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Ride on Multiverse ~時空管理局並行世界特務調査課~  作者: 夕景未來
第3部『バベルの再建者』
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【FILE.24-3】過去に投げる爆弾、未来へ貫く電磁砲

 吹雪の吹き荒れるX11世界線の地上を歩く。私―――有栖川心姫(ありすがわ こひめ)を先頭に、時空犯罪者の御刃多嵐(ごばた らん)を追っていた。

「相手は人質を抱えてます。安易に暴れたら人質の命も危うい事になります」

 後輩の持田琴葉(もちだ ことは)が言う。既に手負いではあるが、気合いで耐えている状態だ。ホワイトアウト寸前の猛吹雪の中、色樹英麗奈(いろき えれな)が歌を口ずさみながら歩く。彼女の歌に呼応するように炎で出来た蝶が飛び交い道を照らす。炎の暖かさで辛うじて私達は寒さにも耐えれている。

「本当に英麗奈さんの歌声は素敵です」

 琴葉が彼女に賛美を贈る。その言葉通り、彼女が歌うと不思議と心に響くのだ。

「ありがとう……私の歌がこんな所で役に立つなんて思わなかったわ」

 彼女はそう言って微笑む。その表情には疲労ゆえの僅かな影が見えた。


 雪の積もった大地から氷の地盤に変わる。辺り一面銀世界で足跡一つ無い。木々や岩、障害物も何もない真っ白な地平。その真ん中に嵐は立っていた。

「あれ?来たんだぁ…てっきり諦めて帰ったかと思ったよ。ま、来てくれないとつまんないけどね」

 彼は私達の姿を見ると煽るような表情で言った。彼の腕の中には渡航者の女性がいた。彼女は氷で出来た檻に捕らえられていた。

「その子を解放しなさい!」

 そう言って私は前に踏み出そうとした。踏み出そうと心では思っていた。しかし、身体が言う事を聞かない。足が動かない。まるでこの氷の地盤を踏む事を拒んでいるかのように。

「…お嬢?」

 琴葉が心配そうな表情で聞く。私は首を勢いよく横に振ると言った。

「別に怖いとか、そんなんじゃ…ありませんわ!さあ、覚悟なさい!!」

 そしてもう一度前に進もうとしたが、やはり思うように動かなかった。

(私が、恐怖に負けるなんて……あり得ないですわ!!)

 必死に抵抗するがそれでも動けなかった。と、同時に全てを理解した。エレベーターに乗る前に、地上が氷河期だと現地の民から聞いた時点で察してはいた。


―――私は、氷が怖いのだ。


 話は私が小学生の頃に遡る。

 私の両親は、私のやりたい事や夢を尊重して、色々と手を尽くしてくれる優しい人だ。忙しい仕事の合間を縫って色々な習い事に通わせてくれたし、欲しい物があれば何でも買ってくれた。だから私は何不自由なく過ごしてきた。

 私の将来の夢はフィギュアスケーターだった。そして、バイオリン奏者も志していた私は、スケートをしながらバイオリンを演奏する唯一無二のフィギュアスケーターなんて子供ならではの欲張りな野望を抱えていたそんな私に、両親はフィギュアスケートを習わせてくれたのだ。しかし、習い事を始めて数日後のある日、私は怪我をしてしまった。転んでしまった際に足を捻挫(ねんざ)してしまい、暫く練習が出来なくなってしまった。そんな私を見て両親は心配してくれる―――と思ったが、言われた言葉は衝撃的なものだった。

「心姫、こんな事は言いたくないのだが…フィギュアスケートはもうやめるんだ」

「認めたくないのは分かるけれど……貴女には向いてなかったのよ」


 私の夢を何でも応援してくれた両親が、初めて私を突き放した瞬間だった。


 分かっていた。私には向いていないかもしれないと。私以上に才能のある子が沢山いた。スポーツは音楽とは違って才能が全ての世界。例え努力で技術を磨いてのし上がれたにしても限界がある。元から才能に恵まれた人には到底及ばない。両親の言葉を聞いて、心のどこかで納得している自分がいる事が悔しかった。管理局に入って特注品のイマージュギアを造らせてまでローラースケートを武器にしたのは、フィギュアスケーターの夢を未だに諦めきれない私のせめてもの我儘、捨てきれない未練からのものだった。それでも未だに怖いものは怖い。スケートリンクを見るだけでもあの時の事がフラッシュバックして心が苦しくなる。

