【FILE.24-2】永遠に消せない罪の炎
話は数時間前に遡る。
「また貴方達に逢えるなんて思わなかったわ」
これも何かの奇縁なのだろう。見覚えのある制服姿の男女を見て、私―――色樹英麗奈は呟いた。
「えぇ、何時ぞやのラジオシティ以来ですわね。色樹英麗奈さん」
女性の方が私に冷たい視線を向けて返す。
2039年のラジオシティ・ミュージックホール前で起きた歴史改変未遂案件。そこでその主犯だった私は、時空管理局職員の彼女と初めて出会った。職員の女性が続ける。
「そう言えばあの時名乗り忘れていましたわね。まぁ、もう二度と会わないだろうから名乗らなくていいか、と思っていたのは事実ですけど」
「…そう」
私は溜め息交じりに端的に相槌を打った。そして彼女は名乗った。
「私は時空管理局並行世界特務調査課所属、有栖川心姫ですわ」
その名字を聞いた時、私はハッとした。
「有栖川って、まさか……」
「そのまさか、ですわ。貴女が愛したジャズシンガー、"エース"こと有栖川英二。私は彼の実の娘ですわ」
私がかつて愛し合った男性との間に生まれた娘。それが彼女だと言うのだ。私は心姫から目を逸らして質問した。
「一応聞くけれど…貴女の母親の名前は?」
その問いに彼女は即答した。
「夕暮佳子。お父様のマネージャーを務めてます。そうですね、貴女があの時手に掛けようとした女性ですわ。過去の存在と未来の存在が干渉するのは、世界線に大きな矛盾を生じる。だから表立って私が彼らの身内だって、あの時は言えませんでしたの」
胸が苦しかった。私が犯した罪は、単なる歴史改変よりも重いものだった。一人の人間の存在を揺るがしかねない、そんな事態に私は介入してしまった。たった一時の、私怨と衝動のままに。
「私がした事が許されない事は分かってる。
どんなに罪を償ったとしても、貴女も、エース様も、世間も許してはくれないでしょうね」
私は彼女から視線を外したまま言った。すると彼女の後ろにいた男性―――胸元に付けられた名札を見るに持田琴葉と言うようだ―――が私の肩に手を置いて言う。
「確かに貴女のした事は許されない行為です。でも、貴女が思う程世間は冷たくはない」
彼は続けた。
「貴女、歌手なんですよね。収監中も部屋で歌ってたと看守から聞きました」
「そんなのただの暇潰しよ」
「貴女の歌声は時空監獄内でも人気だって聞きました。きっと貴女の事だから、釈放されたとしても罪の意識で表舞台には二度と上がるまいと思っている事でしょう」
図星だった。私は罪を犯してしまった事をずっと後悔している。前科を抱えた奴がのうのうと華々しい舞台に上がる資格なんてないと思っている。表舞台に上がったとしても、過去の罪を蒸返してはある事ない事言って叩いてくる輩が着いて回る事だろう。そんな奴らの標的にされるくらいなら潔く身を引く方が安牌だと思っていた所だ。琴葉は続ける。
「貴女の歌を聞きたい人は沢山いるんです。それに…貴女の事を信じて、貴女の歌声を本当に愛している人なら…たった一度の過ちだけで安易に幻滅する事は無いと思いますよ」
彼の眼差しからは、暗に"現に自分がそうであるように"と言っているように見えた。
「そう、かも知れないわね……復帰の件、考えておくわ」
私は少し微笑んで言った。
現在世界中を騒がせる"バベルの再建者"。その構成員の一人―――御刃多嵐の確保という任務の為、私達はB49世界線に赴いた。標的を探す道中、心姫は私に話しかけてきた。
「先程言いそびれてましたけど…お父様とお母様の結婚記念日に、メッセージカードを送ってくれましたわよね?」
「あぁ、あの時の……手紙なら好きに送って良いって看守が言うから」
私は苦笑しながら答えた。彼女の両親の結婚記念日に、私はメッセージカードを送ったのは事実だ。彼らへの謝罪の気持ちを込めた文を添えたそれは、どうやら無事に届いたみたいだ。私は続けた。
「貴女の彼氏さんが言ってた事、覚えてる。"本気でその人を愛しているなら、本人の幸せを尊重して応援しろ"ってね」
「私の彼氏……誰の事ですの?」
私の言葉に語弊があったのか、心姫は疑問を投げる。私は顔色一つ変えずに答えた。
「え?あの、琴葉って子じゃないの?」
「は、はぁ!?」
突然素っ頓狂な声を上げた彼女に私は驚く。心姫の顔がみるみると赤く染まっていく。
「べっ、別に…彼は恋人とか、そういうものじゃありませんわ!単なる私の下僕ですわ!!」
