【FILE.26-4】世界に轟く旋律
エメラルドグリーンに煌めくマーメイドドレスに身を包んだ女性がステージに立つ。その瞳には陰りが見えたが、一度目を閉じて一息つき、もう一度目を開けると瞳は光を取り戻す。彼女はマイクを強く握り、軽く息を吸うと叫んだ。
「信者諸君~!こんにちわっしょーい☆銀河を繋ぐ新時代の歌姫、メイメイ降臨だぞ!」
彼女の一声に観覧エリアのファン達が歓喜に沸く。
「メイメイ様可愛いよぉおおお!!」
「俺の嫁ぇえええ!!!」
「女神いいいいい!!」
歓喜を浴びる彼女の姿を遠くから見据え、私は"時"を待っていた。メイメイは高らかに手を挙げて言う。
「そんじゃ、早速最初の曲いっくぞ~☆」
―――今だ!!
私は人波を押しのけて観覧エリアの最前列まで駆け抜ける。そして、勢いよく柵に登り、手に持っていたハンディマイクを構えて叫んだ。
「ちょっと待ったああああ!!!」
私の声にざわめく観客達。ステージ上の彼女も驚きで固まっている。そんな彼女を尻目に私は叫ぶ。
「世界を照らす五月晴れ、魔法少女メイメイ!碧き微風と共に……推参!!」
(す、数日前から考えていたとはいえ、いざやってみると恥ずかしい……!)
カッコよくポーズを決めた私―――魔法少女メイメイもとい春馬芽衣は羞恥心に耐えていた。
「は?メイメイが2人?」
「何だ何だ?」
観客達の混乱の声の中、メイメイが一つ咳払いをすると私に問うた。
「何なの、あんた?今生配信中なのよ?妨害行為はやめてもらおうかしら?」
私は臆する事無く反撃する。
「あんたのせいで沢山の人が迷惑してるんだよ!!」
彼女を首謀者とした大規模時空接続計画―――通称『バベルの再建』は多くの辺境地住みの人々に世界線渡航を可能とした一方で、現行の接続ゲートに不具合が生じて世界線渡航が出来なくなったり帰宅困難者が急増したりしていた。
「あんたたちがお祭り騒ぎしている裏で、沢山の人が困ってるの。誰かの我慢の上に成り立つ幸せなんて認められない!あんたなんか……歌姫でも何でもない!冷酷な悪魔よ!!」
私がそう言い放つと、メイメイは呆れたようにため息をつく。
「そう…引き下がらないつもりね?いいわ、相手になってあげる」
彼女がそう宣言すると、観客が歓声を上げる。メイメイは続ける。
「でも、私は争いは好きじゃないのよね」
「それは私も同じよ!ここは歌を生業とする同士…歌で決着をつける、でどうかしら?」
「乗った。曲は今回のセットリストから選ばせてもらうけど構わないわよね?」
2人で睨み合うこと数秒後、私は口を開いた。
「構わないわ。貴女の持ち歌は全て暗記済だから好都合よ。だって私……別の世界線の貴女だからね!!」
突然に始まった歌唱バトルに現地のファンも配信を見ているネットユーザーも目を離せないでいた。
《乱入してきたあの子、誰?》
《A1世界線にメイメイたそと同じ名前で活動してる歌い手いた》
《てかG51って独自言語あるし、挑戦者の方が勝つなんて無理だろw》
《A1のメイメイは歌の為なら外国語も異界独自言語もネイティブレベルになるまで勉強する位の努力家やぞ》
《なんかすごい事になってる…どっちもがんばれ!!》
バックスクリーンに双方のファンのコメントが流れる。私に向けられたまるで自分の事のように応援してくれている人々のコメントに胸の奥が熱くなる。
(ありがとう皆……!)
応援を糧に私はメイメイに負けないように歌う。私の想いを乗せるように。互いの声量が徐々に増していく。
(いっそもう、このライブの主役を乗っ取る勢いでやってやるわ!!)
気付くと会場全体の注目は私の方に向いていた。
「いい加減負けを認めなさい、偽りの歌姫!今すぐにこの配信をやめなさい!!」
息を切らしながら私は言う。
「うるさいっ!私は世界を繋ぐ救世主になるんだ!神の域に行くって、信者と約束したんだ!その為にはどんな手段も厭わない!私は絶対に諦めない!!」
メイメイも肩で息をしながら反論した。すると、彼女の美しいドレスが段々と輝きを失い黒く染まっていく。彼女の瞳も生気を失ったようになる。
(何、何が起こってるの…!?)
「何だなんだ!?」
「メイメイ様、大丈夫かー!!」
観客も私と同じ事を思っていたらしく、明らかに様子のおかしいメイメイへの心配の声が上がり始める。そんな彼らの声を振り払ってメイメイは叫んだ。
「うるっさいわね!!信者諸君は黙って私を崇めて応援してればいいのよ!私のライブを妨害する不届きものは、私を応援してくれないアンチはこの場にはいらない!」
そしてマイクを握り直すと、何者かに操られたように赤い眼光を放ち言った。
「信者諸君に告ぐ!裏切者とアンチは即刻処刑しなさい!!」
彼女の声が会場全体に響く。すると観客は生気を奪われ虚ろな目となり、私の方へ寄ってくる。その光景に私は戦慄を覚えた。
「まさか、これがメイメイの能力……?」
「さぁ、邪魔者は排除よ。消え去りなさい!」
メイメイが叫ぶと同時に、私に向かってくる群衆の波。私の事を群衆に任せて、メイメイはステージの後ろにある塔の中へ行ってしまった。
「待ちな、さ…」
追いかけようにも群衆が私の足を掴んで身動きが取れなくなる。先頭に居る男性が刃物を持った手を振り上げて叫んでいた。
(どうしよう…このままじゃ、やられる!!)
「芽衣ちゃん、危ない!!」
私と群衆の間に割って入ったのは、友人の群生さくらだった。さくらは可愛らしいステッキを振り回し、桃色に光る桜吹雪を飛ばす。
「さくら!」
驚く私に彼女は微笑むと言った。
「友達の危機に駆けつけるのは当然でしょ?此処は私が引き受けるから、芽衣ちゃんはメイメイの方に行って!!」
「わかった、ありがとう!!」
私は彼女にお礼を言うと、メイメイの後を追って塔の中に駆け込んだ。
「さあ、悪魔に操られた悲しき人達よ!魔法少女ちぇりりんが、心に満開咲かせてあげるわ!!」
さくらはそう意気込んでステッキを構える。
《嘘だろ!?魔法少女ちぇりりんだ!!》
《やっべー!サプライズゲストじゃん!》
《やっぱ神域配信、何が起こるか分からねえな》
予想外の盛り上がりを見せるコメント欄。桜の絵文字を並べたコメントが沢山流れスクリーンを埋め尽くす。さくらはその目で捉えたカメラの方に軽く手を振ると、群衆に視線を移して応戦を始めた。