【FILE.25】リバースマーメイドの悲鳴
一体何処で間違えたのだろう。私―――メイメイはかなりの焦りを感じていた。これは本当に自分がやりたかった事なのだろうか。『神域凸』配信を3日後に控えたその日、私は自分の部屋で思い悩んでいた。
最初は純粋な気持ちだった。私は一配信者としてそれなりの地位を築いていた。私の歌を聞いてくれる人が世界中にいる事だけで幸せだった。そんなある時、配信のアーカイブを見返していた時、こんなコメントを拾ったのだ。
《メイメイちゃん、リアルで見たらもっと可愛いんだろうな》
《メイメイちゃんの歌、生で聞きたい!》
《現地凸したいけど、辺境地住みだからな……》
辺境地―――並行世界接続ゲートが設置されていない世界線の事を指す。私に会いに行きたいと思っていても行けない人がいる。ネット上で繋がっていてもリアルでも繋がれなければ意味がない。私の夢である"世界を一つにする"を叶えるには、世界全てにゲートを作る必要があった。この世界は近代技術と魔法が融合したHTD、協力者さえ集まればその位容易い。私は配信で協力者を全世界から募った。そして私達の団結のランドマークとして、建設途中の石造りの塔を見つけたのだ。神話における"バベルの塔"のモデル、過去の人間達の黒歴史、神の逆鱗に触れた負の遺産―――いや、それはそんなのじゃない。この塔は、人間達の団結の証なのだ。この塔が完成した暁には、先人が成しえなかった真の団結を、そして神の領域へのリベンジを成し遂げてやろうと思ったわけだ。
協力者も増えて、全てがうまく行く―――そう思っていた。
ある日、私が建設途中の塔を見に行った時の事。建設班が建材の石を切り出していた際に偶然発見したという洞窟の話を聞いた。そんなのは私には興味のない事で聞き流そう、なんて思っていた。しかし、洞窟の奥の方から私を呼ぶような声が聞こえたのだ。私以外の誰にも聞こえないその声に誘われるままに、私は洞窟の奥の方へと進んでいった。
洞窟の最深部、そこには虹色に煌めく大きな水晶の柱が聳え立っていた。その輝きを見た瞬間、私の心の中で何かが変わった気がした。まるで魂が共鳴しているかのような感覚を覚えた。その輝きに見惚れていたその時、水晶から声が聞こえたのである。
『強き願いを持つ者よ、我に乞え。願いを述べよ』
―――願いを述べよ。そう言われた時、私の中では答えは決まっていた。世界を一つにしたい。その為に、歌手として、私が望むものを。
「みんなの心を動かして、魅了できる声が欲しい!」
気が付いた時には既に口に出してしまっていた。すると突然目の前が眩い光に包まれた。私は思わず目を瞑る。そのまま意識が遠のき、朧気になる視界の中で、一つの声が響いた。
『其方の願い、叶えてやろう。しかし、相応の代償は頂く……』
次に目が覚めたのは病院のベッドの上だった。医師が言うには洞窟の中で岩雪崩に巻き込まれ意識を失っていたらしく、救助隊に此処まで運ばれたという。全身酷い怪我で、特に両脚は切断不可避というレベルで負傷していた。私の両脚は既に義足に差し替わっていた。体温を失った脚をそっと撫で、洞窟の中で最後に聞いた言葉を思い出す。
「これが、代償……」
人魚姫は海の魔女と契約をし、自身の美しい声を代償に足を得た。言うなれば私はその逆、足を代償に世界を魅了する声を得た"リバースマーメイド"。皮肉にもそんな素敵な二つ名を思い付いてしまった私は、悲し気に微笑んだ。
これでめでたしめでたし、て終わればどれほど良かっただろうか。私は既に、水晶の呪縛の中にいた。
私の脳裏に、あの時の声が定期的に聞こえるようになった。水晶は私に、"捧げもの"を求めるようになった。一度でも捧げものを怠れば、あの時得た声はもう二度と使えなくなる―――脅しにも近い交換条件を持ちかけられ、もう後に引けなくなった。その"捧げもの"というのは所謂形のない物で、水晶が求めたのは歓喜や絶望等、人々の強い感情だった。それならば簡単な話だ。歓喜を求められた時はライブを行って、信者に歌を届けた。悲鳴を求められた時は裏切り者の公開処刑を行う。"捧げもの"の奉納を近況報告という体裁で定期的に配信を行えば宇宙規模バズも期待できる。私の中から何時しか、"倫理観"という概念が消え失せていた。
ここ最近になって私の下に届くのは、遠征部隊が時空管理局に拘束されたとの報せばかりだ。
(私達は正しい事をしている、それなのに何故管理局に嗅ぎつけられるわけ…?)
協力者が次々と減っていく事に焦りを感じ始めていた。これは私としても、水晶としても拙い状況だった。水晶は言った。
『神の領域に手を伸ばすならば、必要な物が足りない』
「必要な物……って何なの?」
私の問いに水晶は答えた。
『其方を信ずる者達の、強き期待と願いを宿した魂だ』
その言葉で理解してしまった。配信当日に、私はこの手で、この声で、多くの信者を手に掛けないといけない、と。全身を悪寒が支配する。部屋の窓から見える、完成間近のバベルの塔を見つめる。希望の象徴だった塔が、悪夢の始まりを告げるステージへと変貌した。