フランス語で"下僕"と変に強調して言う彼女。この反応は完全に図星を突かれた時のそれである。心姫の反応を見た琴葉は少ししゅんとした表情をして言った。
「そっすか…俺、お嬢の事好きなんですけど」
何の気なしに告白紛いの台詞を吐く彼に心姫は更に顔を紅潮させる。
(これは脈アリ確定だわ)
私は少しニヤ付きながら思った。その時、彼らのやり取りに水を差すように、私の横を何かが高速で横切った。それは細い金属の様な―――それ以外は何も分からなかった。
「何ですの!?」
心姫が叫ぶ。彼女を守る様に琴葉が電光刀を召喚して構える。
「こんなものが今戦力になるか分からないけれど…想像解放!」
私はそう叫んで腕に装着した機械を起動させて、スタンドマイクを召喚した。そして一小節分歌を紡ぎ、火炎の蝶を飛ばす。飛び回る蝶の行く末を目で追いかける。その時、何処かで爆発が起こった。蝶の一匹が何かに触れたのだろう。爆発の起きた私達の背後を見る。そこには白衣姿で、前髪で片目を隠した黒髪の男性がふらふらと歩きながら近付いてきた。男性は不気味な笑みを浮かべながら言った。
「完全に不意を突けたと思ったんだけどなぁ…避けられちゃった」
「貴方、一体……」
私が呟くと琴葉が答えた。
「彼が御刃多嵐です。資料の写真と完全一致しました」
「あーあ、もう把握されちゃってたか…名乗る手間が省けて助かったけどね!」
そう言いながら嵐は白衣のポケットから釘を何本も取り出して此方に飛ばした。私は火炎の壁を展開し、釘を一瞬で焼き払った。
「金属は熱で溶ける……それくらい常識よ?」
私は煽る様に嵐に向けて言った。しかし彼は顔色一つ変えず、寧ろこの状況を楽しんでいるかのように笑っていた。
「うっわぁ!リアルファイアウォールじゃん!お姉さん、中々やるじゃん?じゃあ…これならどうかな?」
そう言って指を一つ鳴らす。すると今度は頭上から細い鉄パイプが降り注ぐ。避けようにも間に合わない―――私はその場で身を屈めた。それを援護するように心姫が足蹴りで遠くへ蹴飛ばし、琴葉が電光刀で切り裂いて凌いだ。
「あ、ありがとう……」
私は二人に礼を言うと心姫は少し偉そうな態度で言った。
「当然の事をしたまでですわ」
その様子を見た嵐は拍手をして言った。
「いやはや、凄いチームワークだね……感激したよ!」
琴葉は嵐の方を睨んで言った。
「バベルに加担する理由は……何だ?」
彼の問いに嵐は笑顔のままで答える。
「理由か……まぁ、メイメイたそを心から愛してるって言うのもそうだけど…それよりも重大な理由があるかな?絶対に彼女の計画を邪魔されたくない最大の理由がね……」
嵐はそう言った後少し間を開けて、両腕を大きく広げると高らかに言った。
「僕はね……実は天使なんだ!!」
「……は?」
嵐の言葉を聞いて、私達は呆気に取られた声を出した。そんな私達を他所に彼は続ける。
「本当なら僕は今も天国で君達の愚かな姿を高みの見物している所だったんだ。でもね、ある時僕はあらぬ罪を着せられて…哀れにも下界に堕とされちゃったんだ!はーぁ、可哀想な僕!同情してくれてもいいんだぞ☆」
「は、はぁ……」
私達は彼のテンションについていけずに曖昧な返事をした。彼は私達に構わず話し続ける。
「いずれは冤罪を証明して天国に戻るって何年も何年も色々手を尽くしてきた。そんな時に彼女が、メイメイたそが現れて、『神域凸』…つまりは天国に喧嘩を売るって堂々と宣言したのさ!その時僕はハッとしたよ……僕が信じるべきはあんな駄目神共じゃなくて彼女だってね!!彼女こそが、この世界全てを導き統べる真の女神様だ!異論は認めない!彼女の計画は必ず成功させなければならない、僕の為にもね。これが失敗したら次は何時になるか……いや、もう次は無いかもしれない。これが僕にとって、最初で最後の、一世一代の……」
そこで言葉を区切り、彼は右手をゆっくりと挙げると、そのまま勢いよく此方に向けて指を差して叫んだ。
「復帰チャンス!!」
その言葉に、私達の思考は完全に停止した。黙る私達に構わず、彼は御丁寧にも2カメ方面、3カメ方面に指を差して同じ事を叫び、果てはセルフエコーまで添える始末だ。痺れを切らした琴葉が舌打ちをして言った。
「高笑いしながら釘投げつけてくるサイコ天使がいてたまるか。確保次第貴様を精神鑑定にかけてやるから覚悟しろ、重症厨二患者!!」
電光刀を構え、彼は嵐に向かって走り出す。そして刀で間髪入れずに切り裂き攻撃を嗾ける。
「おぉっと、危ない!」
