【FILE.24】たとえ一縷の望みでも
吹雪が吹き荒れ、視界が白で閉ざされる中を私―――福留ゆみは歩いていた。
「文つ、き…先ぱ、い……何処、ですか……」
私は声を振り絞って先輩の名を呼ぶ。しかし返事はない。声を出すだけで気力が奪われていく。私の意識はそのまま、純白の中に溶けた。
―――あれ?どうしてお母さんが此処に居るの?
朧気な視界の中に、長い髪を揺らす女性の影が見えた。その姿は私の母のよう。極寒の地、極限状態に長い事晒されたせいで幻覚でも見えているのだろうか?まだ不明瞭な意識の中に、声が響く。
「あら、気が付いたかしら?」
少しずつ露になる輪郭。私の目の前には、私に雰囲気が似た女性がいた。髪色や大まかな雰囲気は私とほぼ一緒。ただ髪はかなり伸ばしており少し大人びた印象だ。驚きのあまり私は勢いよく上体を起こす、と同時に全身に激痛が走った。
「うわああああっっぃったああああ!!?」
「あらあら…大丈夫?急に動くから……」
痛みのせいで悶える私を見て女性は心配そうに声をかけてきた。
「えっと……どちら様でしょうか?そして此処は何処ですか?」
何とか落ち着きを取り戻して尋ねる。すると彼女は笑顔を浮かべながら答えてくれた。
「私?福留ゆみよ。そして此処は地下避難都市の医療ブース。貴女、地上で倒れてたのよ。あんな吹雪の中で防寒具も無しに歩き回るなんて自殺行為よ?」
やっぱりそうだ、彼女は別の世界線の私だった。そして此処が地下都市である事も判明した。この世界線は地上が異常気象によって氷河期状態になり、生き残った人間達が地下都市に避難して生活を続けている世界線だという。私は自分が寝ていたベッドの傍らに置かれていた携帯電話を手に取る。ご丁寧にもワイヤレス充電器で急速充電済みだ。助かる。私は世界線マップアプリを開き、座標情報を見る。
「X11世界線…!?かなり果てまで飛ばされちゃってるじゃん!」
私は同行していた先輩とC81世界線で卒業制作の取材旅行に来ていた。しかし、今世界中を揺るがしているゲート不具合騒動に巻き込まれ、時空トンネルの中で先輩とはぐれてしまった。C81世界線から見たらX11世界線は距離も遠く安易に繋がる筈もない場所だ。
(不具合さまさま、ってやつね…こうやって別世界線の私にも出会えたわけだし)
私がそんな事を考えている間に、片目を前髪で隠したオレンジ色の髪をした男性が歩いてきた。
「無事そうで何よりだな、迷子の仔猫ちゃん?」
「こっ…!?」
突然仔猫ちゃんなんて呼ばれて私は戸惑う。すると男性の後ろに青色パーカー姿の男性が現れ、呆れたような声色で言った。
「病人ナンパしてんじゃねえよ、お前…」
「いいじゃん!こんな可愛い子滅多に居ないぜ?ただでさえ別世界線からのお客さんは珍しいってのに……」
「え、えっと…皆さんは何者なんですか…?」
私は彼らの会話を遮るように言った。すると別世界線の私が答える。
「私達はこの地下都市の職員…って言った方が近いかな?」
「俺達の仕事はこの地下空間の安全を守る事さ。地上で彷徨い続けてる人間を救助するのも俺達の仕事だ!」
続けてオレンジ髪の彼が言う。
「こいつ、得意げに言ってるけど…君の事を助けたのはあの人だから」
青色パーカーの男性が指をさす先には、深緑の工業つなぎ姿で白い野球帽を目深に被った屈強な男性が優しく手を振っていた。私は男性に向けて軽く礼をする。男性は微笑みながら親指を立てて見せた後、その場を去った。
「い、色々と…ありがとうございます!それと、急なお願いで申し訳ないんですけど……この地下都市の事、取材させてもらえませんか?」
私の突然の要求に困惑する職員達。この地下都市の事は卒業制作の足しになるかと思い聞いたのだが、まずかっただろうか。最初に口を開いたのはオレンジ髪の男性だった。彼は優しい口調で言う。
「構わないぜ!」
「良いんですか!?ありがとうございます!」
こうして、職員の案内の下で地下都市を歩いて回る事になった。
地下都市は私達が普通に過ごしている世界と何ら変わらない雰囲気だった。ここまでいつも通りの生活を最大限再現できる技術力には驚かされる。また、様々な人々とすれ違う。その中には私達の世界の人間も多くいた。しかし、すれ違う人達は数少なく、都市というには過疎な感じで寂しい。青色パーカーの男性は悲し気な顔で言った。
「最初は自分の無事の為に地下都市に住む事を受け入れる人がほとんどだった。でも、最近じゃ『本物の太陽の光を浴びたい』とか『ずっと地下に居続けるのは耐えられない』って言って此処を出ていく人が増え続けている。特に地下都市の中に時空の裂け目が現れてからはこれが好機だと言わんばかりに人口流出が加速してしまったんだ」
「一時期地下都市から出ていきたい奴らが暴動起こした事もあったっけ…普通に生活出来るほど設備が整ってるとはいえ、世界線接続ゲートを運用出来るほどの電力が確保できていないのは事実だしな…」
オレンジ髪の職員が頭を搔きながら言う。
「皆さんは、此処を出ていきたいって思ったことは無いんですか?」
私は思わず尋ねてしまう。するとオレンジ髪の職員が答える。
「無いな。俺だって、元通りの生活に戻りたいって何度も思ったよ。でもさ…住めば都じゃないけど、慣れちゃえばどんな環境でもなんとかやっていけるって思うんだよ」
彼の言葉に、青色パーカーの職員が続ける。
「一度起こってしまった事は変えられないし、何より相手は自然だ。人間が太刀打ちできる次元じゃない。今俺達が出来る事は、この氷河期が一日でも早く終わる事を祈って待つだけだ。祈りが届くまでは此処を離れない、離れたくはないんだ」
彼らの決意に胸が熱くなる。その時、遠くが何やら騒がしい事に気が付いた。騒ぎの中心に向かって私達は走り出す。そこには時空の裂け目が発生しており、裂け目の前に白衣姿の男性が立っていた。
「誰だあいつ…渡航客か?」
青色パーカーの職員が怪訝そうな表情で呟く。その刹那、男性の後ろから数人の男女が現れた。彼らは皆、それぞれ武器を手にしていた。見覚えのある制服―――時空管理局だ。
「時空犯罪者、御刃多嵐!貴方を過剰世界線干渉及び傷害罪等々で確保しますわ!」
管理局職員の女性が叫ぶ。御刃多嵐と呼ばれた男性は不気味な笑みを浮かべると、白衣のポケットから大量の釘を取り出し投げる。すると釘は独りでに浮遊し、規則正しく並ぶと私に向かって飛ぶ。そして先端を私に向けたまま空中で停止した。男性は高笑いしながら言う。
「僕に近づいたら彼女の命はないよ!それでもいいの?」
恐怖のあまり身動きが取れなくなってしまった。私がまさか人質にされてしまうなんて。ただ、今思えばこの状況は私が本当に求めていた卒業制作のネタである"時空管理局活躍の最前線"を捉える絶好のチャンスだ。恐怖の表情の裏に期待が沸き上がっていた。