「嫌、だ……」

 震える声でそう呟くと、私はその場に崩れ落ちた。

「お嬢!?」

 琴葉が駆け寄る。そんな私達の前に嵐がゆっくりと近づいてくる。彼の周囲には数本の釘がその先端を此方に向けて浮いていた。

「あっはは!戦う前から敗北宣言しちゃう感じぃ?まあいいや……君達はここでゲームオーバーだよ!」

 そう言って嵐は指を鳴らす。すると周囲に浮遊する数多の釘が一斉に襲いかかってきた。

(私は、過去に囚われたまま…此処で、終わってしまうのですわ……ごめんなさい、お母様、お父様……)

 心の中でそう謝罪をして、涙で滲んだ視界を拒むように目を閉じる。しかし、いつになっても痛みは襲ってこなかった。恐る恐る目を開けてみると、赤い揺らめきが視界に入る。火炎の蝶の群れが舞い、釘の雨を全て焼き尽くした。

「英麗奈さん……」

 英麗奈の歌が、銀色の戦場に響き渡る。その歌声に心が奮い立つ。


―――大丈夫、恐れるな、戦え、前に進め。


 私はゆっくりと立ち上がる。火炎の蝶が私の周りを飛び交い、復活を祝しているように踊る。その一匹が私の足元に止まり、ローラースケートの車輪が炎を纏う。

「何?何の演出?付け焼刃(やきば)のパワーアップ如きで、僕に勝てると思ってるの?」

 嵐が煽る様に言うが、その表情には焦りに近いものが見え隠れしていた。そんな彼を見据え、私は言う。

「何度も何度も苛つかせて、挙句の果てには私のトラウマまで呼び起こさせてくれて……極限まで神経を逆撫でしてくれましたわね!お陰で吹っ切れましたわ!!他人を傷つけて絶望させて笑っていられるなんて…あんたは天使の皮を被った悪魔ですわ!そりゃあ堕天して然りじゃなくて?」

「ああああ煩いなあ!好き放題言いやがって!!あんたから殺してやるよ!」

 怒りに任せ、本性が露になった嵐に向け、私は余裕の笑みを見せると言った。


「悪魔祓いを始めましょう。私が存分に……粛清し(可愛がっ)てあげますわ!!」


 銀盤を強く蹴り上げ、炎を放ちながら華麗に滑る。英麗奈の歌声をBGMに、私は嵐への猛追を仕掛ける。私の足元に向け、磁力操作を放つ嵐。あらぬ方向へと浮き上がる身体。その勢いを利用して回転蹴りをお見舞いする。両脚の軌道に沿って舞う炎の渦が美しい。体勢を整え、再度滑走を始める。

「これならどうかな!!」

 攻撃を喰らって焦げた白衣の袖を押さえながら、嵐が次々と釘の雨を降らす。今度は厄介な追尾動作付きと来た。私は体制を低くして一陣を回避する。そして彼に足払い攻撃を喰らわせる。派手に転んだ嵐は立ち上がろうとするも、滑るせいか立ち上がれない。私は彼の下に寄り、微笑んでそっと手を伸ばす。

「Allons-nous danser?」

 彼は困惑の表情を見せながらも恐る恐る手を伸ばす。そして拒否権なんて無いと言わんばかりに彼の手を強引に引いて立ち上がらせると、此方のペースに飲み込むようにアイスダンスが幕を開ける。彼が放つ釘の弾を避け、時には受け流し、隙あらば反撃の一撃を加える。そんな攻防を繰り返す。


―――悔しいけれど、楽しいと思ってしまった自分がいた。

 

 曲もそろそろ終盤、と英麗奈が目で合図をする。私は小さく頷いて言った。

「そろそろこの演目も…終幕(finale)、ですわ」

 そう言って私は氷を蹴った。炎を纏うサマーソルトキック。真上に吹き飛んだ嵐に向かい飛び上がり、追撃の一蹴りをお見舞いする。そのまま彼は勢いよく急降下し、氷の地盤を貫いた。氷の下は海か湖か、大きな水柱が上がる。