嵐はそう言って後ろに下がる。攻撃を避けられた琴葉はそのまま直進し、距離を詰める。再び攻撃をしようとしたその時、嵐がニヤリと笑い指を一つ鳴らす。すると琴葉の背後から何本もの釘が飛び、琴葉の背中に勢いよく刺さった。
「琴葉ぁ!!?」
背中を鮮血に染め、その場に崩れ落ちる琴葉に心姫が駆け寄る。
「大丈夫!?しっかりして!」
「お嬢…俺は大丈夫です。防弾チョッキ、中に仕込んでるんで……」
琴葉は苦しそうな表情を浮かべながら言う。私は彼の元に歩み寄り、肩を貸す様に支えた。
「琴葉君、無理はしないで!」
「すいません…俺、皆さんの力になれそうに無いです……」
「いいのよ、貴方はよく頑張ってくれた……」
私はそう言いながら、心の中で何度も謝罪していた。嵐は私達を嘲るような表情で見下すと言った。
「素晴らしい茶番劇だねぇ……実に滑稽だよ」
私は一つ舌打ちをすると、緊急手段的に隠し持っていた拳銃で嵐を数発撃つ。しかし銃弾は彼に当たる前に、空中で停止した。
「嘘……でしょ?」
驚愕の表情を見せる私に彼は言う。
「僕の磁力操作の前に拳銃なんて無力だよ?それにさっきも言ったけど、僕は天使だからね。天使に手を出したら…天罰を喰らっても文句は言えない、よね?」
そして一つ指を鳴らす。彼の手が仄かに赤い光を放つと、空中に浮いていた銃弾の先が一斉に私の方に向き、高速で飛んできた。私は咄嵯に火炎の蝶を召喚し、銃弾を空爆させて相殺する。
「あーあ、防がれちゃったか…でも、まあいっか。一人脱落不可避だろうし」
彼がそう言うと、ズボンのポケットから携帯電話を取り出して操作する。すると彼の後ろに時空の裂け目が出現した。
「逃げるつもりですの!?」
心姫が叫ぶと嵐は笑みを浮かべて答える。
「次の仕事があるから急がないといけなくてね。君達と違って僕は暇じゃないんだ。それじゃ、バイバーイ♪」
「行かせませんわよ!!」
時空の裂け目に入ろうとする嵐に向けて心姫が一気に走り出す。足に装着したローラースケートの車輪が火花を散らす。そのまま距離を詰めて勢いよく彼に膝蹴りをお見舞いした。進行方向的に2人は時空トンネルへと突っ込んでいく形になった。私は琴葉の肩を持ってそれを追い掛けた。
座標軸・X11世界線。地下避難都市4番街某所。
「あっれ、座標間違ってんじゃん……どうしてくれるんだ、君!」
膝蹴りを喰らって腹部を押さえながら嵐は立ち上がって心姫に抗議する。対する彼女は悪びれる事なく言い返した。
「謝る義理はありませんわ!とにかく!時空犯罪者、御刃多嵐!貴方を過剰世界線干渉及び傷害罪等々で確保しますわ!」
嵐は不気味な笑みを浮かべると、白衣のポケットから大量の釘を取り出し投げる。釘は独りでに浮遊し、規則正しく並ぶと前方にいた渡航客らしき女性に向かって飛ぶ。そして先端を女性に向けたまま空中で停止した。男性は高笑いしながら言う。
「僕に近づいたら彼女の命はないよ!それでもいいの?」
恐怖のあまり女性は身動きが取れず、表情は青ざめていた。漸く追い付いた私は片手でスタンドマイクを振り回し、嵐の頭部を殴った。頭を殴られた衝撃で能力が解除されたのか、釘はその場で地面に落ちた。自分の命が助かった事に安心してか、渡航客の女性は涙目で膝から崩れ落ちた。
「あーあ、つまんないの……」
嵐は頭を押さえながら呟く。そして辺りを見渡すと続けた。
「続きは…もう少し広い所でやらないかい?此処じゃあ障害物が多すぎる。そこのおにーさん!あのエレベーターって何処に繋がってるの?」
現地の民と思しき男性に質問をする彼。男性は突然の質問に驚きながらも答えた。
「えっと、地上直通ですけど……」
「おっけー!ありがとね」
「いやいや待ってください!地上は……」
男性の制止も聞かぬまま、嵐は渡航客の女性を肩に担いでエレベーターに乗り込んでいった。
「ちょっと、待ちなさい!」
私達も慌てて乗り込もうとする。その時、男性が止めにかかった。
「地上は今、吹雪と氷に閉ざされた氷河期状態です。何かしら防寒対策をしてから行く事をお勧めします。まぁ、そんなのですら間に合わない位酷い寒さだから地下に避難したみたいなものですけど……」
「ご忠告、感謝しますわ」
心姫が礼をする。そして私達は急いでエレベーターに乗った。扉が閉まる直前、男性が言った。
「健闘を祈ります!必ず、あの子を助けてください!!」
その言葉を聞きながら、私達の乗ったエレベーターは上昇していった。