなよ!」
(保護って言っちゃった!ていうかそれ、少女趣味宣言にしか聞こえないんですけど!?)
その様はまさに捨てられた動物の類を拾って、飼う事を母親に求める子供の如し。忘れてた、修太郎は可愛いものが好きだった。俺は呆れたように溜め息を吐く。耳に装着した通信機越しに、本部にいる久世遊が小声で「どいつもこいつも馬鹿ばっか」と言っているのが僅かに聞こえた。