「……このまま海の藻屑(もくず)になればいいんですわ」

 ゆっくりと着地した私は小声でそう呟いた。回れ右をしてその場を去ろうとした私とすれ違う様に、琴葉が銀盤に出来た穴に向かって走り出すと、そのまま飛び込んだ。

「何をしてるのですの!?」

 咄嗟に振り返って叫んだ時にはもう遅かった。暫く反応が無かったのだが、少し間が空いて、穴からずぶ濡れ状態の琴葉が嵐を担いで上がってきた時には驚いた。彼は嵐を助けたのだ。


「どうして…どうして僕を助けた……」

 嵐が私達を睨んで言った。

「いや、その…」

「どうして助けたんだよ!こんな僕を…誰にも必要とされず、期待もされない僕を!!メイメイたその期待にも応えられずに、無様な醜態(しゅうたい)を晒す僕を!!」

 嵐がやけくその叫び声を上げる。琴葉は少し困ったような表情で返す。

「いや、時犯はよっぽどの事が無い限り生け捕り必須条件なんで、仕方なく……」

 その答えにも納得がいっていないのか、嵐は続ける。

「その程度の理由くらいなら…大人しく殺してくれたって良かったんじゃないか……こんな生きている価値のない、根暗で駄目な社会のゴミ屑なんか…」

 すると琴葉は彼の頬を無言で叩く。予想外の出来事に彼は叩かれた頬を押さえて固まった。琴葉は続ける。

「この世に価値のない人間、期待されない人間なんていない。誰かが誰かを必要としてる」

「じゃあ、メイメイたそは僕の事を……」

 まだ希望はある、と目を輝かせる嵐の言葉を一蹴するように彼は言う。

「メイメイは多くの信者を抱えている有名配信者。いちいちファン一人一人の顔と名前を全て覚えてると思いますか?夢見過ぎなんですよ、いい加減目を覚ませ、勘違い重症厨二病自称天使(笑)」

 言い過ぎではと思いたくなる程の彼の言葉に嵐の表情は再び絶望に変わる。琴葉は溜め息を吐くと続けた。

「まだ貴方が出会えていないだけで、貴方の事を必要としてくれる誰かが、この世界には必ず居ます。その人の為に、もう少し生きてみようとは思いませんか?」

「必要としている誰か……」

 彼の中にきっと思い当たる誰かがいたのだろう。零れる涙を拭い、嵐は頷いた。


 氷の檻に捕らわれた渡航者の女性を救出し、任務(ミッション)完遂(コンプリート)。女性は解放されるなり私に向かって力強く抱き着いてきた。

「うわあああああん!!ありがとうございますううう!!私、怖くてえええ!!」

「いきなり何なんですの!?」

 突然の事に動揺していると、彼女の視線は英麗奈に向けられる。

「貴女は!ジャズシンガーの色樹英麗奈さんですよね!!知ってます!さっきの歌声も素晴らしかったですよ!!」

(この子…さっきまで囚われの身だったはずなのに、何か楽しそうですわね……)

 私の心の声を見透かすように、琴葉が言う。

「お嬢…あの渡航者、俺達が戦ってる時ずっとカメラ回してましたよ。卒業制作がどうの…とか言いながらウッキウキで」

 まさか撮られているとは思わなかった。私は渡航客の女性に向けて言った。

「今すぐその動画を削除しなさい」

「嫌です」

 清々しいほどの即答に言葉が詰まる。彼女は続けて言った。

「私は今回の騒動における時空管理局の活躍の最前線を追うと決めたんです!まさか時空犯罪者の人質になってしまうとは思いませんでしたが…そのお陰で良い()が撮れました!これからも皆さんに同行して取材は続けるつもりです。そう簡単には引き下がれませんよ!それに…皆さんに付いて行けば、はぐれてしまった先輩にも会えるかもしれないので!」

 その真っ直ぐで純粋な眼差しを向けられたら、断るなんて選択肢を与えないと言っているのと同義だ。私は参りましたと言わんばかりに溜め息を吐いて言った。

「分かりました。同行と撮影は許可しますわ。ただ、一つだけ条件がありますわ」

「…条件?」

 頭に疑問符を浮かべる彼女。私は少し微笑んで言った。

「私達の事を撮るなら…せめて格好よく撮って頂戴。s'il vous plaît?」

 世間の眼を向けられるなら美しく、格好よく魅せる。エンターテイナーの娘としての、ちょっとした我儘なプライドだ。

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